The Chirp of Unknown Girl
◆ジャック/エルヴィス◆
ダンジョンを進んでいくと、青い炎を使う悪霊術師が立ちはだかった。
見慣れない色の炎は、火力においてアゼレアのそれを凌駕していて、もしかするとルーストのそれだったのかもしれない。
だが。
俺とエルヴィスの敵ではなかった。
「やったか?」
「うん。完璧に霊力切れ」
戦闘が始まって、およそ30秒後のこと。
地面に転がった悪霊術師の少女の顔をエルヴィスが覗き込み、霊力切れを確認する。
比較的広い場所で挑んできたのが運の尽きだった。
目の前に青い炎が迫った瞬間、エルヴィスが蜃気楼の剣をぶん回して、炎ごと相手をぶっ叩いたのだ。
その際、蜃気楼の剣が掠った天井がだいぶ抉れた。
もう少し狭い場所だったら、生き埋めになって面倒臭いことになっていたかもしれない。
「なんで炎が青かったんだろうね?」
「さあな。倒したんだからいいだろ。それより先を急ごう」
第一闘術場で、父さんや母さん、ラケルが待ってるんだ。
すでに倒した敵のことにかかずらっている余裕はない。
それは、正しい判断だった。
だから――
「ジャック君!!」
不意にエルヴィスが叫んだとき、俺は脳の処理が追いつかなかった。
――――え?
そう思ったときには、もう遅い。
途端に意識が薄れ。
身体が傾いでいく。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆ルビー/ガウェイン◆
「3つの精霊術を……共有? 可能なのか、そんなことが?」
「精霊術って、頭っつーか、精神で使うだろ?
だからその精神を束ねることができんなら、可能だと思うんだよな。
なんていうか、これも感覚なんだけど、あいつ、炎を使うのに手慣れてない感じしなかったか?
たぶんあいつ自身の精霊術じゃねーんだよ」
あたしは指を3本立てた。
「あたしらは3組に分かれた。
だから、互いの術を共有した3人の術師を、1人ずつ送ってきたんじゃねーかな。
術の内訳はたぶん、一人は【黎明の灯火】。
一人は超聴覚。
そんでもう一人が、【黎明の灯火】の火力を上げるための精霊術――
これはたぶん、先生がやってたのと似たようなもんだろ。
火の威力を上げるには何を与えてやればいいか――」
「そうか! 3つ目は――」
「そう。空気――ガス使いの精霊術だよ」
むう、とガウェインは難しげに唸った。
「……あるいは、炎よりも脅威かもしれんな。毒ガスなど使われていたら……」
「たぶんあいつ自身の精霊術は超聴覚だったんだろうと思うぜ。だから他の術に関しては、そういう応用的な使い方はされずに済んだんだ」
「しかし、貴様の推測が正しければ、厄介なガス使いが他の皆のところに行ったことになるぞ。
ジャック・リーバーと殿下はともかく、アゼレア・オースティンとフィリーネ・ポスフォードは――」
「いや。……あたしは、案外ジャックと王子様んところのほうが危ねーと思う」
ガウェインは怪訝そうな顔で振り向いた。
「……なぜだ? 戦力で言うなら、オレ達の中では紛れもなく一番だろう」
「だからだよ」
眉根に皺を寄せるガウェインに、あたしは説明を重ねる。
「あの二人ならあの程度の相手、あっさり瞬殺しちまうだろ。
それって、相手の精霊術について分析する暇もねーってことじゃねーか。
あの二人はたぶん『変な炎を使う敵』としか認識しねー。
ガスを使うかもしれないとは夢にも思わねー」
ガウェインはハッとした顔になった。
「そうか。オレ達にとっては、あの青い炎は恐るべき脅威だったが――」
「あの二人にとっちゃ、ただ色が違うだけの小火だ。ただでさえ急いでいるこの状況、わざわざ頭を使って分析するほどの価値はねー」
アリを踏み潰すとき、わざわざその行動を分析してから事に及ぶか?
あの天才組に弱点があるとしたら、まさにそこだとあたしは思うのだ。
「あいつらはあの程度の術師なら瞬殺しちまう。でも、もしそれが『ガス使い』だとしたら――」
「……毒ガスなどの攻撃は、術師本人が霊力切れになっても残留する」
「そう。まさにイタチの最後っ屁だ」
相手がガス使いだと知っていたら、あの二人は必ず警戒する。
だが知らなかったら……わからない。
「しかし、だとしても、だ。エルヴィス殿下には『王眼』がある。情報そのものを知覚するあの眼さえあれば、毒ガスなどたちどころに看破するだろう?」
「まあ、確かに……」
あたしは曖昧に言った。
「敵を倒した直後っつー最も気の緩む状況でも、空気なんてあやふやなもんの微細な変化に即座に気付くくらいの警戒心、あの王子様なら持ってそうだけど、な」
含みのある言い方になったのは――たぶん。
見たことがないからだと思う。
あの王子様が、誰かと共闘しているところを。
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◆エルヴィス◆
気付いた時には遅かった。
『王眼』はぼくに対し、常に大量の情報をもたらす。
ぼくにそのすべてを処理しきることはできない。
たいてい、優先順位を設ける。
そのプライオリティにおいて、空気の質の変化はさほど上位じゃない。
単純に処理するのが難しい情報だから、無意識に後回しになってしまうのだ。
それでも。
いつもなら気付けていたはずだった。
これは、紛れもなく――
油断していたのだ。
『王眼』によって毒ガスに遅ればせながら気付いたぼくは、かろうじて息を止めることができていた。
だがそれも、毒の回りをほんの少し遅らせただけ。
立っていることができず、ジャック君に続いて倒れ伏した。
ぐらぐらと揺れる意識を、どうにか手繰り寄せる。
ぼやけた視界で、すぐ傍に倒れたジャック君を見た。
完全に意識を失っている。
ぼくが、危険を伝えるのが遅れたせいだ。
こんな、凡ミスを……こんな、ときに……!
信じられない、というのが本音だった。
ぼくはぼくのことを、こんなに迂闊な人間だとは思っていなかった。
もしかしたら、生まれて初めてかもしれない。
こんな風にミスをして、誰かを危機に陥れるなんてこと……。
しかし、ショックに浸っている暇はなかった。
視線の先。
倒れ伏したジャック君の傍に、人影が現れた。
立ち塞がった悪霊術師は確かに倒した。
まだ起き上がれるはずがない。
ぼやけた視界は、人影の体格だけを教えてくれた。
年上に見えたさっきの悪霊術師より、ずっと小さい。
それ以上の詳細は、肉眼の代わりに『王眼』が視てくれた。
知らない女の子だった。
いや、女の子……?
はっきりとしない。
『王眼』が伝えてくる情報は、ブレているというか、ダブっているというか、どこか錯綜していた。
女の子のような何か。
そう表現するしかない誰かだった。
「…………だ、れ…………」
痺れる舌をどうにか動かし、誰何する。
答えが返ってくるとは思っていなかった。
けれど、人影の顔の部分がこちらを向いた気がした。
そして―――
「くすくす」
「くすくすくす」
「くすくすくすくすくす」
「くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす…………」
怖気が走った。
楽しそうでも、嬉しそうでもない。
かと言って嘲っているわけでもない。
なんだ――その笑い声は。
もはや『鳴き声』と呼んだほうが似つかわしい。
そういう鳴き声をする怪物が鳴いたのだと、そう理解するほうが納得がいく。
異形の笑い声。
ぼくの理解が到底及ばない存在であることが、その笑い声だけで容易に知れた。
女の子のような何かは、笑い声を止めると、もうぼくには見向きもしなかった。
そのことに……安堵しなかったと言えば、嘘になる。
けれど、気を失ったジャック君をどこかに引きずっていき始めたのを見ては、黙っているわけにはいかなかった。
「…………ま、……て…………!」
しかし、毒で痺れた身体では、満足に叫ぶことすらできない。
得体の知れない何かに、ジャック君が連れ去られていくのを――
――ぼくは、見ていることしかできなかった。
明日と明後日は事情によりお休みです。
次の更新は11月30日(水)18時。




