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国立大学法人東京魔術大学 ─血継魔術科─  作者: おめがじょん


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23/78

前科23:怠惰な日常と栄光の日々が何時か青春という思い出に変わる。











「なぁなぁ、もし千ヶ崎がさ。裸エプロン姿で八代君助けてくれてありがとう! 大好き! 抱いて! って迫ってきたらどうしよう?」


「正気を疑いますね」


 東京魔術大学の付近を歩きながら、八代の都合の良い妄想を聞かされた美鈴は眉一つ動かさずにそう切り捨てた。流星寮を出る直前。八代からかかってきた電話によって呼び出されたのだ。話を聞く限りでは、真央と一緒にお昼でもどうか?という話だった。罪悪感もあるのであまり気は進まなかったが、今日の午後のゼミは休講となったので些か手持無沙汰でもあった。


「そういえば、今日のゼミが休講になった理由ってご存じですか?」


「なんだ。知らねーの? お前らマロ先輩の車ぶっ壊したじゃんな。んで、その報復を恐れた姫先輩がさ。香港まで逃げたまでは知ってる?」


「いえ……。そういえばあれ以降、一度もお会いしてませんね。というか、香港ってまた凄いとこまで逃げましたね……」


「バカだよなぁ。んで、現地で金稼ごうとしてな。何かヤベー奴らとつるみ始めて、国際問題になりかけてるらしくてさ。今日、マロ先輩と嘉納センセーで迎えに行ったんだよ」


「壮絶ですね……」


「あの人、日本語以外喋れないのに凄い適応力だよな。幹部の一員みたいな扱いらしいぜ」

 

 戦い以降姿を見ていないと思っていたが相変わらず全方位で迷惑な人だなと美鈴は思った。

 そもそも、本物の悪党と殺し合いをして誰も彼もがいつも通りというのが段々と腹立たしくなってきた。この密度で入学して一月も経っていない。これから四年間、どうなってしまうのかと不安にすらなってくる。それに加え、歩いている方向が何時もと違う事に美鈴は気づいた。


「千ヶ崎先輩のお家に行くんですよね? 神楽坂は反対方向かと……」


「あいつ、引っ越したんだって。昼前には全部終わるって言ってたから丁度いい時間だな! 今日は飲むぞ!」


 八代の手には6缶一箱に詰められたビールがある。昼間から飲むつもりらしい。

 手土産を持っていく所には感心してしまったが、飲んだらどうせ脱ぐ事が予想されるので美鈴の中の評価が上がる事はない。四月の終わりにしては暑い日だった。こんな日に飲むビールは美味いと大人はよく言うが、美鈴にはそれがまだわからない。額にじんわりと浮かんだ汗をハンカチで拭く。まだカラっとしているので不快感はそこまでなかった。


「伊庭先輩は、あんな事があったっていうのに、いつも通りなんですね」


 美鈴が手も足も出なかった相手を八代は殺したらしい。聞いた話ではそうなっている。

 正当防衛ではあるが、殺人を犯した大学生なんてこの世の中であっても異常だ。美鈴自身もかつては治安の悪い場所で生きていたので危険は多かった。それから時間が少し経ったとしても八代は何時もと変わらずバカだ。流星寮の面々も特に気にした様子すらないのが驚きでもある。


「僕は幼い頃から命を狙われてたからなぁ。大人がよってたかって僕の事殺そうとするんだぜ? もういちいち反応すらしなくなったよ」


「支配の魔剣が原因、という事ですか?」


「そうじゃない? あの魔術師に家族殺された人なんて沢山いるだろうしね。でも、それを僕に八つ当たりしたってしょうがないのにね」


 本人は話しながらケラケラ笑ってはいるが美鈴には笑えなかった。

 どれ程の地獄を見てきたらそんな事を笑い話にできるのだろうかと思う。美鈴自身は母が亡くなってすぐ西園寺家に戻されたので危険からは解放された。八代の過去について美鈴は殆ど知らない。何をどうしたらこんな人間が出来上がるのかいまいち想像すらできなかった。


「マロ先輩とか美鈴とか千ヶ崎みたいな血継魔術師は、大きな家の庇護があったからあまりそういうのにピンとこないのかもね。その方が絶対に良いんだけどさ」


「他の方もそうなんですか?」


「姫先輩も家族狙われたりして、昔はすげぇ荒れてたらしいぜ。後は、僕の同級生の清春って奴もかなり人間性が捻じ曲がってるんだわ」


 ただでさえ歩く核兵器みたいな感じなのにな、と八代がまたケラケラ笑った。

 これ以上は美鈴には踏み込めなかった。八代も続きを特に語る事無くお互い無言で歩いて行く。不思議と、気まずさはなかった。駅からどんどん離れて行き、スマホの地図で位置を確認して「ここだ」と止まった。


「確かに、先輩の自転車がありますね」


 真央は自転車で通学していたのでよく覚えている。高額そうな自転車がぼろい平屋の前に停めてあった。これが真央の新居らしい。正直に言ってしまえば、美鈴がかつて住んでいた団地よりも少しマシといった程度の建物だった。気を取り直して、インターホンを鳴らす。「はーい」と真央の声が聞こえた。戸が開くと、真央の姿が見える。


(──裸エプロンっ!?)


 エプロンをつけた真央の姿が見えた。両手はむき出し、丈が短いエプロンの先には生足が見える。

 馬鹿の妄言が現実になった事が俄かに信じ難い。自分の脳がイカれてしまったのかと美鈴は頭を小突く。──痛い。どうやら現実で正気のようだ。美鈴の視線に気づいたのか、真央が少しだけ顔を赤くして手を振った。


「ああ、ごめんごめん。今日暑かったからさ」


 ひらりと真央がエプロンをめくるとホットパンツにキャミソールが見える。


「そうだな。何の違和感もない」


 その光景にグっときたのか八代が親指を立てて感想を述べたが、その言葉に一瞬で気持ちが醒めたのか真央は冷たい目で八代を見た。


「美鈴ちゃん。ちょっと見張ってて。着替えてくるからさ」


「わかりました」


「何でぇぇぇぇぇっ!?」


 戸が締められ、八代が玄関前で絶叫を上げた。確かにこれはモテる、と美鈴も少しだけ心の中で同情する。同性なのにドキっとしてしまったからだ。一頻り叫んだ後、八代は追いつめられた獣のような目で美鈴を見据え、


「──どけ!」


「嫌です」


 交渉は平行線になる事が二言だけでお互い理解できた。目が据わった八代の手に魔術印が現れる。

 その魔術印から取り出したのは──虹の魔剣。美鈴が全身を引き裂かれた魔剣だ。ずきり、と胸が痛みを思い出す。そこまでして裸が見たいのかと、指輪を食い込ませ美鈴も血継魔術を発動した。だが次の瞬間、八代は虹の魔剣を掲げながら土下座のような態勢をとった。


「──これをやるから、見逃してくれ!」


「……別に欲しくないです」


「伊庭家の家宝だぞっ!? うちの爺ちゃんが使ってた由緒正しい魔剣なんだよ!?」


「おじいさまに謝って下さい!」


 そこまでして真央の着替えを覗きたい心理が理解できなかった。しかし、八代は諦めず土下座を続けている。


「僕だって命をかけて戦ったんだ……! 少しぐらいご褒美があったっていいじゃない……っ!」


「犯罪行為です」


「僕を舐めるなよ美鈴。こっちは、慰謝料と収監は覚悟の上だ!」


「土下座しながら言う台詞じゃないですね」


 そんなやり取りをしていると再び戸が開いた。着替えが終わったジャージ姿の真央がそこに居た。

 高校の頃に着ていたジャージなのか、学校名が入っている。土下座を終えた八代はぶわっと涙を流し始めた。


「ジャージってお前さ……! もっとこうさ……!」


「でもノーブラなんだけどなー」


「──お邪魔します」


 いちいち立ち直りの早い男であった。素早く立ち上がり魔剣をしまい、体の汚れを払うとずかずかと部屋に上がった。呆れ果てた美鈴も真央に促されて部屋へと入る。美鈴の部屋の広さの半分ぐらい平屋だ。通された年季の入った和室と隣にキッチンとまた和室。大人三人で住むには少し手狭に思える。和室の机の上にはホットプレートと大量の餃子が置いてある。200個以上はありそうだった。


「ごめんねー。財産整理したらお金なくなっちゃってさ。今日のとこは、千ヶ崎家特製の餃子で勘弁して」


「ナイスなチョイスだ千ヶ崎! ビール買ってきて正解だったな!」


「あ、ビールも用意しておいたよ。八代のは冷やしておくね」


 八代からビールを受け取るといそいそと真央が冷蔵庫に入れ、そこから冷えた瓶ビールやドリンクを持ってきた。手持無沙汰に立っていた美鈴もオレンジジュースを受け取り、正座してその場に座った。


「我が家の援助、断ったようですね」


「うん。もうお金持ちの家は懲り懲りだよ。……ここね。あたし達が昔住んでた家なんだ。隣の四畳半でさ。いつも三人で寝てたの」


「……そう、ですか。なら私からはもう特に何も言う事はありません」


「本当に色々とありがとうね。──八代と美鈴ちゃん。姫先輩や流星寮の皆のお陰で、ようやくここに帰ってこれた」


 真央が深々と頭を下げた。西園寺と縁を切ってくれるのであればこれからも美鈴としては付き合いやすい。家の意向もあったのでそこまで感謝される事でもないな、と感情を結論付けた。八代は真顔でビールの缶を開けてグラスに注いでいる。感謝のしがいのない連中だな、と自分達の態度を客観的に見て笑ってしまう。そして、八代が真央にビールの入ったグラスを渡していよいよ準備完了となった。


「昼間からお酒ですか。大学生とは良い御身分ですね」


「これぞ大学生の特権だ。──昼間から餃子とビール! こんなに贅沢な事ってあると思うか?」


「確かにそうだよね。あたし達、血継魔術師だなんだって言われたってまだ大学生だもん。昼間から飲んで何が悪い!」


「ま、否定はしませんけどね」


 美鈴が少し呆れたように笑うと八代と真央も笑った。──そして、真央がビールの入ったグラスを掲げ、高らかに宣言した。


「それじゃあ、我々血継魔術科の怠惰な日常と、栄光の日々に! ──乾杯!」










国立大学法人東京魔術大学 ──血継魔術科──

これにて第一部完結です。しばし日常編になります。

これまで応援してくださった方々、ありがとうございました。

評価ブクマ等も面白かったらよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすく面白いです [一言] 第二部も楽しみにしてます
2021/10/16 06:30 たこやきんぐ
[良い点] 八代のアホさが大好き
[良い点] 先日ランキングでこの作品を見かけて一気に読みました。めっちゃ面白かったです。第二部も楽しみにしてます。
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