前科66:ナゲットにソースがついてくるように魔術といえば竜が付き物である。
雑居ビルの屋上では激しい戦闘が繰り広げられていた。
人体を巧みに変化させ鋼鉄のように黒く染まった拳を縦横無尽に放つ飛鈴に対し、美鈴は防戦一方だった。だが、全神経を張り詰めて嵐のような拳を避ける美鈴がいる一方で、伊庭八代には段々と余裕が生まれていた。寸前の所で見切り、最低限の動きだけで回避している。遊んでいるのが美鈴にもわかるぐらいだった。ここまで行くと才能だけではない。どれ程の修羅場を潜り抜けて来たのかもはや想像すらつかない。そして、
「一年前の僕とはちょっと違うんだぜ」
完全に見切られた、と焦りが生まれたのは飛鈴の方だ。
その隙をついて八代が加速した。ゼロからトップスピード。トップスピードからゼロへの反復。予想のつかないステップだ。一年前に小競り合いを起こしてからは二人に戦った経験はない。手打ちになったし、同じこの街で生きる者として共闘した事もあるぐらいだ。
飛鈴もすばしっこい奴だとは思っていたが、この緩急は非常に厄介だった。更に、一年前の八代と決定的に違う点は──虹の魔剣の存在だ。支配の魔剣の諸々の事情もあり、逃げながら戦うを信条にしていた八代に超火力の魔剣が手に入った事で戦闘スタイルも変わった。
「────我日你ッッッ!!」
逃げながら戦っていた時に会得したトリッキーなステップを駆使して飛鈴の眼前に到達した八代は思い切り虹の魔剣を叩きつけた。増幅された七つの魔術の斬撃をくらって飛鈴の巨体が床面へと叩きつけられる。飛鈴の血継魔術は肉体変化だ。美鈴のような特有形態への変化とは違い、ある程度自分の自由に変化させられる。鋼鉄のような硬度まで変化した皮膚や筋肉でも虹の魔剣の威力には敵わない。高速ステップからの超火力。これが今の八代の戦闘スタイルである。
「凄い……!」
美鈴が呆然と呟く。
伊庭八代という人間の強さの底が知れない。五月祭の戦いの時にその強さの片鱗をみたが、鋭さが違うと感覚的な感想しか出てこない。実戦とエキシビジョンマッチの違いはあるだろうが、狂化状態にある美鈴ですらあの速さは反応が難しい。
「もう一発──の前にっと!」
八代がもう一度飛鈴に虹の魔剣を振ろうとしたが、動作を止めて左手に持っていた支配の魔剣を反対側のビルへぶん投げた。何もなかった空間に支配の魔剣が鈍い音を立てて何かにぶつかる。すると、空間がブれた場所に肩を抑えた女の姿が現れた。魔術で姿を隠していたようだ。バタバタと音を立てて周囲に浮かんでいた魔刀が落ちていく。
「やっぱ鈴々か。──僕のラインをブロックしたって嘘だよね!?」
「本当ヨ。解除してほしければそこの女を渡しテ」
「なんて卑劣な…………!」
そう言いながらも八代が損得勘定をすべく考え込む。これは不味いと判断したまぁたそが「パイズリしてほしくないの!?」と叫んだ。ハッと八代は正気に返り、まぁたそを守るようにして、ようやく回復したのか八代達のビルへと跳んできた鈴々へと魔剣を向けた。怪しげなチャイナドレスを着た中国人だが妖艶な雰囲気が漂っている。美鈴も「エロいな」と口には出さないがそう思った。
「残念ながら、今回は敵同士だ」
「そう。──良かった!」
鈴々の体がはじけるように跳ぶと一瞬で八代へと接近する。
だが、その速度は織り込み済みなようで八代は既にカウンターを決めるべく肘を構えていた、が──
「ホレ」
鈴々がドレスのスリットをめくった。緊急時であろうとも、どうしても意識が持ってかれてしまった。一瞬硬直した八代を、鈴々の血継魔術が襲う。重力操作をする血継魔術に加え、身体強化魔術、そして鈴々が日々鍛えた格闘術。
三つの技が合わさった正拳突きが八代の腹部にめり込み、その勢いのまま屋上の壁へと叩きつけた。
引寄せる力と殴る力の組み合わせなので内臓破裂まで起こせる威力だったが、寸前で魔剣のガードが入った。けほけほと咳込みながらも八代は元気よく立ち上がったのを見て唖然とする。
「やべぇぞ美鈴。あいつ、妙な魔術を使って惑わせてきやがる!」
「その言い訳が通用すると思ってる辺り、本当に哀れな先輩だなって悲しくなりました」
「そこまで言う!?」
八代に蹴りを入れて美鈴が構えをとる。隙のない達人のような雰囲気だ。こちらもかなりやりそうだと鈴々は歯噛みする。そもそも相手が悪いし面倒くさい。本気で殺すとなれば自分達の命すら怪しい。こんな安い小間使いのような仕事で。面子よりも利益が大事だ。伊庭八代を相手としたならば面子の落し所もある程度はつく。損得勘定の計算が終わり、鈴々は全てを話す事にした。
「ここらで手打ちにしなイ? ──今回の件、本国から送られて来たヤバい奴らが絡んでル。そっちの条件もある程度飲むかラ」
「よし、じゃあ僕の仲間の身の安全と、ラインのブロック解除。後、今度ノーパンでデートして──」
八代が滅茶苦茶な条件を付けていると、赤い雷光が迸った。
自然現象の雷ではない。魔術によるものだ。鈴々と飛鈴が引きつったような顔を作る。時間切れだ、と諦めたように天を仰いだ。そして、ひと際大きな雷光が八代達の近くに落ちる。そして、ありえない事に落ちた先には人の姿があった。
「白龍────ッ!?」
鈴々が忌々しそうに名前を呼んだ。
真っ白な服に身を包み、真っ白な髪。真っ白な肌。肩先まで真っすぐに伸びた髪の所為で性別がわからない。そんな一面白の中に映える薄赤く発光する瞳。普通の人間ではない事がよくわかった。
「鈴々。──何コレ?」
「いヤ…………相手と交渉ヲ…………」
歯切れ悪く鈴々はそう俯いて声を絞り出すのが精一杯だった。
白服──白龍は鈴々の返事に笑みを零し片腕を振った。轟音と共に鈴々の体が吹き飛び、飛鈴が何とか受け止めるも勢いは殺せず壁に叩きつけられた。細身の体からは考えられない力である。かろうじて意識がある鈴々達に投げかけるのか、はたまた独り言か。どちらともない感じで白龍は語りだした。
「我々は戦争屋だ。生き方を間違えるな」
「おいおい!!! 何だよこの原宿系中二病DV男は! もしや彼氏!? 僕の方が全然良い男じゃん!?」
「うるさい」
白龍が打ち出したノーモーションの拳の一撃を八代は魔剣で受け止めた。威力は凄まじく虹の魔剣が吹き飛んでいくが八代は余裕を崩さない。支配の魔剣を投げ捨て、もう一撃白龍が出そうとしたがそれよりも先に八代の拳が白龍の顔面にめり込んだ。
「いいか、教えてやる──」
ぐらりと白龍の頭が揺れた先に今度は腹部へと八代の拳が突き刺さった。白龍の拳より早い。コンパクトな最短距離の拳が白龍に突き刺さっていきながら八代の言葉を加速していく。
「僕はお前みたいに、平気で女の子ぶん殴るくせに──」
白龍も殴られっぱなしではない。
反撃を試みるが八代のカウンターが突き刺さっていく。
打ち終わりに綺麗にストレートを決められている。当て感は八代の方が上だった。
「ちょっと独特の世界観持ってそうな外見だけでモテてそうな奴が──」
白龍の体が折れ曲がった所に八代の膝蹴りが入り、無防備な状態へと陥りフィニッシュへと入る。
「死ぬ程大ッッッッッ嫌いなんだよぉぉぉぉぉ!!!」
助走をつけた八代の跳び蹴りが白龍に炸裂して吹き飛んでいく。それを見届けた後、八代は恰好つけた表情で十字を切った。
「R.I.P.腐れチンポ。今日もまた女の子の笑顔と貞操を守ってしまった……」
絶妙にダサいキメ台詞は女性陣は黙殺する他なかった。本人は完全に「キマった。僕恰好良すぎる」と思っているのがまた悲しい。これでひと段落。と思いきや白龍がゆらりと立ち上がるのが見えた。
「強いな」
白龍が笑った。同時に白龍の体が変化していく。
背中が膨れ上がり、白い翼が飛び出した。見えていた肌の部分がつるりと光沢を増し白というよりは銀に近い色となった。美鈴の血継魔術と同じような変化の仕方である。だが、魔力量が莫大に膨れ上がったのがわかった。人類の辿り着けるような量ではない。無尽蔵に近い程の魔力がうねり出し、世界が歪んでいく。夜のアスファルトに雷を迸らせた花が咲き、バチバチと音を立てて爆ぜている。
「嘘でしょ……」
「何あれ……」
魔術に変換しなくとも世界を歪める程の力を持つ生物。
一つしか心当たりがなかった。知識として知っているだけで実在する生物としては見た事がない。
この世に漠然と存在しているらしいとしか知らなかったその生き物の名は、
「"竜種"か……!」
人類より上位の存在。
一説には魔術を人類に伝えた存在だとも言われている。
歴史で十数例しか存在が確認されていない"それ"は古来から竜種と呼ばれ、人の歴史の隅に存在してきた。竜といっても全てが竜のイメージ通りの外見というわけではなく、人型や四足歩行等大きさもバラバラで様々な形がある。現代の条件としては人類よりも強く賢く、だが交わらずといった生き物が竜種と呼ばれるようになっていた。
「その魔剣。──我々と同じ領域のモノか」
「……いや、これ持ってる所為でモテないし、そんな上等なモンでもないよ」
白龍が目を細めて虚空から槍を抜いた。
赤い稲光だけで出来たような槍だ。この世界の理から外れている代物のようだ、と虹の魔剣を呼んで周囲に支配した魔剣を展開し八代も油断なく構えをとる。下手したら勝てないレベルの相手だが、本気を出すかどうか迷っている。支配の魔剣の危険さは誰よりもわかっているのだ。
「────ッッッ!」
一瞬姿がブレたと思った瞬間には白龍と八代が激突していた。速さはほぼ互角。
お互いこれには驚いた。"竜種とほぼ同等"の己と同等の速さだと驚嘆する白龍。速さには絶対の自信があった八代。だがすぐに思考を切り替え、白龍の斬撃が八代を襲う。支配の魔剣で受け止めそれをいなそうとするが、膂力は白龍が上だった。まともにやりあったら吹き飛ばされる。腕の痺れが看過できない程であった。距離を取ろうと魔剣達に四方から攻撃を命じた。
「その程度……!」
白龍の強化された外皮に魔剣が突き刺さる事はなく弾かれていく。
並みの魔剣では強化された外皮を貫く事ができないと判断し、八代が虹の魔剣に魔術を送り込む。一方で白龍も虹の魔剣と支配の魔剣の二本だけは警戒している。このレベルの魔剣相手だと外皮が多少心許ないからだ。
(ならば、攻撃あるのみ!)
雷の槍を振るう。無数の高速の突き。常人なら穴だらけだが全て見切られた。
反射神経が鋭く回避が異様に上手い男だ、と返しで虹の魔剣の斬撃が飛んできた。炎を纏った斬撃だ。白龍の外皮はやはり耐える事ができない。斬られて燃やされて痛みが襲い来る。だから──
「古竜魔術:ヴぃg▲きい■ヴァ」
赤い雷を纏まった魔術印が展開し、人類の言語体系に存在しない魔術が発動した。魔術印から無数の光の球体が発生し、八代の周囲を囲う。支配の魔剣を虹の魔剣に変化させ全てを薙ぎ払おうと八代が魔力を流し込む。直後、球体が爆発した。ステップし寸前で躱す。が、白龍の雷槍の突きが今度は迫る。光の球体との波状攻撃から逃れようとするが白龍も逃がさない。
「凄い……」
それを呆然と美鈴は見るしかできなかった。
支援に入ろうとするがその隙すら見つからない。二人の動きが速すぎてついていけないのだ。あの高速戦に入ろうとしても"死"のイメージしか出てこない。援護すらできずに見守るしかできない。球体は光の光線を出したり爆発したりとトリッキーな動きをする。それに加え雷槍の連撃まである。段々と八代が押され始めて傷が増えていくのが目に見えてわかった。
「美鈴、逃げろ!」
八代が美鈴を見ずにそう大きく声を荒げた。
こんな伊庭八代の声は初めて聞いた。自分にできる事はそれしかない、と歯噛みしてまぁたそと腰をぬかしている美晴を担いで跳ぶ。白龍も鈴々兄妹に「追え」と短く指示を出し、伊庭八代と向かい合う。そして、怒りを混ぜた声を上げた。
「何故その魔剣を起動しない?」
再び魔術印を展開し赤い竜を模した雷が周囲一帯の魔剣を薙ぎ払い焼き尽くした。下位の魔剣では耐えきれない威力の魔術だ。残るは虹の魔剣と支配の魔剣のみ。そして、異様な禍々しさを誇る黒い魔剣が全く魔力を帯びていない事に白龍は怒りを覚えた。
「──うるせぇな」
白龍にゾっとする程暗い声が帰って来た。
先程までとは雰囲気が違う。これがこの男のもう一つの顔かと認識を改めた。
冷たい人殺しの目。自分と同じ目。これがこの男の本性だと気づき、白龍は一つの予測を口にした。
「さてはお前、その魔剣の真の姿を見られたくなかったんだな?」
八代が一瞬固まった。図星だった。
美鈴と美晴の前で支配の魔剣の本当の力を解放したくなかったからだ。その隙をついて白龍が魔術印を大量展開し始め雷槍を構えて接近する。支配の魔剣を起動させない為に。再び防戦一方となった八代を嘲りながら白龍は攻撃速度を更に上げた。
「それ程の力を持つ者が、人の輪で生きていけると考えているのか? おめでたい男だ」
八代の脳裏に嫌な記憶が蘇る。東魔大に入る前の記憶だ。
誰からも迫害され嫌われ、心を許した人間にすら裏切られたあの日々の事を。人の憎悪の醜さと恐ろしさの事を。だから、全部殺した。殺されたくなかったから。母の言葉だけを支えとして死線を潜り抜けてきた。支配の魔剣を使う事を禁忌としたのは、東魔大に居場所が出来てしまったからだ。己を受け入れてくれる場所ができてしまったからだ。あの姿を見られたくない。美鈴達に、過去に出会った人達と同じように拒絶されてしまうのが八代は怖かったのだ。
「──黙れよッ!」
怒りと共に大振りにで虹の魔剣と支配の魔剣を振った。
同時に失敗に気づく。挑発に乗ってしまったと思った時には、雷槍の一撃が寸前で張った防御魔術を貫いて八代の体を吹き飛ばした。壁に叩きつけられ力なく項垂れて八代は動かない。ここまでか、とトドメをさそうと雷槍を構えて白龍は歩き出した。
「ぐっ──!」
白龍の動きが止まった。胸を抑えて悶え苦しむ。
警戒し過ぎたのか魔力を使い過ぎたと槍を地面に刺して何とか立ち上がって呼吸を整えようとする。
ほぼ勝ち確定だ。刺すぐらいなら回復に一分もかからない。
「よぉ、竜もどきさんよ。ここらで一旦止めにしねぇか?」
急に音もなくふらりと男が現れた。見た事のない顔だ。
だが、己の正体を知っているのは生かしてはおけない。己の一番忌むべき言葉を吐かれたのも許せない。龍に仄暗い殺意が宿った。息が詰まる程の殺気ではあるが、男は全く動揺しない。
「お前が勝てるとでも?」
「バカ言うなよ。俺はそこで項垂れてる弟より弱いんだぜ。──ただ、相討ちぐらいには持ち込むつもりだけどよ」
この男の兄らしい。という事は上位の魔剣使いだという事も予想がつく。あれほどの血継魔術の使い手の兄弟という事は決して弱い魔剣ではない。一度情報を入れる必要がある、と白龍の頭は冷静だった。
「次は殺す。お前も、弟も」
翼と雷を展開し激しい閃光を炸裂させて白龍の姿が消えた。
「引いてくれて良かった」とほっと一息ついて伊庭総司は壁に叩きつけられ項垂れた弟の前まで歩いて行く。そして、強引に首根っこを掴んで壁に叩きつけた。
「支配の魔剣を使わないのは勝手だが、それでまた誰かが殺されても泣き言は言うなよ」
八代は返事をしない。黙って力無い瞳で総司を見るだけだ。
総司はそれだけ言うと八代から興味を失くしたように手を離し屋上を後にする。弟がこれほど打ちのめされたのを見るのは久しぶりだった。助ける気も皆無だったが、死なせたくない理由もある。総司も総司で苛立ちを隠せないでいた。自分のこの苛立ちがどこから来るのかもわかっている。そして、八代に伝えたかった本当の言葉も自分ではわかっている。
──お前があの日、支配の魔剣を使っていれば小夜子さんは死なずに済んだろうが。
何を言ってもしょうがない。何も変わらない。
弟への憎しみも。自分が愛した女と瓜二つなあの目も。何も捨てられない。己の中で濁らせたまま伊庭総司は夜の街へと再び消えていった。
間が空きました。
七月後半より新しい仕事に就くので更新頻度をあげたいです。
多分残業無しの職場になります。
面白かったらブクマ評価等お願いします。
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