11/4 北の森での戦い4
「ヒャーハッハッハァッ! どうやら勝負に勝ったのは〜ぁ、俺達の方だったみたいだなぁ?」
膝を折り、踞る天狗仮面と賀川を眺めながら、棍使いの男が卑下た笑い声を上げ。
両者の胸を穿った棍を手元に引き戻すと、その場から数歩後ろへと下がり。
二人が膝をついているその周囲を見やって、棍使いの男はニヤリと笑みを深める。
そこには凹を逆さまにしたような、十六の杭の点で結ばれた、一つの結界が出来上がっていた。
調度真ん中にいた棍使いを、避けるようにして作られたそれが。
「……っ」
「くぅ……」
痛みに呻く天狗仮面と賀川の二人は、杭使いの少女が構成した結界に攻撃を阻まれた上、密かに張り巡らされていた杭によって繋がったその結界に、捕えられてしまっていた。
ニヤリとした笑みを帯びさせる棍使いに、息を詰めながら二人がそちらへと視線を向けると。
「……なんとか回収……してきました……」
棍使いの男の背後から、ずるりと、意識のない獣面の少年を引きずるようにして運んで来た、同種の面をつけた少女が呟きながらそっと現れる。
「おぅ、C。バ〜ッチリだったぜ〜ぇ、タイミングはよぉ。おかげでこの通りだ〜ぁ、ヒャハハハッ!」
肩越しに振り返って少女を認め、棍使いの男はニヤリと嗤う。
「……お役に立てた、ようで……なにより……です」
それに頷き、獣面の少年Bを側の木の根元に横たえると、眼前にいる二人をすぅと見据える少女C。
ポタリ、壊れた魔道具を持つその手から、雫が一つ滴り落ちる。
少女は待っていた。
天狗仮面と賀川の二人が、同時に攻撃を仕掛けるその時を。
最も隙の出来やすい、その最大級のチャンスを。
両者を捕える事の出来る、その瞬間を。
それを逃せば明らかに手練れであろうこの二人に、勝利するのは困難だと思ったが故だ。
後方支援が主である為ここまで至近で戦闘を経験した事はあまりなかったが、二人のその気配が、立ち振舞いが、嫌でも強者であると伝えてくる。
ある程度の術は叩き込まれているとはいえ、遠近、どちらの戦法にも恵まれなかった自分では、敵いはしないだろう。
ならば得手部分を最大限に活かして、前衛である二人を支援するのが自身の務めだ。
Bを一人で敵と対峙させるのは些か心配ではあったが、Bとて立派な暗殺者の一人。そう簡単にやられたりはしないだろう、と思い直し。
足手まといにならぬよう、闇に紛れて身を隠し。
静かに少女は待っていたのだ。
しかしあまり、時間をかけてはいられない。
何しろ自分には時間がない。
森を覆う巨大な結界を形成した為に、じわりじわりと、絶えず目減りしていく〈魔力変わりの動力〉。
それが容赦なく、自分から〈時間〉を奪っていく。
今更もう、どうする事も出来はしない。
暗殺者である自分達に、退路はない。逃げれば待つのは死なのだから。ならば前に、進むしかないのだ。
どんな事になろうとも。
ぎゅっと、魔道具を持つ手に力が入る。
動力が枯渇せぬよう常に補い準備を進めながら、敵を翻弄する為の攻撃の手は休めずにいたCだったが。
Bの無茶ぶりによって、その手は留める事となる。
最も翻弄、撹乱といった意味では同じものであった為に、Bの支援の方に回ったのだ。
Bの武器は、投擲武器である円月輪。
敵の戦闘力を、減退させる為のそれ。
数ある投擲(打剣)武器の中では珍しく、「打」ではなく「斬る」事を目的としている円月輪は、投げれば手元に返ってくるという利点がある。
しかしいくら遠くに飛ばせるとはいえ、それにだって限界はある。
あまりにも対象との距離が離れすぎていれば、その攻撃を届かせる事は難しい。
空戦の時のように周囲に何もない状態ならばまだいいが、戦場は木々が密集している森の中。加えて天狗仮面と賀川の二人に、真逆と言って相違ない程全くの逆方向に、分かれられたのは誤算だった。
相対している賀川の方はそう問題はないだろうが、天狗仮面の方に木々の合間を縫って円月輪を仕掛けるのは、投擲武器を扱う事に長けているとはいえ、至難の業だ。
しかしそれを可能にしていたのが、少女の、結界術である空間操作の術だった。
天狗仮面に向けて放たれた円月輪が飛んでいくその前方に密かに、八つの杭で形成した小結界を配置し。
棍使いAと交戦している天狗仮面の、なるべく死角になる位置を選んで形成した小結界から、Bの円月輪を出現させて攻撃させる。
攻撃が外れたとしても、自力で戻る機能が元々付いている円月輪は、引き返すその過程で自ら小結界を通過し、またBの手元に戻るのだから、怪しまれる事もない。
少女がしたのは、ほんの小さな支援。
形成した小結界同士の空間を繋いで、その飛距離を短縮したというだけだ。
自分の領域内。何処に何を、どんな状態の結界を形成するのも、自由自在なのだから。
少年と賀川の戦闘終盤時に、既に出来ていた賀川のその傷口に、正確に円月輪を狙わせのも、少女の結界術によるものだった。
だが万全でない魔道具では、あまり多くを御する事は出来ない。
それに加え自身は魔法使い等ではないのだから、十あるものを十使うなど出来る筈もなく。よくて五、六割程度。壊れているモノを無理矢理に稼働させている事も考えれば、四、あるいは三割程の力しか出せていないだろう。
そんな状態では、何かが増えれば、何かを減らすしか方法はない。
来るその時まで、力を温存しておかなければならないのだから、尚更だ。
Bが手数を増やした事により、天狗仮面と賀川の二人を捕える為の結界を準備しながら距離短縮の結界形成、尚且つ翻弄用の単発結界を形成する事は、先に張った結界を維持させながらというのは、到底無理な話であり。
突発ものであるが故に思いの外動力を食う翻弄用の結界を止め、結界の維持をしながら、Bの支援と捕獲用結界の準備に専念する事となった。
結果的にそれは功を奏したのだから、良しとしよう。
それに――……
自身は敗れたとはいえ、Bの仕込んだモノは上手いこと、作用しているようだった。
すぅと、獣面の奥の少女の、その瞳が細められる。
未だ、眼前の結界内で膝を折っている二人は、立ち上がる事すら出来ていない。
流石にもう、おかしい事には気が付いているようで、
「……くぅっ……立てぬっ……!」
「……な、んで……っ、……まさか……!」
呻きながらも、距離を取ろうと後退る二人に、Aが含みある声音で告げる。
「やっと気付いたのか〜ぁ? お二人さんよぉ。飛び道具に毒が仕込んであんのは〜ぁ、ジョ〜シキだろ〜がよぉ。ベニの攻撃を食らった時点で〜ぇ、お前らはもぅアウト! だったってこったぁ。これからは、もうちっと気ぃつけるんだな〜ぁ。ま、今更意味ねぇ事だがなぁ。ヒャハハハハッ!」
「……それに、貴方がたにはもう……逃げ場はありません……」
男の言葉に続けるように、少女がポツリと呟く。
Bの攻撃を受けた傷口から円月輪の刃に塗られていた毒が入り、それが除々に広がって、身体の自由が阻害され。攻撃が阻まれたその時には既に、不可視の檻に捕われた、籠の鳥となった二人を見つめて。
しかしそれは、既に理解している事なのだろう。
「……なにかあるとは思っていたが……。まさか、二重の罠であったとは……」
「……なにか……あるはずだ……ここから脱出する、その方法が……」
向ける視線は鋭いまま、傘を支えになんとかして立ち上がろうとしている天狗仮面と、屈んだままそぅと周囲の壁を確認するようにして手を伸ばしている賀川が呟く。
毒に侵され退路もない状態で混乱して叫ぶ事もせず、冷静に事態を分析し対処しようとするのは流石と言うべきか。
しかしそれに、くっと笑って棍使いの男がとんっと棍を肩に担ぎ、宣告であるかのように無情に告げる。
「さぁて〜ぇ。たっのしいショー、タイムの始まりだぁ! ……精々、イイ声出して喘いてくれよ〜ぉ? じゃねぇと盛り上らねぇからなぁっ! ヒャーッハッハッハッハァッ!」
その声に仮面越しにもはっきりと、獰猛な瞳をした獣が、残虐で残忍な、嘲笑の笑みを浮かべているのが見て取れた。
このままでは――、殺される。それもかなり、残酷な方法で。
ひと思いには殺さずじわじわと、なぶり殺すつもりでいるのは、棍使いの口ぶりからしても明らかだ。
何か無いのか。何か、なにか。
毒による痺れで思うように動けず、結界に捕えられた危機的この状況から、打開する為のその策は。
ニヤニヤとした笑みを含みながら、棍使いの男がゆっくりゆっくりと、近付いてくる。
担いでいた棍をおろしワザと地面を掻いて、歩みを進めるその足音と共に音を響かせ。
それが、いやに大きく耳に届く。
ごくり、唾を飲み込むその音まで、耳に残り。
しかし鋭い視線を向けたまま、天狗仮面と賀川の二人は諦めずに退路を、打開策を考える。
こんな所で殺られてやる気など、更々ないのだから。
守るべき者がいる、大切な人がいるその場所に、なんとしてでも帰ってやるという、その強い意思が。
届いたかのように。
「イイ声で喘けよ〜ぉ? ヒャッハァ!」
眼前に歩み寄って来た棍使いが、笑いと共にその棍を振りかぶった、瞬間。
「……あぅっ!」
棍使いの後方にひっそりと佇んでいた少女が、小さな呻き声をあげ。
ピュイィッ! 上空で隼の嘶く声が聞こえたと思った時には、巨大な結界の上部を踏み割って飛び込んできた小さな白が、その両手を閃かせ。
「なんだっ!?」
声をあげ、上空を仰ぎ見た棍使いのその目に映ったのは、踵。
「っりゃあっ!」
「ぶげっ!?」
それが足の踵だと認識する間すら与えず、重力ののった踵落としが面越しに棍使いの眉間にクリーンヒットしたのと、飛び込んだと同時に投擲した十六の長針が、天狗仮面と賀川の二人を捕えていた結界の、杭を貫いたのは同時だった。
砕かれた杭が夜風にサラサラと流れる中、そのまま前にくるりと回転し、昏倒した棍使いが地に倒れたと同時に地面に着地したその少年は、ズボンのポケットに手を突っ込み、肩越しに後方を振り返った。
夜の闇の中でも映えるその白髪。勝ち気な蒼の瞳を見やって、賀川が驚いたような声を上げる。
「レディフィルド!?」
賀川のその声に口角を上げ、その少年レディフィルド――フィルはニヤリと呟いた。
「よ〜ぉ賀川。あっぶねぇトコだったみてぇだなぁ? 助けてやった俺様に、感謝しろよ〜?」
相変わらずの憎まれ口を叩くフィルに、その黒の瞳を瞬いて。
「……どうして、ここに……」
ぽつりと呟かれた賀川のその問いに、蒼の瞳を煌めかせ、フィルは当然のように言い放った。
「ヒーローってのは、ピンチに現れるモンだろぉ〜?」
飄々とした表情で、ニヤリとその口角を引き上げて。
説明回的?かなぁ…
こういうのを然り気無く入れ込めると格好いいんでしょうね〜
精進せねば…
敵さんも頑張ってますよ、と
そしてやっと来たウチの子達…(笑)
さて、そろそろ森ステージは終わりかな〜?
三衣 千月様のうろな天狗の仮面の秘密より
http://nk.syosetu.com/n9558bq/
天狗仮面、ちらりと傘次郎君
桜月りま様のうろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より
http://nk.syosetu.com/n2532br/
賀川さん
お借りしております
継続お借り中です〜
おかしな点等ありましたら、ご連絡くださいませ
※後日、日付を揃える為差込で移動させる予定です
ご注意ください
以降はまっさら状態(苦笑)に等しいので、更新は未定になります〜
すみませんっ
降りてこい、閃きっ!




