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シャーリーズの腕前

「ではシャーリーズ」

「シャーリーと呼んでもいい……ネ」

 そうシャーリーズは言った。ベルは頷いた。

「わかったよ、シャーリー。今日から護衛をお願いします。いつも一緒に行動するというのだから、今から打ち合わせをしよう。父様、オージン隊長、よろしいでしょうか?」

 そうベルは2人に確認を取った。2人が頷いたのでシャーリーを中庭へと連れていく。ベルの右手には、なぜかブリキのバケツを持っている。

「ベル様、こんなところで打ち合わせを?」

 シャーリーはあたりを見回してそう聞いてきた。殺意があると言っても屋敷でいきなり襲い掛かっては来ないだろう。父親と一緒に潜り込んだのなら、何か目的があり、それを達成したのちにベルを殺そうとするに違いない。

「僕の護衛をするということだけど、まだ子供のシャーリーに僕が護衛できると思わなくてね」

 ベルはそう言ってシャーリーズを挑発した。これにはムッとした表情を見せるシャーリーズ。  

 幼少期から父親に厳しく教育されてきたプライドがあるからだろう。

「わかった……ネ。ベル様があたしを試すというのなら受けてたとう」

 そう宣言した。中庭に連れてきたのは自分の腕を確かめるためだと理解したのだ。ベルは頷く。もちろん、それもある。自分を殺そうという人間の能力を確かめておく必要がある。

 ベルは足元にバケツを置いた。そしてそこから離れるとシャーリーズが背中に背負っている弓を指さした。

「では、まず弓の腕を見よう」

「分かった……ネ」

「僕が指定したものを射抜いて欲しい」

「承知」

 シャーリーズは弓を下ろし、それをすばやく構えた。矢は5本。

「まず右手の樫の木」

「はい!」

 ベルの命令に瞬時に反応する。矢は20mほど離れた樫の木に当たる。的が大きいからこれくらいは簡単だろう。

 矢が刺さると同時にベルは次の命令をする。

「左手、ベンチの背もたれ」

「はい!」

 矢は左前方にある木製ベンチの命中。距離は30mほどある。

「上空、飛んでいるカラス」

「はい!」

 ちょうど空にカラスが2羽飛んでいた。10mほどであるがこれは動いている。撃ち落とすにはかなりの腕前だ。そして生き物の命を絶つことになる。

 しかし、矢は見事カラスの喉を貫いた。黒い塊が一声も鳴くことなく地面に落ちる。全く躊躇がない。

(ベル様、この女、容赦がないですわね)

 ここまで黙っていたクロコが感心した。ベルも思わず背筋が凍る。ベルに対してもこの女はきっと容赦がないだろう。

「前方、木にいるリス」

 これは遠い。視認するのがやっとだ。それを瞬時に見つけたベルの視力もすごいが、それを射抜いたシャーリーズはもっとすごい。これも躊躇がなかった。

 リスは頭を射抜かれ、木には張り付けられた。

(ありゃりゃ……あれがベル様の将来の姿ですわね)

(恐ろしいこと言うなよ、クロコ)

 シャーリーの弓の腕は尋常ではない。そして生き物の命を奪うことに1ミリも動揺しない冷徹さ。これは離れした戦士だ。きっと人も殺しているのだろう。

「最後はこれだ!」

 ベルはポケットにあった1枚の金貨を前方に放り投げた。キラキラと光るそれをシャーリーズは射る。矢の先が金貨に触れると金貨は軌道を変えて地面に落ちた。さすがに射抜くことは無理だが、小さな的を見事に当てた。

「どうです……ネ。あたしの弓の腕は?」

 とんでもない腕である。もはや超人といってよい。この歳でこの腕前は信じがたい。恐らく、弓に有利なタレントを持っているのだろう。そうでなければ、この熟練の技をこの歳で身に付けられるわけがない。

 だがそんなことではベルは驚かない。わざとできて当然のような顔をした。

「弓の腕はすごいね。だが、剣の腕はどうかな?」

「ベル様、なめてもらっては困る。あたしの一番得意なのは剣術……ネ」

 ベルは木刀を2本用意した。さすがに真剣で戦うわけにはいかない。というか、弾みで殺される危険もある。

「遠慮はいらないよ」

「いいのか……ネ。木刀とはいえ、手加減できない……ネ。ケガを負わせるかもネ……」

「僕も一応、剣術は習っているので……」

 ベルも幼少期から剣は習っている。全くの素人ではない。シャーリーズは笑いこそしなかったが、そんなものが自分に通用するかと言っているかのようにわずかに目じりを動かした。

「では、遠慮なく!」

 シャーリーズが飛んだ。いや、飛んだように見えた。しかし、その瞬間に自分の間合いにシャーリーズがいる。慌てて剣で防御する。

 一撃でベルの木刀は払われた。そして腹に木刀の柄の部分がヒットする。シャーリーズが木刀を振った後の2撃目をもっていた柄の部分でベルのがら空きの腹に当てたのだ。

「ぐふっ!」

 思わずのけぞった。シャーリーズは自分の腕を信じず、試そうとした主人に少々痛い目を見させようと思ったらしい。容赦のない攻撃だ。

「ちっ!」

 ベルも反撃するが、全く通用しない。構える木刀を払われ、肩に一撃、腰に一撃をもらう。そしてついに追い詰められて首に木刀を突きつけられた。

「これでベル様は4回死んだ……ネ」

「なるほど……長剣の腕は確かなようだ」

 ベルは負け惜しみするようにそう言った。結果は分かっていたが、実際に味わってみると悔しいものだ。

 剣を習っていたといっても所詮は金持ち坊ちゃんの剣術だ。指南役の剣士がほめたところで、実戦経験がある本物の剣士であるシャーリーズに通用するわけがない。

 それに分かったことがある。木刀とはいえ、殺意に満ちているのなら今はチャンスだった。木刀で撲殺も可能だったが、シャーリーズは実行しなかった。

 まだできない理由があるのだろう。それを確信していたからこそのベルの挑発でもあったのだが。

 そこでベルは予定どおり次の作戦を進めることにした。

「戦争なら長剣の技術が必要だが、室内なら短剣、ナイフが有効だ」

「はあ……ネ。いいです……ネ」

 シャーリーズはため息をついた。決定的な差を見せつけたのにこの金持ち坊ちゃんはまだ自分を信じていないと思ったようだ。

「これを……ネ」

 シャーリーズは腰に携帯したハンティングナイフをベルに渡す。自分は太腿に装備した少し小ぶりなアサシンダガーを手にする。

「ベル様はあたしを殺すつもりで戦っていいです……ネ」

「余裕だな、シャーリー」

「ナイフ戦もあたしは得意。ベル様、少し血を流してもらいます……ネ」

 シャーリーズはそう言った。これから使える主人に自分の力を見せつけるために少々痛い目に合わせるつもりなのだろう。

(ベル様、この機に乗して、ベル様を殺すかもしれないですわね)

(恐ろしいことを言うなよ)

 クロコはそう言ったが、それはないとベルは考えている。

 シャーリーズがなぜベルを殺そうと思っているかは分からない。しかし、こうやってボディガードとして入りこんだということは、何か目的があってのこと。その目的を達成するまで殺さないだろうと考えたのだ。

「それではまいります……ネ」

 シャーリーズはナイフを構えて腰を落とした。戦う気満々である。

(かかったな、シャーリー!)


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