初体験
(これはピンチですわね)
(どうしたらいい?)
(解毒薬が手に入ればとは思いますけど……)
そんなものがあるかどうすら分からない。
「おい、そこのおっさん」
ベルは牢番の男を呼んだ。
「なんだ、小僧」
男はベルをにらむ。牢に入れられて心細いはずの少年がそんな気配も見せず、人質の少女を抱きかかえて自分に命令してくるのだ。
「このままではシャーリーが死んでしまう。解毒薬をくれ」
ベルの命令調の言葉遣いに牢番の男は不機嫌になる。元々、貧しい生活を強いられている男には恵まれた生活をしている金持ちの子供にはよい感情がない。そしてそのような子どもに絶望的な回答をこの男はもっていた。
「くくく……。無駄だな。それは毒ガスの影響だ。解毒薬なんかないし、そうなった人間は間違いなく死ぬ。教団に盾ついた人間はこの牢につながれ、そのガスを吸わされて死ぬ運命なのだ」
そのような残酷なことを平然と言った。ベルはむかついた。この牢番の男もクズである。クズには退場をしてもらう。
「ゲリナール!」
ベルはそう言って牢番の男に指を差した。
「うっ……なんだ、急に腹が……おお……漏れる、漏れる!」
急な激しい腹痛にお尻を抑える牢番の男。慌てて牢の前からトイレへと走る。その隙にクロコが牢番の腰に吊りさがっていた牢の鍵を抜き取った。
「これで奴は、しばらくトイレから出て来られない」
ベルはクロコが奪った鍵を使い牢の扉を開ける。そして動けないシャーリーズを抱きかかえた。シャーリーズはぐったりしており、体に力が入らないからかなり重い。これを担いで逃げるのは難しい。
(どこへ行くのですわ。それにこのままではシャーリーの命はないですわ)
(ここはウブロ教の地下教会だ。どこか休める場所があるはずだ。そこへ運ぼう)
解毒薬はないと牢番の男が言ったが、そうと決まったわけではない。シャーリーズを安全な場所に寝かせ、教団幹部を捕らえて聞き出せば何か方法があるかもしれない。
幸い、地下牢から脱出するし、廊下に出ても誰にも会わなかった。廊下にはいくつか部屋があり、クロコに中を調べさせた。
1つが物資の倉庫でベッドマットやシーツが大量に保管されている場所が見つかった。そこなら見つかりにくいし、床にマットやシーツを敷けばシャーリーズを安静にさせられる。
「ぐ、ぐっ……」
倉庫に入り、シャーリーを寝かせるとシャーリーが苦しみだした。麻痺毒が心臓に回ってきたようだ。胸を抑えて苦しみだす。
「シャーリー!」
「ベ、ベルしゃま……どうひゃら……わ、らしは……ここまでのひょう……です」
ろれつが回らない舌を動かし、シャーリーズは涙を流した。どうやら覚悟を決めたようだ。
「だめだ、シャーリー、気を確かにもて。死ぬんじゃない!」
ベルはシャーリーをぐっと抱きしめる。
「こ、こわ……い……死にたくにゃい……」
「シャーリー、だめだ、絶対にだめだ!」
ベルは叫んだ。シャーリーの体が徐々に冷たくなっていくのが分かる。
(くそ、なにかないか、毒を消す方法は!)
その時だ。ピロリン……。
ベルの頭の中であの女神の声が聞こえてくる。
(タレントの解放だ。このピンチを救うものだ)
ベルは期待した。自分にはまだ解放されていない未知のタレントがあり、これまでもピンチの時にそれが解放されて救われてきたのだ。
今回もそうだとベルの心は高鳴った。
「新しいタレントを手に入れました」
『初期化』を得ました。
この能力であなたはあらゆる状態変化を無効にすることができます。例えば、毒、麻痺、石化、魅了、混乱等などです。
「ば、馬鹿野郎!」
ベルは声だけで出演している女神に怒鳴りつけた。この場で起死回生だと思われたタレントの解放。毒に侵されても無効にできるのであるが、ベルが無効にできてもシャーリーを救うことができない。
「自分だけ無効にできても今は意味がないじゃないか!」
ベルのタレントが解放されるときは、いつもピンチになった時。何か行動で回避したり、新しい展開をしたりするときに解放された。しかし、今は全く意味がないのだ。
女神はベルの問いに反応することなく、淡々と説明し続ける。
「初期化をもったあなたの力を他人に波及することもできます。あなた自身の体液は初期化を発動する媒体になるでしょう」
「どういうことだ?」
(ベル様、それはきっとベル様自身の唾液、血液、精液なんかを注入すればよいのではないのですか?)
クロコがそう説明した。邪妖精であるクロコにも女神の声は聞こえる。
「まあ、とどのつまり、あなたの体液を相手の体に直接吸収させれば、このピンチは回避できるってこと。ちなみに効果は効果が薄い順に唾液>血液>精液ですからね」
あの駄女神が舌を出して(てへペロ)をして消えた。ベルは茫然とする。
「はああああん!」
(ありゃ、これは面白いことになりますですわ)
(ど、どういうことだ。!?)
(決まっていますですわ)
にやにやと意地の悪いクロコが続ける。
(シャーリーを抱くことですわね)
(え、えええええ~!)
「うっ……うう……」
シャーリーが呻く。その声は弱弱しい。ろうそくの炎が消えていくようだ。
ベルは覚悟を決めた。そしてシャーリーズの容体を見ればすぐに判断するしかない。
「シャーリー、ごめん!」
ベルはシャーリーズに口づけをする。まずは自分の唾液で解毒しようと試みたのだ。だが、効果がない。シャーリーズの顔が蒼白に変わってきている。もう一刻の猶予もない。
(ベル様、もう時間がないですわ。もう覚悟を決めないといけないですわ!)
(どうすれば……そうだ……僕の血を……)
(ベル様、時間がないですわ。最も効果があるものを注入しないとダメですわ)
「そ、そんな~」
「うっ……ベ、ベル様……もうわたしはダメみたい……にゃん」
シャーリーズの体から力が失われている。抱きあげているベルの両腕に重みがじわじわと感じられる。
(ベル様、もう時間がないですわ。シャーリーが死にますですわ)
「シャーリー、ごめん、本当にごめん」
ベルはシャーリーの服を脱がす。そして自分もシャツを脱いだ。ベルはもう迷わずシャーリーズの足を広げた。
(クロコは脱出路を探してきますですわ)
気を利かせてクロコは姿を消した。




