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シャーリーズの視点

「お前の父親がコンスタンツア家の護衛隊長に抜擢された。これはチャンスだ」

 片膝を地面に着き、頭を下げているシャーリーズに語り掛けた人物。黒いマントで全身を覆い、銀の仮面を付けている不気味な格好だ。

 声からすると男であると思われたが、若いのか、中年なのか年寄なのかは判明しない。しっかり立っている姿を見るとそれほど年を取っている感じではない。

 ここは地下教会。町の下水道に横穴を掘って設けられた秘密の場所だ。

『ウブロ教』という反バルカ人を標榜する宗教の拠点の一つだ。ウブロ教はバルカ人に虐げられているクトルフ人やウイカル人等の2級市民を中心に広がっている宗教である。

 もちろん、バルカ人の政権からは認められず、禁教とされていた。信仰をしていることがばれれば、投獄されるし、布教をした者は死刑にされる。

 このような地下教会にいただけでも重罪である。ここには黒マントを着た司教と信者が20人程集まっていた。

 司教は膝まずいたシャーリーズにこう命じた。

「コンスタンツア家は穀物商で大儲けをし、戦争で多くの富をなした。我らバルカ人以外の種族は戦争で多くが殺され、そして迫害された。コンスタンツア家は悪魔である。我ら、虐げられた民族の恨みをはらすべき相手だ」

「はい、わたしもそう思います……ネ、司教様」

 シャーリーズはそう言って深々と頭を下げた。ウブロ教の教義で、司教の顔をまともに見ることはできない。信者は視線を地面に落とし、声だけを拝聴するのだ。

「そのコンスタンツア家の跡取り息子は悪魔の子だ。悪魔の子は、この世界を破壊すると我らの神は啓示を下された。シャーリーズよ、コンスタンツア家の悪魔の子、ベルンハルトを殺せ」

 そう司教は命じた。神の啓示を受けたと司教は話した。

(神の啓示ならば、絶対に果たさないといけない任務だ)

 シャーリーズは自分にそのような重要な任務が与えられたことに感激し、涙が出てきた。

「はい、必ずやその悪魔の子を殺します……ネ」

 シャーリーズはそう誓った。

 父のオージン・セイロンとは血がつながっていない。シャーリーズはオージンの親友の子供。シャーリーズの本当の父は戦死し、母は戦争の混乱の中、病死した。シャーリーズが5歳の時だ。

 その時から女子は捨てた。オージンと共に戦場を駆け巡り、少年兵、いや少女兵として各地を回った。戦場では小さな体を生かして伝令を務めた。空いた時間にオージンに剣術を習った。

 前線に出たのは11歳の時。オージンから習った剣の技でコボルト兵を2人殺した。敵はバルカ人に逆らう亜人間。クトルフ人のシャーリーズたちは、支配者であるバルカ人の先鋒となって常に危険な戦場にあった。

 戦争が終わり、失業したオージンと共に都に来た。前線で戦ったクトルフ人兵士にはわずかばかりの報奨金が渡され、ほとんどが解雇されたから、職探しに来たのだ。

 そして偶然に強盗団に襲われていたコンスタンツア家の当主アーレフを助け、その警備兵として採用された。

 これは偶然であったが、地下教会で命令を受けたシャーリーズは、神の思し召しだと思った。

 シャーリーズがウブロ教を信仰していることは、父のオージンは知らない。1年前に進軍先の町で偶然にウブロ教の信者に誘われ、司教の話を聞いて感銘を受け、入信したのだ。

 オージンは無神論者であったから、シャーリーズがウブロ教信者となったことを知ったら大反対するだろう。宗教は心の弱い者に付けこみ、洗脳してしまうものだといつも話していたからだ。

(父上は間違っている……ネ。我々、人間は神に生かされている存在。常に神の御心のままに行動することが我々人間の役割なの……ネ)

 シャーリーズはそう信じていた。洗脳されていたと言ってよい。戦いが全てであり、人を殺すことを厭わぬ精神状態の彼女にとって、ウブロ教の教えは救いであった。

 シャーリーズも15歳の時にタレント能力を授かった。驚いたことに貴族でもないのに2つの能力を授かった。傭兵団にいた魔術師の中に、ぼんやりとタレントの能力を鑑定できるものがいた。

 その者に見てもらうと、1つは剣術の技能を高めるもの。もう1つは弓などの長距離武器の命中精度を上げるものである。

 剣の扱いが上手くなる能力はシャーリーズにはうってつけであった。このおかげでシャーリーズは少女ながら、戦場で活躍できた。命を失わなかったのもこのタレントのおかげだ。

 2つ目の遠距離攻撃の命中確率を上げる能力も役立つ。これで弓による攻撃も得意になった。

 まさに戦うために生まれてきた能力だ。無論、ちゃんとした鑑定ではないために、タレントの名前を知ることはできないが、このおかげでシャーリーズは年端もいかないのに凄腕の剣士になった。

(わたしのタレントはまさに神様に与えられた任務を果たすためにある……ネ)

 シャーリーズの望み通り、ベルの護衛役に命じられた。歳が近いという理由である。この好都合な展開は神様のおかげだとこの少女は思った。そしてシャーリーズは2歳年下のベルを見て心の中で笑った。

(こんな坊ちゃん、簡単にひねり殺せる……ネ)

 問題は殺すところを見られれば、父のオージンが黙っていないだろう。シャーリーズもお尋ね者にはなりたくはない。

 誰にも見られないような場所で殺す。シャーリーズの犯行だと思われないように用心する。それはベルの専属ボディガードなら容易なことだ。

 しかしこの金持ち坊ちゃんは、シャーリーズが女子であることに不満をもった。生意気にも腕が見たいと言うのだ。

(わたしの戦闘力を疑うとは……ネ。これだから金持ち坊ちゃんは度し難いのだ……ネ)

 最初の課題である弓の技量は問題なかった。ベルが指定した目標を射抜くのは、命中精度を上げるタレントと長い戦場経験で身に着けた技でクリアした。

 次に剣の技を見せろと言ってきた。剣といっても木剣であったが、ベル自らが相手をすると言う。シャーリーズは呆れた。

そしてこの坊ちゃんのプライドをあまり傷つけずに自分の技量を見せることに腐心した。

 やろうと思えば、木剣で叩き殺すこともできたが、それではシャーリーズの犯行がばれてしまう。

 ベルの剣の技は素人ではなかったが、所詮はきれいな型に捉われた教養レベルの剣術。戦場で叩き上げ、そして剣術系のタレントをもつシャーリーズにかなうはずがない。

 シャーリーズはなんなく、ベルの挑戦を退けた。真剣なら4度首を刎ねた。

(やはり、この坊ちゃま、弱い、弱すぎる。所詮は金持ちのボンボン。殺すことも簡単だわ……ネ)

 ところがこのお坊ちゃまは、圧倒的な力の差を見せつけられたのにも関わらず、全く落ち込むことも、恥じることもなく、自分に向かって短剣によるナイフ戦を要求してきた。

 シャーリーズは呆れかえった。力の差も分からない大馬鹿野郎だと断定した。結果的にここでシャーリーズは油断をしたのであったが、その時にはそんなことは少しも思わなかった。

後から思えば、おかしなことであった。なぜなら、ベルは短剣勝負に本物を使うことを要望したのだ。

 普通に考えれば、そんな危ないことを提案するはずがない。シャーリーズの腕を見て自分にけがをさせないだろうと考えたとしても、相当の勇気がなければ言い出せないことだ。

 しかもベルは勝ち負けの条件を出してきた。それも変態的でシャーリーズには屈辱的な条件だ。

「シャーリー、僕が勝ったらお前は僕のペットになること」

 とんでもない条件である。そしてクトルフ人戦士の名誉にかけて誓えと言う。クトルフ人戦士は、一度約束を守ると誓ったらそれに従うというのが掟だ。例え、それが自分の命をかけたものであってもだ。

 絶対に負けないと思ったシャーリーズは、その変態的な要求に従うと誓った。自分が負けることは100%ない。そう信じていた。

 しかし、結果は違った。

 ベルはずっと自分の能力を偽っていたのだ。

 恐らく、タレント能力なのであろう。シャーリーズの力では、ベルの回避能力をかいくぐることはできなかった。

 そして急な腹痛。屈辱的な状況で勝負に負けてしまったのであった。

 あまりの自分の醜態に恥ずかしさで自分の身も心も焼かれてしまったようだ。ベルを殺せと命じた司教の言葉も同時に失われた。自分がウブロ教の司教たちの言葉にがんじがらめにされていたと自覚したのである。

(思えば司教の言葉は変だった……ネ。穀物商でお金儲けをしたから敵だというのなら、父親の方を殺せと命じればよい。そもそも、ベル様がこの世界を滅ぼすと神様が言ったのなら、それはよいことではないか?)

 この世界はバルカ人優先の世界だ。滅ぼすと言うのなら、虐げられているクトルフ人には悪い話ではない)

負けたシャーリーズは、ペットとしての扱いに甘んじることになった。

 まずは話し言葉の語尾に(にゃん)を付ける羽目になった。これは恥ずかしい。

 そして猫耳カチューシャに特注のメイド服。

 こんな女の子の格好はしたことがない。スカートも履いたことがないし、ハイヒールも履いたことはない。ましてや、ベルが用意した露出が大きいツルツル生地のパンツなんか身に着けたこともない。

 恰好はまだよい。ついには同じ部屋で寝ろと要求してきた。

(15歳の子供なのに……なんと早熟なのかにゃん)

 シャーリーズは警戒した。17歳とはいえ、シャーリーズも男と女が同じ部屋で過ごすということがどういうことかは理解していた。

(こんな子供にわたしは初めてを散らされるのか……にゃん)

 だが、それは早とちりであった。

 同じ部屋だがシャーリーズ用に用意されたベッドは、猫用のベッド。人間用に大きめに作ってあるが、デザインは猫用だ。

(な、なんという……屈辱だ……にゃん)

 嫌々、そのベッドに入ったシャーリーズは屈辱が感激に変わった。

(なにこれ……ふかふかであったかいニャン!)

 シャーリーズは常に戦場で過ごした。固い地面や草原。時には泥にまみれて眠った。敵を警戒して横になることもあまりない。それは町に来ても同じだ。壁に寄り掛かり、いつでも戦闘に移れるような体勢で寝た。

 しかし、この猫用ベッドはそれを忘れさせる快適さであった。丸まるとポカポカと心地よく、そして肌触りが柔らくて気持ちがいい。

 体にかかる弾力がまるで天使の羽のように軽いのだ。思わず深い眠りに落ちてしまった。

 シャーリーズが起きたのは次の朝。しかも自分より早く起きたベルに頬をつねられて起きたのである。

(嘘……このわたしが……寝坊するなんてありえないにゃん!)

 その後も屈辱は続く。

 恥ずかしいメイドの格好で学校への送迎を命じられた。ベルの護衛が主任務なのだから仕方がない。

 普通ならこのような扱いをされれば、好感度は落ちる。ベルのことが大嫌いになるはずだ。

 しかし、ベルと出会ってからのシャーリーズはどんどんとベルに惹かれていることに気づく。それはどんなに恥ずかしい格好を命じられ、屈辱感を与えられてもその直後に優しくされるからだ。

 猫のベッドの件も然り、メイド服に合わせて装備する武器を選んでくれたこともそうだ。

 ベルがくれたのはハンティングナイフとスティレット。ハンティングナイフは刃渡り30センチほどの小ぶりな短剣。ごく普通の短剣であるが、ベルのくれたものは極上品であった。

 まずは柄の部分。多くは木で作られるが、このナイフの柄は違った。木は木でも黒檀。柄のパーツだけでも金貨数枚は下らない素材である。固くて軽い。そして握りやすい形状。そして見事な飾り彫りがされており、このデザインだけでも相当な高級品だと分かる。

 そして刃にも見事な装飾が彫られている。あまり過度だと強度の問題があるが、これはそれも計算されていた。むしろ、強度を保ちつつ、軽量化を図っているデザイン。刃も良質な鋼で作られており、その切れ味は上に紙を落としただけで真っ二つになってしまうほどだ。

 鞘は木製だが銀や金、宝石で飾られ、見ただけで高価なものだと分かる。自分の護衛に装備させるにはもったいない。

 太ももに付ける『スティレット』は、珍しい短剣だ。剣身は細く鋭い、錐状の短剣である。柄頭には12面体にカットされた小さな宝石が飾られ、小ぶりのガードの両端にも同じ宝石が付いている。

 これは接近戦で防具を着けた敵の体を隙間から刺す武器である。街中での接近戦で効果を発揮する武器だ

 そして両方ともベルの家であるコンスタンツア家の紋章が入っている。

「こ、これは……ベル様の紋章……」

「ああ、シャーリーはコンスタンツア家を守る盾だよ。ずっと僕の側で守ってくれよ」

 まるでプロポーズみたいな言葉にシャーリーズは思わず目頭が熱くなった。

 それだけではない。この全幅の信頼はシャーリーズの技量をちゃんと認めてくれている証拠だと感激した。

 そして貴族の子供に侮辱された自分をかばっただけでなく、その相手を軽く退けた。これは暴力を受けるしかなかったシャーリーズの溜飲を下げた。

 その後馬車に同席させてくれて、美味しいアイスクリームを2つも食べさせてくれた。こんな甘いものは初めて食べた。

 シャーリーズの初体験である。

 それだけではない。アイスクリームで汚れた口元や胸元を自ら舌できれいにしてくれたのだ。異性にそんなことをされたことがないシャーリーズは、恥ずかしさとともに何だかうれしいような気持ちで高揚している。

(もう……ベル様にわたしの身も心も捧げる……にゃん)

 ベルに胸の谷間に吸い付かれたシャーリーズは目を閉じて強くそう思った。


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