前科14:オッサンが集まるとつい昔話が長くなりがち。
東京の街中を一台の古めかしいバイクが走っていた。
今の時代には存在しない250cc四気筒。メーカーが出したものではない青と白のカラーリング。
そんな時代遅れではあるが、高回転高出力の特性を活かして街を駆け抜ける様は現行車が道を空けてしまう程堂々としていた。母がとても大事にしていたと言われるこのバイクは唯一八代が貰えた形見だ。軽くて乗りやすくパワーも都内では申し分ない。
「おっ。やっと来たか」
バイクを取り回し目的地に向かっていた所、ハンドルバーに取り付けたスマホに着信。インカムで応答すると相手は真央だった。何度も電話していたが出てくれなかったので、「出ないと毎日僕のキス顔写真送るぞ」とメッセージを送ったのが功を奏したようだった。
「よぉ、千ヶ崎。大学辞めるんだって? 嘉納せんせーから聞いたよ」
「あー……。うん。道明寺さんちの研究グループに来ないかって誘われてね。海外行けるチャンスだしまぁ、いいかなって」
「回りくどい話はやめようぜ。道明寺家に嫁入りだろ? 大方、親父さん達の会社の件で。──っていうか今気づいたけど僕のバイト先ヤバいじゃん!? あそこの収入なくなるときっついんだけど!」
「それは大丈夫。道明寺さんちが支援してくれるから。お店の名前は変わるかもしれないけど、店は畳む事はなさそうって聞いたし」
真央の声は淡々としている。いつものように明るくケロっとした感じもなく、ただただ事実を述べるだけのような感じだ。その声の感じから大体察した八代は、
「お前、全部知ってて受け入れるんだな。あいつらがバイトに手ぇ回して炎上させた事も。ご両親の弱みにつけこんでいる事も全部、受け入れるんだ?」
「……証拠はないでしょ。あんたのいつもの被害妄想みたいなもんじゃん」
「そう言われればそうだな。でも、そうじゃないって証拠もない。──つーか、何だよお前のそのテンション。結婚するならもう少し幸せそうに僕に報告してみろ! あたし幸せの絶頂です! あんたも良い人見つかるよとかいつもみたいに煽ってみろよ!」
言葉が荒くなっていくのを感じた。八代の言葉に何かを感じたのか真央も少しだけ語気を強くし、
「アンタに何がわかるっていうのよ……っ! お父さんとお母さんはいつも頑張ってた! いつか自分のお店持ちたいって! やっと夢が叶ったのよ! 家族三人でずっと頑張ってきたの! お父さんとお母さんいつもあたしに謝ってた! 貧乏でごめんって! 誕生日にケーキすら買ってやれなくてごめんって! いつもお腹いっぱいにできなくてごめんって! あたしに食べさせるために自分達全然ご飯食べてなかったのにそういうのよ!? だから、今度はあたしが二人を助ける番なの! 他人のあんたが邪魔しないでよ!」
段々と本心が流れ出てきた。真央の声は涙声になっているのに気づく。
千ヶ崎夫妻が優しい人なのは八代も知っている。賭博で身ぐるみ剝がされて新宿で倒れた時に助けて貰った。何も聞かず温かいご飯を食べさせてくれた。お礼に皿洗いや店の配達を手伝うと給料までくれたのだ。八代もそれは知っている。
「──知ってるよ。優しい人達だ。お腹が減ってるのが一番ダメだってよく言ってるよ」
「だったらもう放っ──っ!」
「だから、僕はそんな優しい人達を狙う悪党が許せねぇだけだ。お前が勝手に結婚しようがどうでもいい! 僕は僕で好きにやる!」
「…………あんた、バカでしょ?」
「常日頃バカバカ人に言うくせに今更そんな事聞く? もしかしてお前の方がバカなんじゃないの?」
「うっっっっざ!」
いつものやり取りが戻ってきた二人。真央の声が少し前に比べて幾分明るくなっている。
「姫先輩も美鈴も動いてるからな! 覚悟しとけよ! 絶対めちゃくちゃな話になるからな!」
「よくも人にそんな事言えるわね! いーわよ! こっちもこっちで好きにやるから! つか、あんたら何する気よ!?」
「僕はお前の両親の所に向かってる。多分本社に居るだろ? 姫先輩と美鈴はバイトテロの奴追ってる。あいつ、下手したら殺されるぞ」
「……了解。お父さんとお母さんは確か本社に居る筈。夕方に道明寺さんの別邸で皆揃ってこれからの事話し合う予定なの」
「わかった。住所送っといて」
「……嫌だけどわかった。もういいや。そこでお父さんとお母さんの本音聞く。それで家族三人で話し合って決めるから! あんた達ももう好きにしなさいよ!」
「了解。じゃあまた夕方な」
「うん……。まぁ…………その、心配してくれた事には感謝はする……」
「は? 別にお前の事なんか心配してねーよ! 僕はご両親と僕のバイト先を守ってあいつらブチのめしたいだけだ! 勘違いすんな!」
「やっぱ死ね!」
罵声と共に電話が切られた。「やっぱ千ヶ崎はこうでなきゃ」と笑みが漏れる。
それと同時に気も引き締まってきた。道明寺のこの強気は何なのだろうか。格上の家の妨害があろうとも止まらない。西園寺も伊庭も不死川まで動いているというのに、一向に事態が収束する気配がないのが不気味で仕方がない。そんな嫌な予感がしたので真央よりも両親と先に会おうと判断した八代は、その不安を拭うようにアクセルを更に強く回した。
●
透明な世間から隔絶された空間があった。
その空間に入る事ができるのは彼と同等の魔術師。もしくは招待された人間ぐらいだ。床下には東京の景色が広がっている。かつて栄華を誇った日本の首都はその半分近くが破壊され、ようやく復興も終わりが見えた頃合いだ。その空間に置かれたちゃぶ台と座布団。座布団の上で高そうなスーツに皺が寄るのも気にせずどっかりと座る初老の男が一人。
「遅いぞ」
初老の男がふんと鼻を鳴らして呟くと空間に一人誰かが入ってきた。
「私だって忙しいんですよ。お久しぶりです。恭一郎さん」
「総理の私の方が忙しい。久しぶりだな。嘉納君」
「割と暇そうにしか見えないんですけど。国会は良いんですか?」
「良い。あんなのは私の影武者で十分だ」
空間に現れたのは嘉納桃李。東京魔術大学血継魔術科の科長だ。
そしてこの空間の主、美鈴の祖父にして内閣総理大臣の西園寺恭一郎はふんと鼻を鳴らすと嘉納に座るように促した。
「天候魔術の子が色々と面倒になっているようだな」
「というか、貴方のご子息達も介入してきてるんですけど」
「気に入らないなら潰せ」
「相変わらず薄情というか何というか……。美鈴君ときちんと話しています? おじーちゃん」
少しふざけてみたが表情に変化はない。相変わらず堅物だな、とため息が出そうになるが昔と変わってないのでどこか懐かしい。会うのは十年ぶりぐらいだが、嘉納が学生時代から付き合いがある。嘉納が血継魔術科だった頃、西園寺は警察官だった。よく補導されたり逮捕されかけたり一緒に事件を解決したりと色々な事があったし、色々な付き合いもあった。
「懐かしい音が聞こえたんだ」
西園寺がどこか遠い目をして呟き、都内の風景が一部映し出される。青と白のバイクが高いエンジン音を響かせながら走っている。懐かしいバイクと音だ。あの頃と全く変わらない。いきなり過去に戻ったかのような錯覚にも陥る。それ程までに思い出深いバイクだった。
「──小夜子さん。このバイク気に入ってましたもんね。確か中古屋で貰ってきて"流星寮"まで運んで皆で直したんですよ」
「私は初対面でこのバイクに跳ねられたんだ。それで逮捕しようとしたのが、君達との出会いだったな」
「……懐かしいですね。銀次郎さんとの出会いもこのバイクが原因でしたね。新宿最悪のヤクザの事務所に小夜子さんが突っ込んだんでしたっけ?」
「組同士の抗争の中を、近いからと言って駆け抜けようとするのは彼女ぐらいのもんだったな……」
伊庭小夜子。八代の母親の事を懐かしむ。息子に負けないぐらいの破天荒な人だった。そして、もうこの世には居ない人でもある。ありとあらゆる騒動の発端は大体彼女が原因だった。クソみたいな思い出しかないと当時は思っていたが、振り返ってみればいつも笑っていた記憶がある。
「懐かしい思い出だ。本当に、懐かしすぎて嫌なものまで復活してしまったようだ」
西園寺が再び風景の一部を表示させた。今より少し前のものだろうか。服が冬の装いである。
そこに映っていたのは道明寺家の面々と、一人の男。手には、虹色に輝く剣を持っていた。
「虹の魔剣……。しかも、レプリカじゃなさそうだ」
「これが、道明寺の自信だ。あれらと取引なんて正気じゃないが、三十年も経てば人の記憶なんて薄れていく……」
「そりゃ伊庭も気が気でないでしょうね。この件に介入してくるわけだ」
「彼らはまだ生きている。この国のどこかで今日もまだ、な」
かつて日本を災厄の渦に巻き込んだ魔術師が居た。支配の魔剣を振るい、多くの人を殺した魔術師が。伊庭家と正面からやり合い、幾つもの魔剣を奪い続けた彼はいつしか一つの組織を作り上げた。
"鬼神商會"と名乗り東京の半分以上を壊滅させたあの組織は、魔術師の死と共に消えたと思われていたが、まだ生きているのだ。
「あれから三十数年。──支配の魔剣が再び血継魔術科に在籍している。親友だった君なら、私の言いたい事はわかるだろう?」
「──無論です! 私は、今度こそ間違いません。そして、八代もあんな結末にはさせません」
力強く食い気味にそう返答する。トラウマを刺激されたからか。感情が上手くまとまらない。
嘉納にとってあの魔術師は親友だった。小夜子のバイクを勝手に乗って二人で海に行った事。バイトに行った事。全部覚えている。二人して小夜子によく一緒に怒られた事まで。全部、何一つ忘れていない。あの時できなかった事。後悔している事。
呼吸を落ち着け、その全てを振り払うように言葉を吐いた。
「私は、今度こそ八代を救ってみせます!」
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