前科61:東魔大エロ・トラップ・ダンジョン(後編)
「ヤバい。気づかれたよ──!」
真央の声と共に魔導アーマーが侵入者として認識したとその場に居た全員が気づいた。
高速で接近し侵入者を排除しようとするが、途中でキャタピラの動きが停まった。何時の間にか地面が凍りついていて上手く動けないようだ。しかし魔導アーマーは諦めない。背部のハッチから無数の触手が飛び出し、彼らに襲い掛かろうとする。
「これは僕の番だな」
八代が音もなく加速し、支配の魔剣を召喚すると触手を切り裂いてそのまま魔導アーマーへと接近。すれ違いざまにハッチを魔剣で斬って破壊する。軽い爆発音と共に、魔導アーマーから煙が噴き出した。
「流石に血継魔術師が複数いると楽ですね」
「油断するなよ。あいつは斥候みたいなモンだ」
「──は?」
山崎の言葉に美鈴が疑問符を浮かべた瞬間、ドンと音がして魔導アーマーから何かが発射された。
狙いは美鈴の顔面。完全に油断しきっていた美鈴は避ける間もなくべしゃっという音と共にぬるい粘液が顔にへばりついたのを感じた。手でそれをぬぐうとどこかで見た事のある透明な液体だった。そう、ローションである。
「だから言ったじゃねぇか」
山崎の言葉に返事をする間もなく美鈴が血継魔術を発動させて怒りと共に駆け出した。
強化した肉体で頭部に膝蹴りをかまし、首をそのまま体を回転させて捻じ切る。そのまま地面に着地すると、右腕に魔力を集中させた。何時ものように爪の形ではない。美鈴の突き出された拳から十数にも及ぶ魔力の弾丸が放出され魔導アーマーへとめり込んだ。十メートルどころではない。五十メートル程の距離まで魔導アーマーがぶっ飛んでいき、爆発を起こして完全に機能が停止した。
「新技か」
「大袈裟ですね。自分より近接戦闘が上手い人への対処法の一つですよ」
ポケットからハンカチを取り出して顔を拭いながら何でもないかのように言ってのける。
末恐ろしい一年坊だな、と山崎は顔には出さずに感心した。そもそも魔力をエネルギー化して叩きつける事自体非常に高難度な技だ。山崎自身もすぐには真似できないし、あれを自分がくらった時の事を想像すると縮み上がる程だ。魔術科なら当然の反応である。その一方で血継魔術科にとっては、そこまで大袈裟な反応をするほどでもないといった感じで八代が近づいてきた。
「まずったな、美鈴。ああいう技を出すとデータとられて対処されるんだよ。多分、次に出てくる魔導兵器には対策されるぜ」
「……ここ、然るべき研究機関が調査するべきなのでは?」
「エログッズ探しに? 魔導アーマーはもう改良型が実戦配備されてるのに?」
「ちなみに作ってるのオレの家だ。武器は伊庭だけどな」
魔導アーマーは在原家の主要産業の一つである。この国でいち早く魔導力を受け入れ進化させ続けてきたのが伊庭と在原だ。伊庭は魔導力に懐疑的な人間も数多くいて、内紛が絶えずここ数年では魔導力の部門では完全に在原に後れをとっているという形になっている。
八代の言葉に返す言葉がなかった美鈴は、「さっさと終わらせましょう」と歩き出す。
「おい、迂闊に歩くとあぶねぇぞ」
美鈴が踏んだ足場がぐいっとへこむ。
ぱかん、と清春と真央の立っていた足場が下に開いて二人は声を出す暇もなく下の方へと落ちて行った。すぐに何事も無かったかのように静寂が戻り、流星寮二年生三馬鹿トリオが悲鳴のような声を上げた。
「いかああああああん! よりにもよってあの腐れチンポと一緒に千ヶ崎さんが!」
「早急に殺しに行かなければ貞操が危ねぇぞ! おい、田所。マッピングはどんな感じだ!?」
「まだ調査中だ! もう突っ込むしかねぇ!」
奇声を上げてダンジョンの奥へと突っ込んでいく三馬鹿。目指すは下の階層のようだ。
下へと目掛けて走っていく三人を美鈴と八代が追いかけるような形になっている。調査もへったくれもない。次々にトラップを押しまくり、槍やら岩が落ちてきたが、
「憤ッ!」
山崎が驚異的な身体能力で槍は筋肉の鎧で弾き飛ばし、巨大な岩すらも拳で吹き飛ばしていく。
腐っても東京魔術大学の学生である。真央の救助にしか頭がない彼らは余分な事を考えていない分、普段よりだいぶ賢かった。
「こっちは任せろ!」
山崎が罠を足止めしている前に斎藤が出た。
奥から小型の人型魔導アーマー達がぞろぞろ出て来たのだ。しかも何時の間にか入り口が封印されてしまい出れなくなっている。田所が魔術印を複数展開してこの部屋の構造を調べ始めた。美鈴も協力してやるか、と構えをとったが八代に手で遮られた。
「人型は自己修復機能ついてて厄介だからな。ここは、齋藤に任せた方がいい」
「あの人、医療魔術科ですよね? 戦えるんですか? 見た目はヤンキーですけど」
「何も敵を壊すだけが戦いじゃぁないんだぜ」
人型の魔導アーマーは本体からの魔力供給による遠隔操作で操られているだけに過ぎない。
構造は簡易。ただし防御は強靭。腕を吹き飛ばしてもパーツは飛んでいくものの、本体は中々壊れにくい。そして、齋藤は医療魔術科だ。戦うような勉強はほぼしていない。魔術を使って人体を修復する事が目的として魔術を学んでいる。
その医療魔術の中には、他者からかけられた魔術を解除する魔術の勉強も存在している。人に状態異常を引き起こす魔術の解毒のようなものだ。目の前に魔術印を展開して、人型魔導アーマーにかけられた魔術を確認した斎藤は、瞬時に状態解除用の魔術印を脳内で作り上げた。
「──こいつらも前回のダンジョンと一緒だ」
魔導力の弱点の一つに、展開する魔術印が一部の例外を除き決まっているという事実がある。
他のダンジョンの魔導アーマーと同じであるなら前回の対策で十分である。しかも、物体としての耐久力に重きをおいた人型なら猶更だ。齋藤が魔術印を一つ展開するだけで人型魔導アーマー達が本体との魔力供給を断たれて倒れていく。
「凄いですね。見直しました」
美鈴がそう言った時だった。上の方から大量の粘液が滝のように降り注いできて齋藤の姿が呑み込まれた。高さ五メートル程の巨大な粘液のに飲み込まれた齋藤の姿が見える。
すると、斎藤の着ていた服が溶け始めて何時も見ている全裸に変わった。美鈴は「はぁ」と今日もため息をつく。
「やっぱやめます」
「ローション・スライムか。こりゃあ清春抜きだとキツいな」
八代が齊藤を無視して支配の魔剣をスライム目掛けてぶん投げるも斬れない。
スライムの中から齋藤が抗議しているが全く聞こえないので、八代は魔剣に戻ってくるよう命じる。山崎も少し離れた場所で何時の間にか別のスライムに呑み込まれており、執拗に乳首責めをされて喘いでいるのが見えた。景色が酷すぎて美鈴も思わず目を背けた程だ。
「八代。美鈴。お前達は先に行け。頼む、千ヶ崎さんの貞操だけは守ってくれ!」
「他にツッコむとこあるでしょう」
「こいつらにとって一番大事なの千ヶ崎だからな」
魔術印を展開してスライムに立ち向かっていった田所を振り返る事はせずに八代と美鈴は下の階層へと降りていく。そして辿り着いた次の階層。煙が立ち昇っており、視界がとても悪い。八代と美鈴が警戒しながらもゆっくり進んでいく。
「これは……催淫ゾーンだ! ヤバいぞ美鈴! 僕のちんちんがとんでもないことになっている!」
「絶対に視界に入れないでください」
八代が自身の股間の異変に気付いたが絶対に美鈴はそちらを見ないと心に決めていた。
こんなバカと欲望に負けてしてしまうぐらいだったら死ぬ。正気を保つ為に握った拳からは血が漏れている。八代もそれに気づいてさぁーっと冷静になってしまった。襲い掛かったら握りつぶされる。そんな確信があったからだ。
「これ、千ヶ崎先輩達大丈夫なんですかね?」
「嫌だなァ。千ヶ崎がしてるのは流石に僕も見たくねぇ」
「それって千ヶ崎先輩の事好きって事なんですか?」
「えっちさせてくれるなら喜んでするけど、僕達もうそういう関係じゃないからなぁ。セフレが一番楽だよ」
「死んだ方がいいですねゴミ野郎」
「わかってるよ。でも好きだからって一緒に居れる程、僕達は気楽な立場じゃないでしょ。僕も、お前も。しがらみが無さそうで、でもそれからはずっと抜け出せないんだ」
「……勃起しながら言われても全然説得力ないんですけど」
「仕方ないじゃん! 生理現象なんだから!」
そんな会話をしながら歩いて行くと風が強く吹いているのを感じた。
ダンジョン内ではありえない。これは千ヶ崎が先に居るなと気づいた二人は少しだけ安堵する。案の定、肩で息をしている真央と壁に叩きつけられた清春の姿が見えた。真央が起こした風により催淫ガスも吹き飛ばされてようやく美鈴と八代も正常な状態に戻った。
「よっ。清春とシタの?」
どごんと鈍い音がして八代の顔面に風の弾丸がめり込んだ。
清春と同じように八代も壁に叩きつけられるが、真央はそれを無視して美鈴に駆け寄った。
「美鈴ちゃん大丈夫だった?」
「はい。あんな男と私が寝るわけないじゃないですか」
「そうだよねー。あたしも清春が真顔で口説いてきてさ。一瞬危なかったけど、あいつのちんこが当たって正気に戻ったわ」
清春に至ってはボッコボコである。真央の余裕の無さがとても現れていた。
美鈴と八代が来てしまってはもう口説くチャンスもない。痛みに顔を顰め「後少しだったのに」と悪態をつきながら壁の溝から這い出てきた。
「この先がお宝の在り処みたいね。──ほら、あの奥の祠みたいな場所。ああいうとこに何時も魔導具が置いてあるのよ」
「掘り出し物があるといいですね」
「もうあたしも疲れちゃったよ。って事でほら、八代と清春。二人でとってきてよ。あんた達と一緒だと身の危険感じるし」
「はァ!? テメーふざけんなよ! 元々オレは十万あるし関係も──っ!」
「姫先輩に清春に迫られて股間押し付けられたって言っちゃおうかな?」
「……行かせて頂きます」
顔を引き攣らせて清春はよたよたと祠に向かって歩いて行く。
何時の間にか復活していた八代は特に異論は無いようで、清春の後に続いた。
二人して悪態をつきながら先にあった祠の中へと入って行く。中に入ると、そこは村松の作業場所のようであった。小さな工房じみていて、棚には魔導具が5個程置いてある。
「これだけありゃあ、何とか借金返せそうだな」
「一個ぐらいオレにガメさせろよ。オレは元々金はあるんだから」
「仕方ねぇなぁ。一個だけだぞ」
清春が壁の魔導具を適当に一つとった時だった。カチャリと音がして入って来たドアがロックされた。次いで轟音が鳴り響き、何かが動いているような音が聞こえる。だが、部屋の中からではない。轟音は外から響いていた。
「おい。閉じ込められたぞこれ」
「何なんだ……?」
二人が訝し気な顔をしていると、部屋の中央。黒板に文字が表示された──「キスしないと出れない部屋」と書いてあった。
「「ふざけんなァ──────ッ!?」」
八代と清春の声が重なった。支配の魔剣を怒りのまま壁に叩きつけたが鈍い音がして腕が痺れただけだ。虹の魔剣を今日は持ってきてない八代にもうこれ以上打つ手はない。清春に期待したが氷柱を展開して破壊しようとしてもこれまたびくともしない。
「血継魔術師の攻撃防ぐか!? 何でできてんだよこれ!」
「この耐久力あってのキスしないと出れない部屋か……。壊せたら意味ないもんな」
「このキスしないと出れない部屋自体が、今回のお宝っぽいのが本当に嫌になるぜ……」
どうしたもんか。お互いキスする気はない。真央達に何とか助けて貰おうと声をかけようとした時だった──。
「アンタ達聞こえる!? なんかこの部屋崩れそうなの! あたしと美鈴ちゃん先に脱出してるから、ちゃんと魔導具持ってきてよね」
「おい真央ちょっと待て──ッ! おい返事しろやコラァッ! なぁ、頼むよ真央! バッグでも何でも買ってやるから戻ってきてくれ!」
「ふざけんな千ヶ崎ィ! 帰ったらおっぱい見せろよ! ねぇ──!? 聞いてる!? 千ヶ崎ちゃんってば! 僕と清春本当に死んじゃうよ????」
真央の返事は無い。八代と清春はがっくりと項垂れた。外の様子は全くわからないが、何かが崩れたり壊れたりしているような音は聞こえる。下手を打てばこのまま二人とも生き埋めだ。しかもこんなどうしようもない男と。お互い死ぬよりも辛い恥辱であった。
「……おい、清春。舌は入れるなよ」
「入れねーよ馬鹿! そもそも最初から舌入れるバカいねーよ! これだから童貞は……っ! つか、何でやる気になってんだよ気持ち悪ィ!」
「仕方ねーだろ! じゃあ、お前僕とここで死ぬのが希望なのか!? そっちの方が気持ち悪ぃよボケ!」
八代と清春が怒鳴り合い、ようやくそこで冷静になった。このまま二人で死ぬ方がよっぽど損であると気づいたのだ。
「ほれ。来いよ」
「何でオレからしなきゃなんねぇんだよ」
「お前の方がキスに慣れてるからだ。あれ? もしかして今までの女にモテるエピソードもしかして全部嘘でいらっしゃる?」
「……ッ! ンなわけねぇだろ。よし、動くなよ」
心の底から嫌そうな顔で清春は八代の頬に軽く口をつけて一瞬で離れた。──しかし、入り口は相変わらず開かない。
「あれ?」
「ふざけんなよボケ! 何で頬にキスするんだよ! 開くわけねーじゃん! こういうのは、口と口じゃねぇとダメに決まってんだろうが!」
「知らねーよ! キスはキスだろうが! どーせエロ漫画で読んだ知識だろ!? オレ、そんなもん読まねェし知るか!」
「さてはお前、僕と何回もキスしたくてわざとやったな!?」
「ンなわけねーだろうがあああああああ!」
一旦冷静になったものの再び揉め始めた八代と清春は立ったまま殴り合った。ぎゃあぎゃあとつかみ合い、殴り合い。そして、お互いの右ストレートがお互いの顔面にめり込んだ事で、再びお互い冷静になった。
「……今度はお前からキスしろ。オレは二度と男にキスなんかしたくねぇ」
「いいのか清春。僕、これがファーストキスだぞ。このままだと、生涯僕のファーストキスの相手がお前になってしまうんだが……」
「死ねよお前マジで。──仕方ねぇ。……オレがやるよ」
死ぬ程嫌だった。オレが一体何をしたというのだと半分泣きながら目を瞑り、清春はゆっくりと八代へ唇を近づけていった──。
●
ダンジョン探索も終わりの時期を迎えていた。
下の階層から脱出した真央と美鈴は、粘液の上で寝そべり、全裸で興奮状態の流星寮三馬鹿を完全に黙殺して周囲の警戒をしていた。魔導力科の巡回スタッフの話だと別フロアで魔導具を見つけた二チーム以外ほぼ全てが脱落したらしい。現在負傷者の回収に当たっているとの事だった。下の階の崩壊もそこまでではなく、何かを焦らせるかのように大袈裟に落ちただけでそこまでの危険性はなかった。
「何だったんだろうね。あの祠。八代達の声も全然聞こえないし」
「外を殴ってみましたが硬かったですね。私が爪を展開して全力で殴っても壊せるかわかりません。牢屋ですかね?」
「うーん。まぁ、生きてるとは思うけど。しぶといしね」
「そこは同意します。──あっ。噂をすれば来ましたよ」
階段を昇る音がして出て来たのは死んだような顔をした八代と清春だった。顔が青白くなっており、表情に全く生気がない。
「……大丈夫?」
「これ、お前らに渡しておくから換金して金払っておいてくれ」
清春が短く呟いて持っていた魔導具を真央に渡した。
それが終わるとダッと八代と清春は駆け出してそのままダンジョンの上層まで振り返る事無く消えて行った。
「なんか泣いてなかった? あいつら、何してたんだろうね?」
真央が美鈴にそう問うと、美鈴は心の底からどうでも良さそうな顔をして答えた。
「──どうせ、死ぬ程くだらない理由ですよ」
メリークリスマス読者諸兄。
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