前科48:努力と才能
東京魔術大学内にはひと際大きな建物が存在している。
東京魔術大学ブルーホールと呼ばれるその建物は、学内で唯一学校関係者以外も入れる建物だ。
最大2000人規模まで収容できるそのホールには、東京魔術大学の学生や、関係者が多く訪れており満席状態だ。五月祭最大のイベントであるこの"学科決戦"を全員見に来ているのである。そんなブルーホール内の血継魔術科控室では、何時もと違い静かな空気が流れていた。先輩達のダメな姿は飽きる程見て来た美鈴にとっては、初めて見る姿に若干の戸惑いを隠せないが、それ以上に見苦しいものが目の前にあった。
「どうした美鈴? 不安そうな顔だな」
「不安? 呆れているだけです」
魔術によって宙づりにされた挙句、タコ殴りにされた八代にそう吐き捨てる美鈴。
怒り狂って「実家に帰ってきなさい! 教育してやる!」と大暴れする累をようやく宥め終わったが、八代を助けようとする人間は一人も居なかった。梢子は黙って酒を飲んでいるし、清麻呂と真央はヘッドホンをつけて音楽を聴いている。清春も黙って椅子に座っている。通常営業はバカ一人だけだ。すると、控室のドアが空いて嘉納が入って来た。吊るされた八代に驚くわけでもなく一瞥すると、何事もなかったかのように話を始めた。
「皆すまない。──統志郎の消息は最後まで掴めなかったから、今年は6人で戦って欲しい」
草間統志郎。この場に現れていない最後の血継魔術科の生徒だ。
美鈴も名前は知っている。西の方では有名な魔術貴族の名前だった。
普通であれば京都魔術大学に進学するが、わざわざ東魔大に進学したという時点でワケありな人間だというのがわかる。 他の面子はどういう人間なのかよくわかっているので、来るとも思っていないようだった。
「別に良いでしょ。アイツ居たって決着の時間が早まるだけだし」
口を尖らせながら言う梢子に嘉納は苦笑いを作った。
「頼もしい限りで嬉しいよ。──勝負は毎年恒例の魔術同士の対抗戦だ。今年も相手チームを全滅させた方の勝ちだ。心してかかりなさい」
「あれ実際死なないから良いけどよ。同じ大学の奴殺すのどうにも気分悪いんだよな。今年も"尾藤のばーさん"がフィールド作ってんだろ」
学科決戦は魔術で作られた異空間で、各学科の代表選手同士の集団戦で勝敗が決まる。血継魔術によって作られた特殊な空間で、文字通り"死ぬ"まで戦う事が出来るのだ。死んだ時点で"死"という概念が打ち消され空間外へと排出される仕組みになっている。
いくら東魔大の生徒とはいえ、本気でぶつかりあったら命が幾つあっても足らない。優秀な才能を保護する為に、このような措置に加え、何かあった時用に医療魔術科やOBOGの医療系血継魔術師も多数招聘されているのだ。
「そう言うが、今年はお前達の方が狩られる立場かもしれんぞ? その分だと、向こうの面子を確認していないな。何の為にメールを送ってると思ってるんだ」
嘉納がため息と共に部屋付属のスクリーンに自身の端末の映像を映した。
そこには魔術科の面子が載っている。久我桜子。鈴木颯太──まで来た所で、不死川灯という名前が見えた。それまで集中していなかった血継魔術科の面々に少しだけ緊張が走る。清麻呂は知っていたので、やっと気づいたかという顔をした。
「そう──向こうの面子に不死川が居る。お前達もあいつの実力は知っているだろう? 下手をすれば俺が一年生の頃のように敗北寸前まで行く」
清麻呂は思い出す。入学して最初の五月祭。同じ1年生だった不死川1人に当時の血継魔術科は危うく敗北する所だった。血継魔術師でありながら異様な制約によりその魔術を自由に行使できない異端中の異端だ。清麻呂が戦った時も、魔術科だった清麻呂の姉が子供のフリをして不死川を騙していた事が発覚しなければあのまま押し切られていたと今でも思っている。頼もしいのか不敵なのか。その映像を見た事がある血継魔術の下級生達はようやく楽しめそうだと笑った。
「今年はあの変態狩りか。ちょっと面白くなってきたじゃん」
「金賭けようぜ! 皆で1万ずつ出し合って、寮長をぶっ殺した奴の総取りって事で!」
「え~!? あたし不利じゃん。皆みたいに殺傷能力高くないし」
「どうして貴様らはすぐに違法行為に走るんだ!? 金を賭けるなんて許されるわけが無いだろう!」
「そうですね。教師の前でお金を賭けるのはよくないです。せめて学食の食券にしましょう。SP丼1週間分が良いです」
「おめーも大分馴染んできたな……」
思い思い好き勝手な事を言っては各自で盛り上がっていく。
彼らの頭の中には敗北の文字なんて微塵もなかった。それ程までの力の差が存在している。血継魔術師が1人ならばこうは行かないが、今年は6人も居る。しかも全方位に隙が無い最強の布陣だ。嘉納自身も負ける気は全くなかった。
(ただそれでも……)
戦いに絶対なんてない。嘉納の世代も最強と言われてきたがそれでも負けた事が皆無なんて事は無かった。頭ではなく経験で。今後一生の糧となるような戦いが行われる事を望むだけである。だが、それでも最後は彼らが勝つと信じ切れている。それ程までの才能だという事は嘉納が一番理解しているからだ。そして、嘉納は手に余る程優秀な生徒達を試合会場へと送り出すべく言葉を口にした。
「君達は、選ばれた一握りの天才だ。その才能を存分に見せつけ、敵を圧倒してきなさい。それでこそ、君達の人生も報われる」
誰も何も言わない。嘉納の言葉の真意を全員が理解していた。血継魔術師は人生が180度変わる。迫害されたり、騙されたり、襲われたり、良かった事よりも嫌だった事の方が多いのだ。こんな才能要らなかった、普通の人生を送りたかった、と全員が一度は思っている。
「私から見ても、君達は歴代最強の血継魔術科だ。勝利など当然。──全てを蹴散らして、血継魔術師の新しい時代を私に見せてくれ」
●
「ええと、その……。山田君はレギュレーション違反で欠場となってしまいました」
試合前だというのに魔術科の控室は重苦しい空気に包まれていた。山田の持ち込む武器を何とかしろと、運営からのお達しが出てしまったのだ。桜子は必死にアホらしい気持ちを押し殺して「あれはマッサージ器具です」と弁明したのが最終的には自分の倫理観に屈した。最後に山田の「子供たちの目に触れるかもしれないんだ。彼らの主張は正しい」という常識的な発言によって心がへし折れたのもある。
「……ま、まぁね。山田君が担当する筈だった草間君も欠場という事で、作戦に大きな変更はないので頑張って行きましょう」
取り繕うように桜子が言うが渇いた笑いに続くものは居ない。ノエルだけが意味がわからなさそうに疑問符を浮かべていた。これ以上追及されるのは不味い、と話題を変えようとした時だった。控室のドアが開いて彼女たちの研究室を担当する教授が入って来た。──樋田透子。現代魔術の権威だ。国内外問わず多くの魔術に精通しており、主に現代魔術の基礎を担当している。
「あら皆さん。何を慌ててるの?」
樋田の穏やかな雰囲気と言葉には力がある。
山田欠場で動揺していた雰囲気が一気に落ち着き、各自フォーメーションや作戦の最終チェックの確認を再び始めた。不死川と山崎といった普段ふざけた面子も、持ち歩いている写真集やエロ本は傍らに置かれており、スクリーンに表示されたデータを見ている。それを満足そうに微笑んで樋田は優しい眼差しで見ていた。今日に至るまでの彼らの努力は彼女が一番知っている。
「桜子さん。準備は大丈夫?」
「──もう最終確認まで終わってます。皆、悪あがきしているだけですよ。これだけやっても、勝率は3割を超えませんでしたから」
「そう……。私から見ても今期の血継魔術科は歴代最強ですからね。あれだけの才能がよくも同時期に揃ったものです」
「ええ……。本当に天才ばかりで、嫌になる」
「あら。おかしな事を言うのね。──桜子さん。貴女だって立派な天才よ。ここに居る皆だってそう。東京魔術大学は選ばれた人間しか入学できないもの」
「でも、ここまでの差をつけられると……」
桜子はずっと梢子を追いかけてきた。来る日も来る日も訓練を欠かさず、バイトや弟達の面倒を見ながら寝る間も惜しんで努力してきた。それでも東京魔術大学に入学してから、梢子との差は開いて行くばかりだと感じていた。
「そうですね。彼らは努力の限界の先に居ます。──ですが、勝てないわけではありません」
「先生……」
「もしも血継魔術師に勝てないのであれば、この世界は彼らによって支配されています。でも、現実は違いますよね。伊庭君よりずっと凶悪で、無数の血継魔術師を殺し尽くした先代の支配の魔剣ですらも、最後は負けました。彼らを破った魔術師は実在します」
樋田自身も戦いに参加していた。支配の魔剣とも同時期にこの大学に在学していたので歴史に葬られた本名も性格も全部覚えている。幾人もの仲間を失った。恩師も、尊敬した先輩も、可愛がっていた後輩も殺された。それでも、最後は勝ったのだ。あの時の事は今でも忘れていない。
「勝率3割──結構じゃないですか。私たちもそうでした。幾度も作戦を練って勝利しました。後は現実にするだけです。きっと出来ます」
樋田の言葉に俯きがちだった桜子の顔が上がった。周りの集めた仲間達を見る。
ノエルは可愛く笑い、山崎は感涙して筋肉を膨張させている。颯太も気合十分といった感じで鈴木と不死川は何を考えているのかわからない。だが、これが桜子が考え抜いた最強の面子なのだ。彼ら無くして勝利はありえない。そして、最後に樋田はニコリと笑って言った。
「才能が勝るのか、はたまた努力が勝るのか。しっかりと見届けさせて貰います。──魔術師の新しい時代を私に見せて下さい」
●
そして、対抗戦が始まった。
血継魔術によって飛ばされた異空間には広大な実際の東京都を模した街が広がっている。
全長数キロ程のこの戦いの為に作られたフィールドだ。両チームとも、ランダムな場所に飛ばされてお互いの位置は把握できていない。これからお互いに索敵を初めて、徐々に戦いが始まっていくのが定石だ。無数のカメラによって中継されている映像を見ている観客もそう思っていた。
「おい……あれ!?」
開始早々。血継魔術科がひと際高いビルの上に飛び乗った。
先頭を走るは血継魔術科の黄金世代──真央、八代、清春の三人である。八代は既に支配の魔剣を抜いており、虹の魔剣を左手に構えている。14本の虹色の光が迸った瞬間、八代はそれを周囲に叩きつけて巨大な建造物を次々に破壊していく。
「僕達に次手ェ出したらどうなるか教えてやる」
八代が暗い声で呟くと同時真央と清春が前に出た。暴風が吹き荒れ、叩きつけるような大雨と雷が八代の破壊したビル群を巻き込んでいく。竜巻が幾つも舞起こり構造物が破壊されていく中、更に氷の塊も一緒に吹き荒れた。暴力的ともいえる超自然現象が異空間に吹き荒れていたのは数分ほどだ。嵐も徐々に収まって来た後に映った映像を見て観客たちは絶句した。
「これが……今の血継魔術科……」
フィールドの三分の一程が大災害の後かのように破壊され尽くしていた。
それと同時に観客たちは気づいてしまった。彼らが本気になれば、今すぐにでも東京都をここまでの惨状に追い込めるのだ。プロモーションとしては最高の幕開けだったが、あまりに被害が大き過ぎて大半の人間は絶句するしかないのだ。そして、裏社会の人間達はこれが血継魔術科からの警告だという事に気づいた。カメラ越しの彼らの目がそう言っている、魔術科の存在など眼中にない。ただ折角の機会だからと、真央の件もあったので魔術科を倒すついでに警告をしてきたのだ。手を出したら殺すと。
「ありゃ。戦闘終了表示出ないな。やっぱ適当に撃っても当たらんもんだね」
「だから索敵してからにしようって言ったじゃん。後でラーメン奢ってよ」
「オレ、チャーシューをトッピングでつけるからな」
「えっ!? 僕の所為なの!?」
三人が軽口を叩き合う。あれだけの破壊行為をしたのに一切の緊張感がない。だが──
「──来るぞっ!」
清麻呂の鋭い声が響き渡った瞬間、周囲に炎が降り注いだ。それを見て血継魔術科の面々は臆する事なく獰猛に笑った。不死川家の血継魔術、原初の炎だからだ。そして、彼らが本気を出す価値のある唯一の相手でもあった。
面白かったらブクマ評価等お願いします。
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