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コルコタ商会との商談

 コルコタ商会の代表であるシャーディ・ガウルリヤは、若い頃にアーレフと取引をしたことがある。その僅かな伝手で面会を求めた。代表に直接交渉をしないと門前払いされてしまうだろう。

「ほう……アーレフの息子が来たと」

 商人でごった返す広い店の奥から、シャーディが出て来た。褐色の肌に深く刻まれた皺。そして貫禄のある白い口とあごひげ。

 一般的に痩せているドイン人とは違い、南国らしくゆったりとした布地のローブからでも分かる貫禄のある腹のでっぱり。店の繁盛ぶりや彼の体型から裕福ぶりが桁違いなのは分かる。

「初めてお目にかかります。コンスタンツア商会の代表アーレフの息子、ベルンハルトです」

 ベルはそう自己紹介した。ドイン式に抱き合い、頬を2度触れる挨拶をする。ベルの流ちょうなドイン語にシャーディの顔がほころんだ。

「ほう……アーレフの息子はドイン語の達人とみえる。世界中からここへ貿易に来る商人がいるが、皆、ドイン語を話せぬのに殊勝なことだ」

 そうシャーディがベルのことを褒めた。これは特に西方の国々が南方の大国ドインを文明の遅れた蛮族の国という見ている証拠であった。

 貿易をするのにドイン語を話さず、通訳を使って西方の言葉であるアウステルリッツ語やロイス語などで話す者が多かったのだ。特に大口の商会ほどその傾向が強い。

「いえ、外国と取引するのにその国の言葉が話せないようでは、商売は成立しないというのが父の教えでしたから……」

「さすがアーレフだ。わしは若い頃、まだ一介の行商人に過ぎないときにアーレフと知り合った。彼もまた貧しい商人であった」

 シャーディが昔のことを話した。ここだとベルは取引の話に移る。自分が船でやってきたこと。大量に胡椒を仕入れて売れば莫大な利益が得られることを話す。そしてシャーディにこう申し出た。

「どうでしょう。信用取引で胡椒を大量に売ってくれませんか?」

 信用取引。現在、大量に買い付けするほど資金がないベルには、支払いを猶予してもらい、商品を売りさばいてから支払う後払いをする必要がある。

 それには相当な信用力が必要だ。何しろ、商品だけ盗んで支払いを免れる恐れが大であるからだ。

 昔からずっと取引を行い、長年に渡って築き上げた信用があるもの同士が行う商取引だ。

「いかに君がアーレフの息子でも、それは無謀な取引というものだ」

 シャーディは先ほどまでの笑顔を消し、そう冷たく言った。商売には真剣勝負するやり手の顔である。

「僕には船で運ぶ手立てがあります。南方航海路をほぼ独占するでしょう。僕との取引はコルコタ商会のさらなる繁栄をもたらすと断言します」

 ベルは必死に食らいついた。もとより、いくら父と昔なじみとはいえ、それで危険な投資をするほどシャーディは甘くないことは予想していた。成功した商人とは慎重なのだ。

「ならば、現金で買えばよい。それならば対等な商売だ。商売ならどれだけの量でも都合してやろう。金もないのに商売をもちかけてくるのは大抵、詐欺師のすることだ」

 シャーディはそう言って商談を打ち切ろうとした。いくら昔の知己の息子でも忙しい時間をこれ以上割くことはできないといった態度だ。それにベルもシャーディの判断は間違っていないと思う。

 シャーディは既に成功した商人だ。コルコタ商会は博打をうつ必要がないほどの大きな商会だ。南方航海路は魅力的な話であるが、船が遭難すれば大きな損害を受ける可能性も否定できない。それでもベルは交渉をし続けるしかない。

「待ってください、シャーディさん。確かに僕に賭けるのは博打です。しかし、時には博打をしないと成功はしないでしょう。長年真面目に商売しても未だに行商人をしている者が多いということは、勝負する時に勝負したか否かではないのですか?」

 ベルはそう言った。シャーディが成功したのも若い時の決断があったからだ。時には博打的な勝負をかけなければ、多額の富は得られない。

「ベル、それは真実だが、商人にとっての博打はな。必ず勝てるという確信があってからするのだ。お前にはそれがない」

「僕にはあります。シャーディさんがないのでは?」

「ほう、挑戦的だな。それではわたしがお前に賭けない理由を教えてやろう」

 シャーディの目からベルの思惑を射抜くような冷たいものに変わった。

「コンスタンツア家は粛清されたのではないか。お前はなぜそれを私に話さない」

 ベルは魂をグッと掴まれたように動けなくなった。

(なぜ、それを知っている。アウステルリッツからこのドインまでは、陸路で半年はかかる。まだ3か月しか経っていないのに……)

(これはベル様、商人の情報網をなめていましたわね)

 クロコがそっと指差した先は中庭。ちょうどハトが空から舞い降り、丁稚奉公の少年がその足から紙のようなものを取り出している姿が目に入った。

「ベルよ、商人の強みは情報網だ。コンスタンツア家の悲劇は1か月も前に耳にしていた。コンスタンツア商会の保障もないお前と取引するメリットはないな」

(やられた……)

 ベルは心の中で商談の進め方を失敗したと後悔した。ベルがコンスタンツア家の後継者というのは、言わなくても相手に計算をさせる時のアドバンテージになるはずだ。それが今完全に否定された。


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