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10/30 頼むから




「知ってたんでしょ!? フィル、本当は……『こうなる事』、最初から……っ、わかってたんだよねっ!?」


 絞り出すようにして告げられた(うしお)の、その言葉に一瞬、反応が遅れる。


「は……? なんでだよ。んな事あるわけ――」


 訝しげな表情で呟き、フィルが眼前の汐を見やると、汐はその栗色の瞳を哀しげに歪ませて、ぽつりと呟いた。


「嘘」

「……なんでこの俺様が、汐(お前)に、嘘なんか吐かなきゃなんねーんだよ」


 それにやれやれと肩を竦めてフィルが言うが、ボロリ、瞳から涙を溢れさせて汐が叫ぶ。


「だって、おかしいもんっ! いつもなら、二、三日で帰るはずなのに……。それに、フィルだけじゃなくてアプリちゃんや、カルサムおじちゃんまで来るなんて、絶対変だもんっ!」

「んな事ねぇだろ。たまには、羽伸ばしたくもなるっつーの」


 なぁ? とルドを乗せた肩越しに、平静さを徐々に取り戻しつつフィルがアプリとカルサムに話を振る。

 それにへらっと笑ってアプリは「だね、だね〜☆」と頷き、カルサムは素知らぬ顔で微動だにせず、(サムニド)の側に佇んでいる。

 フィルの傍らにいる賀川は、黒の瞳をぱちぱちと瞬き、ただその耳を傾けており。賀川の肩に乗っているマメ鳥ドリーシャは、その頭を忙しなく左右に動かしていた。


「うそっ! ラタリアお兄ちゃんを〈護ってる〉筈のフィル達が、お兄ちゃんから、こんなに離れてていい訳ないもんっ! それに……あのお面さんは、呼んだんだよ、汐の事を。――〈七の継承者〉だって!」


 汐の、その言葉に僅かに反応を返すのは、アプリとカルサム。アプリはその翠眼をぱちくりと瞬いて、フィルと汐を視線だけ動かして交互に見やり。カルサムは静かに佇んでいる状態のまま、微かにぬぅと唸って片目を僅かに開きその視線を二人に向けている。


「…………」


 はぁー、と。そこで長々と吐かれる、フィルのため息。引っ掛かってんのはそこかよ、とようやく合点がいったというような顔をして、ガリガリ頭を掻いてから、呟くようにフィルが告げる。


「あの男の言葉にゃ、なんの確証もねぇだろが。ただ汐(お前)を、揺さぶる為だけに言っただけかも知れねぇだろ」

「……どうしてっ……」


 フィルの言葉を聞き終えた汐のその声に、鋭さがたされる。

 それを訝しげに感じて、眼前の汐を見やるフィル。


「どーして隠すのっ!? みんなみんなっ! フィルも、お母さんもっ!」


 そんなフィルに確かな怒りを含んだ声で言葉を返し、尚も汐は言葉を紡ぐ。


「汐はもう、〈何も知らないまま守られてあげるような〉、子供なんかじゃないよっ!」

『っ!?』


 それにはっとしたような、息を詰めた吐息が周囲から漏れる。

 しかしその中でフィルだけは、苦笑混じりの顔をしてやれやれと肩を竦め、ため息を吐き出しながら呟いた。


「んな事言ってる時点で、まだ充分子供(ガキ)だろーがよ」

「っ!」


 フィルのその言葉に、一瞬喉を詰まらせる汐だが、ぎゅうと強く両の拳を握り、呟くようなその声を発する。


「……って、る……だよ……」

「あぁ?」


 波音に消され、汐の声が聞き取れなかったフィルが、怪訝な顔で訊ね返す。

 そんなフィルを涙で潤んだ瞳で見つめ、汐は囁くように言葉を紡ぐ。


「……本当は……、うしお、ね……し……って……」


 しかし、その言葉が紡がれる、その前に。

 ガクンと、その場に力無く崩折れる汐。


(セキ)っ!」


 それに直ぐ様反応し、フィルは身体の痛みも疲労も忘れ、猛スピードで浜を駆け。

 すんでの所で、倒れ込む汐を胸に抱き止める。


「!? 汐ちゃん!?」

「なに、なに〜っ?」

「ぬ?」


 自分の背後で賀川やアプリのそんな声が響くが、構うことなくフィルは抱き止めた汐を見やり声をかける。


「おいっ! 汐!」

「…………」


 フィルのその声に、汐は反応を返さない。それに慌ててフィルが汐を覗き込むと。


 目を閉じたままの汐は、規則正しく、静かに寝息を立てていた。


「……な……んだよ……。驚かすんじゃねーよ。……(寝)落ちただけ、か……」


 それに若干拍子抜けしつつ、一瞬毒でも盛られたかと思ったのを振り払うかのように頭を振り、苦笑しながら無理もないか、と呟いてフィルが安堵の息を吐き出しかけた、が。


「っ!?」


 突如その背筋を、冷たいモノが滑り落ち。

 呼応するかのように、ドクドクと心臓の鼓動が早まり。

 汐を抱くその手に、嫌な汗が滲み始める。


 それにより、フィルは直感的に理解する。


 これが、睡魔に誘われ眠りに落ちた、なんて温かなものではない事を。

 下手をすれば、そのまま汐は――……


 そう思った時には、叫んでいた。


「アプリぃっ! 薬だっ、早くしろっ!」

「え、えっ!?」


 此方に駆けてきながら、アプリが驚きの声を上げる。それに焦れたようにフィルが叫ぶ。


「薬師だろうがっ! エリキサでもなんでもいい! 兎角薬を出せっ!」

「っ!」


 フィルの切羽詰まった物言いに、はっとして。直ぐ様側へと駆け寄り。

 羽織ってきたポンチョの下。チュニックの裾から覗くデニムの短パンの、後ろ部分をまさぐるアプリ。

 お尻部分のベルトにはポーチが幾つもぶら下げられており、その中には、様々な薬が入れられていた。

 爆薬、シャボン液、睡眠薬に催眠薬。多種の良薬に毒薬の類い。そして勿論、解毒薬も入っていた。


 慌てたようにアプリが様々な薬瓶を砂地にバラ巻く中、焦燥感に駆られながら、フィルは汐の全身をざっと視診する。しかし曇に遮られ月も星の光も届かず、尚且つ民家の灯りすら届かぬ場所ゆえに、そうそう見付けられる筈もなく。

 逸る気持ちの中、フィルが髪を掻きむしるかのようにその手を頭にやったその時、肩に乗っていた鷲ルドが、ククッ鳴いて嘴で汐の首筋を示し。

 それに頷き、フィルが髪をそっとはらって汐の首筋を露にすると。


 その首筋に、一筋の線が走っていた。


(……あの鉤爪(ツメ)、かすってたのかっ!?)


 汐が傷を負ったのは、捕えられていたあの時以外、考えられない。

 瞬時に過ったそれに、フィルはちっ、と舌打ちする。

 あの時確実に仕止めておけば――と、悔やむフィルを嘲笑うかのように。


 抱きかかえる汐の、呼吸が段々と浅くなり。その体温がまるで、波が引くかのようにすぅと下がり。知らずと添えられていた胸から伝わる、鼓動が微弱に、次第にゆっくりになっていく。


「汐っ!!」


 それに、フィルはありったけの声で叫んだ。


 身体が震える。ドクドクと心臓は早鐘のように脈打って、身体の内部(なか)が熱く息が苦しい。なのに血の気が引いて、頭は逆に鮮明に冴え、冷静に事態を分析する思考に、焦りながら心を揺らす。

 最悪のシナリオが、頭の中をぐるぐると回る。


 やばいやばいやばい。

 焦りが思考を一つに絞る。

 『死』の一言に、こっちが持っていかれたみたいだった。


「あったよ、あったよっ!」


 目当てのものを見つけ、取り出したそれをフィルに手渡すアプリ。

 それを、聞いているのかいないのか。なんとか手を伸ばし、受け取ろうとするフィル。しかし手に力が入っておらず、取り落としそうになる。


「しっかりしろ!」

「っ!」


 それに一つ叱責が飛び。取り落としかけた瓶を、支えるように手が添えられる。

 そちらをフィルが半ば呆然としたまま見やると、重い筈の身体を引きずりながら、賀川が傍に歩み寄ってきていた。


「こっちは俺が。レディフィルドは、早く汐ちゃんに薬を」


 フィルの手に瓶をしっかりと握らせ、汐の首筋にさっと視線を走らせ膝をついて、若干慌て気味のアプリから水を受け取り、傷口を洗浄しながら静かに賀川が告げる。


「……サンキュ」


 それに蒼の瞳を瞬き、落ち着いている賀川に引かれるように、徐々に戻ってきた意識に僅かに笑んで、フィルは汐の頭を支え、その口元に解毒薬入りの瓶の口を添える。

 しかし目を閉じ浅い息を繰り返すだけの汐は、飲み込む力すらないのか、与えた端から顎をつたって、薬が地面に無駄に滴り落ちていくだけだった。

 最早、一刻の猶予もない。


「ちぃっ!」


 それに舌打ちし、瓶の中身を勢いよく煽ると、フィルは徐に汐に口付ける。

 舌で唇を割り開き、無理矢理に薬を流し込み。


(飲めっ!)


 その、フィルの思いが通じたのか。

 こくり、と喉を上下させ、確かに薬を燕下する汐。

 暫くすると、汐の身体に徐々に熱が戻り、フィルがそっと唇を離すと。

 しっかりと強く脈打つ鼓動と、規則正しい、その呼吸音が漏れ聞こえ。

 汐のその様子に、フィルの口からふっ、と安堵のため息が漏れ。


 それに側にいたアプリと賀川からも、一つ安堵の息が漏れる。

 アプリが置き去りにしていった、獣面達が捕えられているシャボン玉を油断なく見据えていたカルサムも、その雰囲気を感じ取ったのか僅かに肩の力を抜く。

 柔らかな空気が流れる中、フィルは汐を抱き締める事で自身を支えるかのようにして、顔を伏せ密かに囁く。


「……元老院の、いや。ひいてはそれを留められなかった、神殿の――……、勝手な私欲が、引き起こした事だ……。……汐(お前)が、触れる事はない筈の裏で、〈起こっている事〉なんだ。本来なら」


 途切れた囁きは、悲痛なものへとその色彩(いろ)を変え、呟かれる。


「……〈何も知らないまま、守られていてくれ〉。……頼むから……」


 たった一つの、願いであるかのように。

 波音に紛れさせるかのようにして囁かれた、微かなフィルのその呟きを、聞いていたのは。


 キラリと仄な光を纏い、眠る汐の胸下で揺れる夜輝石と、傍らに、すぐ側近くにいた賀川一人だけだった。



揉めました(苦笑)

ここがやりたかった、というのもありますが…(ちう、じゃないですよ?)

毒は、初めはストリニーネとかクーレでした(しかしそれは、汐には可哀想という事もあり、あと時間が合わず…で)

薬名がどうの、ではなかったので、こんな感じに


桜月りま様のうろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話

http://nk.syosetu.com/n2532br/

より、賀川さん


お借りしております

継続お借り続行中〜

おかしな点等ありましたら、ご連絡くださいませ


※後日、日付を揃える為差込で移動させる予定です

ご注意ください



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