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11/4 北の森での戦い5




 赤い番傘を支えに立ち上がろうとしている天狗仮面と、ぱちくりとその黒の瞳を瞬く賀川を肩越しに見やっている、フィルのその耳に。


「まだ、この場を制した訳ではないぞ、フィルよ」


 バサリ、隼が羽ばたくその合間に滑り込ませた、カルサムの静かな声が届き。


「っと。そーだったな」


 声を返してフィルが前方へと、その視線を戻しかけた途端に。


「っ!」


 漆黒の外套の裾をはためかせ勢い良く此方へと突っ込んで来る、小柄な獣面の者の姿が見えた。

 手に持つそれは、僅かな光を反射して闇に煌めく小剣(ショートソード)

 不意打ちならばと、フィルの喉元目掛けて小剣のその刃が迫る。


 カァン!


 しかしそれを、ズボンのポケットから無造作に引き抜いた、長針を持つ片手で受け止め横薙ぎに払い。


「っあ!」


 バランスを崩して後方に飛び退いた獣面の者からは目を離さずに、ふわりと周囲を漂いだした杭を返す手で次々と砕いていくフィル。


 周囲に漂っていた最後の一つを長針でざくりと貫きながら、屈んだまま此方を見上げるその者に声を投げる。


「女が――、ましてやガキが、んな小さな得物で男の喉元狙った所で、絶滅させんのは至難の業だぞ? 悪りぃ事言わねーから、以降はヤ〜メとくんだな」


 その声で女性、それもまだ子供だとわかったのか、フィルは手にしていた長針を戻し。

 変幻した鷲ルドを肩に携え、獣面の少女に歩み寄っていきながら、


「女子供をいたぶる趣味はねーんだ。それにお前、もう限界だろ。何もしなけりゃ何もしねぇよ。俺様はただ、一つ答えてもらいてぇだけだ。あいつを……、(うしお)を何処へやった?」


 ざりっと落ち葉に隠れていた砂を鳴らして、少女の眼前に立ち呟くフィル。

 この前撃退した奴らと同じ面と外套をその身に纏っている事から、眼前の少女は間違いなく、一味だろうと推測し。

 ならば獲物は汐以外には有り得ないと、結論付けたが故の言葉。

 しかし、少女は口を噤んだまま答えない。


「…………」

「…………」


 沈黙が落ち、静かに時が流れる中。

 隼の背から地上へと降り立ったカルサムは、その肩に小型化した隼サムを乗せ、賀川と天狗仮面の側へと歩み寄っていく。


「身体の(気の)乱れ以外は大事ないようで何よりだが、主ら何故このような所に……」


 両者の身体を流れる気の乱れを見てとって、言いながら何かに気付いたようにその瞳を瞬き、言葉を続けるカルサム。


「誰かと思えば……これもまた、何かの縁か。先日世話になった賀川殿と、心配り頂いた天狗仮面とお見受けする。助力と配慮、感謝する」


 呟いて深々、頭上高くで結わえた二束のみつあみを揺らして頭を垂れる。

 賀川とは先日の浜辺での騒動の際に顔を合わせ、天狗仮面とはそこに行く間際に暫し空で(まみ)えていたのだ。

 僅かに黙した後ピュイッと隼サムが一鳴きしたのに促され、着物の袖口に徐に手を突っ込み小さな包み紙を取り出して、膝を折ったままの二人に手渡しながら告げる。


「朕の家元秘伝の薬だ。含めば痺れも治まろう」


 それを礼を言って受け取り飲み込んだのを確認して、身体の痺れが治まるまでの間にと、天狗仮面と賀川の二人にカルサムが問う。


「して、主らは何故この場所に? 朕は、妙な気配を追って来たのだが……」


 カルサムのその言葉に、ハッとして。


「そうだ、汐ちゃん! 汐ちゃんがっ」


 賀川の切羽詰まったその声に、カルサムが片眉をぴくりと跳ね上げた、その時。


「邪魔を……、しないでくださいっ!」


 少女の鋭い声が響き。

 そちらへと三人が視線を向けると、変わらずフィルと対峙している獣面の少女が片手を押さえよろよろと、立ち上がった所だった。

 前に立っているフィルは、微動だにせずそれを見つめ。

 そんなフィルを見返して、少女は尚も言葉を紡ぐ。


「そもそも貴方達が……〈救済者〉を、取り上げたりしなければ……!」


 面越しに、睨み付けるようにしてフィルを見やっている少女の口から溢れた言葉に、ぽつりと呟くのは賀川。


「取り上げた……?」


 その黒目を瞬いて、カルサムとフィルを交互に見やる。

 傍らにいる天狗仮面は、黙したまま見定めるようにじっと、眼前を見据えている。


 向けられた賀川の視線を受け、カルサムは静かに首を振り。前に立つフィルはただ、その蒼瞳を少女に向けているだけで。

 それに賀川が訝しげな顔をしてその眉根を寄せる中、叫ぶような声が上がる。


「救済者が……、彼女がいてくれさえすれば、私達の国は助かるんですっ! なのにそれを――、取り上げただけではあきたらず、また邪魔をするというのですか、貴方達はっ!」


 少女のその言葉にぎり、と奥歯を噛み締めぐっと拳を握るフィル。

 何かに、耐えるかのような苦虫を噛み潰したような顔をして、少女から僅かに視線を逸らし。


「愚か者!」「いかんっ」「レディフィルドっ!」

「っ!」


 三つの叱責の声に、はっとしてフィルが視線を戻した先で見たのは、闇に慣れた目に痛い程の、空を迸る赤の閃光。


 ほんの僅かな隙だった。

 しかしその僅かな隙が、戦場では命取りとなる。

 振るわれた少女の、〈魔道具〉を持つその手が迫る。

 近すぎる距離。最早直撃は避けられない。


「――ちぃっ!」


 それに舌打ちしつつなんとか威力を軽減すべく、地を蹴り後ろへと飛退るフィル。


「っぐ!」


 しかし咄嗟に急所は逸らしたものの、その衝撃は意外にも重く。後方に勢い良く、吹っ飛ばされていく。


「……未熟者め」


 それにボソリと呟いて。カルサムが長物を携えている手を素早く閃かせ。


「ぐぇっ!」


 フィルが潰れたような声を出したのにも構う事無く、長物の先に薄手の襟を、フィルのその首根っこを掴まえたまま、殴り飛ばされた威力を殺すようにくるりと回転させ。

 回された勢いそのままに足を振って自ら長物の先を襟ぐりから外すと、くるっと前転してスタンと地に降り立つフィル。バサリ、一度羽ばたいた鷲ルドが定位置に戻ったのを確認し、腹と首をさすりながら一言。


「首絞まるかと思ったっつーの!」

「そう思うならば助けられる等という状況を、自ら作るものではない。……二度はないぞ」

「へいへい。悪ぅ御座いました〜。……しっかし流石に、ヤベぇよなぁありゃあ」


 まったく悪びれていない態度を一変させ、ちっと舌打ちして毒づくフィルに、むぅと唸ってカルサムが前方をひたと見つめる。

 天狗仮面と賀川の二人も何かは感じ取っているのだろう、痺れの治まってきた身体をそっと立ち上がらせると、姿勢低く構え眼前を静かに見据えている。


 四人の眼前に静かに立つのは、少女。

 魔道具を持つその手から赤い光を溢れさせ、顔に被った獣面を赤く染めながら、暗がりに浮かびあがらせている。

 渦巻く気配を、その身に纏いて。


「人の身であるというに、なんと面妖な」

「まさかあの子も……この前のヤツ(殺人人形)と同じ、なのか……?」


 口をついて出た呟きに、苦笑しながらフィルが答える。


殺人人形(キリングドール)のがまだマシだっつの。気兼ねする必要ねーからな。だがコイツは……意思がある分、厄介だぞ」


 呟いてすっと笑みを消し、フィルが長針を構えたその時。


「貴方がたを、先に……行かせる訳には、いきません……」


 呻くような、少女の声が唇から溢れ。そろりと闇に赤い尾を引き、魔道具が胸元近くに寄せられる。


 渦巻く気配を、帯びさせているそれが。

 迸る赤が、脈動するかのように震える。

 ドクリと。

 まるで心の臓であるかのように、鼓動する。


「……おっさんの読み、当たりだな。なりふり構っちゃらんねーか」


 それを目に捉え、今にも飛び出していきそうなフィルに、静かにカルサムが呟く。


「手に持つアレは、間違いなく魔道具。どうやら欠損しておるそれを、無理矢理動かしておるようだ。己が内なるものを代償に、現象を引き起こしているのだろう。渦巻くこの気配からしても……迷っている暇はないぞ」

「わーってるよ。兎に角魔道具(アレ)、引き剥がしゃいーんだろっ」


 告げて、足にぐっと力を入れる。

 獣面の少女の背後にある木の根本に横たわっている獣面の子供と、側に転がっている獣面男にいつの間にか、四つの杭で結ばれた小さな結界が張られている。

 ……カタを着ける気だ。

 それも一番、手っ取り早い方法で。


「……させっかよ、そんな事っ」


 脳裏に過った思考に苦々しく呟いたフィルの傍らに、並び立つ者が二人。賀川と天狗仮面だ。


「手がいるんだろ?」

「私も力を貸そう。かなり厄介なモノのようである。早急に、カタを着けねばならぬのであろう?」


 それに口角を上げて。


「ヘバってたんじゃなかったのかぁ? それに賀川。お前、こないだの傷あんだろが。完治にゃ、まだ早えぇんじゃねーの〜?」


 ニヤリと呟くフィルに、さらりと返す賀川。


「んー? お前の方こそどうなんだ? レディちゃん」

「おまっ……またその呼び名で……」


 こんな時だというのに、掴みかかってくるフィルに笑う。

 一日から四日までぶっ倒れていたのだとは、死んでも言わない賀川だった。


「俺は、いつでも、行ける」


 フィルの攻撃をかわし、にやりと笑って拳を握る。身体の痺れは、然程感じなくなっていた。


「二人共、仲がいいのは結構であるが、遊んでいる場合ではないと思うのだが」

「別に仲良くねぇっての!」

「そんなつもりじゃなかったんだけど……。でも確かに、遊んでる場合じゃないな」


 天狗仮面の仲裁によって、気を引き締め直したフィルと賀川が前を見据えたのと同時に、少女の冷たい声が紡がれる。


「何人来た所で……貴方がたには、もう……私を止める事も、生き延びる事も……出来はしません……」


 バサリ、漆黒の外套の裾が、風もないのに翻る。

 少女を……いや、手に持つ魔道具を中心とした渦巻く気配が、色濃くなっているのが見える。何かとてつもなくヤバイものが、ソコに集束しているのが分かる。

 しかしそれを臆する事なく見返して、フィルはニヤリと呟いた。


「そいつはどーだか。命を粗末にする(お前みたいな)奴にこの俺様が、俺様達が、負けると本気で思ってんのかぁ?」

「この、状況から……貴方がたが助かる術は……ありは、しません……」


 少女の言葉にキラリと蒼の瞳を煌めかせて、言葉を続けるフィル。


「覚えとけ。戦場じゃあな、生に。最後の最後まで、しがみついた奴ってのが生き残るモンなんだよ。――けど、いいぜ。なら賭けてみるか? 俺様達が生き残るか、お前らが生き残るかを、な」

「っ!?」


 そのあまりにも深い――深すぎる蒼に、一瞬。吸い込まれてしまったかのような、錯覚を覚え。僅かに震える魔道具を持つその手を、押さえ込むようにして掴み。

 息を呑み、知らずと半歩後退る少女。

 しかし、直ぐ様獣面の奥のその顔に静かな微笑みを浮かべると、柔らかに一つ呟く。


「……元より私は……、生き残る気は、ありません。……貴方がたを、始末する事が出来れば……それでいいのですから。どんな……方法で、あろうとも」


 少女の呟きに呼応するように魔道具がドクリと脈動し、そこからボタリと、一つ雫が滴り落ちる。

 ――血だ。

 それに触発されたかのように、渦巻き迸る赤が、濃密に夜の闇を彩り。

 誘うように少女が囁く。


「……私と一緒に……、死んでください」


 少女の言葉が終わらぬ、その内に。

 夜の闇を呑み込むかのような赤の閃光が、視界を一瞬にして埋め尽くした。



ヤバい、ですね〜

フィル君達は

そして敵の少女は…


意外に進まなかったぁ〜っ

いやでもたぶん、次くらいで森ステージは終わるハズ…ですよ?(苦笑)


カルサムと天狗様が見えた話は後日更新されます、三衣 千月様のうろな天狗の仮面の秘密、10月30日話をご覧くださいませ〜♪


三衣 千月様のうろな天狗の仮面の秘密より

http://nk.syosetu.com/n9558bq/

天狗仮面、ちらりと傘次郎君


桜月りま様のうろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より

http://nk.syosetu.com/n2532br/

賀川さん


お借りしております

継続お借り中です〜

おかしな点等ありましたら、ご連絡くださいませ


※後日、日付を揃える為差込で移動させる予定です

ご注意ください



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