前科19:カッコいいオッサンは実在するしオタクに優しいギャルもきっと実在する。
魔剣とは魔術によって生み出された剣である。
通常であれば魔術印に魔力を流し込んで精製されるが、血継魔術の場合は少し違う。
術者の血と魔力が結びついた時にそれは精製され、術者がたとえ命を落としても顕現された状態であるなら世に残り続ける。そして現在。最高の魔剣を生み出し続ける"伊庭の魔剣"の中でも傑作と名高い"虹の魔剣"が鮮やかな虹色の光を撒き散らしていた。
「なァにしてくれてんだよッ!」
美鈴がやられた怒りと共に梢子が吼え、地面が震えたと同時、コンクリートの形が槍のように変化し虹色の魔剣を持った男に襲い掛かった。同時、真央も走り出した。二歩踏み込み、指を男目掛けて振った。その軌道上に数瞬後には稲光。轟音と共に雷が男に直撃した。
「──っは」
男は何も動じていない。梢子が作り出したコンクリートの槍も真央の雷さえも何事もなかったかのように立っている。スーツを着た細身の中年の男だ。これだけの攻撃が来たというのに綺麗に分けられた七三の髪に乱れ一つない。風格もある。背丈は真央とさほど変わらないというのに、威圧感が凄まじい。押しつぶされそうな雰囲気の中、男は優しく笑った。
「いや失敬。不愉快な血継魔術を久しぶりに見たものですから。──どうもはじめまして。私、鬼神商会の東京営業所の"課長"と申します」
優しそうな顔とは裏腹に冷たい目で血溜まりに倒れた美鈴を一瞥した。あの出血量は良くないというのは真央と梢子の共通認識ではある。時間を稼いで援軍を待つしかない、そう判断し動き出したのは真央だ。
「姫先輩。美鈴ちゃんをお願い……っ!」
雷が再び男──課長に炸裂した。梢子も走って美鈴に駆け寄る。
「ああ、もう。医療魔術なんかできないってのに! 有坂! ぶっ殺されたくなかったら真央のご両親を避難させとけや!」
「ひっ! ひいいいいいいい!!! わかりましたあああああああ!!!!」
殺害予告を出しながらも、梢子がかけているのは初歩的な魔術だ。血を止める魔術や傷口を塞ぐ魔術といった小学校で習うようなものである。だが暴発魔術によって何倍にも効果が引き上げられ、血が流れ出る勢いが収まった。早く病院に連れて行かなければならないが相手が相手だ。
一方で、真央の雷を難なく避けた課長は魔剣を一度振るう。
「殺したくはないんですけどね」
七色の光が真央を襲う。一つ一つに魔力が込められた帯が周囲を破壊しながら真央へと襲い掛かる。
よくよく観察してみると光一色につき破壊の現象が違う。ある色は燃え、ある色は砕き、またある色は斬り裂いている。これが虹の魔剣の正体か、と真央は大きく風に吹き飛ばされるように飛んで虹をかわした。
「……貴方の目的は何?」
「金、ですよ。愚かな家です。財産の八割近くを投げうってまで貴女を手に入れようだなんて、理解に苦しみます」
「じゃあ、あたしの事見逃してくれます?」
「それは無理ですね。仕事はきちんとこなさなければ」
直後。課長の姿が消えたと真央が認識した時には拳が腹に突き刺さっていた。あまりの威力に言葉がでないまま蹲る。呼吸すら上手くできない。化け物じみたレベルの相手だった。鬼神商会が日本で一番有名なテロ組織だという事は真央も知っているし、八代と一緒に戦った事もある。それでもこの相手はレベルが違い過ぎた。年齢からいって、かつての大戦を生き残った魔術師のようだ。風格も実力も上で、まともにやって勝てる相手ではない。
「温い時代だ……!」
少し苛立たしげに課長が呟く。次の瞬間、高速で何かが課長目掛けて飛んでくるのを視認した。弾丸──否。男性器を模した物体だ。一瞬理解ができずに課長の動きが固まったが、次の瞬間には虹色の光に阻まれて爆発四散する。更に、追撃。一つではない。三つ。四つ。全て魔剣を振って破壊するが、何が起きているのか課長はさっぱり理解ができず、飛んできた方向を向くと若い男の集団が居た。先頭には、黒人の男。
「山田先輩!?」
「真央チャン。お腹大丈夫カナ?」
「やっと来たか……! 遅ぇぞコラ!」
数は十数人程。報告になかった男達だと課長が思った時には再びディルドの嵐がやってきた。懲りないな、と課長が魔剣を振ったが今度は爆発と同時に白い煙が蔓延した。油断した、と魔剣を振って全ての煙を吹き飛ばす。その頃には既にもう真央は距離をとっており、男達──流星寮の面々が真央を守るようにして立っている。
「斎藤! 代わって」
「おうよ。必ず助けてやっからな」
リーゼントの斎藤と梢子が場所を変わった。医療魔術科の斎藤なら適切な処置が出来るからだ。首を二、三度横に動かし臨戦態勢を梢子がとる。
「テメェら、こいつがボスだからな! 真央と一発ヤりたきゃこのオッサンブチ殺すしかねぇぞ!」
「えっ!? 姫先輩何言ってんの!?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
真央の困惑を他所に男達が歓喜の咆哮を上げた。各々得意の魔術を展開しては課長目掛けて攻撃を放つ。
「水を粘液にする魔術」
「水を操る魔術」
絵面の酷い魔術ではあるが、腐っても東京魔術大学の生徒だ。一つ一つの魔術の質は高い。
魔剣に振り払われようとも圧倒的な量の粘液が飛び散り、課長の周囲を満たす。あまりの粘度に流石の課長も動けないようだ。魔剣を振って斬り裂こうにも供給される粘液の量の方が多い。ならば、と虹の光を飛ばそうとするが、
「女の子のお腹、殴っちゃダメ!」
飛び散った車のドアが粘液の海の上を走る。そのドアの上に乗った山田がサーフィンの要領で課長へと迫った。山田の両腕には大サイズのディルドが握られている。ふざけた学生達に流石に課長の苛立ちが増した。斬り殺してやるとばかりに大きく虹の魔剣を振るう。
「──っ!?」
魔剣の一撃が受け止められた。が、すぐにディルドは粉々に砕け山田の体もろとも吹き飛ばされていく。だが、課長のショックの方が大きかった。伊庭の魔剣の中でも最強クラスである虹の魔剣が、一撃とはいえ受け止められたのだ。どれ程の強化魔術をかけていればあれ程の耐久力が出るのか想像もつかない。その虚をついて真央と梢子が魔術を発動させた。天候魔術によって周囲に一瞬大雨が降り注ぎ、
「水を凍らせる魔術」
巨大な魔術印に触れた雨が幾千もの氷柱に変わり、課長目掛けて降り注ぐ。数えるのすら面倒くさい数の氷柱を見てようやく課長は自分が追いつめられている事を認識した。
「だから、大学生は嫌いなんだ」
三十と数年前を思い出した。あの頃も、東京魔術大学は自分たちの前に立ち塞がったのだと。
ふざけている癖に有能。才能のある人間しか存在を許されない特別な世界。そして、戦いに対してどこまでも不誠実だった憎き女の事を思い出した。生まれた殺意と怒りと共に、虹の魔剣にありったけの魔力を送り込む。輝いていた虹が更に激しく発光。何のためらいもなく魔剣の力を解放し、振るう。
「嘘だろ……っ!?」
一振りで流星寮の面々が防御魔術すら斬り裂かれて倒れ伏した。直後に、虹の各色に込められた魔術が発動し周囲を破壊していく。
「魔剣は本来、魔術師を殺すために生まれた魔術ですよ。学校で習いませんでした?」
「筋トレしかしてないのでわからんわ!」
「一般常識ですよ」
マッチョの山崎が課長へと迫る。山崎は身体強化魔術では東魔大でも一目置かれている。
視認するのが難しい程の速さで課長へと迫り、何発もの拳を繰り出すが全て体を逸らされただけで避けられてしまった。
「この温い時代じゃ、この程度でしょう!」
カウンターで一撃山崎の顔面に拳がめり込むと、左拳だけで高速連打が起こり山崎の意識が一瞬で途切れた。地面に倒れ伏した山崎を一瞥もせず、もう一度課長は背後目掛けて魔剣を振った。飛ぶように放たれた斬撃が背後で魔術を発動していた梢子の体を斬り裂く。
「クソがっ──!」
「血継魔術師だって、魔剣に弱いのは例外ではないです」
伊庭の魔剣は魔術すらも斬り裂く。梢子も真央も近接戦に持ち込まれる前に魔術で撃退するのが基本的なスタイルなので相性が悪い。課長は格闘術ですら山崎を子ども扱いだ。斬撃を堪えた梢子に軽くステップを踏んで近づくと回し蹴りを放ち、地面に叩きつけた。そして、最後に立っているのはこれで真央だけになった。
「諦めましょう。茶番は終わりです」
相手の力は圧倒的だ。まさか血継魔術師が三人と仲間達が居て負けるとは思わなかった真央の心に恐怖が生まれる。もう駄目かもしれない、と心が折れそうになるが自分の周りを再び見回して気持ちが変わった。斎藤は懸命に美鈴を治療している。流星寮の面々も何とか立ち上がろうとしていた。誰も彼もが他でもない、自分を助けるために。
「嫌だね。──あたし、諦めが悪い子だったんだ!」
暴風が吹き荒れた。が、すぐに虹の魔剣によって魔術が斬り裂かれた。それでも真央は諦めない。
風の弾丸も、雷も放つが全て避けられ切り伏せられてしまう。
「しつこい!」
蹴りが来た。防御魔術を張り何とか受け止めるが威力が凄まじい。ボールのように真央の体が転がっていき痛みで呼吸ができない。咳込みながらも立ち上がろうとすると、
「別に、両腕必要なわけではないですからね」
課長の魔剣が振るわれた。斬撃の恐怖に目を瞑るが、何時までも痛みはこない。薄目を開けると真央の代わりに、いつの間にか走ってきていた父と母が斬撃を受けていた。血が飛び散り、生暖かい鮮血が真央の顔にかかる。
「お父さん! お母さん! 嫌あああああ!!!」
真央が追いすがろうとするが千ヶ崎貞治はその手を振りほどいた。血を流しても胸に大きな傷がついていても歩みを止めず課長に向かっていく。
「私の娘に、触るな……っ!」
「千ヶ崎さん。困るんですよ。貴方の身柄の引き渡しも条件なのですから」
追いすがる貞治に正面から蹴りをぶち込みながら淡々と課長は説明していく。それでも貞治は諦めない。課長の足にしがみつき動けないようにするが、
「邪魔です」
顔を蹴飛ばし頭を踏みつけ痛みを与える。こんな事をしたところで何も変わらないと課長は呆れ始めた。全ての行為が無駄でしかない。千ヶ崎家がどんなに頑張ったところで自分に勝つのは不可能だという事は課長自身もわかっている。足にすがりついた所で何も変わらない。これだったら頭を使って取引を持ち掛けられた方がまだマシだが、それをしない貞治に怒りすら湧いてきた。
「残念ながら、奥様の身柄は契約に含まれてないんですよね」
虹の魔剣を千ヶ崎真木子に向けた。真央は真木子に寄り添い離れようとしない。それを見て殺せば心が壊れて従うだろうと判断した課長は魔剣を構えた。
「あたし達が何をしたって言うのよ……!」
真央が涙を流しながら課長を睨みつける。その問いに答える義務はなかった。そんな親子を見ていたら、もう一度課長が最も憎んだ女が脳裏に浮かんだ。あの女も子供の為に死んでいったのだったと思い出すと笑みすら零れてきた。
「くだらん愛に、死ね」
虹の魔剣を振り下ろす。──が、振り下ろせない。魔剣が己を拒否していた。暴走状態に陥り、思わず課長は剣を投げ捨てた。
「どこがくだらねぇんだよ。──滅茶苦茶カッコいいじゃねーか!」
声と共に虹の魔剣が吼えるように震えた。勢いよく課長目掛けて吹き飛び防御魔術毎思い切り壁に叩きつけた。嗚呼、とその一撃を受けて課長は喜びと憎しみという二つの感情が同時に出現し、感情に答えが出ないまま鳥肌を立てた。目の前に立つのは、かつて生涯の忠誠を誓った男と同じ能力を持つ男。そして、最も憎んだあの女の子供だったからだ。
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間が空きましたが更新頻度を戻していきたいです。




