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10/30 長き夜の終わり




 うしおを一時とはいえ拐われる、という失態をおかしたアプリにこの場の後始末と、ボロボロの賀川をきっちり家まで送り届ける事を厳命し、意識の落ちた汐を部屋に連れ帰ると、フィルがそのまま汐を抱きかかえ肩に鷲のルドを携えて、一人浜辺から去り。


 それならばと、アプリから解毒藥やら化膿止めやらを貰い、包帯を巻いて、目立つ所には消毒薬入り人工皮膚シートなるものを貼って傷を隠し、意外な程早く体力が回復したのもあって、


「車を止めて来てるから」


 と告げて、浜を歩き出す賀川。

 敵は倒した。それにレディフィルドが傍にいるのなら、汐ちゃんは大丈夫だろう、と思ったが故だ。

 まだ身体のあちこちが僅かに痛むし、ホテルに泊まって明日はそこから仕事場に行く事も考えたが、先日ユキさんが変な輩に攫われかけたばかりなのもあって、傍にいられる時は少しでも長く、傍にいたかった。

 この時間帯じゃきっと起きてはいないだろうけど、離れているよりはずっといい。そう思いながら、浜を歩く足を早める。


「一人じゃ、一人じゃ。危ないよぉ〜」


 と、後方からパタパタと駆けてきながら、その後ろ姿にアプリが声をかけ。

 了承も待たずに、賀川の横を並んで歩くアプリ。

 先程の戦闘などまるでなかったかのように、鼻歌混じりに結わえたおだんごをぴこぴこさせて、てってけと隣を歩く。

 それについ、


「危ないなんて言うわりに、俺に対しての警戒心、無さすぎじゃないか……?」


 と呟いてしまう賀川。

 その声にくりっと顔を向け、隣を歩く賀川を見上げ、八重歯を覗かせにぱっと笑ってアプリは告げた。


「鳥さんに、鳥さんに。好かれる人に、悪い人はい〜ないっ♪」


 言われたその言葉に。


「っ!」


 不覚にも嬉しさで心臓が跳ね。

 驚いて目を瞬いて、口元に拳を添える賀川。

 ……照れた顔を見られるのは、なんだか恥ずかしい。

 頬にほんのり走った赤みは、闇に紛れてわからない筈だ。そう思いながらも、隣を歩くアプリから、そっと顔を背ける賀川なのだった。

 そんな賀川を、肩にとまったままのドリーシャが、不思議そうに首を傾げて見つめていた。




 暫し浜を歩くと、見慣れた白の車が見えてくる。賀川運送と名前の入ったそれが。

 あぁ、これでやっと家に帰れる――。そう思った賀川だったが。

 車の傍に佇んでいる、フードを被った二人組をその目に捉えて、眉根を寄せ足を止める。


「……なんだあいつら……」


 自然と低く呟かれたそれに、気付いたように此方を振り向く二人組。ロングコートにスッポリ被われているが、背丈も体格も同じようだ。フードが目深に下げられていて、その顔を窺い知る事は出来なかったが。

 まだ残党がいたのか? と若干うんざりしたように賀川がため息を吐いた所で。


「今更、今更。一体何しに出てきたのかなぁ〜?」


 賀川の前に一歩出て、先程の少女のような可愛らしい声を一変させ、鋭い刃物のような冷やかな声音で呟くアプリ。それにバサリ、頭の上に乗っている小鳥がその翼を羽ばたかせる。

 眼前の二人は、何も答えない。

 アプリの側に立つ賀川もその目を一つ瞬いたが、特に何か言うような素振りは見せない。

 それをいい事に、アプリは更に言葉を続ける。


「アプリちゃんが、アプリちゃんが。いるんだから、君たちの出る幕はないと思うんだけどな〜? 本当に〈監視して(みて)〉るだけしかしないんだから、後の事はこっちに、任せといてくれないかなぁ?」


 呟いてつぃ、とまた足を一歩前に出すアプリ。それに知らずと半歩、後ろに下がる二人組。

 アプリのその言葉から賀川は、どうやら知り合い(?)らしいし取り合えず成り行きを見守ろうと、前方の二人を見つめたまま口をつぐんでいる。

 そんな中更に一歩前に出て、腰元からラッパを取り出しながら、アプリは静かに呟いた。


「ダメなのかな、ダメなのかな? ここは大人しく引いた方が、身の為だと思うんだけどなぁ〜?」

「っ!」


 それにひっ、と。強張った声が前方から漏れ聞こえ。賀川が、それに眉を潜める。


「……出過ぎた事を、致しました。以降はトゥリディース四番に委ねます」


 そろそろと頭を垂れて、震える声で告げる二人。それにアプリが視線を細めると、ビシッと姿勢を正した後、二人は脱兎の如く駆け去っていった。


「……なんだったんだ……?」


 それを半ば呆然と見送り呟く賀川。そんな賀川にくるりっと振り返って、にぱっとした人懐っこい笑顔でアプリが答えた。


「青空家に、青空家に。くっついてる〈監視さん〉だよ〜☆ さっきもいったけど、本当に、本当に。見てるだけしかしないんだけどね〜」

「……本当にそうだっていうんなら、その手をラッパ(獲物)から離してくれないか?」


 にぱりと告げるアプリに、苦笑しながら呟く賀川。

 アプリがラッパを出した時の二人の態度に、あの言葉には語弊があるのでは、と思ったのだ。

 それに、うーんと首を捻ってから、ま、いっか。とラッパを腰元にさし直すアプリ。


「お兄さんは、お兄さんは。……他言しなさそうだし、ね〜。わざわざ〈消さなくて〉も、いーかな〜」


 十六番は催眠なんだ〜☆ と、悪びれもせずに告げてみせるアプリ。それに、賀川は自身の読みが当たっていた事を悟る。


 先程の二人は、恐らくここ暫くの時間分の俺の記憶を、消しに来た者達なのだろうと踏んでいたのだ。

 しかしそれは、意外な事に傍らのアプリによって退けられたが、彼女がわざわざ、ラッパを手にしたのが気になっていた。


 獣面達を捕え、眠らせる事が出来る不思議なシャボン玉を、精製するそれ。

 それだけでも充分不可思議であるのだが、更に不可解なのが、先程貰った各々の薬の効き目の早さだ。

 あれ程の戦闘を繰り広げたというのに、短時間で歩いて帰れる程に体力が回復しているのには、目を見張るものがあった。

 本来なら、あと二、三時間はその場から動く事すら出来ないであろう怪我を負ったというのに、今歩いて帰ることが出来ているのが、その証拠だろう。


 それにより、薬の事に長けている者なのだろう、と賀川はアプリを検分した。

 そして薬の事に長けているという事は即ち、その反対、毒物にも通じているという事だ。

 アプリ自ら催眠といってのけたのだ。記憶を操る薬くらい、容易に作っていそうだった。

 じっ、と眼前のアプリを見やり賀川がそんな思考を巡らせていると、耳が一つの羽音を拾い。


「アプリよ」

「ひゃわぁっ!?」


 いきなりかけられた声に、アプリが驚いて飛び上がる。


「びっくり、びっくり〜っ! もぅカルカル、いきなり声かけないでよぉ〜」


 ドキドキと煩い胸を押さえ、アプリが抗議の声を上げながら背後を振り返ると、そこにはアプリがカルカルと呼んだ、捕えた獣面達の見張りをしている筈のカルサム(と隼)の姿があった。


「――すまん」


 それに短く答えると、カルサムは徐にアプリに告げた。


「そこな御仁は朕に任せよ。お主の薬で回復したとはいえ、その体での運転は骨であろう。もうすぐ日も変わる。アレの効果が切れるやも知れんぞ。いくらお主でも、一からの構築ともなれば刻を要するであろう?」

「え〜、え〜! もうそんな時間〜!? うー、うー。でもでも、フィルフィルに文句言われるのもヤ〜ダしな〜」


 と、暫し悩んでいたアプリだったが、うん、わかった! と気を取り直し、身を翻して目散ともと来た道を駆け戻っていく。

 それを、賀川とカルサムが暫し見送り。

 さて、とカルサムが呟いて。それに賀川が、


「確かにまだ身体はダルいけど、運転出来ないって程じゃ」


 と声を上げかけるが、それより先に隼の背に乗ったままのカルサムが、賀川の襟首をむんずと掴み。


「えっ……えぇっ!?」

「サムニドで疾駆(かけ)た方が遥かに速い。サムよ、そっとであるぞ」


 驚く賀川を余所に、隼、サムをふわりと車上まで移動させ、その脚に車体をそっと掴ませる。

 それに、え、と賀川が嫌なものを感じる暇すら与えぬ内に。


「行くぞ」


 カルサムのその一声により、カルサムと首根っこを掴まれたままの賀川をその背に乗せ、脚には賀川運送の白い車体を掴んだ隼サムが、翼をバサバサと羽ばたかせ、曇天の空に大きく舞い上がったのだった。


 曇り空の景色が流れ、確かなスピード感と浮遊感に包まれる中、賀川は思う。


「これはだな、うん、彼女のシャボンが見せてる夢だ、夢……その方が辻褄が合うよ。うん。そうしておこう。そして夢として楽しいけれど、はしゃいじゃ……ダメだぁ」


 実は声に出ていたが気にしてはいないのか、賀川の首根っこを掴んだまま、カルサムは胡座をかいて隼サムの背に鎮座し、隼サムはその翼をただ、バサリと羽ばたかせるのだった。



 こうして、長かった曇天の日のその夜は、一応の終わりを迎えたのだった。



賀川さんを、なんとかお家に帰せました〜

お帰りはギャグテイストですが☆

緊迫してばっかりだったので…(苦笑)


桜月りま様のうろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話

http://nk.syosetu.com/n2532br/

より、賀川さん、ちらりとユキちゃん


お借りしております

(次話でもちらりとお名前お借りしますが)長らくお借りしておりました!どうもありがとうございました〜っ

またの際は、宜しくお願い致しますね

おかしな点等ありましたら、ご連絡くださいませ


※後日、日付を揃える為差込で移動させる予定です

ご注意ください



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