気品とマナー
園遊会の日になった。
馬車でペネロペの寮まで迎えに行ったベルは、先に派遣していた侍女によって着飾ったペネロペを見て、また憎まれ愚痴を言ってしまった。
「馬子にも衣装とは言うが、君も着飾ればそれなりだね。将来、ミュージカル女優を目指すだけのことはある」
確かにベルが贈った華やかなドレスに負けてはいない。小さな淑女がそこにいた。目立たないようにこういうドレスを着させたが、集まった客の中でも注目されてしまいそうだ。
「馬子にも衣装って何?」
幸いにもこの世界にはベルの転生前のことわざはなかったので、失礼な意味はペネロペには伝わっていなかったが、雰囲気でベルがバカにしたことは理解していた。言葉に棘がある。
「まあ、結論は似合うということだよ」
「ふん。どうだか。それより、この衣装、わたしにぴったりなんですけど。気持ち悪い……」
そうペネロペはベルを睨んだ。サイズがぴったりなのは、彼女の体のサイズを家令のベンジャミンから聞いていたから。
ベンジャミンはペネロペの前ではリットリオのおじさんの使いとして接しており、ペネロペへのプレゼントのために服のサイズを測っていたのだ。
リットリオのおじさまであるベルがペネロペの体のサイズを全て知っているのは当然だが、それを知らないぺネロペからすれば気持ち悪いという感想になる。
「気持ち悪いというのは失礼だな」
一応、ベルはそう抗議した。さすがに言い過ぎたと思ったのだろう。
「言い過ぎたわ。ごめんなさい」
そう素直に謝った。ちなみにいつもベルと一緒にいるクロコはいない。ベルの命令でとある任務に出かけているのだ。
ベルは着飾ったペネロペを乗せて園遊会の会場へとたどり着いた。
会場は議事堂付属の庭園でもう招待客がたくさん来て、思い思いに談笑をしている。
ベルはペネロペをエスコートして、まずは主催者のローベルト公爵夫妻に挨拶に行く。公爵は貴族院副議長でこの国の重鎮である。ベルの父親はローベルト公爵の息のかかった勢力とつながりがあるのだ。
「確かに勉強になるわ……」
挨拶の後、ペネロペは広い庭を見渡し、特に女性の行動をつぶさに観察する。
まず一つ一つの動きに気品がある。気品は体を動かすスピードと動く距離にある。無駄のない動き。それをゆったりとした動きで行う。
遅くてもじれったいし、早いと途端に品がなくなる。そして笑う時はけっして歯を見せない。手袋をした手で隠すか、扇でさっと顔を隠す。表情の変化すらコントロールしているのだ。
「ああいう仕草は小さい時から仕込まれているからね。意識しなくても自然にできるところが品の良さにつながるのだ。ペネロペもちょっとやってみろよ」
「わかったわ……」
ペネロペは手を挙げて飲み物を運んできた給仕から、ジュースの入ったグラスを受け取る。そしてそれを一口飲んで、右手で口元を隠しながらくすくすと笑う仕草をした。
先ほど、目の前でそのようなことをしていた女性の真似をしたのだ。11歳の少女にしては演技が上手い。しかし、どこか借りて来た猫のような雰囲気を感じなくはない。
「どう?」
ペネロペはベルに感想を聞いた。目に焼き付けた仕草や動きを再現することは得意な方である。
「悪くはないけど、所詮は人の真似だね。君の動きになっていない」
「わたしの動きって何よ。意味不明なことを言わないでよ」
「人の真似をしても感動は与えられないということだよ。まあ、底辺庶民の君に人が感心するような気品ある行動はすぐにはできないよね」
「聞いた私がバカだったわ!」
ペネロペはまた手を挙げた。そして今度はグラスを2つ受け取る。右手に持ったグラスバーデンに突き出した。
「あなたも飲んでよ。紳士の飲み方って奴を」
「ふん」
ベルは受け取ると一気に飲み干した。紳士らしくない飲み方だ。
「それが紳士?」
「そうさ。好きなように行動する。これが第一。そしてその行動が人に迷惑をかけない、不快にさせない配慮があればいい。変に遠慮するのも相手にとっては気を遣うことになる」
「……やっぱり意味が分からない」
「要は楽しまないといけないということさ。マナーはみんなが楽しめるように人に配慮した行動のことだよ。それが自然とできたときに品が生まれるんだ」
「……」
ペネロペにはベルの言わんとすることが何となく理解できた。マナーを守らないといけないとガチガチになってやっても、そこには品は生まれない。
目の前の紳士淑女は、自然体でパーティを楽しんでいる。そこには自分が楽しむと共に人にも楽しんでもらう配慮がある。
(そうか……気品の根底にあるのは(人を思いやる気持ち)なんだわ……)
これを知識として学んでもきっと理解は浅かったはずだ。実際に見て聞いて感じたことは一番の学びになる。




