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国立大学法人東京魔術大学 ─血継魔術科─  作者: おめがじょん


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39/78

前科39:人生で一番友達作りを頑張るのが、大学一年の七月ぐらいまで。







「おはようございます。良い朝ですね」


 東京魔術大学第三女子寮の一室にて、共同洗面所から帰って来た美鈴はご機嫌な様子でそう挨拶をした。美晴も既に目覚めており、お湯を沸かしている。雑魚寝状態の部屋でノエルだけはすやすやと天使のような顔でまだ寝ていた。人形のように美しい寝姿は思わず同性である二人も息を呑んでしまう程であったが、そんな雑念を振り払って美鈴は部屋の窓を開けた。


「この部屋、眺めも良いんだよ」


 部屋にはちょっとしたベランダもある。

 美晴がマグカップに紅茶を淹れて持ってきてくれたので二人してベランダに出る。五月の少し冷たい朝の風と温かい紅茶が絶妙に合う。ベランダに出ると各寮と大きな池が一望出来た。


「確かにこの景色は良いですね」


「四階に割り当てられた時は大変だなって思ってたけど、この景色ならいいかなって」


 二人してそんな静謐な雰囲気を楽しんでいた時だった。

 バシャバシャといった水しぶきと共に下品な声が響き渡る。見たくはなかったが、流星寮の前で大騒ぎが起き始めたのだ。男達が全裸で池に飛び込み魚がそこに群がり極めつけが、


「女の子になっちゃううううううううううっ!!!!!!」


 下劣な奇声が響き渡った瞬間、ピシャリと窓を閉めて美鈴と美晴は部屋の中へと戻った。折角の良い朝が一瞬で掃き溜めのゴミのような朝に変わってしまい、美鈴はため息しか出てこなかった。


「そ、そろそろノエルちゃんも起こそうか。今のは忘れて」


「ええ、記憶から消しましょう。──ほら、ノエルさん。起きて下さい」


 美鈴にゆさゆさと揺らされてノエルの目が開いた。しばらくぼんやりと空を眺めていたが段々と焦点が合ってきた。


「おはヨう」


 美しい声が響く。若干発言がたどたどしいが透き通るような声だ。こんな声だったらなぁと思わず羨んでしまう程に。基本的に筆談がメインなノエルだが、三人だけの空間となったら急に自分の声で話し始めたのだ。美晴から紅茶を受け取って飲み始めた後、ようやく意識も覚醒してきたようだ。   


「昨日は楽しかったね」


「ええ、ノエルさんがカラオケ大会で優勝してくれたお陰で豪華な晩御飯にありつけました」


「審査員やってた久我先輩、感激して泣いてたもんね……」


「桜子はいちいちクソ大げさなの。美鈴だって、天下一魔道会は中止になったけど腕相撲大会で優勝してたじゃん」


「そうそう! 決勝で山崎先輩の腕が変な方向に曲がっちゃって大騒ぎだったもんね。二人とも本当に凄かった……」


「美晴さんも凄かったですよ。──私とノエルさん、ゲームで完敗だったじゃないですか」


 昨晩、裏五月祭を存分に楽しんだ後は美晴の部屋へとなだれ込んだ。

 三人で共同浴場に入って喋った後は、美晴の持っていたパーティーゲームを夜遅くまで楽しんだのだ。美晴の強さに美鈴とノエルは徒党を組んで戦ったが、それでようやく勝負になるといったところだった。

 

「今晩またやろう。りべんじ」


 ノエルがそう言うと美晴はそれを嬉しく思った。また一緒に遊べるのが楽しみで仕方がない。

 美鈴がブツブツと昨日の敗北の原因と対策を呟き始めたのが怖かったが、それでもこの二人と友達になれて良かったと思っている。


(四年間ずっと仲良くできたら良いな…)


 そんな夢を見たが難しい事はわかっていた。

 美鈴は東魔大で一番有名な血継魔術科の所属で、ノエルもあの声楽魔術は素晴らしかった。同級生はこの二人が中心になるのだろう。住む世界が違う。──そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()という諦めがどこかあった。こんな事をしていられるのは今年だけ。その事実から目を背け美晴は笑顔を崩さずに笑い続けた。 







 朝飯でも食いに行こうとなった三人は寮を出て再び大学構内へと戻った。

 人通りは昨日より少ない。道端で酔いつぶれている集団も多く居た。大抵の生徒が二日酔いに陥っているようだ。それでも元気な学生達の姿も多い。朝から出店が立ち並び、思い思いに商売を始めている。東南アジアの朝市のような光景だった。


『パネェ』


 ノエルが再び文字を空中展開し始めた。やはり人前では自身の声で喋る事はしないようである。

 美鈴と美晴も朝ごはんをどれにしようかと悩む。普通の屋台とは違い、個性的なメニューもかなり多い。一番長蛇の列ができているのは流星寮のキーマカレーだ。先程池に入って魚と戯れていた集団と同一とは思えないが、髪や体の一部は濡れたままだ。三年生を中心とした面子で売り捌いているので、二年生達の姿は見えない。


「伊庭先輩いないね。お世話になったお礼言おうかと思ってたんだけど」


「優しくするとつけあがるので大丈夫ですよ。私から適当に伝えておきます」


「美鈴ちゃんの中で伊庭先輩の立場ってどうなってるの……?」


「近所に住み着いた野良犬みたいなもんです」


 あんまりな評価だったがあの先輩なら仕方ないのかもしれない、と美晴は己を無理やり納得させた。

 気を取り直して朝ごはんを何にしようかと思考を切り替えた。朝からキーマカレーは少しだけ胃に重い。ヘルシーでさっぱりしたものが食べたいなぁなんて考えていると、


「おーい美鈴! こっちこっち!」


 何やらガラの悪そうなギャルに美鈴が絡まれていた。美晴も何度か学内で煙草吸いながら人を殴り倒しているのを見た事がある。

 

「おはようございます。姫先輩」


 相手は梢子だった。胸元を大きく空けたスーツにスラックスといった出立で出店の中で朝から酒を飲んでいる。梢子のブースはトルティーヤを売っているようだったが、離れた場所に店が設置されており、尚且つ店頭で呼び込みしている様子が見受けられない。しかもテントがかなり大きい。調理場の後ろに外から見えないように加工されたもう一つテントが設置されている。


「トルティーヤですか。それにしては、店大き過ぎません?」


「ああ、ウチはデリバリー専門だからね。指名した女の子に運んで貰えるってサービスなのよ。コスプレとかお酌とかもオプションでつけれるしね」


「それ、儲かるんですか?」


「真央が人気だからねぇ。流星寮とか第二男子寮の奴らがこぞって注文してくるもんだから、もう予約締め切ったぐらいよ」


 朝から女衒に近い商売をしているどうしようもない女であった。

 怪しすぎるわ外見が怖いわですっかりと美晴は美鈴の後ろに隠れて近寄れなくなってしまう。そんな態度に梢子が気づいたのか、ニヤリと笑ってノエルと美晴を見据えた。


「何? 美鈴の友達?」


「そうですね。如月ノエルさんと辻本美晴さんです」


「へぇ、美鈴の友達ね。アタシ、菊姫梢子。美鈴の先輩。よろしくね」


 名前も聞いた事があった。東魔大で喧嘩を売ってはいけない危険人物の一人だったと記憶している。

 ぱぱっと奥に一瞬引っ込んだ梢子だが、袋にトルティーヤの詰まったパックを詰めると氷の詰まったプールからもジュースの缶を三本取り出す。


「ほれ、持ってきな。朝ごはんまだなんでしょ?」


「いいんですか?」


「なんだかんだ可愛い後輩だからね。気が向いたら夜にでも飲み来てよ」


「私達未成年なんですけど……」


「大丈夫だって。知らないの? 成人って18歳からじゃん。酒も煙草もそら成人なんだから解禁でしょ」


 滅茶苦茶な理論をさも当然のように語る梢子に三人はげんなりとした顔を作った。

 そのまま再び梢子に礼を言ってその場を立ち去る。梢子も予約の電話が入ってそれなりに忙しそうだったのもある。静かな場所で食べようと相談した三人は、校舎から離れて研究室のある森の方へと足を進めた。


「先程の方が、上海まで逃げて犯罪組織の一員になった先輩です」


「あれ冗談じゃなかったんだね……」


「信じて貰えて嬉しいです」


 ニコリと笑う美鈴だが果たしてそれは笑っていいのかと疑問が湧く美晴であった。

 そうこう話しながら歩いていると美晴の携帯電話が震えた。相手の名前を見て、一瞬躊躇してしまい操作しないまま画面を見つめる。やがて、意を決して一度電話をポケットにしまうと、


「ごめんね。二人とも。ゼミの先輩から電話入っちゃったから、先に食べてて」


「……私達もついて行きましょうか? 魔導力科もどんな人が居るのか気になりますし」


『イクよ(^_-)-☆』


 ああ、この二人は何も知らないのだと美晴は理解した。魔導力科がどんな場所なのか。他の学科とどういう関係なのか。だから、巻き込みたくなかった。三人でもう少しだけ五月祭を周りたかったが諦めるしかない。先輩からの電話という事実だけで大体の内容が美晴にはできてしまったのだ。だから、首を振った。


「ううん。魔導力科って上下関係厳しいからいいよ。後でまた連絡するね」


 そういうと一度も振り返る事無く美晴は魔導力科の研究室のある方へと走っていった。振り返らないよう。決意が乱れぬよう前だけを見ながら。





   













 美晴が去った後、ノエルと美鈴は二人並んでベンチに座ってトルティーヤを食べ始めた。

 袋の中には丁寧に缶ジュースまで入っていたが、ただのノンアルコール飲料だったので二人して呆れ果てた顔を作る。


「……乾杯でもします? ノンアルコールですし」


「……ううん。どーせやるなら美晴も一緒がイイ」


「それもそうですね」


 再び人が居なくなったので自分の声でノエルは喋り始めた。

 周りは先程までの喧騒が嘘のような静けさに包まれている。これは色々と聞けるチャンスだと美鈴は感じた。だが、美鈴が質問するよりも先に口を開いたのはノエルだった。


「美鈴。私達、これからも友達でイようね」


「……まぁ、私から縁を切るなんて事はしませんよ。誰かと一緒に遊んで泊まるなんて、本当に子供の頃以来です」


「私も一緒……。桜子が引き取ってくれるまではずっと"街"に閉じ込められてた。友達なんて居なかった」


「ノエルさんにとって久我先輩は恩人なんですね」


「うん。桜子色々な事教えてくれた。家が大変なのに勉強も教えてくれた。だから飛び級で大学にも入れた」


 何時もは何を考えているのかわからないノエルの顔が強張った。悲しそうで、辛そうで、それでいても譲る事はできないといった信念を持ったような表情を浮かべている。


「桜子は私の恩人。──だから、桜子が望む事は何でもシてあげたい。明後日の学科決戦で桜子を勝たせてあげたいの」


「……なるほど」


「美鈴が強いのは知ってル。でも、私も強い。本気で美鈴や伊庭クンを倒しにいく。──それでも、嫌いにならないで欲しイ」


 たどたどしい言葉だが力があった。ノエルは俯き不安そうな顔をしている。

 その横顔を見て美鈴も己の気持ちに気が付いた。ここ数日、大学が前より楽しいと感じる事が多くなった。彼女達と知り合ってから授業の合間に少しだけ会話したり、一緒に学祭を周ったりと。1年前の自分なら考えられない。この平穏を失いたくない。──美鈴も同じ気持ちだったのだ。


「嫌いになんかなりませんよ。正々堂々戦いましょう。そして、終わった後は三人で乾杯しましょうか」


「……うん! 約束!」


 心の底から嬉しそうにノエルが笑った。それにつられて美鈴も笑った。

 だが、すぐにその笑顔も消え真面目な表情へと変わる。


「美晴、遅いね……。やっぱり何カあったのかな?」


「様子おかしかったですもんね。もしや、血継魔術科より最悪な先輩達揃いなんでしょうかね」


「伊庭クン以上は中々居ない」


「確かにそうですね。あんなのが何人も居たら世界のバランスと私の頭もおかしくなりそうです」


「だったら、美晴を迎えに行こウ」


 ノエルがトルティーヤを口に押し込み立ち上がった。美鈴も負けじと頬ばり胃の中へと納める。

 そして二人は、並んで歩くと魔導力科の研究室へと向けて歩き出した。








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