前科41:童貞と非童貞の溝はマリアナ海溝より深い。
「八代くんって、こういう女の子が好きなの?」
「ちょぉぉっ! その辺は触っちゃダメぇ!」
夕前の流星寮に伊庭八代の悲痛な叫びが響き渡る。
累が持っているのは八代の部屋にあった写真集だ。それもヌード写真。モデルであるセクシー女優のサインまでついている。弁慶は用事があるからと去り、手持無沙汰になった累が八代の部屋の掃除を提案したのだ。勿論八代は拒否をしたが、累は気にも留めない。男やもめの万年床を剥がされ、これ以上見られたくないものを見られるよりは協力した方がマシだと判断して最終的には八代が折れた。全裸の変態でも妹には弱いらしい。
「累ちゃんだって持ってるエロ本家族に見られたら気まずいでしょ? たとえ兄妹だって、その辺の気遣いは大事だよ」
「私がえっちな本を持ってる前提で話をするのやめてくれないかな」
「えっ!? 持ってないの!? 正気?」
「正気だよ! 何で私がおかしいみたいな顔してるの!?」
顔を赤くした累に投げつけられた写真集をさっと受け止める。無駄な反射神経の良さであった。
兄に体術で勝った事のない累は相変わらずだな、と歯噛みする。特に逃げ足が速く、他の兄に二人で悪戯をした時も累を背負いながら恐ろしい速さで逃げていた事も思いだした。
「ああ、もう。──八代くんに怒ってばかりいたらお腹すいちゃったよ」
「食い盛りだもんね」
「ほんっと、八代くんデリカシーない。だからモテないんだよ! 妹に彼女出来たって嘘つくのも恥ずかしいと思わないの?」
「僕に少しでも恥ずかしいなんて気持ちがあったら、あんな事書けないさ」
「すぐ認めないでよ! もういい! ご飯行こ!」
ヤケクソ気味に累はそう言うと支度を始めた。部屋にある鏡で前髪を直し、全体をチェック。
八代はめんどくさそうに海パン一丁の上にアロハシャツを羽織った。もはやツッコまない。そう累は心に決め黙殺した。
「何食べたい? 豚の丸焼きなら寮にあるけど」
「あれも美味しかったんだけどねー。今はイタリアンな気分かな」
「成程。確かF棟の方で魔術科の人達がピザとかパスタ売ってた気がするからそっち行ってみようか」
「うん! ピザ食べたい! ワインも寮にあるんでしょ?」
「累ちゃんはお酒飲んじゃダメだよ。前、虎兄ぃに騙されて飲んだ時すぐ寝ちゃったらしいじゃん」
「うー! ……ちょっとだけでもダメ?」
「ダメです。でも可哀想だから帰ったら僕がノンアルコールカクテル作ってあげるから。今日はそれで我慢しなさい」
「えーっ!? 八代くんそんな事できるの!? 凄い凄い!」
まさかこの兄からカクテルなんてお洒落な単語が出てくるとは思わなかった累は嬉しさと驚きを隠せず八代に抱き着いた。先程前の騒がしい雰囲気は何処へ行ったのか、仲睦まじい兄妹の雰囲気を周囲に構わず発しつつ八代と累は流星寮を出て行く。それを全く良く思わないどころか、殺意だけが膨れ上がっていく面々が居た。──そう、流星寮のバカ軍団である。表向きは笑顔で二人が出ていくのを見送ったが、姿が見えなくなった瞬間、男達の目は人殺しのように鋭くなった。
「あのバカにあんな可愛い妹がいるなんて犯罪だろ!?」
「千ヶ崎さんと同じ学科だけならまだ許せたが、妹までは流石に欲張りが過ぎるな!」
「ちょっと恰好が小奇麗なのも気に入らん。あいつは服を着ないが通常運転だろうが!」
男達は全員この寮では一番自分がマシな人間で、他の人間は知能が猿以下のカスだと思っていた。
その中でも最悪のカス男が可愛い妹にあんなにべたべたくっつかれて懐かれている。彼らの常識ではあってはならないし、許せる光景ではなかった。だが、それでも彼らはまだ行動には移さない。それ以上の使命があるからだ。
「アイツは死ぬまでヤれもしない妹とイチャイチャしてればいいんだ。その間に──俺達は一歩先へ行くぞぉ!」
「違いねぇ! 田所、金はどれぐらい集まったんだ?」
寮の一角でひたすら売り上げの計算をしていた田所に全員の視線が集中した。
大学生には十分すぎるぐらいの札束がそこにはあった。貧乏学生である彼らからすれば暴動が起きてもおかしくないぐらいの金額がそこにある。だが、男達は理性的であった。全ては──服が透けて見える眼鏡の為。男達の心は一つに纏まっていた。
「九十五万と九千七百円だな。……皆、本当によくやってくれた。ありがとう!」
「泣くなよ田所ぉ! お前だって賭け麻雀で最初負けた時、家宝にしてた女優の使用済み下着持ってかれちまったじゃねぇか!」
「そういう斎藤だって、殴られ屋やりすぎて顔ボッコボコじゃねぇかよ……!」
「山崎なんて桜子先輩に告ってフラれるわ、美鈴に脱臼させられるわで金稼げなかったけど、AV全部売って金作ってきてくれたよな!」
「三年の先輩方も酒の密売に、朝から晩までカステラ作ったりカレー作ったりお疲れっした!」
「俺達って、本当に宇宙一の大バカ野郎だぜえええええええええっ!!」
飲んでいた酒を投げ捨て、男達は全裸で抱き合って泣いた。それはもう顔をべしょべしょにして泣いた。女子の裸が見たい。それだけの理由で多くのモノを犠牲にしてきたのだ。
そして男達は旅立つ。最終決戦の地へと──。
●
日も暮れた後の東魔大の外れ。
研究棟が多く並ぶ広大な森の中では、半裸の男達が移動しながら戦っていた。
「水を粘液に変える魔術」
「物体を爆破する魔術」
無論、流星寮の面々である。複数の男達に囲まれ攻撃されていたが彼らの進撃は止まらない。
魔導力科の主催する裏オークションへの参加は毎年非常に困難だ。
学内の口の堅い変態達を中心に入場パスの売買が行われ、複数の謎を解いた先にオークション会場があるのだ。だがその一方で風紀委員の妨害や、パスを狙う他の生徒達にこうして狙われるハメにもなっている。
「山崎。──突っ切れ!」
爆発四散するオナホ群を横目に、大量に精製された粘液の上をすべりながらマッチョの山崎の体が膨れ上がった。人間離れした怪力を山崎は男達をちぎっては投げ飛ばし、時にはラリアットの一撃で意識を断ち切っていた。同時、背後から狙撃魔術を展開していた男に気づく。その時には既に術者目掛けてディルドミサイルが迫った後に炸裂した。
「ナイスです。山田先輩」
「このままキメるヨッ!」
ディルドミサイルを放ち終えた山田は次いで勢いよく電マを地面に叩きつけた。地面がひび割れ、大きく震え始める。
「ぐああああああああああああ!?」
「体が……っ! 動かなっ!?」
魔術によって増幅された振動が襲撃者達を襲い動きが止まる。見た目こそ最悪だが高度な魔術だった。その隙をついて田所が周囲に溢れかえっているローションに魔術印を付与していく。
「──形状変更。──空間固定。──一斉掃射!」
小さな水の弾と化したローションが凄まじい勢いで襲撃者達を吹き飛ばしていく。
嵐のようなローションの塊をくらっては流石の成人男性でもひとたまりもない。このまま戦闘が終わるかと思いきや、田所は再びローションを操り巨大な壁を展開。皆を守るように展開されたローションの壁に捕縛魔術の光輪が突き刺さっていく。
「風紀委員かっ! しぶてぇっ!」
襲撃者達よりも風紀委員の方が遥かに手強い。相手は四人程ではあるが流星寮の面々の放った魔術を全部避け切ったのだ。その内の一人が大規模魔術の展開を始めた。出来かけの魔術印で判断。──雷雨を降らせる魔術だと齊藤が気づいた。
「桃色の煙を出す魔術」
桃色の煙が周囲を包み込むと同時に凄まじい数の雷が流星寮の面々目掛けて降り注いだ。
男達の悲鳴が聞こえ風紀委員の面々に笑みが浮かぶ。学内でも最悪の問題児たちの集いだ。彼らの動きを抑えれば大分仕事が楽になる。やがて、煙が晴れて全員を捕縛すべくゆっくりと風紀委員達が近づいて行くと違和感に気づいた。
「人形……?」
「嫌ぁ! あれってもしかして──」
「畜生! ダッチワイフだ! 身代わり魔術まで使えるのかよ!」
風紀委員が毒づきながら見た先に、複数のダッチワイフが黒焦げになって転がっていた。
二つの魔術印を展開し、両方に流し切った瞬間お互いの位置を入れ替える高等な魔術だ。あの瞬間だけで全員がこれ程の魔術が使えるという事実が恐ろしかった。普通なら防御魔術を展開するのがセオリーだが、流星寮の面々はその発想を超えていく。風紀委員達は自信を喪失したようでゆっくりとその場から立ち去っていった。
「行ったか……?」
「おう。そろそろ大丈夫だな」
近くの茂みに転移していた流星寮の面々がのそのそと這い出てきた。
風紀委員が戦意を喪失してくれて助かったと安堵し、全員が高ぶった気持ちを抑えるべく煙草に火をつけた。今夜はかなり取り締まりが厳しいらしかった。手練れの風紀委員が多いし、今でもあちこちから戦闘音が聞こえてくる。そして、犠牲となったダッチワイフに手を合わせ魔術印を展開し、痕跡を完全に消滅させた。
「座標の地点まで後少しだ。気合入れていくぞ」
パスと共に渡された暗号化された地図の謎は既に解析済みだった。
普段勉強しない彼らではあるが、久しぶりに脳みそをフル活用したからか普段より頭が冴えている。
慎重に森の中を足音や息を殺して歩いていくと、森の中に不法投棄されたであろう銅像が放置されている場所に辿り着いた。
「ここで魔力を出して呪文を唱えるらしいな」
そして男達は輪になって銅像を囲むように手を繋ぎ、魔力を放出しながら大きな声で呪文を唱え始めた。
「おっぱい! おっぱい!」
「夢いっぱい!!!!!!」
直後、銅像が青白く輝き始め魔術印が展開されていく。男達の発した魔力がそれに急速に吸い込まれていき、転移魔術が発動した。一瞬視界がブれた後に、広がった景色は巨大なホールだった。暗い大きな空間の奥。ステージ上には屈強な黒服の男達が並んで居る。無事にオークション会場に辿り着けたと安堵するが、他の客も満身創痍のようだ。今回の裏オークションがどれ程警戒されていたかがよくわかる。
「在原だ……」
「何であいつがこんなとこに……」
声がした先、暗闇の中ふらりと現れたのは血継魔術科の在原清春だった。
全身ハイブランドのハーフパンツにシャツ。時計やアクセサリーといった装飾品まで何もかもが高い。それに加えて引き締まった体に端正な顔立ち。天から二物も三物も与えられた流星寮の面々とは比較にならないモテ男である。他の満身創痍の参加者達とは違い、傷や疲労一つ感じさせない。あの包囲網を余裕で突破してきた事が見ただけで分かった。
「よぉ、童貞軍団。八代居ないの?」
「うるせぇ腐れチンポ。あの裏切り者の話はするな」
「腐れはお前らじゃんね。そのまま生涯未使用不良在庫品チンポとしてイカ臭く発酵するしかない運命なんだし」
「ぐぬぬ……!」
在原清春は東魔大で有数のヤリチン男だ。流星寮の面々が「良いな」と思った女子は大抵清春と肉体関係を持っている。そんな現状の中、同じ学科の真央が未だに清春の毒牙にかかっていない点が、彼らが真央を信仰する所以でもある。正に千ヶ崎真央しか勝たんのだ。正論を言われて暴力に走りたかったが、騒ぎを起こすのは不味い。暴力よりも性欲が勝った流星寮の面々は怒りを落ち着け情報収集に入った。
「んで、何しに来たんだよ。ここは童貞達のメッカだ。お前のような非童貞が楽しめるものなんか出品されんぞ」
「昨日ヤった子から聞いたんだけどさ。今年すげー掘り出しもんあるらしいじゃん。ドクター村松の遺品だっけ?」
「それなら服が透けて見える眼鏡だぞ。お前には必要ないだろ」
「いんや。それもあるんだけど、一緒にもう一品見つかったらしいぜ。精力剤なんだってさ。一晩は硬さが落ちないらしい」
「フン。歩く生殖器も堕ちたもんだな。流星寮一日最大七回戦はイケるぞ」
「ナメんなよ童貞共。──オレは、昨日の夜から朝にかけて十回戦だったからな」
「フカすんじゃねぇよ。早漏番長」
「言うんじゃねぇか。自分しかイカした事のねぇ猿共がよぉ」
宇宙一クソな理由で張り合う流星寮の面々と清春はお互いにガンくれあう。
回数だけは引けない。童貞にだってプライドはある。清春もまた回数も何もかも彼らに劣る事はあってはならないというプライドがあった。童貞と非童貞。両者の溝は深く埋まらないまま、裏オークションが始まろうとしていた。
面白かったらブクマ評価等お願いします。
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