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国立大学法人東京魔術大学 ─血継魔術科─  作者: おめがじょん


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29/78

前科29:天から与えられた才能が人を幸せにするとは限らない。


 






 母に手を引かれて走るのは嫌いじゃなかった。

 だが全国各地を転々とし、一旦生活が落ち着いたと思うと追手が現れてはまだ逃亡を繰り返す日々も数年続けば疲れも溜まる。原因は全て自分の才能にあると少年は理解していた。そして、母がそろそろ壊れてしまうのも時間の問題だと少年は気づいていた。

 

「大丈夫? お腹すいてない?」


「大丈夫」


 仕事も転々としているのでお金がない。

 数少ない食料を母は息子に優先的に与え、体はやせ細り針金のように細い。それを少年自身も感づいている、今回も追手に追われて閉鎖された工場に逃げ込んでいる。母は、息子に身を守る武器としてカッターナイフを渡すと頭を撫でた。息子に頬ずりするように顔をつけ、小さな声で囁く。


「お母さんが時間を稼ぐから逃げなさい。夜になったら朝行った場所に集合よ」


 囲まれてる事はわかっている。相手が手練れの魔術師を連れてきた事も。

 何とか時間を稼いで逃げ延びるしかない。そう判断し、名残惜しむように母は息子から手を離した。別れの時間がやってきたと、少年は決意した。踵を返して逃げるかと思いきや、ゆっくりと歩いて追手の男達へと向かっていく。


「ねぇ! 何やってるの!?」


 直後、男達が飛び出して動揺した母の動きを抑えつける。半狂乱で抵抗を試みるが男達の腕力の前には無意味だった。少年は母に泣いてる姿が見えぬよう、背を向けたまま交渉を持ち掛けた男の前へと立った。


「これで、お母さんの命は助けてくれるんですよね?」


「ああ、約束しよう」


「あと、お母さんからオレの記憶を消してくれるんですよね」


「それも承知している。だから、魔術師を連れてきた」


 聡い少年は理解していた。追手は強大な一族であると。このまま逃げ続けても母が消耗していく一方だと。自分の存在が母を苦しめている事は痛いほどわかっていた。そして、母はどんな事が起きても自分の事を見捨てないだろうという事も。


(これ以上、お母さんに迷惑をかけたくないから……)


 自分さえいなければ。何度思ったか少年にはわからない。

 だからここで全てを忘れて貰う。二度と母と会えなくなってしまっても、生きていてくれた方が少年には嬉しかった。前に男達に捕まりかけた際、交渉を持ち掛けられ、本日が決行日だった。母が泣き叫びながら自分の名前を呼んでいるのが聞こえる。だが、それでも振り向かないと決めた。


「約束を破ったら、殺してやる」


 カッターで己の掌を裂き、血を流す。十歳とは思えない殺意を目に宿らせ、男を脅す。何時でも血継魔術を発動できると。子供とは思えないその迫力にその場に居た誰もが息を呑む。その後で涙を拭いて、最後に少年は母の姿を見た。無理矢理口を上げて笑う。泣き叫ぶ母にせめて最後の姿ぐらい笑った顔でいようと決意して言葉を絞り出した。


「お母さん。元気でいてね」


 それが、少年の最後に母と会話した記憶になった。





















「貴様ら、そこに正座しろ」


 天気の良い五月の日だった。

 窓から吹き込む穏やかな風が気持ちいい東京魔術大学血継魔術科の研究室では、嘉納の前で生徒達が神妙な面持ちで正座している。時刻は朝八時。普段この時間に目覚めている彼らがきちんと身支度を整えて大学構内に居る事は本当に珍しかった。


「あたしもですか?」


「真央もだ」


 研究室内には美鈴と清春と統志郎を除く面子が揃っており、真央がこの面子に加えられるのは不服とばかりに手を上げた。ここ最近悪い事をした記憶もないし、飲みに行く金もないので大人しくしていた筈なのにと首を傾げる。清麻呂も不服そうだったが、最上級生という事もありよく管理不行き届きで呼び出されるのも慣れていたので滅多に反抗はしない。

 梢子と八代は呼び出されて正座なんかは慣れっこであり目を瞑って半分寝ている程であった。


「さて、先日美鈴君からこんな話があった。"魔術科の研究室に移る事ってできますか?"という質問だ」


 そして一呼吸置き、


「──貴様ら、何をした?」


 嘉納の殺意が膨れ上がった。膨大な魔力が全身に集中し体の色を変えていく。──嘉納得意の魔術である魔闘術だ。拳に集中した変質した魔力を前にして「これはただ事ではない」と正座している面々に緊張が走る。流石の八代と梢子も目を覚ましたようだった。


「どうせ姫先輩が原因だろ!? 五月祭で体売らせようとしてたじゃんかよ!」


「人聞き悪い事言わないでよ! キャストよキャスト! お金だってバックつけるつもりだったし、結局断られたもん! 真央が怪しいバイト誘ったのが嫌だったんじゃないの!?」


「怪しくなんかないよ! 知り合いの芸能関係の人が子供っぽい外見のモデル探してるっていうから紹介しただけだもん!」


「それ結局裏AVの撮影で美鈴にキレられてたじゃねーか!」

 

「だからあたしも悪かったなーって思ったから一緒にボコってあげたもん! そういう八代だって、あの後あの人にAV男優にしろやって迫ってたじゃん! 童貞のくせに!」


「ど、どどどど童貞じゃないもん……!」


 あまりに酷い会話だったので嘉納の怒りが更に膨れ上がった。自分の知らない所でまた事件を起こしていた事も頭が痛い。清麻呂は神に祈っている。「どうかこのバカ共に天罰が下りますように」と両手を合わせて。客観視してみれば、この研究室に居たいと思う理由がない事に気づいてしまった。

 

「貴様らのそういう態度が美鈴君を呆れさせたんだな……!」


「いやでも、僕、麻雀教えてあげたりしましたよ!? 今じゃ美鈴も流星寮内最強の一角ですからね!?」


「あたしも化粧品いっぱいあげました! メイクの仕方とかも教えましたよ!?」


「アタシだって小テストのカンペあげたりしたもん! 断られたけど!」


「嘘でもいいから魔術の指導をしたとか言えんのか貴様らは! 清麻呂もなぁ。あれだけ豊富に魔術を使えるんだから、何か一つぐらいあるだろう!?」 


「いえ……。逆に就活で使うESの添削をして貰いました……」


「それ私の仕事じゃないか!? 美鈴君優秀過ぎるだろ!」


 この調子では本当に出て行ってしまうのではないかと嘉納は焦った。血継魔術科史上初の事でもある。そもそも美鈴は歴代の血継魔術師の中でも屈指のまともな感性を持った子である。問題児軍団とよくここまで一緒にやってきたなという同情まであった。酒を飲んで好き放題暴れてを容認してきた自分にも問題があったのかもしれない。そう嘉納は思い直すと、


「全員、五月祭の期間中に美鈴君から尊敬されるような先輩になりなさい。出来なかったら連帯責任で夏休みの合宿を今年は中止とする」


 その言葉に問題児軍団の顔が一瞬で引き締まった。血継魔術科には夏休みに合宿の授業がある。費用は全て大学持ちで豪華な旅館に泊まって遊べるのだ。遊びたい盛りの大学生には大きなアドバンテージなので出席率がとても良い。それが取り上げられてしまうともなれば大きな損失だと判断した四人は一瞬で結託し、大きく頷いた。


「まずは、今日開催される自衛隊との模擬戦で実力を見せつけて来なさい。今年は真央と清春だったな」


「嘉納センセー! 何で僕だけハブられてるんですか!?」


「支配の魔剣はあまりに刺激が強すぎるんだ。私達世代にとっては、あの魔剣に家族を殺された人間が多すぎる」


「じゃあしゃーないですね。大人しくしてまーす」


 八代はその反応が当然であるかのように受け流した。嘉納もまた心が痛む。過去の傷。八代にこんな事を言わなければならないという事含めて。軽口で嘘をついても良かったが、こうみえて八代は聡い子だという事も知っている。本心でぶつかり、絶対に見捨てないという事を嘉納は己に課していた。

 先代の支配の魔剣使いにはそうする事が出来なかったのだ。親友だったのに、と己を殺したくなるほどに怒りが心を燻ぶらせていく。


「八代の出番は学科決戦かな。今年の魔術科は本気で勝ちに来てるらしいから、油断はするなよ」


「そうなんですか? じゃあ、少しだけ楽しみにしています」


 余裕の態度は崩れない。他の面子も同じような反応だ。毎年行われているが、血継魔術科が敗北した事はここ数十年一度もないのだ。それ程までに魔術師としての差が存在している。唯一清麻呂だけが少しだけ警戒するようなそぶりを見せた。


(知っているもんな……)


 かつて一度だけ敗北寸前にまで至った事を嘉納は思い出す。その時、一年生だった清麻呂もその場に居たのだ。相手のチームの面子すら調べようとしない彼らの余裕を頼もしく思う一方、どこかでこの驕りを正す場が欲しいと思う嘉納であった。

 



















 魔術の最高峰、東京魔術大学も年に二回学園祭として一般開放する日がある。

 その中で最大のお祭りと呼ばれるのが、今回行われる五月祭だ。一、二年生が主導となり三、四年は残り少ない学生生活に思いを馳せながらモラトリアムを楽しむ。盛大な開会式の後、大学構内は大盛況に包まれた。将来、国を動かす魔術師達が自慢の魔術を披露し、広い校内の各所ではイベントが多く行われている。来場者は二日間で十万人程だ。既に開催二時間程だが、多くの人で学校内が賑わっていた。数多くの出店に、学生主催のイベント。ここだけ見れば普通の大学祭だ。

 

「やぁ、真央。今日はよろしくね」


「あんたさぁ……。またどっかの女とよろしくやってたの?」


 その中でも異質な場所があった。大きな運動場には所狭しと戦車や自走式迫撃砲がずらりと並んでいる。全て魔導力製の兵器である。それらは遠隔から魔術によって操作され、無人な筈の戦場に千ヶ崎真央と在原清春が並んで立っていた。広々とした運動場は結界魔術によって完全防護され、外部に建てられた見学用スタンドに座る人々を守っている。

 真央の言葉に遅刻したことを悪びれる事もなく清春は笑ったまま答える代わりに、首筋につけられたキスマークを指さした。


「そんなに怒るなよ。──オレは、八代と違ってこういう時は真面目にやるんだから」


 それだけ言うと懐からカッターナイフを取り出し己の掌を刃で裂く。

 血継魔術は発動させる際に血を流していれば良い。八代のように指を噛む人間、美鈴のように専用の指輪に力を込めて血を流す人間。発動速度だけを考えるなら指輪が一番早い。だが、今の清春のように余裕がある際は自分のルーティン通りに血を流す事は少なくない。


「そのルーティン。何か意味があるの?」


「さぁね。ベッドの中でなら教えてやるよ」


「一生言ってな」


「ってか、今日機嫌悪いじゃーん。男に放置された女の子みたいな顔してるよ」


「うわ。そういう目ざといとこ本当にクソ男って感じがする」


 軽口を叩いた後、真央も爪を肌に食い込ませ血を流し血継魔術を発動した。

 それと同時、競技開始のブザーが鳴り響く。自衛隊との模擬戦の開幕の合図だ。一切の躊躇いもなく轟音が鳴り響き戦車や迫撃砲から容赦なく砲弾が発射された。おおよそ人間に使う兵器ではないが、血継魔術師の異常な強さを世間に知らしめるには良い機会なのだ。


「雨降らせてくれない?」


 清春達に着弾する事なく砲弾はあらぬ方向へと逸れ、途中爆発し全くのダメージがない。

 この空間全ての大気のコントロールは既に真央の意のままだ。気流は滅茶苦茶、自然界で存在しえない風の壁が砲弾の攻撃を全て阻んでいた。そして、その直後。戦車が並んで居るエリアのみに酷い雨が降り始めた。だが、無人の戦車なので大した効果はない。そのまま攻撃の第二波を撃ち込もうとした戦車は、突如轟音を立てて宙に舞った。


「ありゃ、少しずれたか」


 地中から勢いよく氷の柱が突き出たのだ。空高く突き上げられた戦車は轟音を立てて地面に叩きつけられると爆発を起こした。次いで、二撃目。三撃目と巨大な氷柱が戦車を玩具のように吹き飛ばしていく。また攻撃を避けようと動き始めた戦車も真央が降らせた部分が次々と凍りついて動けなくなっていた。真央が雨を降らせているので氷の浸食がとても速い。やがて、数分後には全ての兵器が凍りつき機能を完全停止していた。


「ま、こんなもんかな」


 清春がぐっと拳を一度握る。次の瞬間、全ての氷が砕けて粉々の粒子にまで変化した。

 数十億円の兵器も清春の血継魔術の前には紙屑同然である。また、血継魔術が"氷"というのも非常に珍しく日本で最初の例でもある希少な魔術だ。氷の温度も状態も意のままに操る事ができるので、浸食された兵器の電子機器はほぼ使用不可能になり清春はこういった兵器との戦いに滅法強かった。


「そうね。──ま、本当にこんなもんでしょ」


 真央もつまらなさそうにふんとだけ鼻を鳴らした。

 支配の魔剣。天候魔術。そして氷結魔術。この世代が黄金世代とも言われる所以だ。歴代の血継魔術ですらも霞むレベルの強さである。観客席からは称賛と喝采が上がり、清春はそれに軽く手を振って応え、


「凡人にオレ達の何がわかるんだよ」


 真央に聞こえないぐらい小さな声でそう呟いた。







久しぶりの更新です。

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