前科13:車の運転の仕方ほど人間性の出るものはない。
「流石の僕だってこの扱いはあんまりだよ!」
文句を垂れながら湯船をバシャバシャと揺らす八代を見て、段々と全裸に対して何の感情も浮かばなくなってる事に美鈴は気づいた。治安の良くない場所に住んでいたので男性の裸を見た事はあったが、ここまで頻度は高くなかった。少しずつ自分が穢れてしまっている事を嘆きつつ、流星寮の風呂場の入り口から美鈴は横に居る梢子に視線を送った。
「うるっさいなぁ。死んでないからセーフで良いでしょ」
「自分がやられたら死ぬまで相手殴るくせに! 姫先輩のバーカ! 乳揉ませてください!」
「本能だけで会話しようとするのやめて貰っていいですか?」
話が進まなそうなので一度会話を打ち切った。ため息をつき、まずは情報共有から始める事にする。
「先輩方は千ヶ崎先輩の件について調べてらっしゃるんですよね? まずは情報共有しましょうよ」
「そうそう。それをしに来たのよ」
「さっき僕を殺しに来たって言ってなかったっけ?」
「アタシが調べた感じ、犯人が有坂って奴と八代のどっちかだったからさ。とりあえず顔知ってる方から殺しに来ただけよ」
「僕、新宿店勤務なのにっ! どこのどいつだそんな噂流してるの!」
「三つの店舗に聞き込みに行ったら、有坂がやったらしいけど伊庭の線も捨てきれないって答えだったんだけど」
「日頃の信用って大事ですね……」
「歓迎会と新年会とお疲れ様会で全裸になっただけなのに……! みんな酷い!」
「ほぼ毎回みたいなもんじゃねーか」
およよと泣きながら八代が湯船から上がってバスタオルで体をふき始めた。
「それで、あんたは有坂って奴探してたのよね? どこまで掴んでるのよ?」
「あいつのアパートまで行ったけど襲撃されたような跡があった。あの感じ多分どっかに逃げたっぽいね。それで、今知り合いあたってたら大久保辺りで見かけた奴居てさ。これから着替えて探しに行こうかなって思ってたとこ。」
「……どの辺りですかね?」
「"旧大久保公園"で見かけたって言ってたから多分歌舞伎町入りしてるな。美鈴はその辺り詳しいっけか?」
「……範囲外です。歌舞伎町は近寄っちゃダメって教わってたので」
「美鈴って大久保の出なんだ。あの辺りめちゃくちゃ治安悪いから意外っちゃ意外ね」
梢子に出身の事を話すのは初めてだったが軽く流された事に美鈴は安堵した。あまり語りたい話ではないのだ。そんな美鈴を尻目に、八代は脱いだ服のポケットから携帯電話を取り出すと二人に有坂の写真を送る。二人が端末を確認すると、金髪で八代と似たような背格好の半裸の男が映っていた。
「僕と似ているタイプだろ? だから仲間内で僕と似たような感じの変な奴見かけなかったか?って聞いたらヒットしたわけだ」
「真央のご両親は人を見た目で判断しない良い人だってのがよく分かったわ」
「そうですね。そんな人たちを陥れるなんて許せません」
そう息巻いてみたがどこか自分の言葉に薄っぺらさを感じる美鈴だった。西園寺家か千ヶ崎か。どちらをとるべきなのかわからない。八代も梢子も真央の為に動いているようだが、美鈴は自分がどちらの立場で動いているのかまだ心の中で定まっていない。悩んでいる間に八代の着替えが終わったようだ。アロハシャツに短パンとサンダル。チンピラにしか見えないが服を着ているだけとても成長したようにも感じる。
「姫先輩と美鈴は有坂探しに歌舞伎町行くのお願いできないかな? 僕、ちょっと行きたいとこあるんだよね」
「……ふぅん。ま、いいや。ここに居ても埒あかないしアンタと新宿行くの嫌だから行ってあげる」
「お願いします! この事件絶対何か裏があるよ。僕の実家の方でも色々大変みたいだし」
「へぇ……何か面白くなってきたじゃん。やる気出てきた。そういや、アタシ達足ないからバイク貸してよ」
「ごめーん! 僕もバイク使うから無理!」
「何だよ。それじゃあ、あっち行くからいいや。──美鈴、行くよ!」
梢子に呼ばれるがまま八代を置いて風呂場を後にした。寮の入り口まで来ると、流星寮のアホ軍団が待ち構えていた。全員防具やら仮面やらを装備しておりさながら世紀末救世主伝説のようである。
「き、菊姫先輩! もう流星寮には立入禁止とお願いしたじゃないですか!」
確かに「菊姫梢子永久立入禁止」という紙が貼ってある。美鈴自身も初めてこの寮に来た時に目撃していた。そんな抗議の声に梢子はつまらなさそうに胸ポケットから煙草を取り出して口に咥えると、指を鳴らした。──それは一瞬の出来事だった。空間を炎が渦巻き、一瞬だけ顕現。梢子の咥えた煙草の先と貼ってあった紙のみが綺麗に燃えている。
「何か文句ある?」
誰も何も言えなかった。あの魔術だけで菊姫梢子の魔術の恐ろしさを誰もが理解したからだ。
指先に展開した僅かな魔術印。見えない程の大きさだが、威力は桁が違い。制御まで完璧で燃やしたいモノ以外何も燃えていない。魔術の型は複雑であればある程威力が大きく、小さければ小さい程集中力が必要になる。極小の魔術印は魔術師なら誰しも一度は作る一品だ。だが、その制御の難しさと扱い辛さから実戦で使うのはとても難易度が高い。美鈴だって、あの魔術印を再現するなら一分は集中したい所だった。
「てゆーか、あんたらも協力してよ。真央のご両親の店炎上させた奴これから探すからさ」
「成程。そいつを焼き討ちすればいいのか」
「んだんだ。簡単な話だ」
「海に沈めようぜ。それで千ヶ崎さんに頭撫でて貰おう!」
先ほどまでの恐怖はすぐに消えて都合の良い妄想に耽るアホ軍団を単純で羨ましいとさえ思った美鈴だが、梢子は更に煽り始めた。
「真央ってば今回結構落ち込んでるみたいだからねぇ。救ってくれた男なんか居たら惚れちゃうかもねぇ」
「うおおおおおおおおおお!!!!!!!」
梢子の言葉に歓声を上げる男達。それを良い反応と感じたのか更にニヤリと笑って続けた。
「まーでも、今んとこ八代が一歩リードしてるかな。真央と八代仲良いもんねぇ。こりゃ、意外とお似合いかもねー」
「殺せ!!!! 殺せ!!!!!! 殺せ!!!!!」
「写真送るねー」と、梢子が端末を操作した後、奇声を上げてアホ軍団が流星寮から飛び出していった。寮の前にあった雑然と置かれたバイクや自転車に乗り込み勢いよく走り出していく。アホ軍団が去った後に美鈴と梢子も寮の外に出る。ふと見ると青と白のバイクが残っている。相当な年季が入ったバイクだ。
「あれ八代のバイクだよ。八代のお母さんが乗ってたバイク何だってさ。加速が良いのよね」
「へぇ……。ところで、私たちは電車で移動ですか?」
「いや。車にしようかなって。捕まえた後どっか拉致らなきゃいけないじゃんね」
「はぁ……。どなたかお知り合いでも?」
「まーまー。ついてくればわかるよ」
●
「どうして俺はこんなにも不幸なんだ……」
ぶつぶつと怨嗟の声をあげながら車を運転する長身の男──織田清麻呂は己の不運を嘆いた。
インターホンが鳴れば見知った悪魔のような後輩の姿が映っていた。これはトラブルの元だと判断し居留守を決め込めば外で「貴方の子よ! 認知してよ!」だの「未成年にまで手を出すなんて恥ずかしくないの!」だのと騒ぎ始めた。梢子だけなら何とかなったが、美鈴はよくない。外見が幼いので危うく近所を歩けなくなってしまう所だった。
「こんな可愛い女の子達とドライブデートしてるのに何文句言ってんすスか」
「さっき君たち千ヶ崎君の事件の犯人捕まえて拉致するって言ってなかったか?」
「男女が一緒に居りゃ大体デートみたいなモンでしょうよ」
「そんなデートがあってたまるか!」
新宿まで真央の事件の犯人捕まえに行くから車を出せ、と脅迫されたのだ。さもなければ就職先にかちこむぞまで言われたら逃げれない。筆記試験対策をやっていた手を止め、四谷の自宅から車に乗って新宿へとため息をつきながら向かう。車で二十分程の距離なのでさほど遠くない。さっさと下して縁を切りたい所だと思いながら抜け道を通っていく。
「織田先輩は東京の道に詳しいのですね。運転も安全で快適ですし」
「俺は警察官志望だからね。東京の道に詳しい方が良いだろうし、常に安全運転は心がけている」
「マロ先輩も珍しいよねぇ。血継魔術科なんて大体魔術省が就職先なのに。わざわざ警官になるなんてさ」
「姫先輩は魔術省希望なのですか?」
「いーや。アタシ、去年魔術省のOB半殺しにしちゃったから絶対ない。実家の酒屋継ごうかなって」
清麻呂は今年卒業。梢子は来年卒業という事で大体の進路は決めているらしい。入ったばかりの美鈴にはそれが大人のように見える。三人でそんな雑談をしていると歌舞伎町についた。バッティングセンターの近くに車を停めると、周囲には如何わしい雰囲気しかない。子供が一人で歩くのが禁止されている程治安の悪化した今の新宿の姿だった。そこら中で浮浪者が路上で酒を飲んでいる。
「相変わらずねここ……」
「はい。懐かしいです……」
「あれ。来た事ないって言ってなかったっけ?」
「……私の地元もこんなもんでしたので」
粘りつくような視線。男達が若い女が居ると認識しているのがわかる。こういう場所なのだが、菊姫梢子は全く動じていない。清麻呂は犯罪に巻き込まれませんようにと神に祈っていた。この中で一番強くはあるが、心は小心者である。そんな彼の祈りも虚しく徒労に終わり、
「あっ。あれ田所じゃない?」
ビルの上を猛スピードで走る金髪の男が見えた。──服を着ている。八代ではなさそうだった。その後ろを田所を中心とした流星寮のアホ軍団が追いかけている。どうやら有坂を見つけたらしい。
「待てやあああああああああああ!!!!!!」
「千ヶ崎さんの彼氏になるのは俺じゃああああああ!!!!!!」
「逃げるなこらああああああああああ!!!!!!!」
酷い絵面だった。追いかけられている有坂は男達の言っている意味がわからず半泣きで走っている。大きく跳躍して地上へと着地。魔術印を着地点に展開させる事により衝撃を吸収している。──どこかで魔術をかじっているようだ。
「よっしゃ。これで一件落着じゃん」
梢子がケラケラ笑った直後。恐ろしい程の魔力が彼女から吹き荒れた。右手を銃の形にして有坂に向ける。右手にはめられた指輪の隙間からは血が見える。梢子が自身の血継魔術【暴発魔術】を発動させたのだ。近くに居た浮浪者や商売人達が危険を察して逃げ出していった。流星寮のアホ軍団も気づいたらしい。悲鳴を上げながら散開して逃げていく。
「な、何なんだよよおおおおおおお!!!!!!!」
近くにおいてあった配達用のバイクが目に入った有坂が梢子から逃げ出そうと飛び乗る。
「逃がすかァ!」
「お前は何をやってるんだ!?」
梢子が魔術を放とうとした瞬間。事態を察して神に祈るのをやめた清麻呂が飛びかかった。腕をとり、体を捻りあげると捕縛魔術をかける。それを幸いと感じたのか必死なのか、有坂はアクセル全開で逃げ出していった。
「マロ先輩何すんだよ!? 折角捕まえられそうだったのに!」
「こんな街中で血継魔術を使うバカがどこにいるんだ!?」
「ここにいるじゃないスか!」
「開き直るな!」
いがみあう清麻呂と梢子。一触即発の雰囲気だったのでこれは終わらんなと美鈴は判断した。ゆっくりとため息をつき、
「あの……。とりあえず追いかけませんか?」
最後に目線でお互い後で決着つけると言わんばかりに睨み合うと梢子と清麻呂は矛を収めたようだ。車に乗り込み、有坂を追いかけ始める。
「GS系等の緑ナンバーだったから原付じゃないし目立つはず。東京ならどこでも逃げれそう
」
「流石は調布のヤンキーだ。バイクに詳しくて助かる」
「まぁね。調布市民は十六歳になったら中免とるのが常識だから」
「酷い風評被害もあったもんですね……」
「何でよぉ! うちの妹、この前十六になったから教習所通い始めたよ!?」
「菊姫家だけの話だったか……」
軽口を叩きながら車を発進する。ゆっくりと車が動き出し、徐行してカーブを曲がる。大通りに出ると有坂のバイクが見えた。慣れないバイクに乗っているからか速度はそこまで出ていない。車通りがそこまで多くないので加速すれば追いつける筈だが、
「ねぇ、マロ先輩。この車もしかして調子悪い?」
「そんなわけないだろう。この前初回点検から帰ってきたばかりだ」
「これ結構良いSUVよね?」
「ああ、母が進級祝いに買ってくれた新しいモデルだぞ」
どう考えても速度は五十キロを切っている。その所為か差が全く縮まっていない。
「何でこんなに速度出ないの?」
「何って。ここ五十キロ制限道路だぞ? おっと、黄色信号だ。運転中はあまり話しかけるな」
──美鈴と梢子が一瞬言葉を失った。が、そういえばこういう男だったと思い出す。非常時だろうが何だろうがこの男にはそれが通用しないし、ましてや梢子達は警察官でもなく一般人だ。清麻呂の方が社会通念上正しい。だが、
「あっ。マロ先輩見て! 八代が全裸で自転車漕いでる」
「何ィ!? 今月二度目だぞ!?」
赤信号なので停車した清麻呂が周囲を見渡したと同時、梢子の魔力の籠った拳が顎に炸裂し、意識が落ちた。流石の清麻呂も不意をつかれては反応できない。同時に左手でサイドブレーキも引く。これで問題はないと梢子は満足気に笑みを浮かべた。梢子の動きで大体の流れを理解した美鈴は、後部座席から出ると運転席のドアを開けてシートベルトを外す。
「はいはーい。後はこっちでやるね」
美鈴が後部座席に戻ると同時。梢子が清麻呂の体付近に魔術印を展開。そしてもう一つ歩道側へも展開。清麻呂の体が印に触れると同時。ぱっと清麻呂の体が消えたかと思うと、歩道に転移していた。簡易な転送魔術だ。これを長距離に応用したものが転移魔術と呼ばれる。美鈴達が普段大学内の移動に使っているものだ。
「よし。荷物は捨てたし出発!」
もはや清麻呂には一瞥もくれず運転席に移動した梢子が車を発進させる。先程とは違い、一瞬で制限速度を超えた。元が良い車なのでぐんぐんと車の間をすり抜けて走っていく。しかし、有坂もバイクの操作に慣れてきたのか速度が上がっている。
「運転お上手ですね」
「調布市民は十八になったら四輪に増やすのが常識だからね!」
良い車に乗っているからか梢子も先程の不機嫌さは消え上機嫌で運転しており、更に速度が上がった。
「……あの今のとこ信号が赤に見えたんですけど」
「えっ、マジ? 調布基準だとあれギリ黄色だから」
「ここも赤なんですけどおおおおおおお!!!!!」
そして、美鈴の悲鳴のような声が周囲に響き渡った。
法事により久しぶりの更新です。
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