コボルト女王ゲナ8世
「女王陛下に会わせろだと?」
「人間風情が女王陛下に簡単に会えると思うのか?」
ベルの船に乗りこんできたコボルト族の役人は、きれいなコボルト語を話す少年の申し出に戸惑った。
ほとんどの船が夜陰に紛れて通過するか、高速で突き切る。
めずらしく停船しただけでも驚きであるが、通行税のことで女王に会わせろというものはこれまでいなかったからだ。
ベルは戸惑っているコボルト族の役人を見る。
魔族と言われるコボルト族は人間族よりも小柄な人種だ。大人で身長140cmくらいだろう。基本容姿はほとんど変わらない。小柄な人間か子どもと思えるほどだ。
しかし、大きな違いは頭にある犬のような耳。あと口からちらちら見える犬歯。そして尻尾がある。これが魔族といわれる所以だ。
しかし、人間の言葉を理解する知性もあり、コボルト語という独自言語と文字をもつ。魔族といって差別するが、文明的にも対等な民族なのだ。
「女王陛下にこう言ってくれ。税を徴収する方法を教えましょうと。僕のアイデアを取り入れてくれれば、ラプラタ海峡に住むコボルト族の生活は豊かになりますよと……」
ベルは乗り込んで来た役人の中でも話の分かりそうな者にそう話した。コボルトたちは顔を見合わせた。
普通なら払わずに逃げてしまうのにこの少年はわざわざ停船して自分たちを迎え入れたのだ。
自分たちをだますにしても、メリットなど何もない。コボルト族は貧しく、関わっても得るものは何もないのだ。
それにこの歳でコボルトが流ちょうなのも好感をもった。彼らも閉塞感に包まれた今の生活を変えたいと思っていたのだ。
「わかった。しばらくここで待て。女王陛下に裁可を仰ぐ」
そうコボルトの役人は答えた。小舟が岸に向かい、30分ほどで戻ってきた。女王が会うというのだ。
ベルはシャーリーズとギョーム船長を伴って岸へと向かった。
「ラプラタ藩国ゲナ8世陛下であられる」
岸から10分ほど歩いた森の中に女王が住むと言う宮殿。彼らは宮殿と呼ぶがどう見ても丸太で作られた高床式住居だ。
周りは似たような建物が建っており、女王の宮殿はそれらよりも規模は大きい。
しかし、アウステルリッツ王国にある宮殿とは雲泥の差である。藩国といっても人間族の村にすら劣る生活レベルだ。
これが現在のコボルト族の置かれた状態なのだ。ベルたちは女王と大臣、官僚が揃う部屋へと連れていかれた。
女王がいると思われる場所にはカーテンが引かれ、姿が見えない。そこを中心にコボルトが左右に5人並んでいる。槍を構えた護衛兵も4名ほどいる。
「女王陛下にお目にかかれて光栄でございます」
ベルはそう言って頭を下げた。見事なコボルト語だ。しかも流暢で丁寧な言葉遣い。時折、やってくる商人の片言の話し言葉とレベルが違う。それを聞いた周りの家来から感嘆の声がもれた。人間族でコボルト語を話す者は滅多にいない。
ベルはそれを聞きながら、そっと目線を上げる。
正面の椅子に女王がちょこんと座っている。
(あらま、かわいい女王様ですわね)
クロコがそう感想をもらした。それはベルも思ったことだ。
小柄なコボルト族だが、この女王はもっと小柄だ。どう見てもお子様である。
「わたしがゲナ8世である。そこもと、わたしに要件があると聞いた。申してみよ」
そうたどたどしい声で女王が言葉を発した。
「はい、ゲナ陛下。僕はこれから南に向かい、ドインで香辛料を手に入れる航海中です」
ベルは自分の目的をそう話した。南に向かうと聞いて周りのコボルトたちがざわざわと話し始める。南に向かうことは狂気の沙汰だとコボルトたちもしっているのだ。
「南に向かえば死ぬぞ。多くの冒険家がそれで亡くなったとわたしは理解している」
小さな女王はそう答えた。後ろの大臣と思しき大人のコボルトが耳打ちをしたから、そのように答えたのであろう。
「はい。ですが、もし成功したのなら莫大な利益を得ます」
「……夢物語としか思えぬ。そしてお前がなぜわたしに会おうとしたのか理由がわかったぞ」
小さな女王は椅子から立ち上がり、そしてベルに指を指した。
「儲かったら通行税を払うから、今は通過させてくれとか言うのであろう!」
そう言ってからゲナ8世は腕を組んだ。ここまでの言動には後ろの大臣は関わっていない。つまり、この女王が自分で考えたことなのだ。
(この子、小さいけど頭がいい。ならば交渉は成立する)
ベルは自分の目的を話したのは、あくまでも触りである。これから持ち掛ける話がコボルト族と自分に大きな利益をもたらすのだ。
「通行税は払います。しかし、払うのは後日です。何しろ、香辛料を売らないとお金がない」
「ほらみろ、やっぱり値切る交渉に来たのだ!」
「陛下、僕の置かれた状況を話しました。それは普通なら他の船のように通行税を払わずに通過するはずなのに、それをあえてしなかったということを理解していただきかったのです」
「……どういうことじゃ?」
この返答を聞いてベルはやはりこの小さな女王がただの子供ではなく、かなり頭のよい子であると確信した。
「このラプラタ海峡で通行税を取るのは諸国が認めたコボルト族の権利でしょう。それを執行するための方法を教えようと思うのです」
「ほう……。どういう方法だ。まぬけな方法ならさっさと通行税を払って立ち去るのだ」
「大砲を設置します」




