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11/4 浜辺での戦闘その3 黒と白の青少年2 黒青年side




「っ!?」


 喉元に添えられたヒヤリとしたその感触に、背筋をぞくりと震わせて。

 振り上げたままだった腕を曲げ、肘鉄を食らわせるようにして勢い良く後方を振り返る賀川。


 肘に衝撃はなく、背後を振り返った賀川の目に映るのは、ふわりと靡く亜麻色のくせっ毛を夜風に遊ばせる獣面の者。

 その声と漆黒の外套にすっぽりと被われているとはいえ、ほっそりとした体つきに同じく細い手足から女性だと直感した賀川だが、その構えは解かず、(ガルソウ)のフードで隠れた頭部分に手を差し入れ、装飾の付いたピンを抜き取った女性が軽やかに距離を取る、それを余さず見据える。


 砂地に〈着地する音がない〉。


 音がするなら、良い耳が漏らす事なく教えてくれる。しかしそれがなかった為に、背後を取られてしまったのだと悟り。

 気を引き締め直す賀川。


 数日前、音のしない奴(殺人人形)とヤり合った事のある賀川は、目の前のこの女性もその類いなのかと当たりをつける。

 それと同時にポタリとした僅かな水音が耳を打ち、眼前の獣面は牽制したまま頭上に視線を走らせると、周囲をぐるりと囲う鉄製すだれの上、水濡れた女がそこに腰掛けているのが見えた。

 黒のフードを脱ぎ対をなすような白い獣面を外し。

 女性特有のほっそりとした顎のラインが見え隠れ、亜麻色のくせっ毛が風に揺れる、漆黒の外套の裾を夜風にはためかせる女が。


 頭上の女が眼前の獣面が砂地に沈んだGから奪った、微かに光を放つ装飾品の揺れるピンをその手にしているのを見やって、そっちが「本体」だと直感する賀川。

 (エイフュ)(フェレール)と呼んでいた者だろう、とも。


 どうやってそれを手にしたのか、等に興味はない。

 時間がない。

 邪魔をするなら、倒す(片付ける)だけだ。


「っ」


 ぐっと拳を握り直した所に、眼前の獣面からの鋭い攻撃が迫る。

 見えているのに、動く気配が、音がまったくしないそれに、僅かに感覚にズレが生じる。

 他の者にはわからない程の僅かなズレ。ゆえに問題はないが、森で受けた杭の攻撃の時みたいだ、と思いながら見えてる分まだマシかと思い直し。軌道を読んで賀川がその攻撃を避けた、その先に。

 見えたのは、夜闇に慣れた目には少々イタい、小さくカラフルな鞠たち。


「くっ!」


 何気無く放られたそれらが風にのり、自分の方へと降り注ぐ。

 赤(爆弾)、黄(霧)、青(閃光弾)。

 それ以外にも新たに、蛍光紫の鞠が追加されている。

 どうやら、この鞠の本来の所有者はこの女らしいと推測して。


「――ようするに」


 呟きながら獣面の攻撃を躱し、賀川は自ら鞠の方へと突っ込んでいき。


「割らせなきゃいいんだろっ」


 獣面が落ちてくる鞠を貫かんとその手を伸ばす、それより速く。

 素早く手を閃かせ、四個の鞠をその手中に収める賀川。

 鞠同士がぶつかって割れないよう、丸い球体を指と指の間に挟み込むという、器用な芸当まで披露して。


「うそぉ!?」


 それにFの驚いたような声が上がると共に、鞠に伸ばしていた手を切り返し攻撃に転じた獣面の、その腹を勢いそのままの足で蹴りつける賀川。だが。


 ばしゃあんっ


 無数の水泡を弾け飛ばしながら、獣面の姿がそこから忽然と消え失せる。

 いや。既にそれは獣面ではなかった。

 大量の水。

 砂地に高所から水をぶちまけたかのような、染みが出来じわじわと周囲に広がっていく。


「…………」


 一瞬の出来事にその黒目を瞬く賀川だが、すだれの上に腰かけるFから視線は外していない。


 街灯の下、舞い踊る無数の妖精(汐ちゃん)。

 森中で、火の気もないのに迸り向かい来る赤い小さな炎の雨。

 妖しげな気配を纏う幼女が操る、泥人形(ゴーレム)達。


 ここに来るまでに既に様々なモノに出会いすぎていて、今日は不可思議な事だらけだな、と思いながら泥人形の次は水人形(スイム)かよ、と呟き半ばうんざりしたように息を吐く賀川。


 ポタリと。Fの纏っている外套から、水滴が落ちる。

 髪に挿したピンの飾りと、その耳に付けられたピアスから下がる装飾が、キラリと妖しい光を弾く。


 森での少女の例を取るなら滴り落ちる水滴が鍵で、ピン飾りとピアス下で揺れる装飾が何らかの方法により、水人形を作り上げているのだろう。


 水は大気中に、地中に、人体に流れている「当たり前」のものだ。

 自然にあるごく当たり前のそれにわざわざ、ピントを合わせる事などまずしない。

 泥人形のように、その体に核となるようなモノを埋め込んでいるなら、また別だろうが。

 当たり前のものすぎて無意識に、捉える事すらしなかったのだ。


 しかしなにも賀川も、水人形(ザコ)を相手にする気はない。

 指揮者のようにそれを指揮する繰者がいるなら、その繰者を押さえてしまえば、音(人形)は自ずと止まるのだから。

 ならばFを、押さえてしまうに限る。


 しかしそれには、すだれに腰掛けているFをそこから引き摺り下ろすか、自分が上に上がるかしか方法はない。


 崩れた獣面(だったモノ)が未だそのまま、なのが気にはなるが考えるより先に行動を起こす。


 (ベニファー)の円月輪をF目掛けて投擲し、そこに挟み込ませるように、赤色の鞠を投げ付け、更にそれに隠れるようにもう一つ、円月輪を投げ付ける。


「っ!」


 それにはっとして咄嗟に身を翻し、左に飛び退いたFの右頬を円月輪が掠めていき。後投した鞠がその眼前に迫り。

 鞠を追随していた円月輪が、ざくりと(それ)を分断する。

 避けるのはほぼ不可能な、絶妙なタイミング。

 最も重力に引かれる(そこから飛び下りる)方法なら、回避出来るかも知れないが。


 Fが飛び下りて来ると踏んで、その着地地点に向かい走り出す賀川。

 裏側に、とは考えにくい。回り込んですぐなのだ。視界から外れれば何処から来るかはわかっていても、どのタイミングで来るかわからなくなる。

 攻撃のチャンスを稼げるという利点はあるが、それは敵(此方)にも同様の機会を与えてしまうという事だ。

 わざわざ此方に、そんなチャンスを作らせたりはしないだろう。

 そう思いながら砂地を駆ける賀川だが。


 獣面が崩れ広がったシミと、外套の裾から落ちる水滴で出来たシミが繋がった、その時。

 それは起きた。


 微動だにしない(フェレール)と、今まさに爆発しようとしている赤鞠との、その間に。

 水底から水面を見上げた時のような、光景がいきなり割り込んで来た。


「なっ!?」


 それには流石に声を上げて足を止め。驚いたように眼前を見上げる賀川。


 空中に水面が揺らぎ、微動だにしなかったFを、爆発の衝撃から守るように。

 水が、ユラリと空を漂い。

 Fの周囲をくるくると回る。


 水が宇宙でもないのに空に浮く、なんて非現実的な事に、驚いている暇はない。

 くすりとした、笑みを含んだ気配がFから漂い来たと思った瞬間。


 Fの手により大量のカラフルな鞠が、自分目掛けて投下される。

 およそ五十の色とりどりの丸い点が、暗闇を鮮やかに飾り立てる。


 アレを全て、掴み取るのは不可能に近い。

 ならば全力で回避するに限る。

 先程投擲した円月輪が、そろそろ戻ってくる頃だ。アレが開いたその道を上手く利用しながら、走り抜けるしかないだろう。


 すぐ側で、銃声の音が響く。

 レディフィルドが、片割れの獣面とすだれの外で交戦しているのだろう。

 ここは一端退き、広い場所での再戦に持っていこうかとも思ったが、鉢合わせて混戦にでもなったらマズい。

 ここで、カタを着けた方が良さそうだ。


 その時戻って来た円月輪がざっくりと、無造作に放られた鞠たちが埋め尽くすそこに、一つ道を切り開く。それに合わせ駆け出した賀川は、直ぐ側の邪魔になりそうな鞠たちを、円月輪を、奪取した鞠を時に投げ付けながらワザと爆発させていき。

 爆発音や閃光、周囲を被う更に濃密な霧のその中へ、躊躇なく突っ込んでいく。

 色と落下による空気抵抗により聞こえる音を拾いながら、落ちる順番をしっかりと覚え、違える事無く道を進む賀川。


 落下してくる鞠を身を捻り細かにステップを踏む事で躱し、円月輪を投擲して鞠を分断し、鞠同士をぶつけて弾き飛ばし。

 蛍光紫の鞠は、どうやら黄色の鞠と同じような霧状のモノを撒き散らすようで。しかも「自分の嫌いなモノ(麻酔の類い)」らしく、それを直感的に悟って、そこからは極力遠いルートをあえて選びながら、Fがいる方へと駆けていく。


 しかし、それを見越してか。

 狙いすましたかのように、蛍光紫の鞠を行く先々に投下してくる。


「ちぃっ!」


 それに舌打ちしながらも、他の鞠を躱し分断し弾きながら、賀川は蛍光紫の鞠から逃げつつ、Fに向けてじわじわと近付いていく。


「ふふっ。一体何時まで逃げられるのかしらね? あぁ、全部紫にしちゃえばいいのね。そうすれば、逃げ場なんてなくなるんだから」


 すだれの上から、くすくすと笑いながらFが呟き。ひらりとその手を翻す。


 (フェレール)が持つのは(ディエンツ)(エイフュ)(ガルソウ)三人の分と自分の分を合わせた四つの魔道具。

 水人形を作りあげるもの。それを意のままに操るもの。繋がりを維持するもの。そして、置換操作の出来るもの、だ。

 置換操作、とは即ち。物と物とを入れ換える事の出来る能力の事だ。

 先程水人形がGの頭から魔道具を抜き取っていたが、あの時の水人形の手は、置換操作で置き換えされた、F自身の手だったのだ。

 繋がりを維持する魔道具の効果により、取り換えた先でも腕を操るのに支障はなく。

 これら各々の能力を駆使して、Fはバラバラに放った鞠同士の位置を置換し、賀川の進むその先に、苦手らしい蛍光紫の鞠をピンポイントで出現させる事が出来ていたのだった。


 賀川に、それがわかった訳ではないが。

 直感的に危険を察知し、精一杯に最大限の抵抗を試みる。


 鞠が爆発や閃光、霧を発生させるのには、衝撃を与えてから若干のタイムラグが生じる。

 それは、うっかり落として爆発させてしまうのを防ぐ為の、安全措置によるものだ。

 外郭の鞠部分はいわば、宅配車で商品を運ぶ際、商品を振動や衝撃から守る為に入れる、衝撃吸収材的役割を果たしている。

 その更に内部にパチンコ玉程の球体が埋め込まれており、このパチンコ玉の方が爆発や閃光を引き起こす核である部分となっているのだ。


 一度この手にしたからこそ、二重構造になっていると分かった訳だが、それにより賀川は落下してくる鞠たちに、「ある仕掛け」を施していた。

 円月輪の投擲角度を、鞠同士をぶつけるその威力を調整し。勿論ちょっと見たぐらいでは分からないよう、継ぎ目部分を狙うという綿密さで。


 しかしそんな事は知らないFは、先と同様に鞠たちを置換する。

 それにより賀川の側の鞠たちが、蛍光紫の鞠へと換わる。


 それと同時に投擲した、或いは戻って来ていた円月輪が、賀川を囲う紫の鞠たちのその外側、数が足りず置換されなかった他の鞠たちを勢い良く分断し。

 足に力を入れ、加速した賀川の残像を追うようにして。


 ぶつかり合って蛍光紫の鞠たちが割れ同色の霧を噴出させ、時を同じくして弾けた赤(爆弾)と黄(霧)の鞠たちが、耳をつんざく爆発音を轟かせながら紫の霧を吹き飛ばし、その濃度を薄めさせる。

 閃光の光と爆発に巻き込まれないようにしながら、賀川がFに向かって走る中、


「きゃあぁっ!?」


 微かな光と共に叫び声を上げバランスを崩したFが、すだれの上から落下してくるのが見えた。

 その手は守るように顔を被い、羽織っている外套が大きく破れ、赤みを帯びたその素肌が夜の闇に浮かび上がり。

 落下するFの直ぐ側で、誘発を繰り返し爆発と閃光、白と紫の二色の霧を撒き散らす、袋状のものが伸縮しながら落ちていくのを目端に捉えて。


 賀川は自分の読みが正しかったのを悟って、その口にニヤリとした笑みを浮かべる。


 魔道具を使って鞠を置換していると思っている訳ではないが、賀川はマジックショー等で使われる原理で、置き換えをしているのだろうと踏んだのだ。


 その手を一つ閃かせる度、トランプを出したり一輪の薔薇を出したりする手品だが、アニメや漫画にある魔法のように何もない所からいきなり物を取り出す、等という事は勿論ない。

 マジックには必ず、タネと仕掛けがあるものなのだから。

 トランプも薔薇も、客には見えないように袖口等に予め仕掛けが施されており、綿密な分析と入念な練習によって、あたかも一瞬の内にそこに出現したように見せているのだ。


 次から次に物を取り出し、取り換えていくマジック。

 当然それには、取り換えていく物達を仕舞っておく、そのスペースを何処かに用意している、という事で。

 眼前にいるFも、何処かにそのスペースを用意しているのではないか、と考えたのだ。


 結果的に、賀川のその考えは功を奏した。

 Fは、自身が持っている物とでないと、置換操作の術を行使する事が出来ない。

 放った鞠と、腰元に下げていた袋の中に入っていた鞠とを置換していたFなのだが、それらがまさか、賀川によって傷を付けられていた物だったとは、思ってはいなかった。


 ほぼぎゅう詰め状態だった袋内は置換された鞠たちがぶつかり合い、傷を付けられていた事によってその衝撃を受け、一つまた一つと爆発し、誘爆を引き起こし。

 突然の不意打ちを食らった事により、対処が遅れ落下する事となってしまったのだ。


 落下する、その場所に賀川は躊躇なく駆けていく。絶好の、このチャンスを逃すまいと。

 しかしFも、ただ殺られるのを待つ等という事はしない。


「水人形っ!」


 飛び交う円月輪から自身を守るように、周囲を漂わせていた水人形を側へと呼び寄せ。爆発や害をなす霧から身を守るべく、水をシャボン玉のようにして自身に纏う。

 地表近くは黒煙や白、紫の霧に覆い尽くされていて視界が利かず、所々で爆発音を響かせ閃光の光を走らせていて敵が来る事はわかっていても、何処から来るのかまでは、容易にわかるものではなかった。

 すだれの上にいた時は爆発が起こるその前を、賀川が走り抜けていた為なんとか追えていたのだが、ここまで濃い霧に覆われている状態では、闇夜なのも手伝ってその姿を目に捉える事すら難しい。

 しかしそれでも閃光を目深に被ったフードでやり過ごし、賀川が向かってくるその気配を少しでも察知しようと、気を張ったFだったが。

 その時は既に遅く。


「鞠(爆破)は防げても。――俺の足は通してただろ?」


 霧が濃密に周囲を覆う中。

 Fが地に降り立つ、一瞬前にその背後へと回り込んでいた賀川は。

 呟いて、水の守りをあっさりと突破しFのその首筋に、素早く手刀を叩き込み。

 Fを昏倒させたのだった。



賀川さん、手先器用だから飛び道具持ちの敵はダメだと思うの…


桜月りま様のうろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より

http://nk.syosetu.com/n2532br/

賀川さん


お借りしております

おかしな点等ありましたら、ご連絡くださいませ


※後日、日付を揃える為差込で移動させる予定です

ご注意ください


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