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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
黄金の少年期:貴族決戦編

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Wrong Yearning


◆ジャック◆


 今でも俺は、鮮明に思い出せる。

 4年前。

 ラケルを肩車して、息も絶え絶えに走らされながら、語ったことを。



『……嫌だからっ……だよっ!』


『何もっ、できなくてっ……無力でっ……無能でっ……守れないのが、嫌なんだっ!』



 だから、俺は生きてきた。

 この二度目の人生を、もっと穏やかに過ごすこともできたはずなのに、ひたすらにひたすらに、もらった才能を磨きながら生きてきた。


 すべてはそれだけのために。

 すべてはこれだけのために。


 すべては―――

 ―――守りたい誰かを、守るために。


 ならば。

 俺の11年は、このときのためにあった。



 ジャック・リーバーという人間は、このときのために生まれた!



「来た」

「来た来た!」

「もう来てくれたんですねっ!?」

「少し待ってくれたらよかったのに!」


 八つの首持つドラゴンが、俺に防がれた首を引いた。

 その向こう側で、同じ顔の双子が俺を見て無邪気に騒ぎ立てている。


「……フィル。あいつらが、あのときの?」


「うん。ベニーとビニーだよ」


 隣に来たフィルが、少し硬い声で言う。

 ……顔を見ても、思い出せることは少ない。

 何せ、たまたま牢屋で一緒になって、少しの間、盗賊から逃げ回っただけの仲だ。

 ビニーのほうに関しては名前すら知らなかったし、女だってことにすら気付いてなかった。


 それでも――

 あいつらが、あのときの俺たちを見てああなったって言うなら。

 それは、俺たちが否定しなくちゃいけない。


 あのとき、どうして俺はヴィッキーと殺し合うことを選んだのか。

 正確なことはもう覚えてはいない。

 けれどきっと、あのときの俺はどこかが歪んでいたのだ。

 あの二人は、俺がどこかに抱えている歪みを体現した存在だ。


 ならばこそ。

 倒さなくちゃならない。

 否定しなくちゃならない。

 俺はもう、ああなってはいけないんだから。

 フィルのおかげで――ああならずに済んだんだから。


「ベニー、ビニー」


 名前を呼ぶと、歪んだ双子はこちらを見た。


「頑張ってきたんだな。これまで、3年も、努力を続けてきたんだな」


「そうなんです!」

「いっぱいいっぱい頑張ったんです!」

「ジャックさんみたいになるために!」

「フィリーネさんみたいになるために!」


「でも、それは間違いだ」


 ぽかん、と。

 二つの顔が、空白になった。

 躊躇いを捻じ伏せて、俺は言葉を紡ぐ。


「お前たちの努力は、間違ってる―――人を傷付けなきゃ証明できないような努力が、正しいはずないだろ!!」


 守りたい誰かを守る。

 それは、邪魔する誰かを傷付けるということなのか?

 違うだろ!

 それじゃあの妹と同じだ!

 勝手な思い込みで俺の親しい人間を次々と殺し尽くした、あの妹と同じだろ!


「……ごめんな」


 しっかりと届くように。

 俺は、静かに語りかけた。


「俺なんかに憧れさせて―――本当に、ごめん」


 あのとき、一緒に牢屋に入れられたのが、もっとまともで、もっと普通で、もっと真っ当な奴だったら。

 きっと、こいつらはこうはならなかった。

 残酷でも、こう言うしかないんだ。


 お前たちは、憧れる相手を間違えた――と。


「…………なんで」

「そんなこと、言うんですか」


 空白の。

 何の感情もない表情のまま。

 俺の歪みに育てられた双子は言う。


「なんで、あなたまで」

「間違ってるなんて言うんですか」

「じゃあ『正しい』ってなんなんですか」

「黙って大人に物扱いされるのが正しいんですか」

「戦って!」

「殺して!」

「自由を勝ち取るのも!」

「自分を取り戻すのも!」

「正しくないって言うんですか!」

「間違ってるって言うんですか!」

「だったら正しくなんてなくてもいい」

「だったら間違ってたって構わない!」

「世界が(ボク)たちを拒んでも!!」

「社会が(ワタシ)たちを嫌っても!!」


「「それでも、生きるって決めたんだから―――!!!」」


 八つの竜頭が同時に咆哮する。

 それは、叫びだった。

 世界に居場所を与えられなかった子供の、必死の抵抗だった。


 きっと、貴族の家に生まれてぬくぬくと育てられた俺には想像できない環境で、彼らは育ったんだろう。

 そこには、俺が妹に閉じ込められた5年間に匹敵する悪夢があったのかもしれない。


 そんな中に射し込んだ、一条の光。

 それを俺は、否定したのだ。


 だから。

 今一度、俺たちは見せなきゃならないんだ。


 彼らが、本当に憧れるべき姿を―――!!


「フィル。30秒だけ時間を稼げるか」


「任せて」


 打てば響く返事と同時、どこからともなく無数の魔物が現れた。

 俺を助けに来る道中、倒しては仲間にしてを繰り返したと言うフィルの『お友達』だ。

 炎、冷気、風刃、様々な攻撃が荒れ狂って、八つある竜の首の注意を惹いた。

 反撃の火炎ブレスが幾度となく魔物たちに迸っていく。

 魔物たちは蜘蛛の子を散らすように回避するが、全員が無傷とはいかなかった。

 少しずつその数が減っていく。

 フィルの指揮力は卓絶的だが、あまりに相手が悪かった。

 本来のルールを無視して生まれた怪物には、律儀にルールを守って生まれたモンスターがいくら束になっても敵わない。


 だが、時間さえあればいい。

 あとは、俺がやる。


 俺は頭上に高く右手を掲げた。

 その手のひら。

 冷たく触れる空気。

 その質量を――

 ――ゼロにする。


 ゴウンッ!!

 と大気が唸った。


 まるでそこに、見えない穴が空いたかのように。

 掲げた俺の手のひらに、空気という空気が集まってくる。


「な……なに……!?」


 背後でアゼレアが呆気に取られたように呟いた。

 この技の存在を知っているのはエルヴィスだけだ。

 臥人館のとき、ボスモンスター・パラガント相手に使った自爆技を、俺とあいつとで昇華した。


 質量ゼロになった空間は周りの大気を吸い込み、吸い込まれた大気も俺の手に触れて質量がゼロになる。

 それを無限に繰り返し、俺の手のひらに無限の大気が凝縮されていく。


 この部屋から――否、世界中から空気を根こそぎ奪い取ることだって、理論上は可能だろう。

 開発に協力したエルヴィスは、この技を『間違いなく、人類史上最強の威力を持つ精霊術技』だと評した。


 5秒貯めれば岩をも砕く。

 10秒貯めれば鉄を貫く。

 30秒貯めれば――


「じーくん、ごめん! もう保たないよ!」


 八つの首が吐き出す火炎が、フィルの魔物部隊を散り散りに壊乱させていた。

 部隊編成が不可能なほどに数を減らせば、魔物たちはもはや八つ首竜の脅威にはなり得ない。


 八対の眼が俺を見た。

 俺の右手に集まる風を認識し、威嚇の咆哮をあげた。


 だが。

 もう遅い。


 30秒――すでに経っている。


「ベニー、ビニー、よく見ろ」


 俺は無量の大気を凝縮した右手を、八つの首持つ竜に向けた。


「これが今の俺だ。誰も殺せない(・・・・・・)この学院で成長した、今の俺の姿だ」


 凝縮・圧縮された無量の大気。

 それを、すべて。

 一方向に向けて――


「どうせなら、お前らも一緒に成長しようぜ。そんなところ(・・・・・・)で止まってないで―――!!」


 解放の瞬間。

 何らかの化学的反応なのか、この技は目映い光を放つ。

 それが、まるで宙天に輝く太陽みたいで――

 開発者である俺とエルヴィスは、この技にこう名付けた。


 刹那の太陽。

 輝きと共に舞う破壊の風。




「――――『太陽破風(モーメントバースト)』――――!!!」




 凝縮された大気が、すべてを塗りつぶすフラッシュと共に暴れ狂う。

 まるで嵐を投げ飛ばしたかのように。

 まるで神が指揮棒を振ったかのように。

 それは渦を巻き、指向性を持って、八つ首の竜へと一直線に襲いかかった。


 5秒貯めれば岩をも砕く。

 10秒貯めれば鉄を貫く。

 30秒貯めれば――


「――竜すら抉る」


 破壊の風が、竜の巨体を浮き上がらせた。

 巨竜は壁に押しつけられて、なおも風に責め立てられた。

 ギャリギャリギャリギャリッ!!

 強靱な鱗が見る見る削られていく。

 まがまがしく変形した竜は、異形となった部分から順番に削り落とされていく。


 咆哮があった。

 悲鳴があった。

 しかし、それは断末魔じゃない。

 すでに屍であるその竜は、ただ、あるべき形に還るだけ。

 遊び半分で作り替えられた冒涜的な肉体から、ようやく解放されるのだ。


 首が一つ落ち。

 二つ落ち、三つ落ち。

 五つ落ちて、三ツ首になる。


 それが、元の形だったんだろう。

 巨竜は静かに沈黙し――

 迸った嵐もまた凪いだ。


 あとに残ったのは、俺たち人間だけ。


「……あ……」

「……あ……」


 呆然と。

 ベニーとビニーの双子は、沈黙した巨竜を見上げていた。

 それも長くは続かない。

 役目を終えた竜は、壁に染み入るように消滅し、ダンジョンへと還る……。


 俺は地面を蹴った。

 竜がいた大穴を飛び越えて、ベニーとビニーの前に着地した。


 二人の傍には、アーロン・ブルーイットが倒れていた。

 だとすれば、残った悪霊術師はこの二人と、地上でラケルが戦っている娼婦めいた女・ルクレツィアだけ。


 双子は俺を見上げた。

 そして。

 かすかに……笑みを浮かべた。


「殺すんですよね?」

「殺してください、(ワタシ)たちも」

「あのときみたいに」

「あのときみたいに」

「あのときみたいに!」

「あのときみたいに!」


 俺は――

 無言で、腰の鞘から『あかつきの剣』を抜いた。


 あのとき。

 どこかから見ていたらしいこいつらの前で、女盗賊ヴィッキーを殺した剣。

 その朝焼け色の輝きを、ベニーとビニーは陶然と瞳に映した……。


 俺は見た目に合わない超重量を持つその剣を、大きく振り被った。

 そして――

 双子の首に狙いを据え――

 一直線に――

 ――振り下ろす。


 ボウンッ! と。

 あかつきの剣の圧倒的重量が生んだ余波が、周囲に広がった。

 俺の、ベニーの、ビニーの、髪が強く棚引いて――


 ――ただ、それだけだった。


「わかったか?」


 あかつきの剣の刃は、首に触れる寸前のところで止めていた。

 ベニーとビニーの二人は――

 堅く目を瞑り、全身を硬直させていた。


「怖いだろ、殺される瞬間って――たとえ死なないとわかってたって、怖いだろ」


 俺は剣を引く。

 愕然とした表情で、双子は俺を見上げていた。


「お前らだって、知らないはずないだろ。死ぬような目の一つや二つ、遭ってきたんだろ?

 俺も知ってる。何人も何人も見てきた。殺されるその寸前、恐怖に硬直する人間を。

 だから――そういう人間を、増やしたくないと思ったんだ」


 俺は――

 残酷に。

 冷酷に。

 ――間違った憧れを抱いた二人に、言葉を突きつける。


「たとえお前たちが、俺たちに憧れてそうなったんだとしても。

 俺は――お前たちみたいな人間を、許せない」


 それが。

 トドメだった。


「……あ、」

「ああああ、」

「ああ、」

「あああ!」

「あぁあああぁぁ!!」

「ああぁああぁああああぁあ」

「あああああああああああああああああ」

「ァアあああああァああああああアアアアアアア」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――ッッッ!!!!!!!」


 絶叫が輪唱する。

 それは、まさに断末魔だった。

 己を全否定された人間の、絶望の叫びだった。


 罪悪感が胸に疼く。


 勝手なことをして。

 憧れさせて。

 挙げ句また、自分勝手に否定する。

 何様のつもりだ?


 わからない。

 そんなの俺が教えてほしい。

 ただ――俺には、願うしかないんだ。

 俺が、人並みに幸せになりたいと願うように。

 こいつらにも、人並みに幸せになってもらいたいって――


 ぽん、と。

 俺は、絶叫しながら涙を流す双子の頭に手を乗せる。

 払いのけられるかと思ったが――

 二人は、止めどなく涙を流しながら、俺に撫でられるままでいた……。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「アゼレア。こいつらや他のみんなのこと、頼めるか?」


 まさに死屍累々だった。

 泣き疲れて気絶するように眠ったベニーとビニーを含め、エルヴィス、ルビー、ガウェイン、そしてアーロンに至るまでが意識を失っている。

 無事でいるのは俺とフィル、アゼレアの三人だけだった。


 アゼレアは抱きかかえていたルビーを床に横たえて、


「え……っと、別にいいけれど……」


「……なんで目を逸らす?」


 なぜか目を横に逃がした。

 そしてなぜか、くしくしと前髪を指でこする。


「いや、その……今は心の準備が」


「はあ? なに言ってんだお前は」


「やあっ! だめっ、近づかないでっ! 近づいたら焼き殺すから! ルーストになったのよ私! すごいでしょ!?」


 脅すか自慢するかどっちかにしろ。

 っていうか、お前が潜在的にルーストだったのなんて最初から知ってるっつーの。

 あんだけの才能でルーストじゃなかったら俺やエルヴィスの立つ瀬がねえよ。


「……そっとしといてあげて、じーくん。アゼレアは今、すっごーく難しい状態なの」


 後ろから肩を叩いてくるフィル。

 よくわからんがそうなのか。


「できれば永遠にそっとしとこう。一人でこじらせてるのが一番似合うもんね」


「ちょっと! どういう意味よ!?」


「別にぃー? どうせ自分からはなぁーんにもできないだろうから放っておけば安泰かなーなんて思ってないよー?」


「ひっ、人をヘタレみたいに……!!」


 こいつらはこんなところでも通常営業だな。

 二人で行動してるときは大丈夫だったんだろうか。


「とにかく、気絶した面々のケアは任せた。俺たちは先に行く」


 言って、俺は懐から鍵を取り出した。

 ラケルから預かった鍵だ。

 どこで使えばいいかは、もうわかっている。


 俺たちは振り返った。

 床の大部分が崩れ去った広大な部屋の奥に、一つの扉がある。


「あそこが結界の制御室でいいんだな?」


「ええ。アーロンがそう言ってたわ」


 ようやくだ。

 ようやく、ラケルに預けられた役目を果たせる。

 第一闘術場の結界を復旧して、囚われた父さんや母さんたちを助け出すのだ。


 俺は扉に近づいた。

 鍵穴がある。

 そこに……ラケルから預かった鍵を、差し込んだ。


 ……カチリ。

 回った。

 やっぱり、ここの鍵だった。


 俺は隣についてきたフィルの顔を見る。


「……行こう」


「うん」


 俺は、扉の取っ手を握り。

 ゆっくりと、押し開けていった――

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― 新着の感想 ―
このあと、絶望がある‥‥‥‥はず。 この物語はハッピーに終わらせてくれるほど、生ぬるいものじゃないって知ってるから。知ったから。
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