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10/30 立ちはだかるは




 ガキィン! カンッ!


 硬質な物同士が、ぶつかり合う音が響く。


 白髪少年レディフィルド――フィルと、獣面達の内の一人、ピックを操るその者が、浜辺で一対一の戦いを繰り広げていた。


 一方はズタボロもいい所で、もう一方は傷一つ負っていない。

 短剣使いがやられたのは誤算だったが、勝敗は、この時点で既に決しているも同然だと、ピック使いはほくそ笑む。


 状況は、明らかに此方が有利。


 殺害対象である眼前の白髪と黒髪の二人は、人質を取られ抵抗する事すら出来ず、その身体の隅々を幾度となく切り裂かれ、貫かれ、穿たれ。

 暫しして人質は奪取されたとはいえ、その身体が受けた衝撃による肉体的、精神的疲労は相当なものだろう。


 切り刻まれたその身体から止めどなく血が流れ、身体から流れ出る血によって脳に酸素が上手く行き渡らず、酸素の欠乏によって意識が朦朧として感覚が掴めず、強く穿たれた四肢は蓄積された疲労と精神的苦痛によって、今や鉛のように重くなり。腕を、足を少し動かすだけでも困難だろう。


 後は――ただほんの一匙、手を加えてやればいい。

 いや、もしかしたらそれすら、いらないかもしれない。

 いつ終わるとも知れない暴力を受け続けた、その肉体が、そしてその精神が、そろそろ悲鳴を上げる頃だ。

 程無くして、奴らは動けなくなるだろう。

 そうなれば、後はその場に力なく崩折れ、体内の血が抜け落ちるのが先か、心の臓がその鼓動を止めるのが先か、その違いはあれど此方がわざわざ、手を加える事などなくとも、勝手に途絶えこと切れる。


 それで終わりだ。そう思ってピック使いは、面越しにニヤリとした笑みを浮かべた……が。


 終わりの――、筈だ。


 次の瞬間には、獣面から覗くその瞳を、知らずと驚愕に見開いていた。


「――落ちろよぉっ!」


 叫び、振るわれた手に持っていたピックが、艶消しされた長針とぶつかって甲高い音を響かせる。

 飛び散る火花。それを追った先、間近で合わされるその蒼の瞳。

 強い、光を湛えたままのそれ。


「っ!」


 それに腕を振り払い、気圧されたかのように後退るピック使い。

 笑みを含んだ、何処かバカにしたような口調がなりを潜めているのにも気付かず、困惑にその瞳をさ迷わせる。

 ピック使いにはわからなかった。

 「守るべき者」がある者の強さが。そして。

 何故、今尚、まだ其所に立っていられるのかが。


 かなりの攻撃を仕掛けたのだ。それも、動かぬ的同然の相手に。そんな相手に外す、などという事はあり得ない。

 此方からの攻撃は、違える事なく全て、食らっている筈だ。

 確かにその身体を引き裂き貫いたその感触を、まだ覚えているのだから。

 ならば最早、動く事すら出来ない筈――、なのに。


 立っている。

 そこに。


 いきなり眼前に降って来た時と変わらず、飄々とした笑みをその顔に浮かべた状態で。

 眼前にいる者を、射抜くような蒼の瞳がキラリとした光を放ち、その口角がニヤリと引き上げられる。


「――ひっ!?」


 向けられたその瞳に、上擦ったような声を上げ、ピック使いはたじろいだ。


 それが――、勝負を分けた。


 軋み、血の絶えず流れるその身体を鞭打って肩に座する相棒、鷲のルドの力を借りて、僅かに浮遊するかのように、フィルは今出せる最速の速度で浜を駆け。

 勢いそのままにピック使いの懐に飛び込み潜り込んで、渾身の一撃を繰り出し見舞う。


「おらぁ!」

「ぐふっ……!」


 それに反応が遅れた為防御すら出来ずに、正確にみぞおちに入った拳に、呻き声を漏らして前のめりに傾いでいくピック使い。

 此方も先の短剣使い同様、軽装備だったようで。

 その意識を手放しながら、なす術もなく崩折れるピック使いに、フィルはボソリと呟いた。


「ザコが。覚悟もねぇくせに暗殺者の真似事なんか、してんじゃねーよ。〈賊〉は賊らしく、〈盗み〉にだけ専念してりゃあよかったんだよ」

「…………」


 フィルのその声は、彼の者の耳には届いておらず。

 遅れてどしゃりとまた一人、夜の砂地に沈むその音が、波打つ間際に響いたのだった。




 時は少し戻り。

 フィルとピック使いが戦いを繰り広げている、その傍らで。


 じゃらあぁんっ


 重い鎖が、空を切り裂くその音を、響かせながら投擲され。

 それを、先程まで行われていた一方的な攻撃によって全身ズタボロの状態でありながらも、黒髪の青年賀川はその良い「耳」と夜目の利く「目」をフルに使って、最小の動きで避けてみせる。

 負傷時である為、これ以上の流血、体温体力の低下を極力押さえ、少しでも力を温存、蓄えておく為の措置だ。


 賀川が対峙しているのは、今いる獣面達の中では比較的大柄な体格の、鎖使い。

 全員同じ外套を羽織っていても、鎖を投げるその速度、砂を穿った時の衝撃から、その身体、腕力がかなり鍛えられているのがわかる。


(……だが、鎖の類いは遠くに投擲する為に動きがどうしても大きくなるし、それ故に隙が出来やすい。そこを突くのが定石だよな)


 などと賀川が、眼前の鎖使いを凝視しながら思考を巡らせていると。

 手元に引き寄せる為に振り抜かれた腕により、後方から、物凄い勢いで鎖が迫り。


「っと!」


 しかし、それを見る事もせず音だけを拾って距離を計り、左横に飛び退ってかわす賀川。地に手をつき、屈んだ状態で着地する。衝撃で少し傷口が疼いたが、気にする素振りも見せない。

 じゃららら……、賀川が先程までいたそのすぐ側を、鎖が通り過ぎていき。鎖使いのその手に、再び鎖の先が握られる。


(……あのスピードと重さの乗った攻撃を、二度も受けてやる気はない。投擲から、引き戻しまでの一動作の間に、カタをつけるっ)


 一瞬、攻撃を受け続けていた時の、骨がイッた瞬間の生々しい感覚を思い出してその眉を潜めたが、次の瞬間にはゆらりと立ち上がり、変わらず鎖使いを見据え思考を巡らせ切り替える賀川。


 所構わず切り裂かれ、貫かれた箇所から血が流れ、しこたま穿たれた身体が、四肢が鬱血して骨が一、二本イッたような気もするし、身体がだるく重いが、まだ手も、足も動く。

 それに、あまりの事に感じていた憤りにより上がっていた熱が冷え、そのおかげで冷静さを取り戻し、思考がクリアになっている。


 これならいける――。そう確信して賀川は、自身の肩に突き刺さったままだったピックを引き抜き、掠め取っていた短剣と共に構える。


 それを見て眼前の鎖使いが、獣面の奥でくっ、と笑った。そんなもの(使い慣れていない武器)で、一体何が出来るのか、と。

 しかし、それに余裕の笑みを向ける賀川。


 ピリッ、とした空気が両者の間を吹き抜け。


 同時に放たれる、それ。

 鎖使いはその鎖を、賀川はそのピックを、互いに向けて投げ放つ。


 カァンと、夜闇に甲高い硬質音を響かせて、当然のように賀川が投げたピックの方が、あらぬ方向へと弾き飛ばされていく。しかし鎖の方は何事もなかったかのように、賀川へと勢いそのままに迫る。

 だが、狙いを定めて投げられたその先に、既に賀川の姿はなかった。


「!?」


 それに驚き、投擲した鎖を引き戻すかのようにしならせる鎖使いだが。その時には、ピックを投げたと同時に走り出していた賀川が、鎖使いの懐に滑り込んでおり。

 振るわれる短剣。

 それに咄嗟に身を捻って、防御に回る鎖使い。


 ガキィンッ!


 鎖に、ガチリと受け止められる短剣の刃。それにニヤリとする鎖使い。しかしそれに構う事なく、賀川は既に行動を開始している。

 それは鎖使いも同様で、その身体を絡め取ろうと、賀川はそこに一発ねじ込もうと、至近距離でつばぜり合う二人。


 そうこうしている内にしなった鎖の切っ先が、賀川のその背に迫る。空を切る、その音が聞こえる。捉えているのは〈二つ〉の音。それにニヤリ、笑う賀川。賀川のその手が閃き。

 鎖の先が、無惨に賀川のその背を打ち付けるかと思われた、その瞬間。


 カンッ!


 音を響かせ、直角に跳ね上がる鎖の軌道。


「なっ!?」


 それに鎖使いが驚いている隙に、その脇腹に短剣の切っ先をめり込ませ、突然の痛みに膝を折った鎖使いのその股と肩を蹴って、跳ね上がった鎖を追尾するように跳躍する賀川。

 空に飛び出し空中でその身を捻ると、〈自分が飛び込む位置に落ちくるよう計算して投げた〉、先がぶつかった衝撃によってくの字に曲がったそのピックに、速度を保ったままの鎖の先を引っ掛け。

 鎖使いの反対側の肩に瞬間だけ足先をつけ、後は重力に引かれるままに重さを乗せて、クロスさせるかのようにして砂地に下りる。


 じゃららららっ


 鎖の音が周囲に響き。


 防御の為身を捻った際絡んだ鎖と、投擲された威力を殺すことなく、賀川によって弧を描くようにして首後ろに回され、引っ掛けるようにして落とされた鎖に、自身の首を締め上げる結果となってしまった鎖使いは。

 暫ししてから、その場にズンと倒れ、その意識を失った。


 奇しくもそれは、フィルがピック使いを倒したのと、全くの同時だった。




 荒い息づかいと、波音だけが響く中。

 突如、パチパチと拍手の音が響く。

 それに訝しげにフィルが、賀川が、(サムニド)の背に乗ったまま上空を旋回していたカルサムと(うしお)が、そちらに視線を向けると。


 他の者達より幾分か立派な面をつけた、獣面達の頭であるその男が、手を叩いて拍手をしていた。


「たいしたものだね。小手調べにと、適当に見繕った者達だったとはいえ、ある程度の手練れだったろうに全滅とは。完敗だよ」


 もう自分以外立っている者はいないというのに、変わらず悠々と告げる頭の男。それは不気味としかいいようがなく、汐はその身をぶるりと震わせた。

 するとそれが伝わったかのように、頭の男がその視線を上げて汐を見つめ。


「名残惜しいが、今日の所は一先ず帰らせてもらうよ。だが次にお目にかかったその時には――、〈必ず〉我らと共に来てもらうよ、七の継承者よ。覚えておいてくれたまえ。では、近いうちにいずれまた」


 ニヤリとした、含み笑みと共に告げた。

 汐はそれを、息を飲みただただ、見返す事しか出来なかった。

 獣面の奥のその瞳と、汐の栗色の瞳が絡まる。


「何が帰らせてもらうよ、だ。黙って帰すと、思ってんのかぁ?」


 そんな中、フィルの声が一つ響き。

 その声にやれやれと肩を竦めて、頭の男は視線を戻し。笑みを絶やさず呟いた。


「君に、いや〈君達〉に、私を捕まえる事など出来はしないよ」

「はっ! 笑わせんな。てめぇ一人のくせに、意気がってんじゃねぇよ」


 それを鼻で笑いながら、にじりと距離を詰めるフィル。そして賀川も同様に、倒した鎖使いの側からは既に離れ、警戒を解く事なく頭の男を見据えている。

 フィルと賀川に両側を挟まれるかのようにして立たれ、上空を旋回しつつ常に此方を窺っているカルサムがいるという、そんな状況下。

 しかし悠々とした頭の男のその態度は、依然として変わる事なく。


「それはどうかな?」

「っ!? やめてっ!」


 ニヤリ、呟かれた頭のその声と微かに擦られる指先。そして何かに気付いて汐が叫んだのは、ほぼ同時だった。


『!』


 その声に反射的に反応し、フィルが長針を、賀川が持っていたペンを、頭の男に向かって投擲する、が。


 その時には頭の男のその姿は、まるで光を当てられた影のように、その形を透けさせながら徐々に薄れ。


 投げられた長針が、ペンが。そこに到達するその寸前で。ニヤリと、面越しに頭の男がその口角を引き上げた途端。


『なっ!?』


 ガキンと、突如、割り込んで来たものに阻まれ。それにフィルと賀川の二人が、同時に驚いているその隙に。頭の男の姿は、そこから溶けるようにして消え去った。


 その後そこ場に留まっていたのは、なんと。


 三度立ち上がってきた――、鉤爪使いだった。



各々に敵を撃〜破っ!


しかし、まだ立ち上がってくる鉤爪さん…

こんなに使う予定なかったのにな〜この人(汗)

そして頭には逃げられました(苦笑)


桜月りま様のうろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話(http://nk.syosetu.com/n2532br/)より、賀川さん


お借りしております

継続お借り続行中〜

おかしな点等ありましたら、ご連絡くださいませ


※後日、日付を揃える為差込で移動させる予定です

ご注意ください



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