カタストロフ・ポイント ‐ Part4
◆ラケル◆
見渡す限りの白骨。
白い骨でできた大鷲のような怪物が、壁のように群れて立ちはだかっていた。
「こッ……のおっ!!」
エルヴィスと二人掛かりで、白骨の怪物を薙ぎ払う。
壁には一瞬隙間が空くけど、すぐに元通りになってしまう。
バラバラになった白骨が、再構築されて大鷲の姿を取り戻すのだ。
「き……キリがないっ……!」
「元より死体だもの……。いくら相手したって無駄ってこと……」
息が切れ始めている。
空中跳躍は本来、精密作業にも似た高難度技術だ。
それを使った戦闘なんて、普通、そんなに長い間できるものじゃない。
それが、もう何分?
加えて、いくら攻撃しても手応えのない徒労感と、早く行かなければという焦りが精神を削る。
「ジャックっ……!!」
早く。
早く。
早く!
早くジャックのところに行かないと!
あの子と二人きりにしたらだめっ……!!
わたしの知らないわたしの何かが、早く早くと焦燥感を募らせた。
こうなったら。
多少の傷を覚悟してでも……!!
「エルヴィスっ!! 道を作って!!」
「先生……!? でもっ……!!」
「いいから!!」
「……っはい!!」
エルヴィスが2本の蜃気楼の剣を振るい、前方にひしめく白骨の大鷲を蹴散らした。
砕け散った骨たちが再構築されるまでの、束の間。
正面に道ができる。
わたしはそこに突っ込んだ。
カチャ。
カチャコチャカチャカチャカチャ。
全方位から骨の音が鳴る。
それは一種の威嚇。
声帯を持たない白骨の、攻撃宣言みたいなものだった。
上下左右前後、隙間なく。
すべての方向から、骸骨でできた猛威が迫り来る。
わたしは突き進んだ。
立ちはだかろうとする骨鳥を薙ぎ払って。
追いすがってくる白骨の嘴を振り払って。
骨鳥どもが、翼を剣のように鋭くして突っ込んできた。
躱す。
躱す躱す躱す。
左の二の腕と右の太腿に掠った。
血が舞う。
知ったことか。
進む。
進むんだ。
この先に、ジャックが待ってるんだから―――!!
全身が斬り裂かれていく。
赤い血がたくさん宙に舞う。
「あぁあぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!」
わけもわからずに叫んだ。
冷静さなんてとうにない。
代わりに渦巻く得体の知れない熱が、わたしの背中を押した。
分厚い骨鳥の壁。
それを――
まるで、深い海から浮上するように――
――抜けた。
前に何もいない。
空に覆う白骨の傘まで、あと少し!
「ジャック―――――!!」
―――あと、少し。
あと少し、だったのに。
全身を、影が覆った。
それは、巨大だった。
小山のような大きさの、白骨でできた、ドラゴンだった。
こんな、やつまで……?
空白の眼窩が、わたしを高圧的に見下ろしている。
目玉すらないのに、わたしにはその目が、こう言っているように感じられた。
―――もう二度と、邪魔はさせない。
糸のように骸骨が編み込まれた長い尻尾が、容赦なく振るわれる。
避けられなかった。
【巣立ちの透翼】で衝撃を逃がすのがやっとだった。
文字通り。
叩き戻される。
やっとの思いで通り抜けた骨鳥の壁さえ過ぎて、気付けばわたしは、地面に叩きつけられていた。
ついさっき、手の届きそうな場所にあった白骨の傘は、もう遥か上。
遠い。
あまりにも、遠い。
いくら走っても虹の根元には辿り着けないみたいに――
ジャックの存在が、あまりにも遠かった……。
もう少し。
もう少し、だったのに……!
「……ぅ、……ぅうぅぅうううっ……!!」
涙が滲むのを、止めることはできなかった。
自分の心が折れかけているのを、わたしは明確に感じた。
―――やっぱり、だめなの?
自分の中のどこかが囁く。
―――わたしは、やっぱり。
―――また、助けられないの……?
また?
一体、何が?
わからないけれど。
わたしの背中を押してくれていた、あの熱は――
――もうどこにも、ありはしなかった……。
「泣いている暇があるのなら」
声がした。
知っている声が。
聞こえるはずのない声が。
「俺を、あいつのところまで飛ばしてくれるか、ラケルさん」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆ジャック◆
戦術も。
技術も。
何も、ありはしなかった。
叩きつける。
叩きつける。
叩きつける。
ただただ、身体に染み込ませた感覚に従って、あかつきの剣の超重量を叩きつけ続ける。
それを、骨が受け止めていた。
玉座から腕のように白い骨が伸びて、俺の攻撃を正確に防ぐのだ。
強度から言えば、こんな骨如きであかつきの剣の重さを受け切れるはずがない。
だが。
タイミングをずらされる。
俺が【巣立ちの透翼】を解除して剣の重量を解放する、その直前に剣を弾いて、軌道を逸らしてしまう。
「くっそ!! くっそ!! くっそおおおおおッ!!!」
それでも俺は、玉座に座るそいつに、様々な方向から剣を叩きつけ続けた。
そのたびに。
妹は、絶望的な見切りで防いでは、おぞましい笑みを深めていくのだ。
「ああっ……もっとっ、もっとおっ! 兄さんっ、兄さんっ、兄さん兄さん兄さんンっ! 激しくっ、もっと激しくうっ!! 好きなだけ、好きなようにっ……もっとおおおおっ!!!」
殺してやる!
殺してやる!!
殺してやる!!!
声を聞くたびに。
笑みを見るたびに。
憎悪が深まる。
憤怒が極まる。
邪魔だ。
この骨が邪魔だ!
どこかに行け。
全部っ―――吹き飛ばしてやるッ!!!
「うっ……ぐぅぅううう……!!!」
獣みたいに唸りながら、俺は5歩分距離を取る。
そして、剣を持っていない左手で発動した。
『太陽破風』。
わずか1秒だけチャージしたそれを、骸骨玉座に向けて放つ。
しかし。
着弾の寸前、大量の骨が玉座の足元から伸びた。
それが壁になる。
指向性の嵐が表面を幾層も削り落とすが、貫通にまでは至らなかった。
「しゅごいっ……! しゅごいでしゅっ、兄しゃあんっ……!! わたしっ、こんにゃの初めてぇっ……! こんにゃっ、こんにゃに兄しゃんのほうからあっ……!!」
禍々しい恍惚の表情が、崩れ落ちた骨の壁の向こうから見えた頃。
俺はすでに、間合いを詰め直していた。
攻撃の結果を確認するなんて発想は――
今の俺には、ねえんだよッッッ!!!!
骨の腕の動き出しが遅い。
防御には間に合わない。
殺った―――!!
あかつきの剣を振り下ろしながら。
俺は、憎むべき悪魔の顔を見た。
それは。
その顔は。
フィルの顔だった。
腕が、止まる。
骸骨の玉座ごと首を刎ねようとした剣を、停止する。
「―――ふぃ、る」
握力が、抜けた。
手からあかつきの剣が零れて、ズン! と白骨の地面にめり込む。
「…………フィル……フィル……フィル…………」
この世で一番、愛しい名前を。
何度も、何度も。
呟きながら。
俺は――
フィルの身体を……抱き締めた……。
「……フィル、……フィルっ……フィルぅうっ……!」
あったかい。
ほら、いるじゃないか。
フィルは、ここにいる。
父さんや母さんと違って、生きている。
フィルは。
フィルだけは。
「フィルっ……ぁぁあ、フィルっ……ぁぁ!」
強く抱き締めたまま、涙を垂れ流す。
ここにいる。
いるんだ。
フィルはいる。
ここに!
ここに……ぃ……!
「―――ぁぐっ」
唐突に。
俺の喉から、変な声が出た。
……ぁ……?
なん、だ……?
あつい……。
おなかが……。
あつい……。
……いた、い……?
「……う、……ごぽっ!」
咳が出た。
おかしいな。
風邪をひいてるわけでもないのに。
咳と一緒に、唾も飛んでしまう。
ああ、汚いな。
またフィルに文句を言われる。
……あれ?
なんか、この唾、妙に赤い……。
全身から、力が抜けた。
ずるり、と。
玉座に座ったフィルの足元に、崩れ落ちる。
…………あ、……れ…………?
おなかの……あついところに……。
なんか……ささって、る……?
しろい……ほね、が……。
「わ……わたし、……そんな、つもりじゃ……」
フィルが……愕然とした顔で、俺を見下ろしていた……。
「ち、違う……違うっ、違いますっ……!
兄さんがっ……兄さんが悪いんですっ!!
わたしをっ、わたしを、他の女の名前で呼んだりするからっっ!!!!」
何を……そんなに、怒ってるんだよ……?
機嫌、直せよ……。
今度何か、お菓子でも奢ってやるから……。
「…………フィ、ル…………」
俺は、いつものように名前を呼んで。
フィルの顔に、手を伸ばす……。
「その名前を……出さないでくださいっ……!!」
あれ、おかしいな……。
全然、腕に力が入らない……。
「…………フィル…………」
「その、名前でっ……!!!」
「……フィル……………………」
「その名前でっ――――呼ぶなあっっ!!!!!」
顔を蹴られた。
硬い地面の上を、ごろごろっと転がる。
いたい。
痛いじゃんか……。
せめてもうちょっと、優しくしてくれよな……。
「…………フィル」
「わたしは!!!」
フィルが、玉座を立って。
こっちに近付いてくる。
「……フィル…………」
「フィルじゃないッッッ!!!!!」
蹴られる。
蹴られる。
蹴られる。
何度も、何度も。
ああ、痛い。
痛いよ、フィル。
11歳にもなって暴れるなよ。
隣の部屋のアゼレアから、苦情が来るだろ……?
「なんでっ……なんでなんでなんでなんでっ……!!!」
ああ、もう、泣くなよ。
お前に泣かれたら、自動的に俺の負けじゃん。
結構ずるいよな、お前って……。
「わたしのはずだった……わたしのはずだったのに!!
なんでフィルなのっ!!?
この身体は最初からわたし!! わたしのもの!!
フィルなんてただのキャラ作り!!! そうでしょ!?!?
なのに……なのにぃいぃいいいいっ!!!!」
ぼやけた視界に……何か、白いものが映る。
白い、骨……?
槍みたいに鋭いそれが、何本も……。
俺のほうに、向けられている……。
「わたしはッ……わたしはフィルじゃ、ないッッ!!!!」
何本もの、鋭い骨が……。
一気に、落ちてきて――
…………ああ……。
……この夢、やっと終わるのか…………。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
目を。
閉じかけた。
その寸前に。
俺を庇うようにして、大きな背中が割って入った。
その背中から、何本もの白い切っ先が生えた。
ぽたぽたと、赤い雫が落ちてくる。
頬に当たったそれは、ひどく冷たくて――
霞んでいた意識を、ほんの少しだけ、目覚めさせた。
俺……。
守られ、た……?
一体、誰に…………。
割って入った、大きな背中。
見覚えのある、その人が――
顔だけ、こちらに振り向く。
ああ。
ああああああああ!
…………父、さん…………?
父さんは……全身を骨の槍に貫かれながら、かすかに笑っていた。
まるで俺を、応援するみたいに―――
「邪魔ッッッ!!!!」
直後。
一瞬だった。
父さんの全身を貫いた骨の槍が、横に振り抜かれる。
ほんの一瞬――
瞬きにも足りない時間で――
父さんは、散り散りになった。
もはや、死体とも言えない。
ただの肉片が辺りに飛び散って、白骨の地面を赤く汚す。
再び視界に入った、そいつが。
頬に付いた、父さんだったものの一部を、指で拭ってそこらに捨てた。
……ああ。
ああ、そうだ。
そうだった。
どうしてこんなことが、今までわからなかったんだ。
こいつは、フィルじゃない。
「うぁああおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」
俺は、お腹から血を零しながら、悪魔に飛びかかった。
両手で首を掴み。
そのまま押し倒す。
「……ッ、……かッ……!」
指に力を籠める。
細い首を、渾身の力で締め上げる。
「お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない」
11歳の華奢な身体がじたばたともがく。
全身全霊で体重をかけて封じる。
「お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない」
周囲の白骨の地面から、骨の腕が生え伸びた。
俺をどけようと何度も叩いてくるが、【巣立ちの透翼】が全部無効化する。
「お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない」
俺は呟いた。
念仏のように。
呪詛のように。
繰り返し繰り返し繰り返し何度も何度も何度も何度も。
「お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない。
お前はフィルじゃない」
手に力を籠める。
首を締め上げる。
緩めない。
緩めない。
決して力を緩めない。
「……かッ……ぁ、う……っ!」
お前はもっとひどいことをした。
お前はもっと許されないことをした。
罰だ。
これは罰だ。
苦しめ。
苦しめ。
苦しめ。
もっと苦しめ。
それでも許さない。
俺は絶対に許さない。
お前がどんなに苦しんでも、俺は絶対に許さない。
この手に込める力を。
絶対に、緩めない。
「…………っ、……ッ…………!」
苦しみに歪む目が、俺を見る。
なんだ。
憎いのか?
いいぞ、憎めばいい。
俺は、その10億倍、お前が憎い。
「…………ぁ…………」
かすかに、呼気がこぼれた。
無意識に力が緩んでいたのか?
しっかり絞め上げなければ、と。
力を入れ直そうとした、そのとき。
鬱血した顔が。
ふっと。
微笑の形になった。
「…………ご、……めん、ね…………じ……ぃ、く…………」
―――コキリ。
あまりに、呆気ない感触がして。
ことり、と。
組み敷いた身体から、力が抜けた。
終わっ……た?
力を込めて、引き剥がすようにして、首から手を離す。
跡が、あった。
俺の、手の跡が。
そうっと……俺は、立ち上がり。
身体を離していく。
動かない。
動かない。
体重をかけていなくても、身体を離しても、もう、動かない。
俺は、完全に立ち上がった。
そして、見下ろした。
足元で、仰向けに倒れている、女の子を。
もう動くことはない、女の子を。
首にむごたらしい、俺の手の跡がついた、女の子を。
それは―――
それは―――
それは―――
「……ぁ、」
気付いては、いけない。
感覚でわかる。
気付いたら、終わりだと。
一度でも思ってしまったら、終わりだと。
でも。
でも。
ここに倒れているのは。
ここで動かなくなっているのは。
どう見ても。
どう見ても。
―――――フィル。
「…………ぁ、…………ぁぁあぁああ、……ぁぁぁぁあぁああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ………………!!!!」
終わりだった。
おしまいだった。
俺の正気は。
ここで、終わり。
「ぁぁあぁぁぁぁぁあ!!! ぁぁぁああ!!!! ぁあぁあぁあああああああああああああああ!!! ァあアあああああぁアあああああああああああああああアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!! あぁあぁアアアアアぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――――――――――――――――――――っっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!」
世界で一番好きな女の子の。
自分の手で殺した女の子の。
死体を抱き締めて、俺は絶叫する。
―――コキリ。
手のひらに、その感触が残っていた。
両方の手を斬り落としたくなって、でも、フィルの身体からは離れられない。
まだ温かい。
熱が残っている。
離れると、これが、逃げていってしまうような気がして。
でも、そんなこと関係なかった。
その温かさは。
俺が離れなくても、腕の中から零れて、どんどん逃げていってしまう。
だから、泣くしかなかった。
夜に染まりつつある空に、叫ぶしかなかった。
神様、神様。
ご報告致します。
ついさっき、俺の人生から幸福という概念が消滅しました。
さようなら。
人並みの幸せよ、さようなら。
今までありがとうございました。
もう二度と会うことはないでしょう。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆ラケル◆
「―――え?」
唐突だった。
空を埋め尽くす白骨の怪物。
地を埋め尽くす哲学的ゾンビ。
その両方が、ピタリと停止した。
「何が……」
上空を見上げた、そのとき。
ぼろりと、空を覆う白骨の一部が崩れ落ちた。
それは、皮切り。
白骨の傘全体に、亀裂が走った。
見る見るうちに、天井となっていた白骨が崩れては落ちてくる。
「まずい……!!」
アレは、学院全域に降り注ぐ。
早く退避しないと、無事じゃあ済まない……!
「エルヴィスっ!! みんなを!!」
「はっ……はいっ!!」
白骨の怪物たちを突破しようとしていたエルヴィスを呼び戻して、わたしたちは白い骨が降り注ぐ中を飛ぶ。
まるで、雪のようだった。
砕けた骨が、きらきらと白く輝いて……。
こんな状況なのに、綺麗だとすら思った。
第一闘術場に戻ると、アゼレアたちは無事だった。
でも、間に合わない。
白骨の傘だけじゃなく、それを支えていた大樹までもが崩落しようとしている。
今から逃げているようじゃ……!!
「ガウェイン!! いける!?」
「お任せを……!!!」
ガウェインが【不撓の柱石】で鎧と盾、剣と、手持ちの金属をすべて動員して、わたしたちを守る鉄のドームを作った。
光が遮断され、真っ暗になる。
しばらくして、
―――ガンゴンガンガンギンゴンゴンガンッ!!!!
と、硬いものがぶつかる音が連続した。
鼓膜が破れそうだったけど、かろうじて持ちこたえる。
音が聞こえなくなってから、エルヴィスに『王眼』で外の様子を探ってもらった。
ドームの上に残骸が積み重なっているようだったから、ドームの天井ごと吹き飛ばすことにする。
爆音があり。
衝撃があり。
砕け散った骨の破片が、きらきらと降ってきて。
わたしたちは、頭上に空いた縦穴を登った。
そして。
地上に出たわたしたちが見たのは―――
―――一面の、純白の世界。
校舎も。
闘術場も。
一つも残っていない。
けれど――
一面に広がる、真っ新で真っ白な世界は。
すべて白骨だということさえ知らなければ、溜め息が出るほどに美しい光景だった……。
わたしは、見渡す限りの白い世界を、ぐるりと見回す。
そうして――
見つけたのだ。
白い世界の、真ん中に。
少女を抱いて、呆然と空を見上げる少年が。
ただ―――ひとり。
わたしは、走った。
白骨の残骸でできた大地を蹴って。
ジャリジャリと砕けて走りにくい。
何度も何度もこけそうになりながら、それでも、わたしは走った。
そして、ようやく彼のもとに辿り着き。
背中から、勢いのままに抱き締める。
強く、強く。
わたしの存在を、教えるように。
「…………ごめん、なさい…………!」
他に、かけるべき言葉があったのかもしれない。
でもわたしには、そう言うことしかできなかった。
「…………ごめん、なさい……! 守ってあげられなくて…………ごめんなさい…………!!」
わたしは、師匠だったのに。
ジャックと……フィルの。
二人の、師匠だったのに……。
ずっとずっと、抱き締めているつもりだった。
ジャックが、眠りに落ちるまで。
あるいは、わたしの名前を呼んでくれるまで。
でも。
そのどちらかが訪れる前に―――
わたしは、強く突き飛ばされた。
「え?」
尻餅をついた格好で、わたしは呆然とする。
ジャックが、立ち上がっていた。
見れば、お腹にひどい怪我をしているのに。
フィルを抱えたまま、自分の足で。
そして、わたしを見下ろしていた。
冷たくて、真っ黒な――
何も、映していない目で。
一目で、わかった。
それは―――
―――誰も、信じていない人間の、目だった。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆ジャック◆
信じるものか。
もう誰も、信じるものか。
誰があの悪魔なのかわからない、こんな世界で。
もう。
誰も。
愛するものか――――
黄金の少年期:学院鏖殺編
THE END
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
――――――7年後。




