前科53:鈴木颯太は天才ではない
西園寺美鈴が展開した魔術は周囲の人間や、観客すらの度肝を抜いた。
およそ血継魔術科が使うような魔術ではないからだ。ヤケクソになったのか、と誰もが思うが美鈴の心の中は冷静だった。颯太は格闘術は向こうの方が上だが、一撃当てれば勝てる。未知数なのはノエルだが、通常魔術が通用しない事だけはわかっている。
(──ならば、崩すしかない)
入学してからロクな目に遭っていない。負けて、変態達と出会って、また負けての繰り返し。
しょうもない連中だったが、魔術師としての彼らは己より格上だという事を美鈴は認めていた。──それが例え、血継魔術が使えなくとも。流星寮に行く度に何度も見かけたふざけた魔術印だが、相手のリズムを崩すという一点だけにおいては一級品だと美鈴は理解していた。──何故なら散々自分がリズムを崩されて来たからだ。
「こんなふざけたフィールドで戦った事ないですよね?」
真央が大雨を降らせたお陰で水は十分にある。足元の水がどろりとした粘液に変わり切った時、美鈴は答えを待たずに動いた。強化された肉体で、大地そのものを削る勢いでステップし颯太へと迫る。颯太も構えをとるが、足が上手く踏み込めない。
「ッ!」
上段フェイントからの回し蹴りを受け止めるも、そのまま粘液の沼に叩きつけられる。
美鈴はそのまま追撃はせずに、自分の踏み込みによって立ち昇った粘液に魔術印を展開した。
「──掃射」
言葉と共に魔術印に触れた粘液の塊が勢いよくノエルの顔面目掛けて襲い掛かった。咄嗟に腕で顔のガードを固めるが、粘液の量の方が多い。腕と腕の隙間からたれた粘液がノエルの口を塞いでいく。ノエルの対象法としてまず歌わせない事を前提に考えたのだ。
「ノエル!」
倒れた颯太の起き上がり様のカーフキックが美鈴に炸裂する。
(硬ェ──!)
西園寺美鈴の血継魔術の強さを今更ながらに思い知る。まだ一年生とはいえ、立派な化け物だ。
人類の身体強化魔術ではまだ辿りつけない境地に彼女はもう辿り着いている。──だが、勝てないわけではない。このまま硬直状態を保ち、ノエルが距離を取れば再び颯太側が優勢になるのだ。ノエルは既に魔術で分身を作って逃げ始めている。
「行かせねぇよっ!」
美鈴の前に颯太は立ち塞がった。爪の攻撃は厄介なので一撃一撃を下がりながら避けるがギリギリだ。慣れてきたとはいえ足場が悪い。美鈴が踏み込んできた瞬間には体当たりをして、膝蹴り。だが、それもまたあまりに硬かった。颯太はそのタフネスと攻撃力故に連撃に持ち込めないのが辛い。美鈴もまた格闘術で負けてノエルを仕留め損なうのは負けだと理解していた。すっと後ろへと下がり爪を射出。颯太がまたそれを避けた所に足で粘液の塊を蹴って浴びせかけた。無論、颯太はそれをガードし、
「かかりましたね」
直後、足元の粘液が爆発して颯太に降りかかった。颯太が粘液に気を取られた一瞬で「物を爆破する魔術」の印を作りだしたのだ。元よりダメージを与える気は無い。粘液さえ吹き飛ばせれば良いぐらいの魔術だ。だん、と足元を蹴って美鈴が粘液に呑まれた颯太の横を一跳びで超えて行った。美鈴が信じられない速度で走っていき、複数のノエルと接敵した。どれが本物かはわからない。美鈴はそのまま上空へと跳躍し、
「なら、全部狙います」
そのまま上から全てのノエル目掛けて魔力の爪を放った。防御魔術は意味を成さないのはノエルも分かっていた。だから──
「──────────」
声楽魔術:救済の歌。ノエル目掛けて放たれた爪が全て軌道を変えてあらぬ方向へと飛んでいく。
美しい歌だと思わず聞きほれてしまう程だが、厄介だと美鈴は舌打ちをする。颯太が視界の端で走ってくるのが見える。このままでは負けてしまう。そう判断し着地した美鈴は瓦礫を手あたり次第掴み、上へと放り投げた。
「物を爆破する魔術」
分身していたノエルは全員で同じ歌を歌った為、梢子にやったように魔術印を制御する歌を歌えない。直後、爆音が起きて瓦礫が爆発した。これもダメージを与える為ではない。ノエルに正常に歌わせない為の処置だ。
「美鈴。やっぱ凄い」
「ノエルさんも、ね」
爆音によって音が聞こえない。だが、一瞬目が合った二人は口の動きだけで気持ちを伝えあった。声楽魔術が戦闘向きに普及してこなかった背景には、轟音やそもそも歌を歌わせないという弱点があるからだ。ノエルがいかに難解な歌を歌おうとも封じやすい。そこに颯太がようやく追いつき、再びノエルを守るように美鈴と対峙する。
(桜子ごめんな。──約束破るわ)
颯太が全ての魔術を解いた。
身体強化魔術も、防御魔術も。1度フラットな状態へと戻った颯太を、美鈴は訝し気な目で見て接近しようとする。
「だめ!」
ノエルが制止するが颯太は聞かない。
西園寺美鈴は血継魔術科で唯一の、"努力する天才"であると認識した。
血継魔術科の驕りをつく作戦を考え続けた魔術科にとって、美鈴が一番厄介な相手なのだ。何故なら、こちらが格上だと認識しているからだ。これ以上放っておけば手が付けられない。最大限の敬意と畏怖を込めて、颯太は自身の切り札を展開した。
「見様見真似魔闘術」
魔力が圧縮されて颯太の体を流れていく。首等、肌の見える部分に紋様が現れ黒く光り出す。嘉納と同じ魔闘術だ──と美鈴が認識した時には颯太の真っ黒に染まった拳が美鈴に迫っていた。動揺しながらも、短く拳を振って魔力の爪で応戦する。
「───ッ!?」
ストレートとショートパンチでも美鈴の方が威力が上だった筈だが、爪が完全に破壊され威力で負けた。美鈴の強化された肉体にも激しい痛みが襲う。拳から出血もしている。
──俺は、血継魔術師だと認められないって事ですか?──
過去の自分の声が颯太の脳内に響いた。
自身の最大のトラウマだ。その引導を渡した人と同じ魔術を今日初めて披露している。このチームのメンバーしか知らない颯太の切り札だ。彼はどう思うだろうか。そんな事を考えながらもう一撃拳を振って美鈴の腹に拳を叩きこむ。あばらの骨が砕ける音がした。勝ちを確信した颯太にいたぶる趣味はない。次の一撃で意識を断とうと拳を振ったところで、
「ま、、、ダ、ッ!」
骨を砕かれ内臓に損傷を与えられても、美鈴は反撃に出た。
スマッシュの軌道で美鈴の拳が颯太の顔面を捉えた。拳の骨が砕けていても、構わず全力で振った一撃だ。颯太の意識が途切れそうになる。だが、それでも踏ん張った。末恐ろしい一年生だと思う。──だからこそ、絶対に負けたくなかった。
「──この1分だけは、お前の勝ちだよ」
鈴木颯太は天才ではない。
魔闘術も紛い物である。圧縮した魔力を嘉納のように体中の至る所に上手く流す事が出来ない。特殊な魔術で全身に刺青のような紋様を刻み、何とか流れるようにしているだけだ。それでも、ようやくここまで辿り着いた。才能がなくても。紛い物だったとしても。本物に勝つために。全ての気持ちを上乗せした颯太の拳が炸裂し、今度こそ美鈴の意識は完全に断たれた。
●
「美鈴!?」
伊庭八代が驚きの声を上げた。
八代達の居る空間の上空に「西園寺美鈴:脱落」と大きな文字で表示されたからだ。弁慶は山崎に攻撃を任せ、横目で颯太達が戦っていた方を見る。颯太の体の紋様を見るに、魔闘術を使ってしまったのだと認識した。かなりの痛手だ、と冷静に分析する。颯太に切り札を使わせてしまい、尚且つこちらはまだ二人がかりで八代に有効打を与えられていない。美鈴は倒したが、こちらが有利になったとまでは言えないのが現状だった。
「まさか美鈴が負けるなんてなぁ」
のんびりとした八代の声が聞こえた。
だが、弁慶の背筋が凍った。口調は変わらないが八代の雰囲気が明らかに変わったのだ。 ずっと心の中にあった違和感。有効打を与えられない理由。──八代はまだ本調子ではないと思えば全てに納得がいく。魔刀を構え、最大限の警戒をした時だ。たんっ、と軽いステップと共に山崎の体が虹色の光と共に壁に叩きつけられた。
(早すぎる──ッ!)
身体強化の魔術印も特殊だ。停止状態からトップスピードまでの速さが段違いすぎる。
元々身体能力は高いが、幼い頃から集団に襲われる事の多かった八代が生き残る為に会得した移動方法だ。安易に真似できるようなものでもない。ステップに緩急もつけており、尚且つ何を考えているのかわからないので攻撃の瞬間が察知し難い。幼い頃から一緒に訓練してきた弁慶すらも圧倒される速度だ。
「凄いね、鈴木ちゃん。僕についてこれるんだ」
「──これぐらいなら、ね!」
雷光と化し移動するが、八代は見てからの反応速度も段違いだった。
背後をとったにも関わらず紙一重で避け、返しの虹の魔剣で弁慶の魔刀を完全に破壊した。市場に出せば数千万に近い値段が付く刀が、破壊の魔術が込められた虹色の光によって砕け散った。弁慶自身の体も破壊のエネルギーの余波で吹き飛ばされてしまう。
「悪いな、ノエル。お前残しとくとマジで負けそうなんだわ」
八代の狙いはノエルのようだ。支配の魔剣と虹の魔剣に攻撃魔術が注ぎ込まれていく。分身しても意味がないよう、範囲攻撃をするつもりだ。今までの最大級の威力の両魔剣が地面に叩きつけられ全てを破壊していく。
「─────────!!!」
ノエルが声楽魔術を発動した。全てを破壊していた虹色の光がノエルを避けるようにして散っていく。流石にこれには八代も苦笑いを隠せなかった。やはり魔剣で直接攻撃するしかないと、ステップを始め、
「させねぇよ!」
颯太が八代のへと突っ込む。魔闘術は使っていない。何時ものような身体強化魔術だけだ。
虹の魔剣を離されても負ける。魔剣を振られても負ける。接近して拳を振り、八代に攻撃動作をさせない事しかできない。どうする──と態勢を立て直した弁慶が思考を巡らせていると、満身創痍の山崎が横に立った。斬れないのであれば叩き潰せばいいとばかりに、増幅した衝撃波を放つ魔術を7発もくらった山崎の体内はもうボロボロだった。
「なぁ、鈴木さん。──もう、君でもどうにもならないのか?」
真剣な目で山崎は弁慶に問う。概ね弁慶には何かがあると予測がついているようだった。切り札はまだある。対八代用に配備された最終手段を弁慶は持っていた。しかしそれは、伊庭家の意向に反するものだ。こんな偽物の青春ごっこで出すようなものではない。だが、
「山崎君が、命を賭けれるならね」
弁慶の口から出てきたのは別の言葉だった。──これだけの期間を一緒に居れば多少なりとも愛着は湧く。己に訪れる事のない筈だった大学生の青春。血継魔術科に勝つ為に努力する彼らを見ていて何も思わなかったわけではない。弁慶の言葉に山崎は大きく笑うと親指を立てた。
「桜子先輩の為なら、命の一つぐらい賭けてみせるよ」
その言葉に頷くと弁慶は山崎に簡単な作戦を囁いた。もう、これしかない。
魔術印から弁慶は一本の魔剣を抜いた。透明に透き通る青い魔剣だ。八代はまだそれに気づいていない。
「伊庭君の動きを止めて!」
弁慶がそう叫ぶとノエルの歌声が響き渡った。眩い閃光が颯太と八代に迸る。
それでも八代はギリギリのタイミングで目を瞑った。気配だけで、颯太の位置を確認して虹の魔剣を振って吹き飛ばす。同時、山崎が八代へと突進する。既に身体魔術強化は解けかけている。全身全霊を懸けた山崎の渾身の一撃は、八代にかわされた。
「八代おおおおおおお!!」
すれ違いざまに左腕が斬り落とされた。それでも山崎は止まらない。最後の魔力を振り絞り、体全体を巨大化させて八代を叩き潰そうとする。だが当たらない。本気になった八代の速さと反応速度に有効打を与えられる者はこの場にいない。腹を支配の魔剣に貫かれ、口から血を流すも山崎は笑った。
「お前が僕に勝てるわけないだろ……!」
「……そらそうだ。でも、油断したな」
そう笑った山崎の体を後ろから貫いて、青色の剣身が八代の肩へと突き刺さった。弁慶が山崎の体を隠れ蓑にして突き刺したのだ。速さに追いつけないのであれば、死角から攻撃すればいい。それだけの作戦だ。だが、肩だけなら大した事は無いと剣身の形から魔刀でないと判断した八代は、支配の魔剣で支配下に置くよう命じようとした。だが、支配できない。
(八代様。──学んでください)
弁慶が持っている魔剣から管が伸びて自身の体に突き刺さっている。
青の魔剣レプリカ──その真の名前は"死の魔剣"の模造品である。東魔大の学長が所持している魔剣の試作品だ。かつて支配の魔剣と並び、四大魔剣の一つとして歴史の闇で暗躍していた魔剣である。
(──支配の魔剣は、四大魔剣のような、同じタイプの魔剣は支配できないのです)
弁慶の体は死の魔剣と同化状態にあり、意識が今にも自我を失いそうであった。
模造品でこれなのだから、本物はどれ程の危険があるのか見当もつかない。支配の魔剣もまた真の力を引き出す為には、死の魔剣と同じように同化しなければならないのだ。過去に八代が一度だけ使ったのを見た事があったが、あんな八代を弁慶は二度と見たくなかった。
「発動」
青の魔剣に魔力を叩きこむ。"斬った物を殺す"という死の魔剣の能力が発動し、八代と山崎の生物としての機能が停止する。最後は呆気なく勝負がつき、上空に「山崎軍司:脱落」「伊庭八代:脱落」という文字が現れた。同時に、八代と山崎の体が忽然と空間から消える。
「クソみたいな気分……」
何時かやる事になるかもしれない、伊庭八代の殺害。これが学校行事の一つだとしても、死なないとしても、諸々の感情を引いたとしても、弁慶にとってはあまりに後味が悪くそう毒づくしかできなかった。
面白かったらブクマ評価等お願いします。
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