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10/31 それぞれの想い




 時間になっても起きてこない(うしお)を心配して、部屋に様子を見にいこうとする太陽(ひかり)達を、「アプリの薬(睡眠薬)、頭から被って爆睡してるだけだっての。俺様が看てるし、仕事と準備、あんだろ?」と誤魔化して追いやり、一つ息を吐いて。


 やれやれと肩を竦めながら、廊下の一番端にある、汐の部屋へと赴くフィル。

 そっとその扉を開いて、中に入る。


 ふわふわフリフリ満載(壁に掛けてあるイルカの絵の額縁までフリフリ)な部屋の窓際のベッドに、朝の光に微睡むように、すやすやと眠る汐がいる。

 昨夜の事などまるで夢であったかのような、柔らかなその寝顔に、知らずと息が漏れる。


 「また」、自分の腕の中で、喪う(なくす)のかと思った。

 何も出来ずに、ただ、冷たくなるその身体を、泣き叫びながら抱きしめている事だけしか、出来ないのかと。


 昔(あの頃)と今は、全く違うというのに。


「……いや。変わらない、か。――この手で守れるものなんか、限られてる」


 膝をついて、ベッドの側、眠る汐の傍らに屈んで、苦笑し自嘲気味に溢す。


 一切関わらせずに、守る事も。

 踏み込ませる前に、片付ける事も出来ず。

 自分の僅かな甘さが、汐を危険に晒させた。


「……首が飛んでも、文句いえねぇよなぁ……」


 薄く笑って呟き。ベッドの縁に肘をついて、顔を埋める。


 大切なものは。

 いや、大切だからこそ。

 いとも簡単に、この手から溢れ、落ちてしまう。

 掴んでも掴んでも。

 ふとしたその瞬間に、隙間からスルリと、抜けていく。

 己に守れるものなど、何もないとでもいうように。


 それでも――、守れた。

 自身はズタボロで、一人でではなく色々と助けられて、ではあったし、何事もなく、ともいかなかったが。

 それでも。

 兎に角守れたんだ、取り合えず今はそれでいい。


「…………」


 はぁ。口をついて出るため息。

 そのため息に気付いたかのように震える、汐のまつ毛。


「……う、ん……」


 僅かな身動ぎと共に、呟かれる密かな囁き。


「っ!」


 それにはっとして、フィルは慌てて頭を上げ平静さを取り繕う。

 その間に、そっと開かれる栗色の瞳。


「…………」


 ぼんやりと、此方を見つめるそれと、暫し視線が絡み合う。


「大丈夫か?」


 汐の頭に触れながら、そう囁くフィル。そんなフィルを、汐は目をぱちぱちと瞬きながら見つめ。

 つっ、と。上掛けを鼻先まで引き上げて、ぽつりと呟く。


「……どうして……(記憶を)消さなかった、の……?」


 汐の口から出てきたその言葉に、苦笑が漏れる。

 大丈夫でもなく、ありがとうでもなく。

 まるでそうされる事が〈当然〉だとでも言いたげな、汐のその瞳を見つめ、側に顔を寄せて囁く。

 こんな所までは流石に監視の目も入って来てはいないだろうが、念のためだ。


「アプリがうろな(こっち)に来たのは偶然だっつの。大体、それは汐(お前)の本意じゃねーだろ」


 アプリは自身が薬物を使った攻守をするからか、手紙収集の傍ら神殿や孤児院で、薬師の真似事などを気ままにやっている。

 気ままにとはいえ、長年携わってきているが故にその技術は確かなもので、周囲から一目置かれていたりもするのだが。

 なかでも秀でているのは爆薬やら睡眠薬やら、催眠薬やらの類いで。

 それは悪戯に付き合わされていた汐も、よくよく知る所であり。


 それ故に昨夜の記憶を、寝ている間に消されていると思ったのだろう。

 確かにあんな記憶、ない方が絶対にいいに決まっている。

 一瞬、消してしまった方が、とも考えた。

 しかし、それは必ずしもの本意ではない。

 確かに、知られたくない、覚えていてほしくない事ではあるが。


 ぱちりと、驚きの色を宿した瞳が、瞬かれる。


「……けどまぁ、アプリ(あいつ)がこっちに来てくれたおかげで監視役の奴らにゃ、ある程度の部分は〈消した〉とは伝えた。だから〈今まで通り〉だ。――出来るな?」

「……そんなの――」


 フィルの言葉に隠されているものを正確に読み取って、汐が抗議の声を上げようとするが、分かっているとばかりに、先手を打つようにフィルが言葉を滑り込ませる。


「……何時か、は。話さなきゃいけねぇ事なんだってのは、わかってる。けど、汐(お前)に〈言えない事〉があるように、俺達にだって〈言えない事〉があるんだよ。今は、まだ――。言えない、事が」

「…………」


 そっと。顔を伏せて語られるフィルのその言葉を、汐はただ聞いていた。


 あれだけのものを〈視せつけて〉おいて。記憶も消さず、今すぐ教えてくれもしないだなんて。

 それなのに〈今まで通り〉でいろだなんて。


 理不尽だ、と汐は思う。

 確かに自分にだって、言えない事はあるけれど。

 それでもずるいものはずるいと、釈然としない顔で汐がフィルを見上げていると。


「今日、ハロウィンなんだろ? ARIKA(店)での催し、お前も参加すんだろーが」


 いきなりの話題変換に、驚いてがばりと起き上がって汐が声を上げる。


「!? いまそんな事、言ってるバアイじゃ――」


 しかしそれに、フィルは苦笑しながら呟く。


「身体はなんともねぇみてぇだし、大丈夫なんじゃね? ……大丈夫だっての。昨日の今日だ。ボロ負けしてんのに来れるワケねーよ。そこまでヤられたらいっくらこの俺様だってな、準備のし直しと作戦の立て直しくらいするっつーの。見張りはつけてやるから。安心して行ってこいって」


 最後の方は汐の耳元に唇を寄せ、ひそりと囁くようにして告げる。


「…………」


 じぃ、と。そんなフィルを汐は見上げ。


 言いたい事も聞きたい事も沢山あるのに、言わせても、聞かせてもくれない。

 本当に、ずるいと思う。

 でも汐に、この〈幸せの檻〉を壊す事は、出来ない。

 仮初めでも、今は、まだ。

 だから色々をなんとか飲み込んで、ただ一つ、コクリと頷く。


 それに落ちるフィルの苦笑混じりのため息と、乱暴にぐしゃぐしゃと頭を撫でるその手のぬくもり。

 ついで呟かれる、歯切れの悪い一つの言葉。


「あー、えーと。……その前に、だ」


 それと共にパサリ、窓辺にいた鷲ルドが、小さく羽ばたいて僅かに開いていたカーテンを閉め。

 それにえ、と思う間もなく、フィルの腕に頭を抱き寄せられる。


「!? な、なにっ!?」


 それに驚いて声を上げる汐だが、フィルはそんな汐をきゅっと抱き締め、柔らかに囁く。


「……怖かったんだろ?」

「!」


 フィルのその優しげな言葉と声音に、ビクリと肩が跳ね。無理矢理押し隠していたモノが一気に引きずり出されて、知らずとぎゅう、とそのシャツを汐の手が掴む。


「……こわく、なんて……」

「強がるなって。怖かっただろ? 泣かせてやるから。……泣いて、いーぜ?」


 苦笑混じりの、だけどどこまでも優しいその声と、背中を撫でる柔らかなその手に。

 ボロリ、一粒涙が溢れ。

 次から次へと滴が溢れる。


「……っ、……汐はっ……こわく、なん、てっ……!」

「あーはいはい。そーゆー事に、しといてやるよ」

「……ほんと、だもんっ……! フィルがっ……、フィルが悪い、んだよっ……! うしお、は……っ」

「あーそうだな。俺様が悪い。……俺様の所為にしていーから。俺様の所為で、いいから。俺様以外、誰も見てねぇから、さ。……思いっきり、泣いちまえよ」

「――――っ!」


 いつもとは違う、どこまでも優しいその声と。

 回された腕の、柔らかな感触と温かなそのぬくもりに。

 誘われるように。

 流しきるかのようにして、汐はフィルの腕の中、その涙を流すのだった。



内に秘めたるものは…

ちょっと、昔に引っ張られたフィルでした


これで、汐が元気にハロウィン行っててもいいハズ…っ!


しかし、また泣かされた汐〜(苦笑)

どっかで仕返し?しないと…


※後日、日付を揃える為差込で移動させる予定です

ご注意ください



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