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◆ジャック◆
祭壇に近付いたフィルは――――
――――不意に、懐からナイフを取り出した。
疑問に思う間もなく、ナイフが祭壇に眠る女性の胸に振り下ろされる。
傷はつかない。
結界の効力で。
しかし。
――霊力切れ。
鳥籠の中にあった〈オロバス〉のアバターが、掠れて消滅する。
「何をやって―――」
止めに入る間もなかった。
フィルはもう一度、女性の胸にナイフを突っ込んだ。
今度は――
鮮血が、舞う。
驚くほどの量だった。
驚くほどの勢いだった。
赤い赤い液体が、噴水みたいに女性の胸から噴き出した。
すぐ近くのフィルは、その血飛沫をシャワーみたいに浴びる。
手も、足も、顔も、服も、すべてが赤く染まっていく。
何が。
どういう?
あんな、ことをしたら。
もう二度と、結界が―――
「―――ああ」
カラン、と。
用済みとばかりにナイフを放り捨てると、フィルは顔についた血を手の甲で拭った。
「……取れませんね。まあいいでしょう、どうせ捨てる身体ですし。
それよりも、喜ばなくちゃいけません。
邪魔な結界が消えて、ようやく『お掃除』を始められるんですから!」
それは、フィルの声だった。
フィルの顔だった。
なのに。
笑顔だけが、フィルじゃない。
別の誰か。
俺がよく知る、別の誰か。
この世で最もおぞましい、二度と見たくなかった笑顔。
フィルの目が俺を見る。
フィルの顔が俺に向く。
フィルの唇が開き――
フィルの声が言う。
「お待たせしました――――兄さん」
――――Sister = Philene Posford




