☆10/16 それらは等しく尊きもの
たぶん、誰も気付いていない…ハズ
雨の中。
ふらりふらり、黒の傘をさして一人歩く男、青空所在。
湿気で頭がもの凄い事になっているが、ひょいっと軽く結わえただけで、ふわふわ、先を進む。
なんとなく、そして右手に嵌められた銀装飾の縁取りが施された、夜輝石のバングルの輝きに導かれるままに足を進め。
工場街。港の倉庫。
それらが等しく視える場所で、足を止め。
「ああいう所って、どうしてか淀みやすいんだよね〜」
苦笑しながら呟くアリカ。パシンと、石の輝きがかき消える。
「……取り合えず、歪みは整えておいた方がいっか」
突然消えた輝きを周囲に散らすバングルを、苦笑混じりに見つめながらそっと撫で。
ふわり、淡い、微かな光を纏いて囁く。
「……〈感情〉は、人を人たらしめる為の重要(大切)なもの。それが〈いいもの〉であれ〈悪いもの〉であれ、ね。〈思い〉は、全てを動かす為の原動(力)となる」
雨の中、囁かれる言葉も淡い光りも、煙った視界によって誰かに見られる事もなく。
アリカは囁く。光を纏いて。
「それは、多彩に変化しうるもの。変幻自在なだけに、安定はなかなかに難しい。しかしそれを御せるのも、また人の〈感情(心)〉」
すぃ、バングルの嵌められた右手が、空に、一本線を描く。
「何時如何なる時も、それらが正しく作用するのならば――、いいのだけれど、ね。時にそれは、世界を揺るがし凌駕する。そんなイレギュラーが存在しう(あ)るのも、また人ゆえのものなのだろうけどね」
もう一つ、線が引かれる。更に、更に。ひとつ、ふたつ。
引かれた〈七本〉の線は、幾何学模様を描き広がっていく。
「しかし、大きすぎる〈力〉は、全に害成す刃となりうる。意図してのものでは、ないのだとしても。今はまだ――それは、望むべくものじゃないんだよね」
パキン、弾けた幾何学模様が粒子となって、降る雨と同じく何かを押し流すかのように、視える範囲に降り注ぐ。
「人が持つ『幸』は強い。けれどもまた、それと対なす『不』も同様。それに不は何処にでも転がっていて、容易く染め上げてしまうから、ね」
不の因子なんて、少ない方がいいだろうし。と呟くアリカのその瞳に映るのは、〈もう一つの風景〉。
「今はただ、揺るぎなく。其処にありて変わらず、時間を刻め。流れるままにその身を委ねて」
呟かれたそれが、合図だったかのように。
流され、微量に拭われた〈それ〉は、アリカの右手のバングルに吸い込まれ。
「幸と不は表裏。一体により等しくあるもの。どちらか、でなく。――それらを繰り導くのも、また人である者の〈想い〉」
若干、視える歪みが狭くなったのに笑みながら、傘をさし直し、その場所をそっと後にするアリカなのだった。
歪みを直すアリカ




