どんだけなのさ
※うろな町外話
どんだけなんでしょうね(笑)
※後日、日付を揃える為差込で移動させる予定です
ご注意ください
「あ〜しんど〜〜っ!」
屈んだままの状態でそんな事を呟くのは、薔薇色の髪を一房に纏めて肩に流している、糸目の少年チェーイールー。
その手には血濡れた矛が握られており、なんと彼が鎮座しているのは、たった今自らの手で葬った暗殺者の、その胸の上だった。
「だらしないですわね。もう根をあげるおつもりですの? まだ、たったの二桁台ではありませんの」
カッチリとしたスーツの肩をあげ、窮屈そうに脱力しながら呟くチェーイールーに、可愛らしいシルクのハンカチで口元を被い、ジト目を投げながらそう呟くのは、銀髪金瞳の少女エトゥリカ――、リカだった。
山頂に据えられた、神殿の。長い長い廊下の、そのまん中で。
磨かれた大理石に、鮮やかな血華の、細密画が描かれていた。
廊下の隅に、追いやられるようにして積み上げられた、暗殺者達のその鮮血によって。
おびただしい程の血臭が周囲に充満しているが、共に気にする事もなく。
「そうはいうけどね〜、リカ? 君と僕とで合わせてもう、この一時間に刺客を三十も倒してるんだよ〜?」
老体にこの数はキツいよ〜と言いながら、よっこらせっと、ようやくその胸の上からひょいっと下りるチェーイールー。連戦開始前と変わらず悠々とした態度告げていて、本当に疲れているのか怪しい所だが、ふいにその右手を払い、矛先についていた血を空に飛ばす。
それに、血華の真ん中でつま先立ちしてクルリと回り、シミ一つ付いていないドレスのスカートの裾をつまんで余裕の笑みを湛えたまま、ペコリと綺麗にお辞儀するリカ。
子供らしく大きなレースリボンで括られた銀髪のツインテールが、さらりと風に揺れ。
暫ししてから大理石の床面の血華に、計算されたような精密さで、新たな線描が描き足される。
遅れて頭を下げたままのリカの頭上を、滑車でもあるのか引かれるように、黒い線が高速で過ぎ去っていき。
隅に積まれた屍の山に、また一つ遺体が積み上げられる。
キラリと、何もない筈の空間に、無数の血濡れた微細な線が見え。
奇襲をかけたらしいその一人の暗殺者は――、既に絶滅の一途を辿っていた。
チェーイールーが無造作に払った血によってその軌道を逸らされ、張り巡らされていたリカのワイヤーによって、声すら上げる事もなく、暗殺者自身も気付かぬその内に。
「まったく、怖いね〜ラタリア様(彼)は。いったいどれだけの人達から、怨まれているんだろ〜ねぇ〜?」
ひょいひょい、大理石にちりばめられた線画を乱さぬよう、飛び跳ねながら器用に肩を竦めてみせるチェーイールーに、キロリと、リカはその金瞳を投げ。
徐に、か細いその手をクロスさせ。ついで両翼を広げるかのようにキュウッと、後方に引かれる腕。
それにえ? と、きょとんとした顔をチェーイールーが眼前のリカに向けた途端に。
背後でどしゃりと、何かが崩折れた音が響き。
その音におや? と思ってチェーイールーが肩越しに背後を振り返ると。
例によって例の如く。瞬く間に絶滅させられた暗殺者が一人、その足下に転がっていた。
「油断大敵ですわよ?」
ヒラリ、その白磁の手を自在に操り、床に転がる暗殺者からワイヤーを回収しつつ、ニコリと呟くリカ。
それに、苦笑しながらチェーイールー。
「ありがとうね〜リカ。でも、僕達だけでこれだけ倒してるって事は、ロパジェとレオの方にだって、それくらいは行ってるって考えるのがフツーじゃない? ならもう、六十も倒してる計算になる訳でしょ? 百の半分越えてるんだよ〜? あの天使な微笑みの裏で、いったいどれだけのえげつない事をしているのか、気になるのは当然じゃない〜?」
言い終わる頃には、その口元をニヤリとさせて悠々と告げるチェーイールーに、折角描いた絵画が汚れてしまいましたわ、と興味無さげに息を吐くリカ。
会話が途切れ、夜のシンとした静寂が訪れる中、チェーイールーのその疑問に、傍らにいるリカではない者から答えが返る。
「えげつない事を、しているだなんて心外ですね。私はただありのままを、お伝えして差し上げているだけですよ」
チェーイールーとリカの立っているすぐ側。
壁としか思えない、壁と一体であるかのような両開きの、モザイク扉の片側をそっと開いて、ひょっこりと顔を出しながら答えるのは、その両肩に小型の鳥を、ナイチンゲールと梟を乗せて、今までその隠し部屋に隠れていたラタリアだった。
サラリ、夜の暗がりの中、その白紫の髪が光を弾き。
その声に、危険はない事をさっと確認してから、にこりとしたまま手招いて、悠々とチェーイールーが訊ねる。
然り気無く、傍らのリカがラタリアを間に置き、挟み護る位置に立つ。
「ありのままって、例えばどんな〜?」
「そうですね……」
チェーイールーのその言葉に、そっと扉の影から出て、整った顎に指を添え小首を傾げてふと考え。
にっこりとした微笑みを絶やさず、ラタリアは事もなげに呟いた。
「提出された出納帳の各々の使用経路、用途を隅々まで調べ上げ、〈抜けている〉記載事項がある事を、皆様の目の前で事細かにお教えして差し上げたり」
ラタリアのその言葉に、それって隠蔽したいモノって事だよね〜? と呟くチェーイールーのその声を、聞いているのかいないのか。あぁそうそう、と両の手をポンと打ち、にっことしたまま続けるラタリア。
「お互いに、間諜を潜り込ませているのはわかりきっていますからね。私の口から申し上げねばならない事、非常に心苦しく思いましたが、各方々のそのプライベート模様を包み隠さず、切々と語り尽くして差し上げたりなども、僭越ながら仰らさせて頂いたりしましたね」
にっこり、浮かぶ微笑みは純真無垢。それをうーわー、と眺めながら、ふと訊ねてみるチェーイールー。
「でもラタリア(君)にだって、暴かれて困る事の一つや二つ、あるんじゃないの〜?」
しかしそれになお、そして何処までも無垢なその表情のまま。ラタリアは逆に、チェーイールーに問いかけた。
「神にこの身全てを捧げている、聖職者たる私に暴かれて困るような事など、一体何処にあるというのです?」
夜だというのに、ラタリアのその背に、眩いばかりの後光が見えた。
何処までも無垢。ただ、神の思し召すがままに。という、善良なオーラしか存在していないかのようなその微笑みが、夜に慣れた目に痛く眩しい。
その端々に垣間見える黒など、些細な、可愛いものであるかのようで。
それに筋金入りだ〜、とチェーイールーは一つ呟いてにこりと笑み。
無自覚なのが、一番タチ悪いんだよねぇ……と、こっそり胸中で呟いた。




