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ベルの期待

 次の日。やっと予約できたピアノで練習し、疲れた様子で寮に帰ったペネロペは驚いた。そこに待っていたのはベンジャミン。リットリオのおじさまに仕える執事だ。

「ぺネロペ様。主より仰せつかり、これをお持ちしました」

 そういうとベンジャミンは一通の書類を見せた。

 そこには月曜日から金曜日までの放課後のスケジュールが書いてある。

「こ、これは……」

 ペネロペは食い入るようにその書類を見る。

「主はペネロペ様にはハンディキャップがあるから苦労するだろう。彼女に学ぶ気があれば、その部分を補強しようとご提案されました。ペネロペ様が決めることですが、よろしければこのスケジュールのような補習を計画させていただきました」

 月曜日と水曜日はピアノ。火曜日と木曜日は声楽のトレーニング。金曜日は演劇。そして毎日、1時間の基礎学力の家庭教師を付けるというものだ。ピアノは学外のレッスン場が用意してあり、そこで一流の講師によるレッスンが受けられるのだ。しかも好きな時に行けば弾けるようになっている。

「リ、リットリオのおじさま……」

 ペネロペはうれしくて涙が出て来た。先ほど、ベルにリットリオのおじさまに頼めばいいと言われて否定した。さすがに孤児の自分のことなどをいつも気にかけているわけがない。それなのにこんなことまで支援してくれるのだ。

「主はいつもあなたのことを見ています。あなたが困った時にはそっと手を差し伸べてくださるのです」

 そうベンジャミンは泣いているペネロペの肩に手を置いた。ペネロペは大きく頷く。そして涙を拭ってベンジャミンを見上げた。その目は向上心に輝いている。決心した力強い目だ。

「はい。私はリットリオのおじさまの期待に応えます」

「うむ。主に伝えましょう」

「ありがとうございます。ペネロペは一生懸命に学びますとお伝えください」

 ペネロペは頭を下げた。ベンジャミンは必ず伝えると言って部屋を後にした。

 部屋の扉が閉まるまでペネロペはずっと頭を下げていた。

「ベル様、言われたとおりにしました」

「ご苦労様」

 馬車に乗って学校から帰るベルはベンジャミンを乗せていた。ベンジャミンはベルに言われたとおりの指示をペネロペにしたのだ。そして彼女の喜ぶ様子を詳細に伝えた。

「ベル様、粋な計らいをしますな」

 いつも無表情の忠実な執事が少しだけ左の唇を上げた。ベルのやっていることを面白く思っているようである。ベルは何だか見透かされたような気持になり、慌てて言い訳をする。

「粋ではない。これは投資だ。彼女の才能はこれからだ。リターンのためには継続的な投資は欠かせない」

「おっしゃるとおりです」

 ベンジャミンはいつもの無表情に戻る。しかし、顔とは違い、目からは温かいものを感じる。ゴホンとベルは一つ咳ばらいをした。

「ベンジャミン、ペネロペの学校での活動について、情報を逐一知らせるように」

 そうベルは命じた。同じ敷地内とはいえ、学校が違うのでペネロペのことはベル自身が知ることはできない。

「はい。それについては手配しております」

 ベンジャミンは既に手を打っているようだ。恐らくであるが、ペネロペの周辺にスパイを放っているのであろう。

「うむ……。何しろ、彼女の敬愛するリットリオのおじさまというのは、いつも彼女のことを気にかけているそうだからな。その期待に応えないといけない」

「はい、ベル様」

 そういうとベンジャミンは、1枚のチラシを取り出した。それはセントフォース音楽院の秋の発表会を知らせるものであった。

「これは?」

「セントフォース音楽院では年に2回、生徒が自分の技量を発表する機会があります。それぞれが特技でいろいろな作品を披露するのです」

「ほう……」

 さすが王国でナンバー1の音楽学校である。その発表会には多くの上流階級の人間や音楽や演劇関係者が集まる。生徒たちにとっては、ここで自分の才能を示し、将来につなげるチャンスでもあるのだ。

 ここで注目されれば、卒業後に音楽や演劇の道で活躍できるようサポートしてもらえるからだ。

「ペネロペはこのミュージカルに出るのか?」

「ペネロペ様はまだ1年生です。出たとしても端役でしょう。ただ、それもオーディションを勝ち抜かないと出られません」

「……基礎もできていないペネロペでは無理か」

「端役ですら見えない力が働くといいます」

 そうベンジャミンは答えた。セントフォース音楽院に通う学生は有力者の縁者や家がかなり裕福な者が多い。当然、オーディションの選出に縁故や経済的な力が影響する部分もある。

 ベンジャミンの言葉はベルに対する確認の意味がある。ベルがお金をばら撒けば、端役くらいならペネロペに与えられるであろう。

「……それはやめておこう。あくまでも彼女は実力で役を勝ち取らないといけない」

「そのとおりです」

 ベンジャミンはベルの判断に頷いた。そういう見えない力で下駄をはいたとしても、芸術じゃ多くの人に支持されてこそ認められる。実力がなければ生き抜けない世界なのだ。

 親が売れっ子芸能人やスポーツ選手でも、その子供が同じ世界で成功することが約束されていないように、実力がなければ続かない。

「4か月後までに彼女がどれだけ力を付けられるか楽しみに見てみよう」

 ベルは期待している。ペネロペはきっとオーディションに臨むだろう。そこでどういう結果になるか、どっちになってもペネロペにはよい経験になりそうだ。


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