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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
黄金の少年期:貴族決戦編

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プロローグ

 生きた屍が跋扈したのも遥かな過去。

 世界は魂ありし人間に取り戻された。

 これよりは、神が視る物語にも魂が宿る。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 玉座の間は、薄暗かった。

 本来は大臣や近衛兵などが整然と並んでいるはずの空間は、奇妙なほどにがらんとしている。

 無人かと思われるほどだが、人は確かにいた。


 玉座に腰かけるのが一人。

 その前に跪くのが一人。


 他の人がいないのは、ひとえにこの式が極秘のものであるからだ。

 極秘ならば、なぜ式など催すのかと言えば、それはひとえに敬意からである。


 想像を絶する苦難に立ち向かう者への。

 国をも救う難行に赴かんとする者への。


 これは、任命式。

 王国に大いなる脅威が迫ったとき、これを打破すべくして選出された『勇者』を送り出す、門出の式だ。


「……勇者よ」


 ひとしきりの決まり文句を述べ終えたのち、玉座に座る国王――エリアス4世は、重く低い声で跪く勇者を呼んだ。


「そなたは、7年前に起こった大惨事……その数少ない生き残りである。今も心に残っているものが、必ずあるだろう。それを押して、この任務を引き受けてくれたこと、心から嬉しく思う」


 勇者は顔を上げなかった。

 ただ、王の言葉を聞いている。


「それから……余は、謝らねばならない」


 少し声色の違いその言葉を聞いて、勇者はようやく顔を上げた。

 金髪の美青年であった。

 澄んだ色の瞳をかすかな動揺に揺らして、彼は王を見上げる。


「余は、そなたの母を心から愛していた……。しかし、彼女を他の王族の軽蔑から守ることはしなかった。それを、謝らねばならない……」


「いえ……いえ」


 今、それを言うのは、二度と機会がないかもしれないから。

 そうと気付いて、勇者は再び顔を俯けかけ、やはり思い直して、王を――自分の父親の姿を見た。


「母は、きっとあなたをお恨みにはなっていないでしょう。元より、謝罪などで喜ぶような方ではありません。

 母が喜ぶとしたら……それはきっと、新たなる素晴らしい王がその玉座に座ったとき」


「……ふ。それが自分だと申すか」


「僭越ながら」


 生きては戻れないかもしれないと。

 そう宣言されておきながら、勇者は断言する。

 必ずここに帰ってきて、その玉座に座ってみせると。


「よい。……ならば、忌憚なく命じよう。

 勇者にして霊王――否。

 我が息子、エルヴィス=クンツ・ウィンザーよ」


 勇者エルヴィスは、頭を垂れて勅を待った。


「大いなる指輪のもとに、天空を遊弋する魔の地へと赴き、その首魁――――『魔王』ジャック・リーバーを討伐せよ」


「仰せのままに」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 任命式を終えて玉座の間を出たエルヴィスを、3人の人間が待っていた。


「ずいぶんと長かったのね。形だけの任命式じゃなかったの?」


 赤い法衣(ローブ)を身に纏い、燃えるような赤毛を伸ばした少女が言った。

 ローブは王家の命を受けた高位精霊術師に与えられるもので、サイズもブカブカ、デザインも野暮ったい。

 だが、ベルトで腰を絞っているからか、彼女が特別グラマラスな体型だからか、着飾った貴婦人をも凌ぐ魅力が、その全身から香っていた。


「二人だけで玉座の間を使うなんて聞いたことねーよ。式にかこつけて息子と喋りたかっただけじゃねーの? あのじーさん」


 いい加減な調子で言ったのは、3人の中でも特に小柄な少女だった。

 麻製の肌着の上に革製の防具を着けただけという盗賊のような格好は、王城にはまるで似合わない。

 しかし、それ以上に奇妙なのは、頭の上とお尻だった。

 頭の上には、大きな猫の耳が。

 お尻からは、猫の尻尾がひょろりと伸びているのだ。

 ケットシーという種族である。

 決して扱いがいいとは言えない種族であることを、彼女はまるで隠そうとしていなかった。


「おいルビー、貴様、発言に気を付けろ。国王陛下に向かって『あのじーさん』とは何事だ!」


 強い声で窘めたのは、先ほどの少女とは反対に、かなり大柄な青年である。

 2メートル近い体躯に重い銀色の鎧を纏った上、大きな盾と剣をそれぞれ帯びて、平気な顔をしている。

 常人であれば5分で音を上げようが、これが彼の自然体なのだ。


「まあまあ、ガウェイン君。ほどほどにしてあげなよ。ルビーさんの不敬発言は今に始まったことじゃないし、それに式にかこつけてぼくと喋りたかっただけっていうのも、あながち間違いじゃなかったしね」


 そして、その大柄な青年を、エルヴィスが宥めた。

 18歳になったエルヴィスの身長は180センチ弱。

 王家に伝わるという青色の鎧を、今は纏っている。

 しかし、王子らしからぬ柔らかな雰囲気は、7年を経ても変わってはいなかった。


「それよりも、早いところ出発しようよ。やっとこのときが来たんだからさ」


「……そうね。このときを7年も待ったんだもの」


 赤い髪の少女――アゼレアが頷いて、窓の外に視線を投げる。


「まったく。待ち過ぎだっつーの。やっぱあたしだけでも勝手に行っちまえばよかった」


「死にに行く気か、阿呆。オレが許すはずないだろう」


 続いて、ケットシーの少女――ルビーが。

 大柄な青年――ガウェインが。

 アゼレアと同じように、窓の外へと視線を投げた。


「7年だ。……彼に会う機会を得るのに、それだけかかった」


 そして最後に。

 エルヴィスもまた、窓の外へと視線を投じる。


「さあ、終わらせに行こう。7年前の、あの日を」




 青い空の彼方に、小さな黒い点が浮かんでいる。

 王城からでは点にしか見えないそれは、しかし、距離のことを考えれば、島にも匹敵する大きさだった。


 それこそ、各地の天空を自在に遊弋する魔の地。

 たった一人の精霊術によって浮遊する、完全独立自治国家。


 天空魔領ダイムクルド。

『魔王』ジャック・リーバーの根城である―――






TO BE CONTINUED TO

因果の魔王期



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― 新着の感想 ―
こんだけ好き勝手できる力と理想的な状況を作り出せる頭があるのにたかが人一人手籠めにできないのが哀れで笑える
フィルの精霊術は生き物と会話とかをするもののはずだったのに、なんでビフロンスの精霊術だったっていうことになってることが前から気になってたけど、そっか、もとから殺していたなら会話しているように見せること…
[気になる点] 妹の能力が死霊術なのはわかった。 だから、偏在しているのが許されているのだと思ったけど…最初のメイドも死体だったってのがやっぱり変。 だって、ジャックは赤ちゃん、つまりフィルも赤ちゃん…
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