前科25:稼げます!っていう大学生ほど信用できない生き物はいない。
学生たるもの、勉学が本分である。
国の最高学府。国立大学法人東京魔術大学は遊んでいる学生が非常に多く見受けられるが、一年生は必修が多く顔が死んでいる。語学に加え、一般教養。そして東魔大においてこれから魔術を学んでいく為の基礎内容となる講義もある。ゴールデンウイークが終われば学校も本格的に動き出し、西園寺美鈴も毎日忙しなく学校へと通う日々を送っていた。
「数学の勉強なんかしてる奴初めて見たぞ!? それよりも美鈴、僕はこれから急遽用事が入ったから代返頼めないかな?」
「嫌です」
「お前、足元見やがって……っ! わかった、千円出そう!」
「伊庭八代って名乗るぐらいなら死んだ方がマシです」
「こ、このクソガキ……っ!」
学食で数学の予習をしていた美鈴に、八代が悪い誘いをするが本人は全く乗り気ではない。
悪態をつき、丁度学食に入って来た真央に飛びついて土下座を始めたのを見届けると、美鈴は席を立つ。アホと絡むとロクな事がないと判断し、真央に小さく手を振って挨拶。その後、指輪に魔力を送りこみ数学の講義が行われる棟の前に転移した。
「あれ、美鈴じゃん。おっす」
「おはようございます。菊姫先輩」
美鈴が転移したと同時、梢子も転移したようだった。シャツからネクタイまで真っ黒のスーツ姿だ。どう見ても勉強するような恰好ではない。上海に逃亡し、半泣きで帰って来たと思えば借金返済の為に水商売を始めた梢子であったが、キャストとしては客を五人半殺しにした時点でクビ。現在ではその腕っぷしを買われてバウンサーとして新宿界隈で毎日のように暴れまわる日々を過ごしていた。
「何の授業?」
「数学です」
「──アタシもよ。一緒だ」
「もしかして……」
「そうね……。必修、二年連続で落としてるのよ……」
「よく進級できましたね……」
「嘉納センセーが毎年頭下げてくれてるのと、血継魔術科だから特別枠でねー。今年は美鈴が一緒だから安心だ!」
数学講義は難易度でいえば高校の復習レベルだったと記憶していた。美鈴自身も初回の授業でこのレベルなら問題ないと判断している。梢子は一級品の魔術師であるが、どう見ても数学ができるようには見えない。それどころか、血継魔術科の他の連中も下手すれば同じ授業に居るかもしれないと想像しただけで頭が痛くなってきた。一年生の必修なので人数が多く席は大体一番前に座っている事もあり、特に友達もいない美鈴は数学の授業の面子を全く把握していないのだ。
「もしかして、他の先輩方もいらっしゃるんですか?」
「居ない……! 真央も八代も清春もアタシを置き去りにしたのよ!? 信じらんない!」
「まさか伊庭先輩まで通るとは……」
「美鈴はまだ知らないだろうけど、八代はああみえてパンキョーの成績良いのよ。確か優を取ってたから川にブン投げた思い出あるしね」
「あんなにバカなのに!?」
「そーよ。二年の中じゃ一番真央がバカね。試験ギリギリだったけど、普段の態度が良いから可を貰ってたし」
やっぱ酒飲みながら受講は不味かったかと悪態をつき始めた梢子。カシュッという音がして美鈴が視線をやると、酒の缶の蓋が空いていた。授業前なら本人的に問題がないらしい。迎え酒としてグビグビと一気飲みをキメて缶をゴミ箱に投げ入れた。美鈴はもはや注意する気持ちすらない。二人並んで教室に入ると空気がざわつき視線が向けられる。全裸の変態と居る事が多いので美鈴には慣れっこだったが、梢子は違うらしかった。
「何見てんだ、コラ」
梢子の一言でその場にいた全員が目を逸らした。酒を飲んだ梢子は基本的に機嫌の良い生き物だと美鈴は思っていたのでその態度に違和感を覚える。周りを威嚇するような態度をとる事は珍しい。そして二人並んで席について授業の準備を始めた。筆記用具とノートを取り出す美鈴に対し、梢子は胸ポケットからペンを抜いて机に投げ捨てるだけ。これほどまでに勉学に対して不誠実な人間も居るのかと美鈴は驚嘆した。
「ねぇ、美鈴。そろそろ五月祭ね。参加するの?」
「案内は来てましたね。一年生は、明日、全員集められて役割振られるみたいなので参加するとは思いますが」
「アタシが一年の頃もそうだったなぁ。血継魔術科も"学科決戦"って行事があるから覚えといてね」
「何ですかそれ?」
「外部向けのお披露目会ね。各学科から代表者選出して模擬戦やるの。ウチは人数少ないからほぼ全員参加ね」
「一年戦争の公認版のようなものでしょうか?」
「そうそう。毎年金曜と月曜が五月祭なんだけど、月曜の夕方にやる東魔大最大のお祭りよ」
意外と面白そうなので美鈴も興味が出てきた。ただ、梢子はそちらにはさほど興味がなかったのか、話題がかわった。
「それで、美鈴。間の土日は生徒だけの"自主五月祭"みたいなイベントがあるんだけどさ。綺麗な服着て美味しいお酒沢山飲めるとか楽しそうだと思わない?」
「いえ。私そもそも未成年ですし。着飾るのもそこまで興味はないです」
「あー……そう。じゃあ、めっちゃ良い男とかと遊んでみるのとかどうかなー? やっぱ大学生になったんだし遊ばなきゃねー!」
「男性とのお付き合いも興味ありませんね。それよりも魔術師としてより高みに行けるよう、四年間努力する方が有意義だと思いませんか?」
美鈴としては真面目に答えたつもりだが、梢子は愕然とした表情をした後、ふらふらと教室を出て行った。
そして、それっきり授業が始まっても戻ってくる事はなかった。
(先輩、今期の単位もダメそうですね……)
そして授業が始ると数式を解きながら、美鈴は唇を綻ばせて薄く笑った。
●
「衝撃よ! 美鈴が何言ってんのか意味わかんなかったからさ! 煙草吸いに出たらそのまま放心して欠席になっちゃったの含めて衝撃だったのよ!」
「姫先輩。流石に今年も落単は不味いでしょ」
「うっさい! この裏切り者! 尻軽女!」
「そこまで言う!?」
東京魔術大学第四女子寮の談話室で、菊姫梢子は千ヶ崎真央に文句をぐだぐだと投げかけた。
煙草を口に咥え、眉間に皺を寄せて書類の束を眺める梢子の表情は硬い。五月祭を利用して清麻呂への借金を返済するつもりなのだ。実家の伝手を利用して酒は大量に仕入れた。後はそれに魔術を付加して魔術酒として売る一方、更なる儲けの為に"女"を利用した付加価値もつけたかった。キャストとして他の生徒にも人気である真央を一先ず強制的に雇った。他にも稼ぎたい容姿の良い友人も集めたが人数が少なく、もう少しパンチが欲しい所だった。
西園寺家の令嬢で、特殊な層に人気のありそうな美鈴を雇う算段ではあったが、あの分では首を縦に振りそうもないのが梢子にとって目下最大の悩みであった。
「でも美鈴ちゃん。男の人と一緒にお酒飲むとか好きそうじゃないからねぇ。仕方ないんじゃない?」
「仕方ないじゃねーのよ! こっちは命かかってるんだから!」
「マロ先輩にそんなに脅されたの? ちょっと意外」
「違う……。マロ先輩のおねーさん達もお金出してたらしいのよアレ。帰国した後、あの三姉妹に詰められて踏み倒したら殺すって遠回しに言われた……」
「マロ先輩のお姉さん達怖かったもんねぇ」
「アタシも大概人でなしだとは思うけど、あの姉妹には流石に勝てんわ」
織田清麻呂には三人の姉が居る。清麻呂以外全員血継魔術師ではないが、それでも東魔大を卒業していった優秀な魔術師だ。三姉妹の中に双子が混じっているので、梢子が入学した時には全学年に織田家姉弟が居たのでよく覚えている。全員血継魔術師に匹敵する程強力だったのだ。それでいて自分より性格が悪いのだから尚の事タチが悪かったなんて過去を思い返し笑っていると声がかかった。
「やぁ。姫先輩と真央、久しぶりだね」
女子寮なのに男の声だった。二人が顔を向け声をかけた本人を見ると表情を顰める。人形のような美しい男だ。赤茶色の長い髪にハイブランドの服飾類。イケメンというよりは美少年と呼んだ方がわかりやすい外見だ。
「清春……っ!」
真央が名前を口にする。真央と同じく血継魔術科二年の在原清春だ。最後に会ったのは二月の進級試験以来であり、顔を合わせるのは数か月ぶりとなる。梢子も同じような感じではあったが、特に感慨はないらしく淡々と話を進めていく。
「アンタようやく学校来るようになったのね。"統志郎"にも学校来るように言っといてよ」
「え? 統志郎さんも来てないの? ウける。八代が捕まったのはニュースで見たけどさ。真央の件も見たよ。大変だったね」
するりと移動し真央の横に座る。距離感が近いと感じるが不思議と不快感はない。近くで見ると本当に美しい顔立ちをしていた。肌も化粧もしていないのにとても綺麗な事に嫉妬すら覚える。真央は清春の女癖の悪さを知っているのでときめかないが、流石は東魔大のミスコンで優勝しただけの事はあった。家柄も良い。在原家といえばこの国有数の財閥の一つだ。近年では魔術産業のみならず魔導力分野でも高いシェアを獲得している。その為か、清春の恋人になりたい人間は多い。
真央も一年生の頃、数多くの友人に紹介してくれとせがまれたが、全員清春のセフレになっていた事を思い出す。
「血継魔術科の子は相変わらずガード硬いなぁ。真央の事オトそうと思ってた時期もあるけど、この分じゃ無理そうだ」
「アンタの本性知ってるからでしょ。──それに、アンタはあたしの事嫌いでしょ? 理由は大体想像つくけどね」
「そんな事ないさ。外見は凄く好きだよ」
隣り合ってにこやかに笑っているがお互いが相手を煽るかのような言葉を投げ合っている。
それを傍から見ていて梢子は不思議な関係性だな、とも思う。こんな感じではあるが、そこまで二人とも仲が悪くないのだ。学校でも八代を含めてよく三人で居た事が多かったのを思い出す。まるで相性が合わなさそうな面子ではあるが、それなりに仲良くやっているように見える。
「それよりも清春。何でアンタが女子寮に居るのよ。流星寮と違ってここは男子禁制よ」
「ところがね。今日からオレ、ここに住むんだ。寮長さんの部屋に同棲させて貰う形になるのかな?」
「はぁ? 他の女子だって居るんだよ。無理に決まってるでしょ」
「大丈夫。オレ、この寮に住んでる子とは去年全員寝たから。許可もきちんととったしねー」
第一女子寮に住んでいる人間は三十人程。その全員と関係を結んでいると清春は笑って言ってのけた。この男ならやりかねんと真央と梢子は唾を飲む。下半身の射程圏内も広い。昨年真央が学校に早めに来て勉強をしようと思った際、空き教室で准教授の女性と行為に及んでいたのを覚えている。
「在原清春の女になるってのは意外と価値があるんだよ。金も欲しいものも何だって手に入るし、就職先だって用意してあげられるからさ」
続けてお互い利用し合ってるのさ、と清春はケラケラ笑った。在原家の権力や金を使えば大学生の欲求は大体満たす事が出来る。しかも清春の外見は非常に美しい。一回ぐらいなら、と行為に及んでそのままずるずると関係を断ち切れない友人を見てきた真央はそれが事実だとわかっていた。
「……アンタ今まで何してたわけ?」
「公安の女弄んだら殺されかけたから雲隠れしてた。そしたら嘉納先生がそろそろ学校来なさいって電話してきてね。命狙われてるから行けませんって言ったら示談にしてくれた」
「嘉納先生も頭の悪い生徒を受け持つと大変ね……」
「香港まで迎えに行かせた姫先輩がそれ言っちゃうんだ……」
清春に梢子が香港まで逃げた理由を話してやると腹を抱えて笑い始めた。相当ツボに入ったらしく笑い続けると同時に梢子の顔に青筋が浮かび始めた。このままでは殺人事件が起きかねない気がしてきたので真央はそっと席を離れようとしたが、
「姫先輩。その話オレも一枚噛ませてよ。八代達に裏五月祭何かしよーよって言われたら僻まれて蹴られちゃってさ。暇してたんだよね」
「……アンタが居りゃ女には困らないしね。それよりも八代達も何かしようとしてるわけ? セキュリティやらせようと思ってたんだけど」
「さぁ? 教えてくれなかったし流星寮で何かやるんじゃない?」
「真央も知らない?」
「うん。でも何か最近……何かこうあたしを見る目がちょっと怖い」
「あいつらにとっちゃアンタは女神みたいなもんだからね……」
流星寮の面々も毎年五月祭は酷いバカ騒ぎを繰り広げている。
去年は女装喫茶を開いたが閑古鳥がないた事に激怒し、カップルになりそうな男女の邪魔をしていた事は記憶に新しい。今年もどうせロクな事をしないんだろうなぁという妙な自信だけはあった。そして、今年もロクな目に逢わなさそうだという事も真央は目の前に居る悪党二人を見て確信した。
そして、清春が空いていたグラスに梢子の酒を注ぎ、全員に回しニヤリと笑う。
「それじゃあ今年の"裏五月祭"の成功を祈って、乾杯」
東魔大第二部今回よりスタートです。
よろしくお願いいたします。
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