The Pursuing Past - Part3
◆フィル◆
隠し扉の向こうにあったのは、牢屋だった。
小さな篝火だけがぼんやりと照らすその空間を、わたしは警戒しながらゆっくりと進む。
前のほうに、鉄格子があった。
その向こう側に……進むごとに、少しずつ……影が、見えてくる。
「じーくん……!!」
その顔が見えるまでになると、わたしは鉄格子に飛びついた。
牢屋の奥の壁に、じーくんがいた。
鎖で両手両足を繋がれている。
「じーくん、わたしだよ! 助けに来たよ!!」
呼びかけても、反応はなかった。
ずっと、俯いたまま。
ひやりとした感覚が、全身を撫でた。
そんなわけない。
そんなわけない!
わたしは闇に目を凝らす。
じーくんは……かすかにだけど、確かに息をしていた。
わたしは安堵の息をつく。
ちゃんと生きてる……。
でも、だったら、なんで反応してくれないの?
目はかすかに開いているように見えるのに、虚空をぼんやりと見つめるだけ……。
とにかく、解放してあげないと!
扉に飛びついたけど、カギがかかって開かない。
知るもんか。
サラマンダーに焼き切ってもらえば……!
「―――させませんよ」
背後から声があり、わたしはすぐに振り返った。
肩を上下させて荒く息をする女の子が、そこにはいた。
何の変哲もない女の子だ。
街中ですれ違っても、きっと気にも留めない。
学院で同じ教室になっても、きっと名前も覚えない。
どこか異常性があからさまだった今までの悪霊術師の人たちとは、根本的に違う。
きっと何かがおかしいのに、その何かがわからない。
声しか知らなかった頃より、こうして姿を知ってからのほうが、むしろ不気味に感じた。
「『その人』は渡しません。必要なんです。どうしても」
「そんなのわたしだって同じことだよ。独り占めはさせない!」
「大丈夫です。だったら」
にい、と。
特徴のない女の子は、唇を吊り上げた。
「必要なのはあなたもなんですよ、フィリーネさん」
彼女の背後の闇が、不気味に蠢く。
「さあ、見てください、見てください! もっともっともっと!!」
ドラゴンが1体。
ゴーレムが1体。
そして大鬼が1体。
計3体の大型モンスターが、わたしを睥睨する。
反省を踏まえてか、今度は種類を揃えて多様性を確保している。
「あははっ――!! このときを待っていたんです! 何年も何年も!! ようやくっ! ようやくっ……!!」
わたしは気付いた。
わたしに向けられた満面の笑みは、絶対、初対面の人間に向けるものじゃない。
「……あなた……だれ?」
頭の中がかすかに疼く。
何かの記憶が浮かび上がってこようとする。
けどその前に、3種類の怪物が動いた。
ドラゴンのブレスはサラマンダーで防げる。
でもゴーレムと大鬼の物理攻撃はそれじゃ防げない。
麻痺させて攻撃タイミングをずらす必要がある。
なら誰を麻痺させる?
ゴーレムに電気なんか効きそうもない。
ドラゴンの攻撃はサラマンダーでいなせる。
そっか、じゃあ1体しかいない。
一瞬で判断を終えたわたしは、紫電を纏うサンダーバードで大鬼の動きを止める。
ドラゴンブレスはサラマンダーのみんなに任せて、意識をゴーレムに集中した。
硬そうな岩でできた腕が、勢いよく振り下ろされてくる。
あの巨体、あの材質、きっと相当の体重だ。
身体が重いってことは、バランスを取るのが難しいってこと!
ジャックフロストが瞬時に地面を凍らせる。
続いてガーゴイル部隊が身体を石化させながら次々とゴーレムの足に突っ込んだ。
それだけで、巨大なゴーレムは簡単に姿勢を崩す。
振り下ろされた腕は、見当違いな場所に炸裂した。
手は緩めない。
多少のリスクを取ってでも畳みかけなければ、状況は悪くなるだけ。
異種様々な飛行型モンスターの『みんな』が、すでに転んだゴーレムの直上で待機している。
彼らが抱えているのは、モグラみたいな姿の魔物さんだった。
そう。
青い炎の人と戦ったときに手伝ってもらって、そしてやられちゃったウィーちゃんと同じ種族の子だ。
この子たちは、石や岩を細かく噛み砕いてしまう習性がある。
投下されたモグラさんたちが転倒したゴーレムを噛み砕いている間に、わたしは意識を別に移した。
ドラゴンのほうは――大丈夫、ジャックフロストの冷気が効いてる。
問題は大鬼のほう。
麻痺が切れかかってる――というか、慣れ始めているみたいだった。
本格的に動けるようになる前に叩く。
ミノタウロス部隊を動かした。
足の指と腱を優先的に攻撃してもらう。
全身が痺れている状態でそんなことをされたら、立っていられなくなるのは当然だった。
あとは総掛かりで攻撃するだけ。
すべて片付けて、わたしは一人残った女の子に目を戻した。
いくら種類を揃えても、たかが3体じゃわたしの相手にはならない。
特にこの迷宮には色んな能力を持った子がいるから、ちょっとやそっとの相手じゃ対応不可能になることはない。
「もう品切れだよね?」
反応はなかった。
また新しいのをけしかけられても面倒だし、ここで霊力切れにして――
――と。
思った、
そのとき。
背後から4つ目の気配が現れた。
いや。
違う。
咄嗟に振り向いたわたしは思う。
魔物じゃない。
人間だ。
しかも――
――前にいる女の子と、顔がそっくりだった。
手にはナイフ。
薄暗い闇の中を、銀色の刃が鋭く閃いて――
――わたしの首筋を、
引き裂かなかった。
ナイフの刃は、わたしの身体よりだいぶ手前で、不自然に止められている。
受け止めたのだ。
ふっ――と、染み出すように、わたしの前に白いシーツみたいなものが現れた。
それは、わたしが連絡係に使おうとした、オバケみたいな姿の魔物だった。
「この子、やろうと思ったら物に触ることもできるんだって」
ナイフを受け止められた2人目は目を瞠る。
顔はあの特徴のない女の子と一緒だけど、骨格なんかをよく見たら、こっちは男の子だった。
新しく現れた男の子は、わたしから距離を取りながら、大きく回るようにして女の子のほうへと移動する。
よく似た顔が、二つ並んだ。
双子だ。
男女の双子はそんなに似ないって聞いたことがあるけれど、この二人はまるで模写したみたいにそっくりだった。
たぶん、こうして並べて見比べなければ、どっちが男の子でどっちが女の子なのかもわからなかったと思う。
「なんで?」
「なんで?」
そっくりな双子は、同じように首を傾げ、同じ言葉を重ねた。
「バレてないと思ったのに」
「不意打ちだったよね」
「そうだよ。バレる理由ないし」
「なんで?」
「なんで?」
人と人が会話しているようには見えなかった。
二人で自問自答してる。
どちらかと言えばそういう印象だった。
「……バレバレだったよ」
記憶が疼く。
それを探りながら、わたしは言った。
「だって、必要もないのに姿を晒すんだもん。今まで徹底して声だけだったのに。
わたしに監視されてることに気付いたんでしょ? だからいっそ姿を晒して、注意を自分に惹こうと思った――
じゃあ当然、伏兵を隠してるはずだよね」
ぽんっ!
と。
双子はまったく同時に手を打った。
「ああっ!」
「そっかあ!」
「やっぱりすごいです、フィリーネさんは!」
「あのときと全然変わってない!」
「ううん。あのときよりももっとすごい!」
――あのとき?
記憶が疼く。
やっぱり……わたし、会ってる。
わたしだけじゃない。
たぶん、じーくんも、この二人に……!
「私たちももっと頑張らなきゃね、ビニー!」
「僕たちももっと頑張らなきゃ、兄さん!」
「やっぱり3年ぽっちじゃ足りないね!」
「もっともっと修行して、ジャックさんやフィリーネさんみたいにならなくちゃ!」
3年……?
3年前?
それに、双子。
そして――
――精神を束ねる精霊術。
「――あっ」
不意に。
記憶が開けた。
今から、大体3年くらい前。
わたしとじーくんが盗賊に捕まった、あのとき――
「あなたたち……あのときの……!!」
双子は同時に、ぱあっと顔を輝かせた。
「あっ!」
「覚えててくれてたんですか!?」
「そうです!」
「一緒に『真紅の猫』に捕まっていた―――」
捕まっていた子供たちの一人。
いや、二人。
盗賊の女頭領が、自分の精霊術を強く見せるためのトリックに使いながら、逃げるわたしたちに紛れ込ませてスパイとしても利用していた、離れた場所同士でも互いに連絡が取れる精霊術が使える、双子。
「「―――ベニーとビニーです! お久しぶりですっ!!」」




