11/3 新月の夜に
二週間ぶり!?更新!
なのにこんな話…(汗)
フィル君は何処まで深読み?するんでしょう…
「!?」
がばりと、跳ね起きる。
明かりの落とされた寝室。帯びるのは闇の気配。
それだけでも暗いのに、今日は新月ゆえに月も星の光も届かない、闇夜。
波の音だけが響く中、先程まで見ていた夢が再び脳裏に呼び起こされて、汐はぶるりとその身を震わせた。
眠れない――……
ここ最近、ずっとそうだ。
正確には、拐われかけたあの日以降から。
初めは、なんの夢かわからなかった。
ただ、何か怖い夢を見たような、そんな感じがするだけで。
だから、すぐに薄れてなくなるんだと、思っていた。
でもそれは日を追う毎に、薄れるどころかより鮮明に、より強烈に。
目に、脳裏に、心に。焼き付けるかのようにして、再生する。
〈忘れるな〉というように。
始まりがあって、終わりがあったその怖い夢は、次第にある一場面だけを、しきりに繰り返すようになった。
そこだけを。
繰り返し繰り返し。
巻き戻しては、再生する。
〈警告〉であるかのように。
繰り返し繰り返し。
その魂が何か、どす黒いモノに塗り潰される、その瞬間を。
「っ!」
ぞくりとその身を震わせて、汐は自身をかき抱く。
栗色のその瞳から、涙が溢れて止まらない。
身体が壊れたかのようにガタガタと震えて、歯が上手く噛み合わない。
さすってもさすっても、身体は余計温度を失っていくかのように、冷たく固くなっていく。
「――――っ!」
膝に顔を埋めて、寝間着の袖口を噛んで声を殺す。
そうしないと、叫び出してしまいそうだった。
いつか自分も、そうなるのかもしれないという、懸念が。
暗闇が、心の隙間に入り込んで、恐怖心を増幅する。
怖い、恐い、こわい――……
周囲の闇が、まるで自分の心みたいで。
囚われて、脱け出せなくなるんじゃないか――という思いが、じわりじわりと這い上がってくる。
見えないその闇の手が、ひたりと首筋に伸ばされかけた、その時。
「一人で、泣いてんじゃねーよ」
「!」
柔らかく温かなぬくもりと共に、そんな声がかけられ。バサリと、耳元でした羽音に。
求めるように、その胸元に顔を埋める。
ゆっくり、ゆっくりと。
頭を、背を撫でるその手に、体温が戻る。震えが止まる。
ぎゅっと、そのシャツを握る汐の手に力が入る。
言い知れない恐怖と、僅かな安堵が入り交じった、わけの分からない思考のまま、
「……あんな――……、モノしかっ、視れないなら……っ」
ポロリと口から溢れるようにして囁かれた、汐のその言葉が本心からではない事を、正確に悟って。続く言葉を遮るように、言葉を紡ぐ。
「言うなよ。〈それ〉は、本気で思ってる事じゃねぇだろ。言葉は言の葉。言の葉は言霊だ。言霊には、想いが宿る。汐(お前)みたいなのが、本心からそんな事言ったら――」
現実(本当)になるぞ。
最後のその言葉は飲み込んで、フィルは汐を抱き締めるその手に力を込め。
「大丈夫だ、大丈夫。それは、お前を害する事だけしか、伝えて来ねぇ訳じゃねーだろ。それに……そんな簡単に、自分を手放すんじゃねぇよ」
安心させるように、柔らかに囁く。
「今のお前が、昔のお前を、否定するような事なんか、しなくていーんだよ。んなメンドーな事は、今はほっとけ。……お前が、何を視たのかなんて、俺にはわからねーけど、さ。不安なら、側にいてやる。眠れないなら、ちゃんと眠れるまで、抱いていてやるから」
囁かれたそれは、厳しくも優しいもの。
すり、とその胸に頬をすり寄せる。
「……いつか、汐も……〈あんな風〉に……なる、の……?」
しかし拭いきれない恐怖からか、勝手に口から滑り出たその言葉に。
「ならねぇよ。汐(お前)は汐(お前)だ。それ以外には、なれねぇだろ」
汐がなんの事を言っているのか分かる筈もないだろうに、なんの躊躇も淀みもなく、すっぱりと言い切るフィル。
「……でもっ……」
「でももくそもねぇよ。ならねぇ。……まぁでもそうだな……「もし」。そんな事になりそうだったとしても――」
言いながら、そっとその顔を上げさせて。
栗色の瞳の、目尻に溜まったその雫を。
キスを落として留めさせ。
蒼の瞳を煌めかせて、ニヤリと笑んで。
「させねぇよ。んな事はこの俺様が。絶対にな」
飄々とした表情でいい放った。
「…………」
それを汐は、ポカンとした表情で見上げ。
暫ししてから、その顔に微かな笑みをのせる。
それを見やって、フィルは汐の栗色の頭をくしゃくしゃと撫でると、ふわりとその小さな身体を抱き締め直し。
汐が眠りにつくまで、そっと。
その身体を寄り添わせ続けた。




