11/4 北の森・空で
「はぁ!? いなくなっただぁ? どーゆー事だっ、おいアプリッ!」
畳にへたり込んだまま荒い息を繰り返すアプリに、掴み掛からんばかりの勢いで詰め寄り叫ぶフィル。
そんなフィルを手で制し、カルサムは静かにアプリに問う。
「朕の結界が、揺らいだ気配はなかったが……。アプリ(お主)、汐と共に居った筈であろう?」
それになんとか息を整え、アプリが言葉を紡ぐ。
「そーだけど、そーだけどっ! ちゃんと寝付くまで側にいたし、離れる時だってルドとアム、しおしおの側に置いてったもんっ! でもっ」
一気に告げて言葉が続かなくなったのか、そこで息吐き指を差すアプリ。つられるようにフィルとカルサムがそちらへと視線を向けると、畳にヘタっているアプリの傍らでゴソゴソと動いている、フリルがふんだんにあしらわれた袋が一つ置いてあり。
そこからバサバサと何かが羽ばたく音と、ククッ、チュチュン、という二つの鳴き声が漏れ聞こえ。
「ルドッ!?」
それにフィルが驚きの声を上げ、慌てて駆け寄り袋を開くと、なかから肩乗りサイズの鷲ルドとアプリの相棒、コウミスズメ――雀のアムがパタパタと出てくる。
「お前っ、なんで」
パサリ、翼を羽ばたかせて腕にとまるルドを見つめ、呟くフィル。
「……操られでもしたか」
それに腕を組み微動だにせぬまま、ポツリとカルサムが呟き。
ハッとした顔を向けるフィルとアプリに、囁くように告げるカルサム。
「一度侵入されておるのでな。家はそれだけで結界の役割があるが、強化も兼ねて一つ、張っておったのだが……。汐が自ら出ていったのであれば、触れる事はないのでな」
つい先日騒動があったばかりとあって、捕えた獣面の気を少々練り込んだ特殊結界を、ホテルに張ってあったのだ。次侵入された際に感知出来るようにと。
しかし〈外からの侵入を遮断〉するべく張られている結界故に、〈内から外〉に、しかも自ら出ていったとなれば、その琴線に触れる事はない。
たとえ、操られていたのだとしても。
「くそっ!」
カルサムの言葉と瞬時に過った思考に毒づき、フィルはバルコニーから外へと勢い良く飛び出していく。その後ろ姿に、僅かな気の乱れを察知したカルサムが声を投げる。
「北で、何やら妙な気配がしておる。朕も直ぐに発つ。――無茶をするでないぞ」
「サンキューおっさん! ルドッ、行くぜぇっ!」
その時には既に、大鷲へと変幻したルドの背に乗り、羽ばたくルドと共に夜空に飛び立っているフィル。羽ばたきが、徐々に小さくなっていく。
「! アプリたちも、アプリたちも。早く行かなきゃっ!」
それを見送ってしまってから頭に雀アムを乗せたまま、慌てたように立ち上がってアプリが言うが、カルサムがそれを留める。
「アプリ(お主)は、家人に気取られぬようもう一度ホテル内を探し、その後浜辺へと赴け。そちらからも、妙な気配がするのでな。朕はフィル(あやつ)の後を追う。――頼んだぞ」
それにコクリ、頷いて。
アプリは来た道を引き返し、カルサムはフィルが出ていった窓の方へと歩いていき。
波音が絶えず響くのに紛れさせるかのように、懐から取り出したボラを吹いて隼サムを呼び寄せ。
バサリと羽音を響かせて、闇夜に一羽の大鳥が飛び立った。
「これ以上、邪魔が増えても困りますから」
言うが早いか。
天狗仮面の左斜め後方にいる小柄な獣面の少女が、四方に八つの小さな杭を投げ。
その杭が線で繋がり。途端に薄膜で被われた、四角いフィールドが出来上がる。
「これでどんだけ暴れても、バレる事はナイっすね〜」
それにニヤリとした含み笑みで返すのは、右斜め後方にいる仲間の少年。身丈的にまだ中学、いや小学高学年くらいだろうか。
くるくる、漆黒の袖から覗くその指に円月輪(金属製の円盤。真ん中に穴があいていて外側が全て刃の投擲武器)を引っ掛け、玩んでいたかと思えば。
次の瞬間には、此方に向けて弧を描くように投げつけてくる。
それをヒラリ、唐草模様のマントをはためかせて難なく避ける天狗仮面だが。
「ヒャーハーッ!」
そこ目掛けて笑いながら眼前の獣面の男が、ひょろりとした長身のその手に、棍を握り突っ込んでくる。
「っ!」
その俊敏さに面の奥の目を瞬き、傘次郎を上段前に、振り下ろされた棍を受け止める天狗仮面。
ひょろい体躯に似合わず、重い衝撃が手に伝わり。柄を持つ手を強く握る。
暫しそのまま、つばぜり合うのかとも思われたが。
「兄貴っ!」
傘次郎の声と至近距離で額をつき合わせていた棍使いが、ふっと笑ったような気配を察し。
そこから棍を押し戻し、後方に退きつつ身を捻る天狗仮面。
シャッ!
すると仮面を擦りその肩口を切り裂いて、円を描くようにして戻ってきていた円月輪が、風切り音を響かせ血濡れた刃を夜闇に煌めかせながら、勢い良く過ぎ去っていき。
そう間を置く事もなく、それを投げた少年の指にスッポリと収まる。
「回転を利用し行きと帰りで、二度攻撃を仕掛けられるのであるか」
「大丈夫でやんすか、兄貴!」
「大事ない。しかし……、厄介であるな」
幸い切り込みは浅く出血も僅かだった為、そのまま周囲に油断なく気を配りながら、天狗仮面は思案する。
未だ三方を囲まれた状態である上に、結界のようなものによって移動距離には制限があり。
前衛の棍使いに、後衛の円月輪使い。そして支援要員らしい小柄な少女。
戦力的バランスは良い。
という事は、崩すのはなかなかに骨が折れそうだ、という事だ。
それに、我関せずといった感じで枝の上に佇んでいる、獣面達の頭らしきその者が纏っている妙な気配も気にはなるが、周りの三人も同じくらいに妙だった。
どう見ても唯人であるというのに、空を舞っているというのだから。
それを可能にしているのは各々が身に付けている、あるモノが原因のようで。
「下にいる奴もかなり妙な気配がしやすが、こいつらも、同じくらい妙な気配を纏っていやすねぇ」
「うむ。私と同じ、『風』に縁あるもののようだが……」
突進してくる棍使いの棍を傘次郎で受け、増えた円月輪をすんでの所で避けながら、次郎と言葉をかわす天狗仮面。同時に神経を尖らせ、その気配を探る。
暫しすると棍を持つその腕に、軽やかに空を漂う少年のその足に、そして静を保っている少女のその腰元に。
気が――、いや、風の流れ出る中心を感じ取る事が出来た。
傘次郎のように内なる力を引き出しそれを扱うというものではなく、何かそう、人為的に造られた道具によって生み出された、不自然な風が。
「どうした〜ぁ? 避けてばっかじゃ勝てねぇぜぇ?」
「!」
沈んだ思考を現実に呼び戻すかのように振るわれたその棍を、傘次郎で受け横なぎに払う天狗仮面。唐草模様のマントを翻し、後方にくるりと回って距離を取りながら呟く。
「何か、道具でもってあの浮遊を可能にしているようであるな」
「と、いう事はその道具を壊せば」
「うむ。落ちるのである」
「さすが兄貴でさぁ!」
傘次郎の、その声を遮るかのように。投げられた円月輪が天狗仮面の足元を掠めていき。くるくる、弧を描いて。
「独り言なの? それともその傘ホントに喋るの? まぁどっちでもイイっすけど〜。僕、そろそろ飽きてきちゃったよ、お兄さん?」
くるりと、手元に戻った円月輪を回し呟く少年。輪を回している方の手はそのままに、もう片方の手を一度握ってから、開くと。
円月輪がまたも増える。これで三つ。
「私はそろそろ、かの少女を迎えに行くとするよ」
そんな中、下方から悠々とした頭の男の声が届いたと思った瞬間。忽然と、枝の上からその者の姿がかき消える。
「遊びは終わりのようですね」
それを見るや、杭を投げた後は微動だにしていなかった少女がゆらりと、一つ杭を持つその手を持ち上げ。
きゅっと何気なく手が握られ、それに合わせるかのようにして微かに張ってあった結界が、人知れず一回り小さくなる。
「ヒャーハー! そろそろ身体も温まってきた頃だしな〜ぁ? 赤面野郎を、血祭りにあげるとするかなぁ!」
その少女に声を返すのは、卑下た笑いを含んだままの棍使い。脇を締め、姿勢低く棍を構える。
「次郎」
「合点でさぁ」
構えが変わったのを見るや気を引き締め、次郎を持つ手に力を込める天狗仮面。
互いに、遊び(探り合い)の時間は終わった。
ピンッとした空気が、夜闇に満ち。
瞬間。
ガキィンッ!
棍と傘が打ち合わされる音が響き。
遅れて、三つの風切り音が空を切り裂き。
空中であるというのに、まるで地を蹴った瞬発力でもって一気に距離を詰めた両者に向けて、いや、天狗仮面目掛けて円月輪が襲いかかる。
しかし、それはもう何度もこの目に捉えたもの。
冷静に軌道を読み交えている棍を払って、後方に退こうとした天狗仮面だったが。
「なにっ!?」
確かに背中に感じる「壁」に、驚きの声を上げる。
何もない筈の空中に、突如出現したその「見えない壁」に。
しかし、それならばと僅かに開いた前方の隙間に、身を滑り込ませようとする天狗仮面だが、瞬時に詰められ再び合わされた棍と、自分の背にくっついているかのようにぴったりと感じるその壁に、挟まれ身動きが取れない天狗仮面。
そこに迫る、三つの輪。
そんな中視線を後方に走らせた天狗仮面が、その目に捉えたのは――、空に浮かぶ小さな杭。
それこそ、少女が先程行った〈一回り分小さくなった〉結界の〈余分〉で作られた壁だったが、それを天狗仮面が知るよしもなく。
刹那。
「ぐっ!」
身体に走る三つの衝撃。
腕が、足が、背中が。
切りつけられた線を、追うように熱を帯びる。
「兄貴――っ!」
傘次郎の叫びが響き。
「じゃ〜あな〜ぁ、赤面さんよぉ。ヒャハハハハァッ!」
同時に面の奥で、棍使いがニヤリと笑い。
棒状だった棍が三節に分かれたかと思うと、衝撃に傷んだ身体に追い打ちをかけるかのように、即座に突き出されたそれに。
「ぐあっ!」
容赦なく穿たれ、勢い良く吹っ飛ばされていく天狗仮面。
背中にくっついていた、壁の感触は既になく。
勢いそのままに少女が張った結界を自らの身体で破壊して、天狗仮面は森(地上)目掛けて落下した。
夜空にいきなり、放り出されるかのようにして森へと落ちていく天狗仮面。
そんな中でも、その手から離さなかった傘次郎から、一つ風が生まれ。
遠ざかる四角い結界目掛けて、一陣の豪風が吹き荒れた。
護り人の彼らは間に合うのか!
そして落下する天狗仮面は…
三衣 千月様のうろな天狗の仮面の秘密より
http://nk.syosetu.com/n9558bq/
天狗仮面、傘次郎君
お借りしております
継続お借り続行中です〜
おかしな点等ありましたら、ご連絡くださいませ
※後日、日付を揃える為差込で移動させる予定です
ご注意ください




