前科46:これは美顔器ですか? それともバイブですか?
その日、東京魔術大学第三講堂ではレセプションパーティーが行われていた。
五月祭も最終日。大学内外問わずこの日は一番の盛り上がりを見せる日だ。──学科決戦。血継魔術科と魔術科の対抗戦だ。昼過ぎから行われる学科決戦を前に関係者や出資者が招かれており、会場は異様な雰囲気に包まれていた。何と言っても目玉は滅多に会う事のできない血継魔術科の学生と交流できる事だが、その血継魔術科の周囲はどよめきに包まれている。
「はーい。八代くん。おしゃぶり咥えましょうね」
「んまんま」
会場内。大きな移動式ベッドに座らされておしゃぶりを咥えさせられている生徒が一人。血継魔術科の伊庭八代だ。支配の魔剣という災厄の血継魔術を使える稀代の魔術師が幼児退行してしまったという噂は既に広まっている。その傍らで世話をしているのは妹の伊庭累だ。滅多に表に出てこない伊庭家の長女と、追放された四男。これ幸いにと友好関係を築きたい各著名人たちもあまりの異様さと地獄のような景色に声すらかける事ができないで居た。
そんな中、ひと際大きな会話の輪を作っている一団が居た。
「いやぁ、どうも在原さん。お久しぶりです」
「どうも西園寺さん。いつもお世話になっております」
日本有数の名家である在原グループと西園寺グループの集団だ。
在原も西園寺も血継魔術師が多い一族ではない。突然変異や養子縁組で血継魔術師を取り入れる事で成り上がってきた一族だ。政界の西園寺。複合企業の在原。あまり表立って会合のできない両者は美鈴と清春を利用してお互いの利益の為の会話をしている。
当の本人たちといえば、愛想笑いを浮かべながらひたすら会話を笑顔で聞いているだけだった。
清春の女体化すらネタとして昇華されており、表向きは和やかな雰囲気であった。
「はい。これどうぞ」
「ありがとうございます」
清春が美鈴に飲み物を渡すと二人は会話の集団から少しだけ距離をとった。
お互いどうでもいい会話にうんざりしていたのはわかっていた。抜けるタイミングや距離感があまりに絶妙で美鈴の心が安らぐ。赤ちゃんになってしまったどこかのバカよりモテるのがこの所作だけで伝わってきた。
「……在原は凄いですね。こんな大学の行事にも会長自ら出向いてくださるなんて他の家では早々ないですよ」
「在原は血継魔術へのこだわりが凄いからな。姉貴の旦那も子供も血継魔術師。兄貴の嫁も血継魔術師。これも全部会長の力あってのものだよ。優秀な人間は全部自分の身内にするか、叩き潰すかでこの家は成り上がってきたんだ。オレだって、元々は会長の愛人の子らしいしな」
「西園寺はそちらはあまり積極的ではないですね。血継魔術よりも家の力を重んじている所があります」
「家業の違いもあるからな。西園寺は道明寺の妨害をしたけど、在原はオレに最初、真央をオトせって言って来たからな。結局そうはならなかったけど」
「千ヶ崎先輩はガード固いですからねぇ」
「そうなんだよ。まぁ、オレもあいつとどうこうなる気はねェんだけどさ」
清春と美鈴が真央に視線をやると相変わらず人に囲まれている。道明寺の件があっても相変わらずの人気であった。八代の事で関係者に無駄に謝罪行脚に回っていた清麻呂と嘉納が横にいるからか、何時もより気圧されてる感じはしない。それでも追及の手は休まる事がないのだ。真央の家が一般家庭という所もあるし、天候魔術という希少な血継魔術を得てしまったのも大きい。
「邪魔しに行くか? いい加減しつけぇしな。在原と西園寺が行きゃぁ、大体の家は引くだろ」
「そうですね。家の利益にもなりますし。何より退屈ですから」
「違ぇねぇ」
そう言うと肩を並べて清春と美鈴は歩き出した。
●
子供の頃はパーティーとは日常的なものであり、苦痛でもあった。
毎週のように誰かの家に招かれては両親と共に挨拶をしたり、礼儀やマナーを叩きこまれたりと忙しなかった。家が落ちぶれてからというもの、とんとそういう機会を失った久我桜子だが久しぶりのパーティーは挨拶回りに忙しいものだった。
会場内でも目玉は血継魔術師ばかりだ。多くの人間はそちらに目が行っており、魔術科の生徒は手持無沙汰となっているのでこちらから行かねばならない。弁慶は変装した姿で伊庭兄妹が見える位置で料理を楽しんでいるし、山田山崎の流星寮軍団はVRゴーグルをつけて別世界にトリップしている。彼らにノエルが近づないように気を払いつつ、家の為に挨拶周りをするのは中々疲れるものがあるのだ。
「さーーーくーーーらーーーこーーー! 酒持ってない?」
やっと一息つけると安堵していたら、ひと際でかい声で名前を呼ばれた。ため息をつきながら振り向くと、そこには黒いスーツを着込んだ女が立っていた。菊姫梢子。桜子の倒すべき目標でもあり、気安い友人の一人。そしてアル中のチンピラ。
「大きい声で騒がないの。対抗戦前にアルコールなんて出るわけないでしょうに」
「だからつまらねぇんじゃん。もう腹いっぱいだし帰りてぇ」
大企業の重鎮。国内最高レベルの魔術師。魔術協会の幹部という魔術師ならお近づきになりたい人間が多々居るのにも関わらずこの発言。菊姫梢子は何処までも異端なのだ。気に入らない奴は誰であっても噛みつく野良犬のような性格。真央と同じ一般家庭出身なのに、八代と同じぐらい梢子は避けられている。昨年もこのパーティーで大暴れして嘉納に説教されて正座させられていた事を桜子は思い出した。
(私がどれだけ……)
家の再興の為に笑顔を浮かべて挨拶回り。「頑張ってね」と言われたが誰もが望むのは血継魔術科の殺戮ショーだ。自分達は引き立て役。魔術科が勝つ事なんて誰も期待していない。そんな暗い思いが浮かんできたのを抑えつけ、桜子は平静を装う。
『しょーこちゃんだ!』
「おっーっす。ノエルじゃん。何だよお前も対抗戦出るんだ」
軽食取りに行っていたノエルが文字を展開しながら戻ってきた。何時の間に仲良くなった、と驚く。
美鈴と仲良くなっていたのは知っていたが、梢子までは予想できなかった。しかし、なんだかんだ面倒見が良い事も知っている。
『うん! 今度バイクの乗り方教えてね!』
「任せろ。ウチの妹のお古があるから持ってきてやるよ」
ノエルが菊姫家の趣味の悪いバイクに乗っている姿を想像して眩暈がしてきた。
このまま何時かグレて「うるせぇババァ」なんて言われた日には桜子は生きていける自信がない。
何とか引き離すべきか、と考えたが自分自身も梢子にバイクの乗り方を教わった事があるので強く言えない。
「の、ノエルと仲良くしてくれているのね……?」
「おう。美鈴のダチだっていうからな。一昨日、真央とかも呼んでゲーム大会したんだよ」
『しょーこちゃんずるくてうまい! 真央ちゃんが脱がされて最後半泣きだった!』
「──何て事してるの!?」
思わず声が出てしまった。しまったと思った時にはもう遅い。ノエルは桜子の声にびっくりしたような顔を作っている。
「おいおい桜子過保護かよ。ノエルだってもう女なんだぜ。ちっと真央剥いたぐらいででけぇ声出すなよ。ウチの母ちゃんか。確かにお前老け顔だけどさ」
「貴女にだけは言われたくないわ。20前半なのにオッサンみたいな生活しているくせに」
「でも梢子ちゃん肌もっちもちだもんなー。ノエルもそう思うよなー?」
『しょーこちゃんもっちもち!」
イエーイと言いながらハイタッチをする二人を見てほっと一息ついた。
つい声を荒らげてしまったと反省したが、梢子が上手く処理をしてくれたようだ。片目でウインクしてきたので全部わかっているのだろう。
菊姫梢子は己が欲しいものを全て持っている。
例えば、家を再興できる程の血継魔術。
例えば、家族を傷つけられても絶対にやり返せるぐらいの気概。
例えば、人の輪の中で楽しく笑っていられる気風の良さ。
全て桜子には無いものだ。
魔術に関しては天才だと思っていたが、ただの自惚れだった。
祖父が騙されて家が落ちぶれ始めた時、祖父の味方になってあげる事ができなかった。
人を笑わせたりするのが得意ではない。人前で笑うのも得意ではなかった。愛想笑いが顔に張り付いている。
(私は彼女に、生涯劣等感を抱き続ける……)
気を許せる友達だからこそ、持ってしまった感情がある。それを隠して受け入れて、桜子は何時ものように笑いながら言った。
「流星寮で美顔器とバイブ間違えて使ってた人がもっちもちって言っても滑稽なだけよ」
「うるせぇ! あれはあいつらに騙されたんだよ!」
よほど恥ずかしい思い出だったのか、梢子が珍しく顔を赤くして叫んだ。
彼女と今日の戦いの後、こうしてまた話せるだろうか。
明日からもこんなやり取りを続ける事が出来るだろうか。
隠した嫉妬も、淡い友情も、全てひっくるめてぶつける。桜子は最後に梢子と話せてようやく腹を据えることができた。
メリークリスマス読者の皆様。こんな日にこんな下品な小説読んでていいのか?
でも、面白かったらブクマ評価等お願いします。
友人や異性と一緒に過ごす方、楽しんでくださいね。
クリぼっちの皆様は俺も一緒なので乾杯しましょう。ウイスキー死ぬ程飲みます!




