前科56:その果ての景色
「千ヶ崎真央:脱落」という表示が空に現れると魔術科の面々の気が引き締まった。
いよいよ戦いは終盤である。弁慶と颯太がそれぞれ桜子とノエルを抱えて東京の街を魔術を使って軽快に走り抜けていく。桜子に至ってはもう既に満身創痍であった。全身が酷く痛むし、魔力もこの中では一番残量がない。
「不死川先輩……」
この中でも一番の天才だった人間を捨て石にしてしまった。
本来ならば血継魔術側に居る彼が協力してくれたお陰で勝率が三割まで上がったのだ。時間稼ぎをしてくれただけでもありがたいのに、千ヶ崎真央までも脱落に追い込んでくれた事は非常に大きかった。そしてその直後、爆発音が鳴り響くと空高く炎の嵐が舞い起きた。無数の火の玉が上空へとぐんぐん伸びて行く。
「どうしようもない変態ですが、魔術師としては素晴らしい人でしたね」
弁慶の言葉の後「不死川灯:脱落」の表示が現れた。
爆心地を確認するべく、雑居ビルの屋上に弁慶達は飛び上がると周囲の建物が魔術で焼失した広い場所があった。その中に、氷のドームのようなものだけがぽつんと半壊した街の中に建っている。
そして表示が現れないという事は、血継魔術科残りの二人は未だ健在だという事がわかった。そこからじんわりと氷が広がっているのが見える。清春が索敵を始めたようだ。不死川という実力が拮抗していたアドバンテージを失った魔術科としては、かなり現状は厳しい。
「決着つけましょう。プランは変えません。このまま突っ込んで、颯太と"彼"が1対1になるよう誘い込みます」
「では、先頭は私が」
「いえ、先頭は私が走ります。鈴木さんは颯太の援護をお願い。もう魔力も体力も限界な私を使うべきよ」
弁慶の提案を桜子が却下した。もう限界だろう、と止めようとしたが桜子は絶対に引かないという事も知っている。これ以上言っても時間の無駄だと黙って頷き承服した。颯太も特に何も言わない。小さく笑うだけだ。
そして桜子は腰を下ろしてノエルと目線を合わせると、優しく囁く。
「ノエル。私達の為に歌ってくれる? 最後まで、颯太が辿り着けるように」
「うん。任セて。ずっと歌い続けルから」
「ありがとう。私ね。初めて貴女と会った時から、貴女の歌が大好きなの」
ぎゅっと惜しむようにノエルを抱きしめてから立ち上がる。清春の氷が既に近くまで迫っている。時間はもうない。弁慶と颯太は再び桜子とノエルを肩に抱えると屋上から飛び降りた。落下していく最中、手と足裏に魔術印を展開し壁面で勢いを殺しながら下っていく。地上近くで地面に魔術印を再度展開、勢いを完全に殺して着地すると桜子が弁慶から降りて先頭を駆け抜けていく。
ノエルはここまでだ。颯太がノエルの頭を撫でて桜子の後に続いた。
「やっぱあの人最高だなっ!」
桜子達の進む先で、空から落ちてきた炎の塊が氷の浸食を阻んでいた。先程不死川が悪あがきで空に向かって撃ちだした無数の炎だ。それに巻き込まれないよう、炎と氷に隙間を縫って近づいこうとした魔術科一行ではあるが、今度は空から氷柱の嵐が降ってきた。
「──っ!」
回転魔術を大量展開し壁を作って全てを吹き飛ばす。清春達の索敵も兼ねたゴリ押しの攻撃だ。
第二陣は魔術印が展開された場所に集中するように氷柱の嵐が再び襲う。堪らず近くの建物に身を隠そうとしたが、轟音が鳴り響き魔銃の弾丸が発射された。凝縮された魔術の弾丸が桜子達の逃げ込もうとしたビルを粉微塵にして吹き飛ばす。あまりの威力に体ごと吹き飛ばされてしまう。
「ノエル! 歌って!」
転がり痛みに耐えながら桜子が叫んだ。
数瞬の後、ノエルの歌が響き渡る。魔術で分身を作り幾重にも重なった古の歌は氷柱や魔銃ですらも弾き飛ばす。普通であれば声楽魔術は血継魔術を超える事のできる程ではない。ノエルの歌が特殊なのだ。
「古代抒情詩か!」
古代抒情詩は古の魔術が強力であった時代に生まれた声楽魔術である。
まともに歌える者は非常に少なく、魔術印を使った魔術の発展と共に歴史の表舞台から消え去ってしまったのだ。ノエルはかつて声楽魔術の始祖と呼ばれた人間の末裔だ。そして、一族の遺伝情報に刻まれた古の歌が脳内で聞こえる特殊体質の持ち主である。
「───────────!!!!!」
もはや人には聞き取る事の出来ない高次元の魔力の籠った歌声が世界を改変していく。
桜子達を守るように魔銃と氷があらぬ方向へと曲がっていき、嵐のような攻撃が止んだ。ノエルが作ってくれた道が見えた。
「このまま! 突っ込みましょう!」
桜子が吼えて走り出す。同時、血継魔術側はノエルに攻撃を絞り始めた。
個で同格なのはノエルのみと判断したからだ。嵐のような攻撃がノエルの居る場所付近に雨のように降り注いでは周囲を破壊していく。瓦礫が吹き飛び、周囲に轟音が響いても構わずノエルは歌い続けた。こうしていれば、桜子達は進めるからだ。
ただただ、彼女達の勝利を願って一人楽しく歌い続けた。
「───────────!!!!!!!!!」
颯太の優しくて努力家な所が好きだ。鈴木の不愛想ながらもなんだかんだ可愛がってくれるところが好きだ。山崎も学校内で困っている時によく助けてくれるところが好きだ。山田と不死川はよくわからないけどお米や洋服をくれるから好きだ。そして、桜子が大好きだ。呪われた子として迫害されていた自分を救ってくれた。学校に行かせてくれた。勉強を教えてくれた。
(だから、私は願い、歌うよ。ありったけの愛を込めて)
防御はしない。無数の氷柱が眼前に迫っている。でも怖くない。
歌を止める方がきっと苦しい。そして、自分を許せないからだ。氷柱の破片が肩に刺さってもノエルは歌い続けた。分身も幾つかやられてしまっている。残り時間は少ない。それでも、声を張り上げ歌い続けた。
やがて、胸を飛んできた氷柱が貫き、呼吸が止まる。歌の効果が切れてしまった。それでも、ノエルは血を吐き出しながらも最後の歌を紡いだ。
「────────」
最後の一節が響き渡った後、一瞬桜子の体が軽くなったかのように感じた。
血継魔術科のいる場所まで後少しだ。「如月ノエル:脱落」の表示が出ると再び氷と弾丸がこちら目掛けて飛んできた。
「颯太! 鈴木さん! 私の後ろへ!」
魔力なんてもう殆ど残っていない。だが、弾除けぐらいにはなる。体もノエルの歌がなかったらとっくに倒れている。必死に磨き上げた回転魔術で致命傷には至らずとも前には進める。そしてようやく敵の姿を視認した。織田清麻呂と在原清春の二人だ。
向こうもこちらを迎え撃つつもりらしい。清麻呂が魔銃を二丁構えているのが見えた。
「あと、、、、いっ、、ぽッ!」
踏み込み、回転魔術を地面に展開して簡易の瓦礫の嵐で視覚をかく乱する。
清麻呂の弾丸を回転魔術で弾き飛ばして弁慶と颯太へのダメージを極力減らした代償に、自分の右腕が吹き飛んでいくのが見えた。流石に二丁の魔銃の威力は、掠っただけでも凄まじいと何処か他人事のように桜子は感じていた。
「ありがとな、桜子」
颯太の声が聞こえた。背中を一度優しく叩かれ、弁慶と颯太が清麻呂目掛けて加速し始めた。
ああ、とそのまま前のめりに倒れる。自分は役目を果たしたのだと。自分のエゴを貫けたのだと安堵し、小さく呟いた。
「……頑、張っ、て……良かっ、た……」
選ばれた天才達と肩を並べる事は出来なかった。
選ばれた天才で在り続ける事も出来なかった。
それでも久我桜子は今この場所に辿り着けた事に満足していた。決して一人では見る事の出来なかった景色を仲間が駆けていく。それを満足そうに笑って見送った。
●
東魔大最強の名は伊達じゃない。
織田清麻呂という魔術師は、メンタルの弱さを除けば血継魔術科の中でも一番のポテンシャルを誇る。ありとあらゆる魔術の知識に精通し、魔力量や使える魔術印の数もトップクラス。そして、極めつけの魔銃という血継魔術。大学内で行われた対魔術師戦は無敗。血継魔術科の面々ですらもあの手この手を尽くして戦うレベルの魔術師だ。
「最後は特攻か」
迫ってくる颯太と弁慶の姿を少しだけ残念に思う。
ノエルを倒してしまったのだ。個として同格な魔術師はもういない。策を考えていたであろう桜子も脱落した。後は全力で相手を倒せば良い。清春に目配せで俺がやると視線を送り、一気に前に出た。
「──ッ!?」
身体強化魔術で高速移動し、弁慶の前へ。
振られた魔剣の剣身に魔銃の銃口を叩きつけて発射。圧縮された強力な魔術が剣身を破壊し吹き飛ばす。そのまま片方の魔銃を投げ捨て、一瞬の事に対応できなかった弁慶の首を長い手で掴むと盾替わりにして颯太にもう片方の魔銃の銃口を向ける。弁慶が反応できないレベルの速度だった。単純な速さだけなら八代に匹敵するその事実が清麻呂の本気の強さを物語っている。
「人質かよ」
ステップして魔銃の弾丸を何とか避けた颯太。当て難いと判断した颯太は反撃に出ようとした弁慶を颯太目掛けて突き飛ばした。
「いや、目くらましだ」
魔銃の威力なら弁慶の体ごと颯太にダメージを与える事ができる。2人とも纏めて倒してこれで終わり。そう考えながら引き金を何の躊躇いもなく引いた。弁慶は颯太を突き飛ばし、自分だけが魔銃の弾丸をくらうように態勢を入れ替える。
そして、それを読んでいた清麻呂はそのまま魔銃の銃口を颯太目掛けてスライドした。
「君達と最後に戦えて良かった」
最後の最後で織田清麻呂はその強さ故に油断してしまった。
引き金を引けば終わりであると。相手は主力メンバーを失い、特攻を選ぶしかなかったのだと考えてしまっていた。魔術科が狙っていた唯一の勝機はここにこそある。人数が少なくなった状態での、天才だからこそ持ち得る圧倒的優位。そこに付け込むしか勝機はなかった。
「見様見真似魔闘術」
魔闘術を発動させ、全身に黒く光り輝く紋様が現れた。
この瞬間だけは、颯太は天才達と同格で居られる。五分と短い時間。美鈴で消費してしまったので残りは四分。逃げられないよう敢えて接近したのも全てはこの為である。遠距離狙撃されては敵わないからだ。対照的に清麻呂の顔が驚愕に染まった。こんな隠し玉を持っているとは思わなかったからだ。
「だが──」
織田清麻呂は最強を自負している。戦いを諦めるわけにはいかない。
高速移動して伸びた颯太の手が清麻呂の右手首を掴み、鈍い音を立てて折れた。魔銃が使えないが清麻呂は魔術印を展開して攻撃を仕掛ける。攻撃するか、防御するか。迷ったのは一瞬。手首を掴んでいた手を放して、最短距離で拳を振った。一瞬の攻防。ギリギリの所で颯太の拳が先に届き、清麻呂の顔面にめり込む。──勝った。と思った瞬間、ぞくっと嫌な気配がして颯太は更に突進するように前に出た。
「──嘘だろっ!?」
先程まで颯太の顔があった辺りを何時の間にか左手に握られていたもう一丁の魔銃の弾丸が掠めていく。まさに紙一重だった。防御を選択して後ろに下がっていたら負けていただろう。一瞬の攻防の後は冷や汗がどっと出てきた。しかし、落ち着いている時間はない。前方から飛んできた氷柱の山を黒い魔力を放出して一気に破壊した。
同時、意識を失った弁慶と清麻呂の脱落の文字が空中に表示される。
「まさか、嘉納先生の技を使える奴がいるなんてな」
在原清春の声が聞こえた。視線を向けると、その瞳には一切の慢心も油断もない。本気の目をしているのがわかった。魔術科対血継魔術科。選ばれなかった者達と選ばれた者達。この戦いの勝敗を決定づける二人の最後の戦いが、今始まる。
面白かったらブクマ評価等お願いします。
Twitterで #東魔大どうでもいい話 で検索すると
私をフォローせずに東魔大のクソどうでも良い話が読めます。
よければどうぞ。
脱落者達が裏で何をしているかとか書いてます。




