10/30 戦いの終わり
「なん、だと……!?」
「なんなんだ、あいつは……」
その事に、驚いた声を漏らすフィルと賀川。
まさか、まだ立ち上がって来るとは、思ってもみなかったのだ。
「……おっさんの太刀を受けてまぁだ立ち上がってくるなんざ、正気の沙汰じゃねぇな」
眼前に立つ鉤爪使いを見据えて呟くように告げ、すぅと身構えるフィル。
その異様な雰囲気が、嫌でも視線を留めさせる。
明らかに――、今までとは完全に逸脱した〈異質〉なその雰囲気が、ビシビシと此方に伝わってくる。
「……人間じゃ、ないのか……?」
油断なく構える賀川が、ぽつりと呟いたその時。それに答えるかのように、鉤爪使いから咆哮が上がる。
シャアアアァァァッ!
獣じみたその雄叫びが、ビリビリと空間を、地面を揺らす。
まるでこの世に今生まれ落ちたかのような、歓喜に満ちたその叫びが、周囲に轟く。
「――遂に〈持っていかれた〉、か」
突然のその衝撃に、隼が体勢を立て直そうと翼を忙しなく羽ばたかせる羽音の間に、滑り込ませるかのようにカルサムが呟く。
〈鉤爪使いだったモノ〉に、その鋭い視線を注ぎながら。
カルサムが操るのは居合いの太刀。練った気を刃に乗せて放つ技ゆえ、気を読むのには長けている。それ故に、眼前の者の気が乱れ変化したのをその目に捉えた。それ故の言葉だった。
「あぁ? なんだってぇ?」
呟かれたその言葉を耳敏く拾って、頭上のカルサムに声を投げるフィル。賀川も、視線は鉤爪使いから離さずにその耳をすます。しかし、それに返答は返らない。
「おっさん……?」
訝しげにちろりと視線だけ向けて訊ねるフィルだが、カルサムはそれを見ておらず。その視線は胸に抱く汐に向けられている。
目端に微かに捉えた汐は、ガタガタとその小さな身体を震わせていた。
(……なんだ……? 一体汐は、何を〈視た〉んだ……?)
思考を巡らし、フィルがその眉根を寄せる中、一瞬だけ驚愕に見開かれたその栗色を眼下の鉤爪使いに向け、すぐにカルサムにしがみつくかのようにしてその顔を背けた汐が、恐る恐るといったように何事かをカルサムに囁く。
それに頷き、汐を安心させるかのように抱きしめながら、カルサムはようやくその口を開いた。
「彼の者は既にヒトですらない。微細にあったその魂は砕かれ、別のモノに被われ塗り替えられた。カタチある今の内に、ラクにしてやれ」
「……バケモノ退治、ってかぁ〜? シャレになんねーぞっ」
カルサムのその言葉に毒づくフィル。
おそらく眼前の鉤爪使いは、元老院の長共お得意の傀儡香の効果により、既にその自我は崩壊し、意のままに操れる〈操り人形〉、いや。〈殺人人形〉と化したのだろう。
繰り手は十中八九、あの頭の男だ。しかし既に頭の男はこの場を去っており、枷の、ブレーキのない人形だけが残された。
繰り手でない者の〈制止〉の呪文など、効きはしない。
あの男の事だ。去り際に下した命令は、〈皆殺し〉以外ないだろう。
倒す以外、奴を止める手立てはない。
「バケモノ退治って……冗談だろう?」
眼前を見据えたまま、会話を聞いていた賀川が呟くような声を漏らす。それに、ニヤリとフィルはその口角を引き上げ呟いた。
「今更、ビビってんのかぁ〜賀川?」
「そういう訳じゃない……」
と、言葉を濁す賀川に苦笑するフィル。
言いたい事はわかる。
連戦に、全身の負傷。渾身の一撃で各々敵を倒し、後は頭の男を捕えたら終わりかと、思っていた矢先。
頭の男には逃げられ、最後に、見るからにヤバそうなヤツのお出ましだ。
どちらももう、立っているのがやっとの状況だというのに。
しかし――、ここでやられる訳にはいかない。
今は此方を標的にしているらしく頭上のものに気を留めてはいないようだが、もし奴を倒せずに倒れれば、次に狙われるのはカルサムと汐だ。
それだけは、避けなければならない。
「ま、ちぃーと骨は折れそうだが。やれるかやれねぇかじゃねぇ。やるんだよ」
俺様に不可能はねぇ! と豪語してニヤリ、笑うフィル。確証はない。しかし飄々と笑うそれに、ふと安心感のようなものを感じて、自然と笑みを返す賀川。
浅い傷口からの出血は既に止まっているが、上手いこと切られた深い傷の方が、時折思い出したかのようにじくじくと疼く。
切られた事にも気付かず、動き回っている内にいつの間にか出血多量で死に至る、そんな遅効性のそれを負った状態で、動き回るのは得策ではない。
出来れば、一撃必中の技で確実に仕留めたい。
「!」
そこまで思考を巡らし、はっとする賀川。それに、ニヤリとしたまま目線だけで訴えるフィル。
何か手立てがあるのか、と。
それに頷き、ボソリと呟く賀川。
「レディフィルド、時間を稼いでくれないか。一撃じゃないけど、アレなら、いけるかもしれない」
賀川のその言葉に、ニヤリとして。
「しゃあねぇなぁ〜。そこまでゆーならこの俺様が、援護に回ってやるとすっかぁ〜」
何処までも飄々と呟くフィル。それにバサリ、肩に鎮座するルドがその翼を広げ。コクリと頷き合い、改めて眼前の鉤爪使い、いや殺人人形を見据える二人。
シャキン! フィルの両手が閃き、八本の長針がその手に現れ。
賀川の方は、何やら〈気〉のようなものをその身の内に蓄えだす。
しゃるぅアアァァァッ!
それに反応を示し、咆哮を上げ突進してくる殺人人形。まず捉えたのはどうやら、気を集束させその内から闘気を迸らせる賀川の方で。猛烈なスピードで、砂を巻き上げ迫る。――しかし。
「つっれねぇの〜。ちったぁ此方も、気にしろってんだっ、よっ!」
などと言いながら、フィルが殺人人形の進路を阻害するように長針を見舞う。到達するその一歩手前に、正確に投擲していく。
それにより真っ直ぐ突進していたのが、ジグザグと軌道を逸れだしてくる。
しかし尚、生物としての本能か、賀川に向かって突進していく殺人人形。それにニヤリとして、フィルが絶えず長針を投げつけながら呟く。
「愛されてんなぁ、おっ前〜♪」
「……茶化すなよ……。それより、まだ……負傷してる所為か、溜めが悪い……」
「わーってる、よ、っと!」
賀川のその言葉に、軌道を逸らす為だけに投擲していた長針を、殺人人形の足に、その鼻先目掛けて放つ。
すると投げた内の数本がその足を貫通し、殺人人形がぐりんっとその面越しの顔をフィルに向け。留まる事無く一瞬の元に、跳躍する。
その様はまさに、〈獣〉のそれでしかなかった。
バサリ、広がる外套が曇天の空の下、殺人人形を大きく見せる。
迫る、迫る。その切っ先が自身に伸ばされるその瞬間まで、長針を投擲しながらフィルは相手をギリギリまで自分に引き付け、一声。
「もう、完っ璧にバケモンじゃねぇかよっ! 賀川ぁっ!」
「――いけるっ!」
それに短く答え闘気を纏わせた状態のまま、賀川はフィルと殺人人形の間に、浜を滑るようにして割り込み。
「はあああぁっ!!」
スピードの乗った、重い連撃を至近距離から見舞う。
拳撃の応酬。重力に引かれ、なす術もなく賀川の連続攻撃に穿たれる殺人人形。
ガガガガガッ! っと打ち付けられる連撃が、まるで一つであるかのように耳に聞こえ。
「終わりだ――!」
低く呟き、賀川が急所にズドンと、見舞ったその一撃に。
グ、ガ……ッ!
呻き声を漏らし喀血と共に、その殺人人形は。
力無く、その場にどしゃりと崩折れたのだった。
最後なので、もっとビシバシいこうかとも思ったんですが…無理でした(汗)
バケモノ退治はしましたが(苦笑)
なんとか戦闘1回目、これにて終了です〜(話的にはこの後まだちょっとあるのですが)
戦闘場面って本当に難しいなぁ…
自分のせいですけれども(苦笑)
さぁ、次もが、頑張ろう…っ
しかし、ほのぼのどこいった(笑)
桜月りま様のうろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話(http://nk.syosetu.com/n2532br/)より、賀川さん
お借りしております
まだまだ継続お借り続行中です〜☆
おかしな点等ありましたら、ご連絡くださいませ
※後日、日付を揃える為差込で移動させる予定です
ご注意ください




