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ドラゴランドの王子

 島には港らしきものがない。

 沖に停泊して小舟で近づくしかない。

 砂浜が広がる海岸と森が見えており、炊事をしているのか煙まで見える。人が住んでいることは間違いない。

 小舟で近づくと人影が森からわらわらと出てきた。ベルはその人影を見てつぶいやいた。

「あれは……」

「……リザード族ですな」

 ギョームは小舟から岸を見てそう言った。

 リザード族。全身固いうろこで覆われたトカゲのような要望の亜人族である。知能は高く人間並み。2本足で歩き、武器を使う。容貌以外は人間と同じ文化レベルである。

 南方の暗黒大陸に住み、傭兵として稀にアウステルリッツ王国以外の国で見かける程度である。ベルはリザード族を見るのは初めてである。

「彼らは南方の戦争でよく見かけました。非常にタフで戦闘力の高い民族です」

 そうシャーリーズが話す。彼女は傭兵団にいたので、リザード族は見たことがあった。彼女曰く、リザード族の兵士は人間族の兵士3人に匹敵する戦闘能力であると。

(ベル様、彼らの言語はリザード語ですわ。うまく意思疎通を図らないと血の雨が降りますわね)

(ああ。だが、僕はリザード語も話せる)

 ベルのタレント能力『全翻訳』の発動である。

「坊ちゃんはリザード語まで話せるのですか?」

 ギョーム船長は驚いた。ギョームとベルとシャーリーズ。小舟を漕ぐ船員一人の4人で上陸した。

 リザード人たちは遠巻きにベルたちを見ていたが、恐れると言うより、崇めると言ったような視線を感じる。それでもすぐにリザード族の戦士が10名ほどの槍に包囲されたが、ベルが親し気にリザード語で挨拶するので、槍はすぐに垂直に立てられた。

「君たちの領主に会いたい」

 ベルはそう要求した。リザード族の戦士たちは少し待つようにベルに申し出た。すでに後方から馬に乗った一団が近づいて来るのが見えた。

「オラが領主のマニシッサ・グレイズだ」

 砂浜と森の際に騎兵が数騎現れた。その中央の巨大な黒い馬に乗ったリザード族の戦士が近づいてくる。胸板が鱗で覆われた筋肉で盛り上がり、人間の兵士3人どころか、10人がかりでもかなわないと思われるほどだ。

 年齢は全く推測できない。何しろ、老若男女、みんな同じように見えるからだ。

「僕はベルンハルト・スコルッツアと言います。アウステルリッツ王国からドインに向けて航海の途中です」

 マニシッサと名乗ったリザード族の男は首を傾げた。

「ドインは分かる。この島から昔、そこまで行って帰って来たものがいるからな。だがアウステルリッツ王国などという国は知らぬ」

「北にある諸王国の1つです」

 ベルは説明した。マニシッサはここ一帯の領主らしく、教養もあるために北の諸王国の一部については知識があった。

「なるほど。オラも知らないことは多くあるものだ」

「それでマニシッサ様。水と食料の補給がしたいのです」

 マニシッサが話したこの島からドインに行ったことがあるという情報は貴重だ。この島を経由すればドインに確実にたどり着けるということだからだ。

「……ちゃんとした報酬があるのなら検討してもよいが……」

 マニシッサの言葉は歯切れが悪い。そもそも、彼はこの海岸一帯の小領主に過ぎなさそうだ。この島の大きさは定かではないが、島を治める領主の判断が必要ということだろうとベルは考えた。

「もし、この島全体の領主様がおられれば、紹介していただけませんか?」

 ベルはそう申し出たが、その言葉にマニシッサは激しく反応した。

「このアークランドの血は古来より、我がグレイズ家のものだ。オラがそのグレイズ家の正当なる後継者だ」

「……お話していただけませんか?」

 ベルは何か複雑な理由があると思った。突然やって来た異人種の自分たちに話すことではないとは思ったのだが、ダメ元である。

 この島がドインへの中継地として機能すれば、今後の貿易は円滑に進み、莫大な富をベルにもたらすのだ。ここは踏ん張りどころだとベルは直感した。

「……古来より、我がグレイズ家には言い伝えがある。正当なるグレイズ家が危機になった時、西方より現れた白い人が救うだろうと……」

(なるほど。それで海岸でもいきなり攻撃されることなかったのですわ)

 クロコがそう言った。確かにいきなり上陸してきた異人種に対して、人々が恐る恐るとはいえ、近づいてきた。その表情は何か救いを求めるようであった。

「この島はドラゴランド。島の大半は叔父のシグルトが支配している」

「叔父様ですか……」

 マニシッサはこれまでのアークランドの出来事を語り始めた。ドラゴランドの大半はリザード族が住んでいる。一部地域にドインよりやって来たルーン族が住んでいる。ルーン族は独立を計り、度々反乱を起こした。

 マニシッサの父であるグラント王はこの討伐に明け暮れていたが、前線で流れ矢が当たり死亡した。その時、王太子であったマニシッサは6歳。王の弟でマニシッサには叔父にあたるシグルトが宰相として、マニシッサの代わりに政治を行った。

「叔父は王の座が欲しくなったのだ」

 マニシッサが18歳になり、王の後を継ごうという時、シグルトがクーデターを起こした。きっかけはマニシッサの婚約者キャメロンを一目見たシグルトが、その美しさに囚われ、自分の妻にしようとしたことがきっかけであった。

「そうなると王子が正統軍だし、簡単にクーデターが成功するとは思わないのですが」

 王族とはいえ、正当なる後継者がいるのにそれを差し置くことは許されない。普通であれば、国の有力者や民衆はマニシッサの方につくはずだ。

「オラの軍は圧倒的だった。だが、奴には無敵の鉄騎師団が味方したのだ」

「鉄騎師団?」

 聞きなれない言葉にベルは思わず聞き返した。

「鉄騎師団は生まれつき、鋼鉄の鱗をもつリザード人で構成された部隊。その数は300ほどだが、奴らには矢も槍も通じない。無敵の防御力を誇るのだ。わずか300騎の兵に我が軍1万は破れ……」

(この辺境地でほそぼそと暮らす羽目になったのですわ)

 クロコが締めくくった。鉄騎師団の師団長は叔父のシグルトとは友人で、キャメロン姫の妹のシャロンを娶ることで懐柔されたらしい。

 哀れ、正統なる王子は国を奪われ、婚約者も奪われ、この辺境地で息を潜めるように暮らしているのだ。

(ベル様、この人、可哀そうですけど、交渉相手にはならないですわ。国を支配しているシグルトの方に交渉するのが早いですわ)

 クロコはそう囁く。確かにベルには時間がない。今は水と食料の補給はするが、中継地としての活用については、現在の支配者と交渉するべきだろう。

「ベル様、わたしはそのシグルトという奴を許さないにゃん」

 シャーリーズは義憤に駆られているようだ。だが全くの他人であるベルたちが関わる問題ではない。

 ベルはマニシッサを護衛する兵の武器を見た。青銅製のものである。矢じり至っては骨のような素材だ。

「その鉄騎師団を撃破すれば、戦争に勝てますか?」

 ベルはそう聞いた。マニシッサは驚いたようにベルを見る。

「奴らを倒せば、今一度、オラの旗の下に味方は集まるはずだ」

「武器は兵士さんたちが持っているのが主流ですか?」

「……鉄製の武器のことを言っているのだな。バカにするな。鉄製の武器もある。だが、高価であるから一部の精鋭しか装備していないのだ。あと、お前が考えていることは分かる。鉄製の武器を我らに供与すれば勝てるとか思っているのだろう? 無理だ。鉄騎師団の兵には鉄製の武器も通らん」

「なるほど……。でも僕には策があります」

 ベルはそう言った。ここで補給をしてドインへの水先案内をしてくれれば、マニシッサの有利に働くというのだ。

「意味が分からん」

「帰りに必ず寄ります。選りすぐりの兵士を10名選抜してください。彼らを連れ帰り、特別に訓練します」

「訓練だと?」

「はい。その鉄騎師団とやらを撃破します」

「その10騎でか?」

「はい。その10人が指導役となって100人隊を組織します」

「……わからん。奴らの皮膚はそれこそ鋼鉄。どんな武器も通じない」

 ベルは銃を取り出した。それを不思議そうに見るマニシッサ。

 ベルは10mほど離れたところに置いてある青銅の盾目掛けて発砲した。

 銃弾は青銅の盾を貫通し、さらに後ろにあった鎧も貫き、さらに壁深くまでめり込んだ。

「な、なんと……すごい武器だ」

「銃と言います。僕が開発した新兵器です。これを100丁用意します。いくら鉄騎師団が強くても、銃の前では赤子も同然」

 マニシッサは考えた。この武器の威力は凄まじい。これなら勝てる。それにここで対価を受け取って、水や食料補給をしたところで、マニシッサにとっては損する話でもない。それに西から来た白い人の伝説もある。なにより、マニシッサには時間がなかった。

「わかった。ベル殿の申し出を受けよう」

 ベルはマニシッサと契約を交わした。

 半年後までに訓練した兵と武器、300人ほどの傭兵を連れてくる。それでその悪逆非道の叔父から国を取り戻すのだ。

「半年後か……」

「半年後には準備を整えてここへ来ます。そこから1か月もあれば国を取り戻せますよ」

 ベルはそう約束した。マニシッサにとって、1年以内というのはとても重要であったのだ。


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