前科16:社会人になって仲の良くなかった同級生と仕事で絡むと何か気まずい。
千ヶ崎貞治の夢は叶っていた。
苦労をかけた妻と娘には何不自由ない生活をやっと送らせてあげる事ができ、店の経営も順風満帆。
それが、わずか一回の従業員の失敗でここまでなってしまうとは世の中わからないものであった。
「あなた……」
横に座る妻が貞治の手を握る。ああ、こんな状況であろうとも彼女は逃げないのだとその優しさに安堵した。だから、貞治は守らなくてはならない。この生活を。自分が夢見た現実を。
「何とかするさ……」
手を握り返し、決意を込めた。自分の身を削ってでも必ず何とかしてみせる、と。
そしてふと周囲の景色に目をやる。綺麗なオフィスだ。東京の都心にある駅から五分圏内の一等地。
狭い厨房で鍋を振るっていた時代が懐かしかった。最近は立つ事も少なくなり、各店舗の店長に店を任せて自分は経営戦略を考えているだけだったとふと思う。アルバイトの採用も妻や店舗スタッフに任せきり。そりゃこうなってしまっても自分にも非があるのではないかとも思えてきた。
「失礼します」
挨拶の後、道明寺家の長男が入ってきた。今回の件についての最後の確認だろう。答えはもう貞治の中で決めてあった。道明寺の提案は一つ。「今後も支援を継続する代わりに真央を嫁に欲しい」話を聞く限りでは真央からの提案だったらしい。それだけで今後の支援の継続と従業員の雇用が守られる。道明寺にはこれまでも良くして貰った事もあり悪い話ではなかった。
「お疲れ様です。千ヶ崎さん。お気持ちは決まりましたでしょうか?」
「ええ。今回は、ご迷惑をおかけしました」
深々と頭を下げる。覚悟は決まっている。妻の手をもう一度握り、
「──私は店を畳む事にします。真央の人生を犠牲にしてまで、夢を追う気はありません」
今の状況で手放せばまだ何とかなる試算だった。家も土地も全部失ってしまうが仕方がない。
従業員の再就職先も幾つか見繕ってある。アルバイトの子達には申し訳ないないが出来る限りの協力はするつもりだった。現金はそれなりに残るが真央も成人した事や、東京魔術大学の学費が無料という事もあり卒業までは食いつなげそうだった。
道明寺は一瞬呆気にとられたような顔をしていたが、すぐに笑顔を取り戻した。
「……何となくこうなるような気がしていました」
「大変申し訳ありません。今までお世話になりました」
「ええ。──だったら、最初からこうしていれば良かったです」
道明寺の言葉と共に、部屋に男達が入ってきた。どう見てもカタギではない。スーツを着ているが雰囲気が物々しい。
「千ヶ崎さん。貴方は優秀な経営者です。──どんな手を使ってでも、私は真央君と貴方達が欲しいんですよ」
●
「旧首都高封鎖完了しました」
「対象は高速中央環状線まで誘導完了」
部下からの報告を聞きながら高速道路を走るリムジンの中で伊庭虎之助は一息ようやくついた。
長く黒いスパイラルパーマをかけた髪に刈り上げ。黒のスーツ。あまりお行儀のよくなさそうな格好の男だ。伊庭家の次男として子供の頃より勝者として君臨し、三十を超えた今では伊庭家の事業の大半を取り仕切っているのがこの男だ。
「西園寺さん。感謝しますよ。後はこちらでやります」
「ええ。荒事はそちらの得意分野でしょうし」
その言葉にはどうしようもない諦観とほんの少し滲みでた悔しさを感じた。西園寺家の長男であっても挫折はあるのだな、と心の中で笑う。西園寺家の血継魔術は伊庭家と違って遺伝する確率が非常に低い。伊庭は血継魔術を使えない方が珍しいぐらいなのだ。
通信を終了すると、周囲を走る車に乗車する部下達に最後の指示を飛ばす。
「聞いての通りだ。──道明寺家が鬼神商会と手を組んだ話が証拠と一緒に入ってきた。なら、こちらは全力で潰すまでだ」
鬼神商会──伊庭家の仇敵だ。あの魔術師が作り上げた組織。伊庭家の半数以上の人間が殺害され、多くの魔剣が奪われた。あの事件さえなければ伊庭家がこの国最大の勢力になっていただろうという確信がある。それ故に、あの組織は発見次第必ず潰しにかかってきた。だが、三十年以上経過した今でも潰せていない。尻尾を出すのは手下ばかりで幹部連だけが完全に姿をくらませてしまい、目撃例すらない程だ。
「敵は虹の魔剣を使う部隊だ。──この意味がわかるな? 絶対に殺して取り戻せ」
虹の魔剣は伊庭家のものだったが、奪われてしまった強力な魔剣の一つでもある。一族の悲願でもあった。
「後ァ、どれかの車に千ヶ崎夫婦が乗っている。道明寺は殺しちまっても構わないがそっちは殺すな」
失われた天候魔術を生み出した両親だ。利用価値は十分にある。伊庭家は天候魔術にそれ程の価値を感じていないが他の家は違う。兎にも角にも"失われた魔術"というだけで歴史的な発見である事からどの家も虎視眈々と狙っている。道明寺を潰した所で、また違う家が動くだろう。
そう思うと虎之助も少しは同情的な気分にもなる。協力関係にある西園寺もその筆頭だった。
「それじゃあ、始めようか」
虎之助の言葉と共に伊庭家が動いた。リムジンの近くに居た五台のバンが急加速して1キロ程先を行く道明寺家の車へと近づいて行く。対する道明寺側の車は同じセダンタイプの車種が三台。周囲の変化に気づいていたのか、二台がすぐに下がり迎撃態勢をとった。
直後、車周辺に魔術印が展開し炎や雷やらが吹き荒れた。
「やれ」
言葉と同時魔剣を持った伊庭家の男達がサンルーフから顔を出して魔剣を振ると、炎も雷も全て消し飛んだ。これはちょろそうな相手だなと虎之助がほくそ笑む。だが──
「報告しまーす。初台南の封鎖を突っ切ってバイクが一台侵入してます」
淡々とした声の報告が入った。ああ、と虎之助は気づく。最近護衛部隊に入った新人の声だと。そして、どっと嫌な汗が吹きだした。
「……そのバイク。何色だった?」
「青と白ですね。というか、八代様です」
「──っ!」
何しにきやがったあのバカと毒づく。護衛部隊の女が冷静過ぎるのも含めて怒りが込み上げてきた。
先日、珍しく連絡が来たと思ったら代わりにパーティーに行かせろだのわめきだしたので適当にあしらったら襲撃してきた年の離れた弟だ。こいつらのせいで──と更に怒りに火がつく。長男は自己研鑽にしか興味がない。三男は遊び惚けているくせに虎之助より人望がある。
そして、災厄の魔剣を持った宇宙一アホな四男。最近父親が認知した年の離れた妾の子である長女。どいつもこいつもが好き勝手に生きている所為で虎之助は遊ぶ暇すらないのだ。
「おい、上空けろ」
リムジンのサンルーフが開き、虎之助が顔を出す。
血継魔術を使うなんて久しぶりだな、なんて少し自嘲気味に笑いながら指輪に力を込めた。突起部が肌に食い込み血が流れる。
「防御魔術頼むぜ。すぐ終わるけどよ」
道明寺家のセダンから魔術は効かないと察したのか銃火器による攻撃準備が見える。それこそ愚策だった。防御魔術が強力すぎて昨今の時代では銃火器の効果が著しく低くなっている。まだ鈍器や刃物の方が人を殺傷する能力が高い。
「っふ!」
手を振った瞬間。虎之助の手に魔剣が現れた。銀色の何の変哲もない剣だ。
直後、部下達の防御魔術が展開。銃弾が薄く輝く光の膜にはじき返されていくのを見ながら無造作に剣を振る。直後、目に見えないぐらいの速さで剣身が生き物のように動くと、銃を構えていた男の首を撥ねた。
「久しぶりだからなぁ……っ!」
二人一気に殺る算段ではあったが撥ねた首は一つ。【自在の魔剣】それが虎之助の魔剣の名前だ。
もう一度振る。今度は剣身が五つに別れてそれぞれが独立して対象を襲い始めた。防御魔術や攻撃魔術では弾こうとするが速さも硬度も段違いだ。これが伊庭の魔剣だ。剣を作る魔術もあるが完成度のレベルが違う。そのくせ魔力消費が殆どない。血継魔術の中でも最強に近いと言われるのも当然の出来だ。
「前の車逃がすなよー!」
自在の魔剣が護衛にあたっていた二台の車を無効化した。後は索敵魔術で千ヶ崎夫婦の位置を確かめた後にどうするか考えるだけだ。運転手と道明寺をこの魔剣で殺した後に、重力魔術で釣り上げるか。五台で囲んで止めさせるか。どちらにしようか悩んでいると、
「うわぁお。これが伊庭の魔剣ですかぁー」
何時の間にかリムジンの横にスケボーに乗った女が居た。魔力探知にも引っかかっていない。ただ、そこに居る。それにしたって時速百キロは超えている車にスケボーが並走できるわけがない。風の影響すら全く受けていない。全ての自分に対する障害を魔術で抑え込んでいるのだけは虎之助にもわかった。そして──
「てめぇ──っ! 辻上かっ!?」
「あっ。やっぱ私の事覚えてましたぁー? 伊庭君みたいな上級国民サマに覚えてて貰って光栄ですー」
虎之助は目の前に突然現れた女を知っていた。虎之助が東京魔術大学に通っていた時の同級生だった。あの頃から変わらない気怠げな顔。地味な格好。どこにでも居る垢ぬけていない女性にしか見えないが、この女が殺人犯だという事を知っている。魔術科の二年生だった当時、同じ学科の男女三名を殺して大学から逃亡したまま警察の手からも逃れた女だ。
名前は辻上陽子。──殺された子が当時遊んだ女の一人だから覚えていたのだ。
「ここに居るって事はよぉ……」
「そうです。お察しの通り鬼神商会に入社しましたぁ。大学の時は目立ってましたけど、伊庭の魔剣も大した事ないですねぇ」
「ほざけっ!」
辻上目掛けて剣を振るった。が、当たらない。スケボーが急加速し、それでも追尾した剣身ですらも全て回避された。尋常じゃない運動神経と集中力だ。魔術で強化されているのだろうが、それにしたってまさか避けられるとは思わなかった。
「創作魔術:八咫烏」
辻上の周囲に黒い魔術印が展開。魔術印の中から黒い無数の三本足の鴉が飛び出した。鴉達は周囲を飛び回った後、
「撃ってぇー!」
鴉の口から熱線が照射された。魔剣を操作し、無数の剣身に分けると直撃しそうなものを全て弾き飛ばした。だがあまりに数が多い。五台あった伊庭家の車の内、二台はその熱線を避ける事ができずに爆発した。後の車も回避はしているが、走行できているだけマシだというようなぐらいにはダメージを受けている。尋常じゃない魔術だった。独創性。威力。全てが一般のレベルを超えている。東魔大に在籍していたって、レベルの高すぎる魔術であった。
「クソがっ……!」
伊庭家の魔剣は最強である。だが、上のランクに行けば行くほど自分が井の中の蛙だと思い知らされてきた人生だった。伊庭五兄妹の中で一番魔剣としての格が低いのは虎之助の魔剣だと認めたくはないが知っていた。血継魔術科に在籍した頃も学内最強の魔術師として扱われてきたが、一歩世に出れば辻上のようなバケモノは多く居るのだ。
そんな追いつめられた虎之助の表情を見て、辻上は楽しそうに笑った。
「あの学内で威張りくさってた伊庭君がそんな表情するんだ! めっちゃいいねぇー」
鴉の口が虎之助の方を向いた。その時、
「あれぇー?」
不意に虎之助の魔剣が制御を離れた。それだけではない。伊庭家の車からも無数の魔剣が飛び出した。制御を失って背後で燃えている車からも複数の魔剣が飛び出し、辻上の展開した黒い魔術印を破壊。その数、二十本程。
「来たか……」
忌々しそうに虎之助が呟いたと同時、バイクのエンジン音が聞こえた。甲高く高速で唸るような音。
そのバイクの横には禍々しい黒い魔剣が寄り添うように浮いている。そして、二十本の魔剣達はその魔剣に従うように整列した。
「これが社長様と同じ魔剣……っ!!!!」
それを見て、辻上は子供のように歓喜の声を上げた。
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