7/19 夜9時 その想いは……
夕方あれだけ騒いだから、一人になると……、うん、ちょっと淋しいわね。
でも今日は……
今だけは、弱音吐くのを許してね。
二階の部屋はこの時期は暑くて、一階で雑魚寝するのが殆どだから、子供達が上がってくる事は、まずない。
だけどきっともう、勘づいてるんでしょうね。
うろな(ここ)の海に帰って来る度そうなんだもの、当然よね。
「……昔はもっと、隠すのが上手かったんだけどなぁ……」
苦笑しつつバルコニーにある椅子に腰掛け、テーブルの上に滅多に飲まないウォッカの瓶と、小さなグラスを二つ置く。
この日にしか飲まない、特別なお酒。
夫が……アリカ君が、好んで飲んでいたモノ。
「…………」
無言で、グラス中程まで、お酒を注ぐ。
もうひとつには、すりきり一杯まで。
「……酔っぱらって、倒れるがいいわ」
ふふんと呟き、すりきりのグラスはそのままに、中程まで注いだ方のグラスを手に取って、膝を立てて椅子に座り直し、ちびちびとウォッカを舐める。
……こんなのの、一体ドコが美味しいのかしら。
お酒ってのはぐいっと! 一気に飲み干せるのが美味しい(いい)んじゃない。
昔、アリカ君にそう言ったら、ちびちび飲むの(それ)がいいんだよ、って笑われたっけ。
こうして飲む機会がある今でも、何がいいのか、さっぱりわからない。
でも今日は、今日だけは、コレじゃないとダメ。
アリカ君に、近付きたいから。
……コレじゃないと、泣けないから……
「……何処に、いるの……」
呟いた拍子に、目から一筋雫が溢れる。
「……なんで……いなくなったの」
「……どうして会えないのっ……」
一度、溢れ落ちた涙は止まらなくて。
いつもは押し込めている言葉が、後から後から溢れてきて。
たちまちに視界は歪んで、嗚咽を飲み込む度に、しょっぱいものが混じっていく。
「……こんなにこんなに――、想ってるのにっ……」
両手で顔を被って、唇を噛み、ただただ小さく身体を震わす。
泣き喚いたりなんか、しない。
それは、アリカ君の腕の中だけですればいい。
子供達に、これ以上心配かけたくない。
子供達の前では――名前の通り、太陽みたいな存在で在りたいから。
そう思いながら私は、いつの間にか、夢の中へと落ちていた。
太陽さんは、お日さまみたいな人だから
いつも、太陽みたいに輝いていて
太陽の光目指して、きっと行くから
それまではどうか、待っていて
必ず行くから、太陽の元へ
今はこれしか言えないけど
僕の居場所は――……
夢の中、アリカ君が優しく優しく語りかける。
それに、私は必死に応える。
待ってるっ! 待ってるよっ!
ずーっとずーっと、待ってるんだよ!
太陽の居場所は、所在君の所だから!
そこじゃないと、輝けないの。
太陽みたいに笑えないの。
ねぇ、いつまで待てばいいの?
お願いだから、早く――……
そこから先は、覚えていないけど。
優しく頭を撫でる感触に、ふっと目を覚ます。
「いいこいいこ。――大丈夫だよ」
と、汐が、いつのまにか眠ってしまっていた私の頭を撫でていた。
それはまるで、アリカ君に撫でてもらっているみたいに優しくて。
それに、なんとも言えない気持ちが込み上げてきて、また、目から雫が溢れてくる。
「汐」
それを見られたくなくて、思わずぎゅっと汐を抱き締める。
「おかーさん? ……大丈夫だよ、だいじょーぶ」
一瞬、きょとんとした顔をした汐だったけど、また私の頭をよしよしと撫でて、大丈夫だよと囁く。
あぁ、そうか。この子にも、アリカ君と同じで隠し事は出来ないんだなぁ。
そう思うとなんだか情けないけど、今日だけは、今だけはどうか、……許してね。
明日からはちゃんと、太陽みたいな、いつものお母さんに戻るから。
優しく頭を撫でるその手の感触に、アリカ君の手の温もりを重ねながら、私は汐を抱き締めたまま、一筋涙を流すのだった。
お母さんの、心うち話
この日の夜は、どうしても……
さて、明日から海の家アリカ、オープンです!




