前科28:言い忘れてたけど、東魔大の最寄駅は市ヶ谷駅なんだよね。
寮がある地域から走る事十分程度。
東魔大における講義が行われる棟達から少し離れた場所には深い木々が生い茂っている。
まるでハイファンタジーのような森の奥で、美鈴達一行は一息ついていた。追手はないようなのでふぅと息をつく。体力のある美鈴は呼吸に少しの乱れがあるぐらいだが、美晴とノエルは肩で息をしていた。
「……ここ、初めて来ましたね」
「血継魔術科はA棟の最上階に研究室がありますからね……。この辺りは魔術科の研究室があるエリアですね……」
普段転移魔術を多用しているのでいまいち美鈴にはわかり辛かったがそういう事だと納得した。
改めてこの大学は広大なのだと実感する。東京都内の景色とは思えないぐらい深い森だ。
『こっちやで』
再びノエルが文字を空中に展開させる。
先程一度だけ声を聴く事が出来たが、本人は基本的に声を出したくないのだと美鈴と美晴は理解した。口調が全く違うので何か変なものの影響を受けているのだと感じる。日本語自体は理解しているが、発音が苦手なのだろうかと予想した。
「血継魔術科以外も、一年から研究室に皆さん所属するんですね……」
「そ、そうですね……。魔導力科は、入学試験の結果で振り分けられた感じです……」
一般の大学では研究室への所属は四年生が多いが東魔大では一年生から参加となっている。学科長の承認さえあれば何時でも変更する事が出来る為、血継魔術科以外ではそれなりに研究室を変える生徒も多い。
「うちの研究室。皆さん穏やかなんですけど何か怖いんですよね……」
「穏やかなのは良いじゃないですか。私の所は、研究室に入れば全裸の男が寝ていますし。この前なんか、香港の犯罪組織の幹部になった先輩が居て先生自ら連れ戻しに行ったんですよ」
「……西園寺さんも冗談とか言うんですね」
「冗談ならどれ程良かった事か……」
美晴にとって常識外過ぎる話しだったらしく信用して貰えなかった美鈴は少しだけショックを受けた。
どうにか信じてほしくて他にもエピソードを話そうとしたが、どれもこれもが今話したものより酷い為、珍しく美鈴は口籠ってしまう。そんなやり取りをしていると目の前に建物が見えた。洋館のような作りで、綺麗に手入れされた庭までついている。
「あら、ノエルじゃない。おかえりなさい」
手入れされた庭の中央にはテーブルとパラソル。
そこに優雅な佇まいの長身の女が座っていた。茶色く長い髪を手で払い、そう声をかけた。ノエルの顔がぱぁっと輝き、女目掛けて飛びつく。少し遅れて美鈴と美晴がテーブルまで辿り着くと、女は二人に座る事を促し、空いたマグに机の上に置いてあったティーポットから紅茶を注ぎ入れた。
「はじめまして。魔術科三年の久我桜子よ。──そちらは血継魔術科の西園寺さんと魔導力科の辻本さんね」
「……知ってるんですね」
「そうね。各学科の有望な一年生のお顔とお名前は覚える事にしてるの」
「流石は久我家の方ですね。ぬかりがない」
久我家という名前と振舞い方で美鈴は久我の素性について粗方の予想をつけていた。魔術貴族の名門一族"だった"家だ。近年事業の失敗と有望な魔術師の排出が上手く行かず表に出てくる事が少なくなってきている一族と記憶している。家同士の付き合い方は美鈴のような有名一族にとっては死活問題だ。落ち目なのか、上り調子なのか。情報は出来るだけ最新且つ正確さが求められている。
「誉め言葉として受け取っておくわね。ノエルとこれからも仲良くしてくれると嬉しいわ」
「……あの、如月さんのご親戚か何かなんですか?」
「親戚ではないのだけれど、ノエルは我が家で面倒を見ているの。身寄りのない子なので、成人するまでだけどね」
「あれだけの声楽魔術です。さぞや久我にとって貴重な力になりますものね」
「そう思われても仕方ないわ。西園寺さんのご自由に解釈してくださって結構よ」
美晴の質問から美鈴の嫌味に繋がり一瞬ピリっとした空気が流れるも美鈴も桜子も笑っていた。
何を言われても平然としている点から見て、久我桜子は名家のボンボンにありがちなバカではないと美鈴は判断していた。探り合いも終えた所で、ふぅと一つため息をついて居住まいを正す。
「失礼な発言をして申し訳ございません。撤回します」
「良いのよ。ノエルが自分から誰かの為に声楽魔術を使うなんて珍しいもの。悪い子じゃないってこちらもわかっているわ」
『美鈴と美晴。パネェからね』
「また変な言葉を覚えて……。ネットで変なサイトばかり見ちゃダメって言ったでしょう」
桜子がため息をつきながらそう言うと甘えるようにノエルは桜子に抱き着いた。傍から見ても仲の良い姉妹にしか見えない。関係はかなり上手く行っているのが見ただけでわかった。美鈴もその光景に毒気を抜かれたのか、紅茶から立ち込める湯気を一度扇いで匂いを嗅いだ。──ダージリンの匂いがした。アルコールではないのだと判断して口に運ぶ。
「嫌ねぇ。毒なんか入ってないわよ」
「いえ。アルコールかどうか判断していただけです。色だけではわからないので」
「研究室にお酒なんてそうそうないわよ。面白い子ね」
「……そうなのですか? 血継魔術科の研究室には逆にアルコールしかないんですけど」
そうまで言って美鈴は自分の常識がズレている事に気づいた。入学時の自分ならこんな事はしなかった筈だと。学校に酒が置いてある時点でおかしいと。流星寮でも水道水以外の飲み物全てがアルコールだった。自分が毒されている事に美鈴は気づき、急に恥ずかしくなってきて顔が赤くなる。
「何であの人達あんなにバカなんですかね!? 私の頭の方が先にイカれるとは思ってもみませんでした!」
「別に、講義中に飲んでいるわけじゃないのでしょう? 終わった後に飲み会なら他の研究室だって──」
「それがゼミ中に飲んでるんですよ! 勝手に"飲酒時における暴発魔術の威力向上について"みたいな研究テーマ作って! 嘉納先生もふざけるなって怒ったんですけど、本当に威力上がったんですよあの人! 先生お可哀想な事にしばらく頭抱えてましたからね! それが免罪符になっちゃって最近じゃ伊庭先輩まで飲んで騒いで裸になってる中、千ヶ崎先輩は織田先輩の面接練習にちょいエロコスプレして付き合ってあげてるんですよ!? よくよく考えてみたら血継魔術科の人達本当に頭おかしいんですよ! 私、何であの空間で真面目に授業受けられてるんですかね!? わかんなくなってきました!」
自分が異常な空間に居ると外野と会話する事でようやく理解した美鈴は愚痴を吐き出すかのように捲し立てた。その圧力は余裕ある桜子すらたじろいでしまう程であった。しばしぷんすかと怒っていた美鈴だが、吐き出したら楽になったらしく紅茶を再び口に含む。
「西園寺さんが異常な空間に居るのはよくわかったわ。──もしよければウチの研究室の見学でもしていかない?」
「……えっ。良いんですか?」
「勿論よ。先生は生憎いらっしゃらないけど、普通の研究室ってこんな所かな、ぐらいは見せる事が出来ると思うわ」
美晴もおどおどとしているが魔術師には興味があるらしく頷いた。
各自飲んでいたマグを持って立ち上がり、研究室の中へ入る。入り口から入ると右手には食堂兼キッチンがあった。流しにマグを置いた後に、奥へと進むと体育館ぐらいのスペースがある。二階は研究室兼住居部分になっているようだ。そのスペースの中央。上半身裸の短髪の男が目を瞑って立っていたが、美鈴達の存在に気づくと急に慌てだして、
「うわっ。こんな格好でごめんな」
すぐに隠れてTシャツを男は着たが美鈴には何を言っているのか理解できなかった。入学して一か月ほど、毎日のように男の半裸やら全裸を見ていた美鈴にとっては、これが普通の反応だと理解できないのだ。
「魔術科の鈴木颯太です。はじめまして」
「颯太君。こちらは血継魔術科の西園寺さんと魔導力科の辻本さんよ。ノエルのお友達なの」
「ノエルの友達か! 同年代の友達できてなかったみたいだから安心したわぁ」
人懐こい犬のような笑みを浮かべた。どこからどう見ても爽やかな好青年だ。美晴なんかは眩しすぎて直視できないようだった。少しだけ顔を赤くしたノエルにバシバシ叩かれて笑いながら逃げている所もまた爽やかだった。爽やか過ぎて美鈴の両目から涙が零れた。
「さ、西園寺さん。泣いてるの?」
「ええ、尊い光景過ぎて……」
「普通じゃないかな……?」
「私の普段見ている景色が最低なだけです。気にしないでください」
美晴が心配そうな目で見てきたが美鈴はハンカチで涙をぬぐった。完全に入る学科を間違えてしまったという気持であった。ノエルとのじゃれあいが終わった後、颯太が先導して研究室内を案内してくれるようだ。だらだらと後に続いて話ながら歩いて行く。
「血継魔術科に比べたら設備が古いし、ボロっちいでしょ?」
「……ああ、ええ。確かに少しお古い感じはしますね」
「──当然よ。国は血継魔術師という強力な人間兵器が欲しいのだもの。お金のかけ所は大事よね」
血継魔術師をどれぐらい保有しているのかという事実は国力の誇示にも繋がる。
魔導力の兵器も普及してきたとはいえ、今でも血継魔術の威力は絶大だ。日本が魔術大国と呼ばれるのも世界有数の血継魔術師を輩出している国だからだ。人口の多い中国やインドにおいても一定数は存在しているが、比率は日本の方が高いのが現実であった。
「ま、魔導力も普及してきましたがやっぱ血継魔術師ですもんね……」
「だから東魔大においてもあんまりお金は回ってこないんだ。まぁ、これはこれで楽しいんだけどさ」
「あのゴミ達に多額の税金がかかっていると考えると、世間に対し申し訳ない気持ちになってきますね」
「でもそれが才能の世界だ。実際戦ってみたって俺達は毎年、血継魔術科に負け続けてるわけだからさ」
「──ああ、学科決戦って奴ですね」
「そうそう。──今年も俺達が出るから、お手合わせできるのを楽しみにしているよ」
ふぅんと美鈴は頷いて颯太を見た。魔力量は美鈴自身と同じぐらいだと先程の訓練で思った。魔術師としては申し分ないレベルだ。それでも血継魔術科を相手にするには足りないのだ。美鈴自身、あの中で自分が一番魔力量が少ないという自覚がある。量だけで言えば梢子と清麻呂が圧倒的だった。八代と真央もかなりの量だがあの二人は桁が違う。それに加え血継魔術というアドバンテージもあるので、負ける理由が言われてみれば思いつかなかった。あまりに単純な理由だったので、美鈴は一つの疑問を口にした。
「それでも何故、我々に挑むんですか?」
美鈴の純粋な疑問だった。あまりにも真っすぐ過ぎて人の心を抉るような言葉だったが、颯太は気にせず笑った。
「──勝ちたい。ただそれだけだよ。お前らに勝ったらカッコいいじゃん」
「私は颯太とは少し違うのだけれど、勝ちたいというゴールは一緒ね」
桜子もそれに少しだけ口を尖らせながら続いた。
美鈴も少しだけその気持ちがわかった。一年戦争の際、清麻呂に敗北した悔しさを覚えている。真央の件で役に立たなかった自分への不甲斐なさを覚えている。二人は何度打ちのめされたのだろうか。ぼんやりとそんな事を思った。打ちのめされたとしても今もこうして立ち向かっている事は恥ずべき事なのだろうか。答えは出てこないまま美鈴は黙って頷いた。自分の中に新しい価値観が生まれたが、それを上手く言葉に出来なかったからだ。
●
研究室の見学も終わり、解散となった。
桜子とノエルは一緒に住んでいるらしく、桜子の訓練が終わるのを待っているとの事だった。美晴はそろそろアルバイトに向かわなければならないらしく、美鈴は襲って来た先輩の事が心配だったので送る事にした。
「いや、いいですよ西園寺さん。……私、駅まで節約の為に歩いて行くから時間かかっちゃう」
「どちらの駅までですか?」
「溜池山王……。そこでお掃除のアルバイトしてるんです」
「私の最寄り駅なので問題ありません。さ、行きましょう」
そう言うと美鈴はスタスタと歩きだしてしまった。西園寺美鈴という子は色々な一面を持っていて面白いな、というのが美晴の感想だった。冷たそうに見えるが実は優しかったり、時には熱弁したりと表情がコロコロ変わる所も面白かった。一日で美鈴の喜怒哀楽の殆どを見たようにも思える。二人で黙々と歩いて行くが大分気まずさは解消されていた。東魔大から歩いて四ツ谷と赤坂見附を超えて溜池山王まで歩くこの道が美晴は好きだったのもある。
「良い道ですね。歩きたくなる気持ちもわかります」
「ですよね!? 私もこの道大好きなんです。最初は交通費浮かす為に歩いてみたんですけど、景色がとても良くて……」
このルートには公園もあり、スポーツをしている人間が道からも見える。途中には大学の運動場もあり同じ学生が楽しそうに野球をしているのも見える事がある。四ツ谷駅を超えた先には迎賓館もあり、寄り道も悪くない。
「これは、濠ですか?」
「弁慶濠っていうみたいです。今度ここで釣りしてみようかなーって思ってるんですよ」
「興味深い……」
美鈴と少しずつではあるが会話も盛り上がってきた。下り坂を下っていくと上には一部復旧した旧首都高が見える。自然と科学の共存のような不思議な景色だ。山梨から上京してきた美晴にとってとても新鮮なものである。そして赤坂見附を超えると、ビル街を抜けてこの悪くない時間もあと少しとなった。
「そろそろ溜池山王ですね。──今日は興味深い道を教えて下さってありがとうございます。楽しかったです」
「え、ええ、いいですよ……。私も、大学入って初めて楽しかったですから……」
「そうですか。まぁ、五月祭でこれからも絡む事が多いと思いますがよろしくお願いします」
「は、はい……。あ、あのもしよければ西園寺さんの……ご連絡先とか……」
「確かにそうですね。では、こちらになります。それと、そんなに畏まる事もないですよ。私はこの喋り方が癖になってますが、如月さんのように接して頂けるとありがたいです」
美鈴が電話番号を登録しながらそうぼやいた。実際、同級生に敬語を使われるのは好きではなかった。溜池山王駅の出口付近で立ち止まり、二人で携帯電話の操作を終えると美鈴は一度手を振り踵を返して歩き始めた。
「では、私はこれで」
「あ、家までどれぐらいなんですか? 遠かったらごめんなさい」
「いえ。そこに見えてます」
美鈴が表情を変えず指さした先には総理官邸があった。何時もバイトに来るたびに大きいなぁと思っていたのでよく覚えている。最初は美鈴が冗談を言っているのかと思っていたが、思い出す。今の総理大臣の名前を。
「あ……も、もしかして西園寺って……」
「ええ。私は孫に当たります。では、アルバイト頑張ってください」
それだけ言うと今度こそ美鈴は振り返らずに歩いて行ってしまった。門の前に立っていた警備員が道を開けるのを見て事実だと認識する。そのまましばらく放心しながら、美晴はぽかんと口を開けて総理官邸を見上げていた。
追記:次回更新は12月末になります。
しばし書きためて一日一話ずつ一挙更新したいと思います。
もしよければブクマ評価等お願いします。
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美玲と美晴の歩いたルートの写真が出てきますので
もしよろしければ試してみて下さい。
個人的には歩いてて楽しいルートでした。




