前科33:他人の股間の感触はできれば生涯感じたくない。
二十歳にしては人生経験が豊富だという自負が弁慶にはあった。
代々伊庭家の護衛部隊の家系に生まれ、伊庭家の子と同じような英才教育を受けて育ってきた。魔術師としても八代と共に幾多の死線を乗り越えてきた弁慶だが、今回ばかりは何時ものように上手な対応策が浮かばなかった。"全裸で土下座している男の髪を墨汁で染めている"。この地獄のような事実を目の前の女性にどう説明したものか。──答えは、真っ白。何もでない。
「何これ……?」
「いや、何ってお前。見ればわかるだろ?」
彼女の疑問に八代は心外とばかりにため息をつきながら言葉を吐いた。
わかるわけないだろう。と弁慶は真央の方を見た。一目見てわかる可愛い子だった。血継魔術師というのが信じられない。背も低くなく高くなく、スタイルだって悪くない。男が好きそうな女の子だ。
特筆すべきは、角度的に八代の尻の穴が丸見えであるにも関わらず、目を背けたり嫌悪感をむき出しにしていない事だった。物心ついた時から一緒の自分だって嫌なのに──と何だかもやっとしてしまう。
「──成程。ワケあって髪染めてるわけね。ちゃんと黒染め使いなさい。ただでさえ金なんだから余計痛むよ」
(──通じた!?)
まさか通じるとは思わなかった弁慶は珍しく驚いたような表情を出した。
千ヶ崎真央恐るべし、と評価を改める弁慶。ただし、八代と通じてしまうバカなのだろうと評価に下方修正が入った。そうこうしている内に大まかには染め終わったので、すっと立ち上がる。
「では八代様。参りましょうか。──今回の件、当主様にはまだ知れてませんので迅速な解決が求められます」
「あのおっさん。累ちゃん大好きだから何しでかすかわからんからな」
「え、何? 何かトラブったの?」
「──申し訳ございません。伊庭家内部の話ですので。詮索はご容赦の程お願い致します」
恭しく頭を下げた弁慶だが、真央はカチンと来た。
表向きは丁寧だが、弁慶の態度や目つきが言っている。──部外者はすっこんでいろと。八代は自分の家の問題に平気な顔してつっこんで来たくせに、この態度はどうなのかと真央は横目で八代を睨んだ。
「ねぇ、八代。それ、あたしにも言えないような事なの?」
「いや? 別にそんな──」
「──八代様には良くても私達にはダメなのです!」
「別に八代が良いって言うならいいんじゃないですか? おねーさん。八代の何なんです? 伊庭家って八代を勘当した筈ですよね?」
「ただの"幼馴染"兼護衛です。こんな全裸のバカでも伊庭家の人間ですからね。誰かが面倒見なきゃならないのですよ」
「へぇ。護衛にしては随分と業務熱心なんですね。普通、全裸の金髪男の頭に墨汁塗りたくります? あたしだったら恥ずかしくて死にますけど」
「一応時給750円発生してますのでね。そういう貴女もそんなに着飾ってどうしてここに? もしかして八代様とお付き合いされてるのですか?」
「ないない。地球が滅ぶとしてもない。それ普通に名誉棄損だから。八代の護衛ならあたしとの関係よく見てる筈でしょ? ちゃんと業務に集中してればわかると思うんですけど」
「全くもってわかりかねます。普通の女の子は、いやらしい下心でもない限りそんなに着飾って男の前に現れませんから。男の趣味が悪すぎるので考え直した方がよろしいかと」
「ねぇねぇ! 二人の言い争いなのに、どうして僕の心もついでに傷つけようとするの!?」
八代の悲痛な抗議は、「うるせぇ黙ってろ」と言わんばかりの目で弁慶と真央に睨まれて終わった。
すると外から男達の野太い叫び声が聞こえた。慌てて八代が部屋の窓を開けると、
「敵襲ぅ──っ!!!!!!!!!」
再び野太い声が響き渡り、流星寮に大量の魔術印が展開された。腐っても東魔大に合格した選りすぐりの猛者だ。寮が一つの城塞と化した。しかし、彼らに余裕の色はない。流星寮に向かい、ゆっくりと歩いてくるのは"東魔大最強"織田清麻呂だ。既に血継魔術は発動されており、右手には拳銃が握られている。
「まず、服を着ろ!」
「我々の神事を邪魔するなァ──ッ! この国には信教の自由があるのだ!」
「そうだそうだ! 基本的人権?の侵害だァ!」
「疑問符を浮かべながら喋るな! これより、公然わいせつ罪の罪により貴様らに私刑を科す! 異論は認めん!」
清麻呂が魔銃の引き金を引く。圧縮された魔術が弾丸として銃口から放たれる。
一発で無数に張った防御魔術が破壊され、あまりの威力に流星寮の面々も苦々しい表情を作る。普通の拳銃と違って弾が視認できる速度なのが唯一の救いだ。
「ぶっ殺せえええええ!!!」
寮から無数のディルドが清麻呂目掛けて放たれた。走りながら清麻呂は器用にそれをかわし、回避できない分は魔銃によって撃ち落とされていく。時折拳銃に魔術印が纏わりつき、弾丸となる魔術が装填されている。魔力量も魔術印の展開の速さでも清麻呂は東魔大トップクラスだ。ほぼ無限に近く、装填動作も無しに高威力に変換された魔術をぶっ放して続ける事ができる点が最強と言われる所以でもある。
「やっぱ強ぇ……っ!」
「八代ぉ! 何とかしてくれぇ!」
支配の魔剣を構えた八代だが、妹に感づかれる可能性がある為能力の開放を躊躇してしまう。
彼女の魔剣は清麻呂のような魔術師に対して滅法強いので学内に居るのが事実で、血継魔術を発動していればほぼ勝ちだという確信が八代にはあった。しかし現在全裸なのは非常に不味い。軽蔑されかねない格好だ。家族の中で唯一八代に好意的に接してくれるので、嫌われたら生きていけない自信すらある八代であった。
「仕方ねぇ……! 全員、投影魔術の準備をしてくれ!」
支配の魔剣の展開を辞めると、八代は窓から飛び降りて地面に着地。清麻呂の前に腕を組んで立つ。
「服を着ろ……と言いたい所だが、その髪色で服着たら誰だかわからなくなるな。お前はいいや。全裸を許可する」
「まさかの全裸許可出ちゃったよ!?」
「とりあえず、女子寮からクレームが来ている。お前らは見せしめだ。夜中には解放してやるから大人しく捕まれ」
「嫌です」
「そう言うと思ったよ」
清麻呂が容赦なく八代に銃口を向けた。だが、八代が展開したのは魔術印。全身をすっぽり覆うような魔術印に驚いたのは一瞬。魔銃ならば大体の防御魔術は貫通できるので引き金に力を込めた──が、引けなかった。何時の間にか八代の姿が全裸の女性に変わっていたからだ。
「そういう事か!」
八代の意図を察した流星寮の面々も全てを察して魔術印を展開した。何せ親の顔より多く見た好きなセクシー女優の裸だ。各々穴が開くほど見た映像の記憶を魔術印を通して投影し、前面だけはスタイルの良いお姉さんとなった。
「貴様らぁぁぁぁっ!」
清麻呂が吼えたが顔を真っ赤にして目を背けている。織田清麻呂は強い。タイマンで勝てる人間等本当に数少ない。賄賂も効かない。ハニートラップもクールぶって異性に興味がないフリをするので効かない。唯一効くのが、直接的な異性の裸だった。まともな恋愛経験のない中学生男子のまま大学を卒業しようとしている清麻呂にとって今の現状は天国でもあり地獄でもあった。
「マロちゃーん! 抱いて!」
「嫌よ嫌よあたしからよー!」
「こっちの方が気持ちいいわよー!」
清麻呂に殺到する流星寮の面々。外見は綺麗なお姉さんだがあくまで投影魔術であるので音声は野太い男のままである。更に最悪な事に感触も男のままである。清麻呂の視覚の上では巨乳だがやたら肌触りがゴツゴツしている。唯一柔らかい部分は下半身の陰部だけである。それが複数当たるその気持ち悪さたるや、想像を絶する程であった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
清麻呂が振りほどこうとするが男達は離れない。東魔大最強もこうなっては形無しだった。
二階の窓から状況を伺っていた真央と弁慶も目を背けてしまう程の地獄絵図がしばし繰り返されていると、
「おい!!! な、何か硬いものも当たってきたぞおおお!!!!!!」
清麻呂の絶叫と同時、空に向かって魔銃の引き金が引かれた。
錯乱した結果、引き金を引いてしまったのだ。普通の拳銃なら何の異変もない。だが、清麻呂の魔銃は違う。弾丸の軌道も全て清麻呂の意思通りに動くのだ。
「あ」
「これ──」
「ヤバっ!?」
撃ちだされた魔術の弾丸は一度空中で向きを変え、全裸の男達目掛けて降り注ぎ、大きな爆発が起きた。
●
寮の方から大きな光が上がった後に、爆音が轟いて西園寺美鈴は大体何が起きたのか予想がついた。
どうせ流星寮が何かやらかして事件が起きたに違いないと、真央と清麻呂が寮に向かって歩いているのを見た時点で予想がついていた。血継魔術師が二人揃えば要らぬトラブルが起きるというのはここ一ヵ月でよく学んだ。この人達とは距離をとった方が良いという事も。
「さて……」
美晴とノエルとは一旦別れた。彼女達も各寮の付き合いや、研究室に顔を出すらしく20時にもう一度集合するという形になった。次の月曜まで学校を出る事が出来ないので、着替えやら日用品を準備しておかなければならない。寝床は美晴の寮かノエルの研究室に間借りする予定であった。基本的にカード決済が主流なため、美鈴の手持ちの現金はあまり多くない。お金を稼ぐ必要があるので、こうして一人大学内をフラついている。
(賭け麻雀でもないかな……)
流星寮で鍛え上げられた麻雀の腕には自信があった。基本脱衣麻雀なので身を守る為必死に覚えた事を思い出す。見渡す限り各所で脱法行為が行われていた。そこら中で酒が平気で売られており、視界の七割近くで宴会が行われている。グラウンドではバイクが爆音を上げて走り回り、レースが行われているようだった。人が面白いように吹き飛び、医療魔術科の人間が治療に当たっていた。治療費をせびられている生徒達の悲鳴をBGMに歩いていると、ひと際大きなステージが作られている事に気づいた。
「天下一魔道会……?」
雑に建てかけられた看板を見ると格闘技大会のようなものらしい。しばし美鈴が眺めているとスタッフらしき生徒が話しかけてきた。
「君、血継魔術科の一年生だよね? 参加はできるけど、血継魔術科は悪いけど血継魔術使った時点で失格になっちゃうんだ」
「成程。まぁ、ルールがないとうちの学科が優勝しちゃいますもんね」
「優勝候補が全員血継魔術科だと賭けが盛り上がらなくてなー。1人や2人なら全然良いんだけどさ。どうする?」
「これといってやる事もないので参加します。賞金十万円は即日手渡しでしょうか?」
「うん。表彰式で渡すから安心してくれ」
促されるままに受付用紙に美鈴が自分の名前を書いていると、背後から視線を感じた。
どこかで見た事のある女の子だった。黒スキニーに七分袖のぶかっとしたシャツ。イメージが少し違うと考えていると、
「あ。じゃがバター屋のお姉さんだ」
「あの時の……」
店番をやっている時にいきなり威嚇してきた女子高生だった。
制服を着てた時は清楚な感じがしていたが、私服というだけで随分とイメージが変わったように美鈴は感じた。美鈴の横にさっと近づき、受付用紙にさらりと「ルイ」という名前だけ書いた。ハーフみたいな名前だなと感想を持った。受付の生徒に軽く会釈してその場を離れようとすると、ルイと書いた少女は美鈴の横に再び並んだ。
「お姉さんも出るんですね。かなり強そうだから当たるの楽しみです」
「はぁ……。というか、貴女。正気ですか? 結界で封鎖されちゃったから暫く大学から出れませんよ?」
「ええ、そうみたいですね。でも良いんです。どうせ家出してきた身なので、かえって閉鎖されてた方が見つからなくて都合が良いですもん」
「はぁ……。誰か頼りに出来る方とかいらっしゃるんですか?」
「ええ、元々兄に会いにこの大学に来たんですよ。今晩は、兄のお部屋に泊めて貰おうかなと思ってるんです」
「お兄様がいらっしゃるんですね。それなら安心しました」
「兄と会うの数年ぶりなので楽しみなんですよ。──ちょっと、確認しなきゃならない事もできましたけどね」
手に持った天下一魔道会のチラシを一瞬睨みつけるようにルイは見た。その目には高校生とは思えない激しい怒りと、冷たい輝きが同居していた。
最近更新が遅くて申し訳ございません。
現在作者の肝臓が限界を迎えて治療中でございます。
この一ヵ月程改善に向けて努力してきましたが、3月末の検診で結果がでないと
かなり危うい為3月は東魔大の更新が行えません。
また4月上旬ぐらいに元気になったら投稿を始めますのでよろしくお願いいたします。




