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16話 突然の激情


ジュードが話す。


「少し前に王都のお邸から新領主さまがいらっしゃいました。その奥様になられたセアラ様もご一緒です」


田舎暮らしを知らない彼女が、僻地のタタンに越してくるなど意外だった。


ジュードの話では、新領主夫妻は随分鉱山開発に期待を寄せていたという。それを当て込んでの転地だったのか。


そもそもわたしが鉱山開発に興味を持ったのは、農業生産が弱いからだった。土地の改良も頑張ったし、生育に合う作物を吟味したりもした。


けれど、時間がかかる。九年などでは顕著な成果が出るのは難しい。将来的な成長を見越してのつなぎ投資のつもりだった。当たれば蓄えもできるし、生産の拡大にも使えるから。


ルヴェラの土地を知ってから、なおのことタタンの脆弱さがわかる。それは、生産者が悪いのではない。所持だけして展望もなく、適当に管理させていた王都の子爵家の責任だ。


「マットに聞いたの。わたしが掘らせた山師が、タタンをだましていたのだって。その件なの?」


渋々とジュードはうなずいた。


「かなり大掛かりな採掘をなさって、一時山は人だらけでした。しかし何も出ない。どういうことだと、領主様はかんかんにお怒りです。その実入りを当てにして、セアラ様のご希望で領主館も大幅に改築中なのです」


「わたしが彼らを陥れたように思うでしょうね」


「一旦、タタンに送られたかなりの額の金を、マットが動かしていることも怒りの火に油を注いで...。横領だと大騒ぎです」


「あれは、アリヴェル王子様のご厚意なの。マットが鉱山の再調査の前に、念のためにルヴェラにお返ししたの。間違って使われることのないように」


「わかります。マットに限ってあり得ない。元から、あんな大金がタタンにないことはわかりきったことなのに」

「それで、向こうはどうしたいの?」


「ダーシーお嬢様に...、ああ、申し訳ありません。もう妃殿下になられているのに」

「ううん、構わないわ」


ジュードが言うには、わたしが王子と結婚したことも信じていないという。どうせルヴェラの城のメイドでもしているのだろうと、王都の邸でもとらえているとか。


腹も立たない。タタンの使用人たちはともかく、彼らはわたしと王子の接点を知らない。行かず後家のわたしの結婚など信じられないのは当然かもしれない。


「お嬢様に、一度タタンに戻り釈明を求めているのです。その際にマットも同行し、動いた金の返還も求めています」


喉の奥から小さな笑いが出た。首を振る。自分たちのものではない金を返せと求めている。とんでもなくこっけいだった。


わたしが行くことはいいだろう。しかしマットは行かせられない。彼に何の罪も責任もない。


「いいわ。お金は持って行かないけれど。行くならいいわ。今は王子様もお留守なの。都合がいい」

「ご新婚でお幸せな中、本当にすみません…」

「ううん、ごめんね。わたしのせいよ」


嫌な役目だったと思う。わたしと親しいジュードだからこその人選だったのかも。情に訴えてもわたしを説得し易いだろうから。


ちょんと彼の肩にひたいを乗せた。大きな彼の手のひらが背をなぜてくれる。この手にたくさん助けられて来た。


ひゅん、と矢音が耳をかすめた。


「うわっ」


ジュードが悲鳴に近い声を出す。彼のすぐ側に幹に弓矢が刺さっている。


どこから飛んで来たのか。あたりを見ると、離れた位置から馬上弓をつがえて、こちらを狙う者がいる。


「え」


すぐに二の矢が飛んでくる。それはジュードの脚付近の地面に刺さり、今度はわたしも悲鳴を上げた。


わたしたちは慌てて木の裏に隠れた。だん、だん、と続いて矢が木に刺さる。馬上正確に際どい場所を射て来る。すごい腕前だ。


蹄の音が近い。こちらへやって来る。王子直轄の領地で何たる狼藉。もしかしたら、彼の留守を知り、タタンからわたしを狙って?


それしかない。


ジュードはわたしを庇うように抱きしめた。


何かを投げ捨てる音がした。恐ろしさに目を開けられない。


「殺すぞ」


男の声がした。


薄く目を開ける。ブーツの足が見えた。腰に佩いた剣を抜く。きらりとその刃が光る。


次の瞬間、ジュードが男の足に蹴り飛ばされ、わたしから離れた。ジュードに馬乗りになった男がその首に剣を突きつけている。


「殺す」


それは王子だった。


いきなりの彼の登場に、わたしは声も出ない。とにかく危ない。王子の背に抱きついて止める。


「ジュードよ、タタンのジュードなの!」

「うるさい。誰だろうが殺す」


片腕で払われた、地面に転んで背中を強く打った。王子に力を振るわれたことのないわたしは、出来事にあっけにとられた。


しかし、止めなくては。


ジュードの身体に身を伏せて庇った。


「わたしから斬って」

「僕が斬らないと思うか?」

「ええ」


髪が強く引っ張られた。ざくっと髪の束を彼の剣が切った。その後で、やはりわたしをつき飛ばした。今度は腰をしたたかに打った。


「アリヴェル、あなた勘違いしているの。ジュードはタタンからの使者なの!」

「使者と抱き合うか!」


「あなただってここに帰ってすぐ、ダリルと抱き合ったじゃない」

「え」


そこで彼は少し冷静になったように見えた。しばらくの間があった。


ジュードの上から下りる。可哀そうに、ジュードはひどく咳き込んだ。背をなぜてあげたいが、まだ剣を下げたままの王子を刺激しそうでこらえた。


「密会でもしているようだった」


「ドラゴンの森から戻るところで、ジュードが来たの。さっきも言ったように、タタンの領主から説明の為にわたしに会いに来いって言づてを持って」


「僕の妃だ。君が出向くなど許さない」


そこで彼がわたしを見た。ざっくりと切られた髪は長さがばらばらだ。短い部分は肩にも届かない。


彼の表情に、はっきりと後悔を見た。激情が去り、自分の振る舞いを強く悔いているのがわかる。



お読み下さりまことにありがとうございます。

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何卒、よろしくお願い申し上げます。

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