第8話「なんなん、このリスト~?」
「なんなん、このリスト~?」
翌々日の放課後。ボランティア部の部室へ入ってきた陸から紙を手渡された陽女は、それを見て訊ねた。
「先輩に試して貰いたい事の一覧です」
陸は自分用にも用意したコピーを手に取りながらソファへ座る。すっ、と陽女も隣へ並んだ。映画を観る訳でもないのだから正面の椅子へ座れば良い筈なのだが……まあいいや、と説明を開始する。
「先輩の吸血鬼としての能力と、一昨日は思い至らなくて言いませんでしたが弱点とを確認しておきたいんです。それ次第で建てられるプランが変わってきますから」
「弱点~?」
「ええ。吸血鬼ってゲームでも伝承の中でも非常に強力なモン……種族なんですが、同時に弱点も多いんですよ。それを把握しておかないと」
「ふ~ん」
陽女はそれを聞いて改めてリストを眺める。モンスターと言うと彼女の気分を害しそうなので言い換えたのだが、陸のそんな気遣いには気づいていない様だった。
「『催眠術を試す・狼に変身する・動物を操る』か~。うわ、どれも楽しそう! こんなことええな、できたらええな~」
それどころかやや危険な、不思議なポッケで叶えてくれそうなハミングをしながら続きを読み上げていく。そこは気遣って欲しい。
「『ニンニクを食べる・銀に触れる・流れる水を渡る』な~。あっ!」
「何ですか?」
「ウチがこれをやってる間、りっくんは何をするん~?」
「それらが判明するまでは計画を詰めても仕方ないので……情報収集と仲間集めですかね」
「何やて!?」
何をするん? で既にやや険しい目をしていた陽女だが、何やて!? で更に厳しい表情になる。
「仲間なんて要らんやん! ウチらだけでやろ~」
「いやどんなプランにせよ人手は必要ですよ。もちろん、厳選はしますけど。『オーシャンズ11』だって元は『オーシャンと11人の仲間』ですよ? 人数は必要です」
「でも『アウト・オブ・サイト』は二人組やん~」
陸は有名な強盗映画のリメイク元のタイトルまで挙げて必要性を訴えたが、陽女は別の映画を例に出して反論した。ちなみに『オーシャンズ11』と『アウト・オブ・サイト』は監督がスティーブン・ソダーバーグで主演がジョージ・クルーニーという共通点がある。
どうやら今日までに陽女はそれらをチェック済みの様だ。意外と有言実行の女である。
「うっ……。まあ結局、必要な仲間も計画次第ですし、計画は先輩の能力と弱点で変わりますから」
「そうそれ!」
「どれですか?」
「ニンニクとか流れる水とかさ~。りっくんつき合って~な。一人でやらせるなんて酷いやん?」
陽女はそう言うとリストを丁寧に折り畳んで鞄へ納め陸の手を取り立ち上がった。何かと大雑把な彼女ではあるが、彼から貰う物や言葉を決して疎かにしない。
そこが陸にとっては弱みでもある。
「いやもちろん協力はするつもりですけど」
どうやって協力すれば良いんだ? 彼はそう悩んだが後にすぐ答えが判明し、別の悩みが発生する事となった。
何時もの様に茶室の猫レンレンへ餌と薬を与え、二人は校外へ出た。それから数分、歩いた後に彼らはとある中華料理店へ着いた。
「さあ、どうしょう~?」
陽女は京都市内でギリギリ許されるレベルの派手な看板を指さし、力強く言い放つ。
「いや、どうしようも何も王将ですよね……? 食べるんですか?」
「そう! 餃子デートしょう~?」
「デートも何も、ニンニクが大丈夫か試すだけなら別に……」
そうボヤく陸の手を引きつつ、陽女は関西で有名な中華料理のチェーン店の暖簾をくぐった。
「いらっしゃいませー」
「りっくんとおねーちゃん一人づつです~」
「2名様、奥のテーブルどーぞー」
店員はいきなりの陽女の言葉に全く動揺を見せず、平然と接客を行う。流石は学生の多い地域の飲食店である。多少のおふざけ入店など意にも介さない。
「とりあえず餃子三人前やんな~。後は春巻きと海老天と~」
「ちょっと待って下さい! そんなにガッツリ食べる必要あります!? あと本題は先輩のニンニクの可否で、もしダメなら僕がほぼ三人前の餃子を食べる事になるんですが!」
時刻は十五時過ぎで昼食からそこそこ経っているが、空腹を覚えるほどでもない。餃子三人前+アルファとなれば食べ盛りの中学三年生と言えど簡単に食べ切れる量ではなかった。
「別に残ったら持って帰ったらええんやから。すみません、オーダーお願いします~」
陽女は陸の抗議を一蹴すると手を上げて店員を呼んだ。彼女が注文する間、陸は手持ち無沙汰に店内を見渡す。
昼ご飯でも夜ご飯でもない時間帯なのに店内はそこそこの混み具合だ。学生はもちろんのこと、大学生らしき若者や社会人もいる。それぞれ何らかの事情でこの時間に飲食店にいるのだろうが、見渡した中に自分たち以外の男女カップルはいなかった。
当然と言えば当然か、と納得する間に店員が去り陽女は注意を陸の方へ戻した。
「今日はここだけでええとして~。明日は一緒にプール、行こな?」
「えっ!? 何故です?」
「流れる水を越えられるか、試さんとアカンや~ん?」
そう言いながら陽女は得意げに微笑んだ。もちろんそれは口実で、実際は自分の水着姿で陸を悩殺するのが主目的である。
なんやかんや言ってもこの年齢の少女である。自分の見た目が魅力的で、男性に好かれやすい事に自覚はあるのだ。
しかし……
「先輩、自分が吸血鬼である事を忘れてませんか? プールみたいな日光ギラギラの所へ行けば、灰になってしまいますよ?」
「あっ! えっと、ほな屋内プールとかで」
「屋内で流れるプールってあります?」
「ぶー! でも確かスパワールドとかに……」
「大阪まで行く気ですか!?」
陸の冷静なツッコミによって、陽女の思惑はあっさりと否定された。何とかできないものか……と考える彼女の元へ
「春巻きになりまーす」
と店員がまず揚げ物の方から運んでくる。
「いやきっと探せば市内にもあると思うねん。な、一個づつ食べながら探そ~?」
陽女は粘り強くそう言うと箸を二膳とって片方を陸へ手渡し、自らも素早く持って春巻きを銜える。
「きゅうふぇふきにひゃって、あひゅいのふぇいきにひやったから、こうひゅうのもひっきにいけてひゃくやへん」
「ちょっと先輩!」
茶色く縦に長い点心を縦に銜え、上目遣いに話す陽女の口元に店中の男の視線が集まる。陸は慌てて立ち上がると、テーブル備え付けのメニュー表を広げて立てて、彼女をそれらのイヤラシイ眼差しから隠した。
「ん? どしたんりっくん~? 追加オーダーする?」
「しません! けど席、反対に座りましょう!」
陸は説明を挟まず、とにかく勢いで陽女に納得させ彼女が壁側を向くように座席の位置を変えた。今度は憎悪の視線が彼を真っ向突き刺す事になったが、それも長続きはしなかった。
「ふふ。りっくんも男の子やね~」
「ななな何を!?」
まさか春巻きを銜える陽女の姿に邪な妄想が過ぎったのを見抜かれたか!? 陸は顔を真っ赤にする。
「『飲食店では壁を背に座り、全ての客の動きを把握できるようにする』ってスパイとかがやるやつやろ~?」
「え!? あ、はい……そうです……」
「因みに非常口はあっちやで~。実はウチも店へ入った時からチェック済みやねん!」
「そうですねーはいー」
陸は力なく笑った。やがて、残りの餃子などが運ばれてきた……。




