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10/30 反撃までは


視点が戻り…


※現在桜月様の所の話で賀川さんと我らが天狗仮面様がユキちゃん奪還戦!を繰り広げておりましたが、此方はそれより後日話となります。ご注意ください






 うろな町浜辺付近の遥か上空。

 誰に悟られる事もなく、一羽の(ハヤブサ)が弧を描くようにして旋回していた。

 その背には、頭上高くで結った二束のみつあみを風に靡かせる、一人の少年を乗せている。

 少年は十歳前後の子供にしか見えないが、子供には似つかわしくない長物をその胸に抱き、隼の背で胡座をかいて静かに目を閉じていた。

 少年のみつあみと着物の袖、袴の裾がバサバサと風に靡き。


「…………」


 暫し黙していたその少年は、すぅとその漆黒の瞳を開き。


()くぞ、サムニド。時が来た」


 その声にサムニドと呼ばれた隼は、ピュイィと嘶いて風を切り、地上目掛けて急降下した。




 浜辺の上空で、そんな事が起こっているとは露知らず。

 その下方、地上では注視が逸がれた隙を突いて今まさに、(うしお)に魔の手が迫っていた。


「きゃあ!?」


 汐の小さな悲鳴と、頭上に鎮座していた鳥がバサバサと羽ばたく音が聞こえ。


『なっ!?』


 その声に驚いた顔をして、フィルと賀川がそちらを振り向いたその時には、汐は獣面の一人に捕られた後だった。

 ギラリと光る鉤爪が、その細い首に突き付けられる。


 その事に、目を瞬く二人。

 動く「音」が、全くしなかった。


 風を読むのに長けた鳥使いのフィルが、常人には聞こえない筈の音を拾える程耳の良い賀川が、風を切る音を、浜の砂を踏む音を、聞き洩らす筈がないというのに。


 しかし、汐を捕える鉤爪使いが伏せていた状態から跳ね起きる時に生じる筈の砂音も、身に付けている外套がそのスピードによって風にはためく音も、一切聞こえてはこなかった。


 まるでいきなり、そこに現れたかのような。

 もしくは、あまりにも無機質すぎるそれが、音すら生じさせるのを拒んだとでもいうのか。


 眼前の、鉤爪使いから感じるのは、冷たい静寂。

 無機質の、モノが持つそれ。


 フィルが一度交えた時の僅かなヒト(生き物)としての温かみは、皆無だった。


(……なんだってんだよ、コイツは……。この俺様が、気付けなかっただと……!?)


 眼前の鉤爪使いを見やりながら思考し、訝しげに眉根を寄せるフィル。

 どうやらそれは、傍らにいる賀川も同じようで。

 感覚が、研ぎ澄まされていく。

 そんな中も、現状は目まぐるしく変わり。


 つらつらと、獣面達の頭である男の口から、吐き出される私欲。

 それに触発された他の獣面達が、容赦なくその牙を剥く。

 ぐるり、三人の獣面の者達が、フィルと賀川の周囲を取り囲み。


 ゆらゆらと周りを歩き回る三人の合間から見えた汐は、その瞳を揺らして何処にも動けず立ち竦んでいる。

 言質を、そして自身を盾に取られたのだと、思っているのだから当然だ。


 そんな事、ある筈もないというのに。

 しかし実際人質には取られているのだから、此方から「攻撃」する事は出来ないが。


 そんな中紡がれる、悠々とした頭の言葉。


「君が、共に来ると頷くのならば、直ぐにでも。だがもうあまり、時間の猶予はないだろうがね?」


 やめてと叫ぶ事以外何も出来ない汐に向けて、含みある頭のその声が響き。

 その声に気圧されたかのように、汐が、その震える口を開きかける中、フィルの鳥使いとしての感覚が、賀川の研ぎ澄まされたその耳が、遥か彼方、上空の風の動きを、その羽音を捉え。


「……ぃ――」

「悪党ってのは、どーこ行ってもおんなじなのな」


 汐の言葉に被せるようにして、フィルがにんやりとした含み笑みの声を上げる。


「そりゃそうだろ。なんたって悪党なんだから。やる事は一緒(同じ)なんだ。そんな奴ら、たかが知れてるだろう?」


 フィルの言葉に、便乗するかのように呟く賀川。

 ちらり、見やったその顔には、同種の笑みが浮かんでいて。

 それに〈同じもの〉を感じ取ったのだと確信した二人は、キョトンとする汐に笑みを返し、周囲を取り囲む三人に同時に言い放った。


『かかってこいよ。遊ばせてやる』


「……こっ、この……っ!」

「言わせておけばっ!」

「自分達の立場、全くわかってねぇよーだなぁっ!」


 その声に、叫んで獣面三人が二人に向かって襲いかかる。

 鎖を、ピックを、弓を持ち換えた短剣(ダガー)を振りかぶり、迫る。

 それをニヤリと見返しながら、フィルは傍らにいる賀川にボソリと問いかける。


「お前、どんだけもつ?」

「それなりに、かな」


 賀川のその返答に、口角をつっと引き上げて。


「上等っ」


 短く呟くフィル。

 そんな中でもフィルの肩にとまっている鷲のルドは、微動だにせずそこに鎮座している。

 迫り来る者達など、脅威ではないとでもいうように。

 そして二人(と一匹)は、来るべき衝撃に身構える。

 黒の線が迫り、振るわれる三つの腕。

 空を切る音。鎖がじゃらりと音をたて。


 衝撃と鈍痛。

 身体に走る複数の熱。

 耳に響く、破砕音と裂傷音。

 鮮血が、闇の夜空に鮮やかに飛び散る。


「やめてやめてっ! やだああぁっ!」


 そして響く汐の――、叫び声。


 それに、苦笑を浮かべるフィル。

 目ぇ閉じてろって言っただろうが、と思いながら汐に視線を向けると。


 既に、その栗色の瞳からはぽろぽろと光の雫が溢れ落ち。

 胸下で揺れる夜輝石を、濡らしてキラリと艶めかせていた。


(……泣かしてばっかだな……)


 走り抜けた短剣か、叩きつけられた鎖かによって切り裂かれた額から、血が流れ視界を半分赤に染める。そんな中、フィルは苦笑混じりの顔で汐を見やる。


 しかしそれは目まぐるしく周りを移動する奴らに阻害され、汐には見えていないのか浜に悲痛な叫びが響き渡る。


「一緒に行くっ! 一緒にいくからっ……だからお願いっ、これ以上……ひどいことしないでっ」


 目の前で繰り広げられる一方的なその殺戮に、そしてそれが自分のせいで起こっているというその現状に、たかが十歳の少女が堪えられる筈などなく。

 涙ながらに懇願する汐の、その叫びは。


 しかし届く事はなく。容赦なく切り捨てられる。


「もう遅い」


 冷たく放たれるそれには、貶めた者に向けられる満悦と、残虐性を帯びた笑みが含まれていた。


 それに、愕然とただ眼前の男を見やる汐の瞳から、徐々に光が失われていく。

 突き付けられた現実(宣告)は、汐の精神(こころ)を打ち砕くには充分だった。


 ところがそれとは逆に頭の男の言葉を聞いて、フィルはその口元を緩めてニヤリと嗤う。


 獣面三人の、猛攻は続いている。

 短剣の刃に皮膚が容赦なく切り裂かれ、ピックが急所をわざと外してじわじわと身体に浅く、時に深く突き立てられ、重量のある鎖に、全身を幾度となく穿たれる。

 しかし、対象を殺傷する事に優越を感じて狂った感情そのままに猛威を振るう彼らは、そしてそれを眺める頭の男達は、気付いていない。


 フィルと賀川。周囲を取り囲む三人から、幾度となく繰り出される攻撃をその身に受け続けているというのに、どちらも呻き声を上げる所か、その膝を折ってすらいないという事に。

 そして両者のその瞳は、未だ力を失わずキラリと輝いている事に。


 フィルの感覚が、賀川の聴覚が、大きな風の動きを、空を切るその音を確かに捉えた、その時。


 キイィィンッ!


 闇夜を瞬くように走る銀。空を切り裂く、硬質な連なり音が響き。


「!?」

「なんだっ!?」


 ようやっと、獣面達が周囲の異変に気付いたその時には、既に戦況は逆転していた。


 チン! 上空で、抜き放った刀身を鞘に収めたかのような、そんな音が聞こえたと共に。

 頭の男が立つ後方。半円を描いた状態で立ち、眼前で行われている戦闘に介入するでもなく、ただ黙々と何かの作業を進めていた三人の者達が次々と地に伏し、人質(汐)を捕えていた鉤爪使いもそこにどしゃりと力なく崩折れ、そいつが捕えていた人質(汐)はというと、バサリ、力強く羽ばたく巨大な鳥のその背の上に、新たな乱入者と共にいた。


『とっ……鳥ぃ!?』


 それに驚き、面越しの瞳を見開いてその動きを止める三人。


 しかしそれが、命取りとなった。



 フィルと賀川。

 傷口を拭いニヤリと不敵な笑みを浮かべる二人の、反撃がそこから始まった。



実は、それを知っていたから、なのでした

まぁ、フィルはどんな状況だろうと、変わらないんでしょうけどね(苦笑)

なんとか汐奪還っ!


桜月りま様のうろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より、賀川さん


お借りしております

継続お借り中です〜♪

おかしな点等ありましたら、ご連絡くださいませ


※後日、日付を揃える為差込で移動させる予定です

ご注意ください



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