ラプラタ海峡
出航して1日が経過した。広い海原に2つの半島が左右から突き出た風景が見える。船はこの2つの半島の間を通って外洋に出るのだ。
「坊ちゃん、あれがラプラタ海峡です。どうします?」
そう船長のギョームが聞いてきた。ベルには意味が分からない。ベルの戸惑いを見て船長は豪快に笑った。
「すみません、坊ちゃん。説明していませんでした。このラプラタ海峡を通過するには通行料を払わないといけないのです」
「通行料?」
ベルの質問にはそんなことは聞いていないという抗議の色が出ている。
そもそも、海は誰にでも開かれた場所である。海賊でない限り、自由航行と安全は保障される。
「ラプラタ海峡だけは特殊なのですよ」
ギョームは説明する。ラプラタ海峡は幅が500mほどと非常に狭い海峡である。
ぶつからないように海峡の突き出た半島の先に灯台が設けられている。
古来よりこの辺りには海賊が潜んでいて通過する商船を襲っていた。それを退治したのが神聖ローレン聖王国の海軍。
海賊は魔族であるコボルト族が多く、聖王国は徹底的に弾圧したという。
しかし、コボルト族も簡単に滅ぼされることがなく、粘り強くゲリラ戦に持ち込んだため、時の聖王マティス7世はコボルト族の女王ゲナと講和を締結。
ラプラタ海峡で通行税を取る権利を与える代償に、海賊行為の禁止と他の海賊を取り締まることをコボルト族に命じたというのだ。
「なるほど……。通行税の徴収は国際条約で決められた正当な権利というわけか。で、通行税はいくら?」
「この大きさの船だと統一銀貨100枚」
「……結構するね」
ベルは困った。手持ちのお金は心もとない。統一銀貨100枚はリーベル金貨10枚に相当する。
払えないことはないが、これからかかる経費を考えると厳しい金額だ。
「坊ちゃん、ただこの取り決めは100年も前ことでして、実は抜け道があるのです」
ギョームは説明をし始めた。実はほとんどの商船はこの通行料を払っていない。
この海峡で通行税を払わず通過する方法は2つ。1つは夜に通過すること。夜陰に紛れて突破するのだ。
2つ目は追い風を待って高速で突き切る方法。これなら小舟でしかも動力が人力で漕ぐコボルトたちは近づけない。
「なんだかひどいね。かれらは灯台守もしているのだろう?」
「まあ、そうですが、払う人間はほとんどおりません」
ベルはコボルト族たちが気の毒だと思った。
これも虐げられる魔族の悲哀だろう。不正を続ける人間たちの醜悪さを感じる。
「それだとコボルトたちがまた海賊行為をするだろう?」
「かれらは魔族として迫害されていますからね。海賊行為に対する討伐も今は激しいのです。あからさまにそんなことをすることはできないのでしょう」
ギョームはそう言った。彼もこの海峡は何度も通過している。通行料を支払ったことはない。ベルにどうするか聞いたのは、突破する方法をどちらにするか聞いたからだ。
(ベル様、残ったお金は100枚もないですわ。ここはみんながやっているように払わず突破ですわね)
(ラプラタ海峡、みんなで渡れば怖くない……か)
そのベルが思案をし始めた時、あの女神の声がベルの頭に響いた。
タレントを解放します。
あなたは「全翻訳」の力を得ました。
この世界のすべての言語を理解し、話し、書くことができます。
(ベル様、グットタイミングですわね)
今まで黙っていたクロコがベルのシャツのポケットからひょっこりと顔を出した。
ベルのタレントが解放されるときは重要な人との出会いやイベントに遭遇した時だ。このタレントの解放は意味があるということだ。
クロコにそう言われてベルは考えていたことをやろうと決意した。
「ラプラタ海峡の途中で停船しよう」
この命令に船長のギョームも航海士のマカロフも驚いた。
「コボルトどもに通行税を払うのですか?」
「ああ。正確に言うと彼らに商売を持ちかけようと思うんだ」
ベルはそう答えた。岸からコボルト族の役人たちが小舟に乗ってやってくるのが見えた。




