The Pursuing Past - Part4
◆フィル◆
不似合いなほど朗らかに挨拶してみせた双子の姿と、過去の記憶が重なった。
怯えるばかりで、じーくんの言うことに頷くのがやっとだった普通の男の子。
盗賊の女頭領に利用されてはいたけれど、わたしの中ではそんな印象だった。
なのに。
「なんで……?」
呟くと、ベニーとビニーは揃って首を傾げた。
「その『なんで』は、『なんで悪霊術師ギルドに?』ってことですか?」
「ああそっか! お二人には親元や施設に返したって伝えられてるから!」
「私たちは元から悪霊術師ギルドの人間ですよ?」
「あの盗賊が双子を欲しがってたので、僕たちが貸し出されたんです!」
「ひどいですよね、ギルドは私たちを物扱いしてたんですよ?」
「あのときは本当に怖かったです。ヴィッキーの奴、借り物なのにめちゃくちゃするんだから!」
「もう終わりだって思ってました。どうせ何もない人間ではありましたけど、ここでとうとう命もなくすんだって」
「「でも!」」
「怯えるばかりだった私たちとは違って、ジャックさんとフィリーネさんは毅然と戦いました!」
「恐ろしい盗賊を相手に、恐ろしい大人を相手に、毅然と戦い、逆に殺してしまいました!」
「私たちは見ていたんです! あなたたちとヴィッキーの戦いを!」
「感動しました! 本当に本当に感動しました!」
「あんな風になりたい。あんな風に強くなりたい。そう思ったんです。だから!」
「本格的にギルドに入って、精霊術の修行を始めたんです!」
「筋がいいって褒められたんですよ? いっぱいいっぱい努力したんです!」
「おかげで段位も二段になりました! これってすごいことなんですから!」
「そうです、私たち、すごくなったんです!」
「僕たち、すごくなったんです! あのときからずっとずっと!」
「「だから――」」
歌うように恍惚とまくしたてていた双子は、大きく両腕を広げる。
まるで――
自分たちを披露するように。
「「見てほしかったんです! お二人に! ワタシたちがすごくなったところを!!」」
無邪気な笑顔と無邪気な声。
描いた絵を親に見せる子供みたいだった。
なんでだろう。
どうしてこんなに、寒気がするんだろう。
昔、助けた子が、わたしたちに憧れて、努力して、成長して再会した。
言ってみればそれだけのことなのに、どうして――
「そのために……」
この寒気の理由を確かめたかった。
確かめたって、どうせろくなことにならないってわかってる。
それでも、確かめたくてたまらなかった。
「そのために、じーくんを攫ったの……?」
男女の双子はニコニコと笑う。
「私たち、考えたんです」
「どうやったら僕たちのすごさを知ってもらえるだろうって」
「すぐに思いつきました」
「僕たちが、お二人やお二人のお仲間を倒してしまえばいいんです!」
「エイトキン三姉妹はどうでした?」
「正直失敗作なんですけど、自己紹介には充分だったかなって思います!」
「あの3人は、精霊術の組み合わせは悪くないのに、いかんせん性格がダメなんですよね」
「ダメな人たちはダメなんだから、とっとと捨ててしまえばよかったです!」
「でもせっかく相性のいい組み合わせなのにもったいないなあって」
「こんな風に迷ってたらフィリーネさんみたいになれないですよね」
「反省です!」
まったく悪気なく。
3人の人間に対して、捨てるだの何だのと物みたいな言い方をする。
もしかして、この子たち――
そうやって、いろんな術師を組み合わせてみては、捨ててきたの?
意識の波長が合わない人同士に精神共有をさせたら一体どうなるか、わたしにはわからない。
でも、間違いなくろくなことにはならない。
精神活動に支障が出て……最悪、死んじゃったりするかも。
ギルドに物扱いされていた、と。
そう言ったその口で。
人を人とも思わない所行を、何の悪気もなく語る。
それって……。
「ジャックさんがヴィッキーを殺したとき、本当に感動しました!」
「僕たちもあんな風に大人を殺せるようにならなきゃって思ったんです!」
この子たち、おかしいよ。
壊れてる?
歪んでる?
言い方なんかわかんないけど、おかしい!
でも――
「だから私たち、決めたんです!」
「僕たちの成長を見せるために!」
「「ジャックさんとフィリーネさんを殺すって!」」
――でも、この子たちは、わたしたちに憧れてこうなったんだよね?
あのとき。
女頭領ヴィッキーと戦って、殺して。
そんなわたしたちを見たから、こうなったんだよね?
それって……。
わたしたちの、せい?
胸が苦しくなった。
鉛を飲み込んだみたいに重くなる。
わたしたちのせいで、普通の子だった二人が、こんな風になった?
わたしたちの……わたしたちの、せいで……。
「ジャックさんを攫ったのは、フィリーネさんが来てくれると思ったからなんですけど」
「変なんですよね。もう動けるはずなのに、返事もしてくれなくて」
「ビニーと話してたときだっけ? 急に叫びだしたのって」
「そうそう。僕が『兄さん』って言った瞬間に、何かに怯えるみたいに!」
「不思議だよねー」
「でもまあいっか!」
「ジャックさんならきっと、フィリーネさんのピンチには絶対目を覚ますだろうから――」
「――わたしたちは!!」
わたしは叫んだ。
これ以上、聞いていられなかった。
「わたしたちは、全然、嬉しくない! 友達を傷つけられて! こんな牢屋に閉じ込められて! ましてや、人殺しなんて……! そんなのうまくなったって、ちっともすごいと思わない!!」
薄暗い迷宮の中に、わたしの声が反響していく。
どうか。
どうか届いてほしい。
わたしたちは、あなたたちをそんな風にするために助けたわけじゃない。
わたしたちは、ただ普通に――
双子はニコニコ笑って言った。
「「またまたー」」
――ああ。
少しも、届いてない。
「そんな謙遜しなくても」
「あれほどすごい殺し合いをしてみせたのに、それがすごくないなんて」
「でも、どうしよう?」
「こうなったら、お二人を殺すのは難しいよね?」
「だけど見てもらわなきゃ!」
「うん! 二人にもっともっとすごいところを!」
「あ、そうだ」
「うん、そうだ!」
「他の人たちのとこに行こう!」
「同じクラスの人を殺せたら、きっと褒めてくれますよね?」
えっ……?
他のみんなのところに行くつもり!?
「ちょっと待っ――」
「それじゃあ!」
「きっと来てくださいね!」
間に合わなかった。
取り押さえようと思ったときには、ベニーとビニーの姿は闇の中に溶けていた。
早く、みんなと合流しないと……!
あの二人は危ない。
今度は何をし始めるか……!
「じーくん!」
わたし一人じゃダメだ。
じーくんもいないと、きっとあの二人は止められない。
これは勘みたいなものだった。
サラマンダーに、鉄製の錠を溶かしてもらう。
そうしてわたしは、牢屋の中に入った。
「じーくん! じーくんってば!!」
俯いて虚空を見つめるじーくんは――
――答えを返してはくれなかった。




