The Chirp of Girl - Part5
◆ルビー/ガウェイン◆
「くっそぁあああああッ!! 外れないぃいいいいっ!!!」
ベリルは足に巻きついた鉄を外そうともがいていた。
喚きながらのたうち回る姿は実に無様で、いい気味だと言ってやりたいところだったが、そうもいかねー。
互いを遮る炎の壁が下火になり、あたしたちの姿を認めるや、ベリルは憤怒の形相になった。
「ムカつくんですけどッ……!! ほんッとムカつくんですけどッ!!! 死ね!! 死ねッ!! 消し炭になれえッ!!!」
青い炎が迸った。
あたしたちをまとめて呑み込まんと迫るそれを、不意に床からせり出した金属の壁が阻んだ。
「ぐうううっ……!!」
ガウェインだ。
自分の鎧を液体化し、巨大化させつつ壁の形にしたのだ。
だけど、いくらももつものじゃない。
この程度で防げる炎なら苦労はしない。
案の定、壁の真ん中が焦げて穴になり始めた。
ガウェインは間断なく壁を修復し続けるが、いつまでもはもたない。
あたしはガウェインの首根っこを掴んだ。
「ぐおっ!?」
無駄にでけーガウェインの身体を床に押し倒す。
と同時、壁が破れた。
溢れ出した青い炎が猛然と迫る。
それがあたしたちを呑み込む寸前――
世界が暗黒に包まれた。
目の前に迫っていた炎も消滅する。
【一重の贋界】による、完全遮断状態だ。
「な、なんだ? どうなった?」
「落ち着け。【一重の贋界】で隠れただけだ。外が見えなくなる代わりにこちらからの情報も遮断するこの状態ならヤツの探知も効かねー」
「……こんなことができるなら、最初からしてほしかったものだな」
うるせー。
暗くて怖いから滅多に使えねーとか、コイツにだけは絶対言いたくねー。
完全遮断状態では一片も光も射さない。
だから、すぐ前にあるはずのガウェインの顔も、輪郭すら見えなかった。
ただ鼓動と呼吸だけが、暗闇の中に聞こえる。
……そのせいか?
前に使ったときより、この暗闇が怖くなくなった気がした。
目には見えないが、今、あたしがガウェインを組み敷いたような格好になっているはずだ。
その証拠に、熱い息がちょくちょく顔に当たる。
「汗くさっ」
「やかましい」
「うえー。まあしゃーねーか……」
背に腹は代えられねー。
あたしはガウェインの胸らしき場所に飛び込んだ。
「なっ、おい貴様っ、何をっ……!」
「いいからジッとしてろ」
鎧はさっき壁に使ってたから、肌着越しに体温を感じる。
……やっぱコイツ、鍛えてんな。
すげー筋肉……。
まあそれは置いといて、心臓を探した。
ここか?
耳を当てる。
鼓動が聞こえてきた。
どくんどくんどくんどくんどくん―――
「んんー? なんか鼓動速くね?」
「……っ!」
あ、さらに速くなった。
……ほう?
ふーん。
ははーん。
真っ暗闇だから、ガウェインの表情は見えない。
だが残念ながら、鼓動のほうが雄弁だ。
あたしはにたにたと笑う。
「やっぱムッツリじゃん」
「……何のことだ」
「あたしに密着されてドキドキしてんだろー? ほれほれ、女の子の身体は柔らかいですかー?」
「…………離れろ!」
「え、おい、暴れるなっ……。――んにゃっ!? ばっ、バカっ……! それ耳っ……んんっ、へぁああぁ……!」
耳から痺れのようなものが脳天に直撃する。
身体がビクッとして、力が入らなくなった。
「んぁっ……耳は……耳の後ろはマジ、ダメだから……。やみぇろぉ……」
――ごくり。
そんな音が頭の上から聞こえた。
「……おい。息呑んだだろ、今。興奮してんじゃねーよ変態!」
「し、していない! 断じて!」
「言っとくけどお前の子供だけは産まねーからな。変な気起こしたら股間蹴り飛ばす!」
「わかっている……! わかっているから離れろ!」
「嫌だ! 心臓の音聞かせろ!」
「なんでだ!」
「音だよ! お前の音を確認してーの!」
有無を言わせず、あたしは再びガウェインの胸に耳を当てた。
どくんどくんどくんどくんどくん―――
もう速さには目を瞑ってやる。
「……なるほど。うるせーな」
「どういうことなんだ……」
ガウェインが疲れた声で呟いた。
あ、そういや説明してなかったっけ?
「音なんだよ」
「だから何がだ」
「あいつ、たぶん音であたしらを探知してる」
「なに?」
あたしは身を起こして説明する。
「普段、あたしは贋界膜の内側から外が見えるようにしてる。
それは外から内に情報が入ってくるってことだし、つまり内から外へも情報が出ていくことになる。
光情報――よーするに目に見える情報は外側に見せてる贋界膜の映像で覆い隠せるけど、匂いや音は無理だ。完全には隠せねー」
「そうか……だからこの状態なら探知は不可能だと」
「そうだ。ただし、外の様子がわからねーし、本当に何もかも遮断してるからどんどん空気がなくなってくけどな」
暗闇への恐怖がなかったとしても、そういうタイムリミットがあるのだ。
こうしている今も空気は薄くなっている。
「しかし、なぜ音だと? さっきの貴様の話では、匂いの可能性もあるだろう」
尤もな意見だが、そこに関しては根拠があった。
「お前が来る直前の話なんだが、あいつ、すぐにあたしを倒せる状況だったのに、先に近付いてくるお前に反応したんだ。
たぶんだけど、お前の心臓の音とか鎧の音とかがやたら大きくて、反射的に反応しちまうんじゃねーかな。
あたしらもでけー音が聞こえたらビクッとしてそっち見るだろ?」
「なるほど……。もしヤツの精霊術が、わずかな音も聞き逃さない超人的な聴覚だとしたら……」
「あと、もう一つ。お前、最初にあたしと分かれたあと、あたしの居場所をあいつに訊かれたんだってな」
「……ああ」
その声があまりにもばつが悪そうだったから、あたしはちょっと笑ってしまった。
「いっちょ前に罪悪感抱いてんじゃねーよ。真面目か。そうしねーと本当の出口はわからなかったんだろーが」
「まあ、そうだが……」
「話戻すぞ。そのとき、アイツはなんでそんな取引を持ち掛けたんだと思う?」
「……遊びだろう。おそらくは。貴様が偽の出口に向かっていることはわかっている口ぶりだった。オレから聞き出さなくとも、追跡は可能だっただろう」
「可能だっただろうな。手段としては。でもそれと実際にできるかは別だ」
「……どういうことだ?」
「こっからはほぼ憶測になっちまうんだけど……もし普段から精霊術で敵の居場所が丸分かりって状態で過ごしてきたとして。
あるとき、ちょっとした油断から敵の位置を捕捉できなくなったとしたら……お前なら、どう思う?」
少しの沈黙の後、ガウェインは答えた。
「……不安になるな。そして……一刻も早く、敵の場所を知りたくなる」
「だろ? 頭ではわかってても、心理的にはそうもいかねー」
「あのとき、ヤツは本当に貴様の居場所がわからなくて、不安だったと言うのか? それを解決するためにオレと取引をしたと?」
「ああ。そんで、あたしの居場所がわからなくなった理由は、お前が傍にいたから。
あたしは普段から足音とか消すようにしてるし、傍のお前がうるさくてあたしの音が隠れてたんだと思う。
それまではあたしらが固まってたから関係なかっただけで」
ガウェインの音を追ってさえいれば、あたしたちを二人とも捕捉できる状態だった。
追いついたアイツは驚いたはずだ。
二人を追いかけてるつもりだったのに、ガウェインしかいなかったんだからな。
驚きは焦りに繋がる。
本来は必要のない取引を持ち掛けちまったとしてもおかしくない。
「まあ、さすがにこの距離なら、あたしの音も拾えるだろーけどな」
「カラクリはわかった。ならばどうする?」
「それなんだよな……。一応訊くけど、王子様対策と同じことはできるか?」
「周囲一帯を無関係の音で飽和させて、オレたちの音を捕捉できなくする、という手か……。
金属音を多少出すことはできるが、さすがに難しいだろうな。
【不撓の柱石】による金属の質量増幅にも限界がある。オレの装備だけでは絶対量が足りん」
「ってなると……はあ」
不意に息が切れた。
だいぶ空気が薄くなってきてやがる。
「そろそろ時間切れだな……。お前の図体がでかいから……」
「悪かったな……」
「しゃーねー。あとは出たとこ勝負だ。適当に合わせろ」
「なに!? ちょっと待――」
「ガウェイン」
あたしは、ガウェインの鎧のような胸筋に触れて言う。
「帰ったら豚の蒸し焼きでも奢ってやるよ」
少しの沈黙があった。
「……安い礼だな。銅貨120枚というところか」
「うるせー、行くぞ! 3、2、1―――ゼロ!」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆ベリル◆
ルビー・バーグソンとガウェイン・マクドネルの音が、完全に消えた。
だけど、その状態ではそう大きく動けない。
そう算段をつけていた華美な格好の少女――ベリル・エイトキンは、ルビーとガウェインが消えた地点の背後に回っていた。
足を縛っていたガウェインの金属は、炎で焼き切ってしまっていた。
代償として足の部位霊力にダメージを負ってしまったが、歩けないほどではない。
だけど、熱かった。
とてもとても熱かった。
(ウザいんですけど。ほんっとウザいんですけど!)
むかっ腹が治まらない。
せっかく楽しかったのに、なんだこの状況。
焼き尽くしてやりたい。
焼き尽くしてやりたい。
焼き尽くしてやりたい。
ベリル・エイトキンは、楽しみを邪魔されるのが何よりも嫌いだった。
「出てこい……さっさと出てこい……!」
二人が消えた地点を睨み、出現のときをじりじりと待つ。
こんな真面目なことをしなくてはいけないこと自体、彼女にとっては屈辱だ。
さっさと終わらせる。
一瞬で終わらせる。
一秒で終わらせる!
手のひらの青い炎に、怨念めいた殺意を込めていき―――
そして。
ルビーとガウェインが、姿を現した。
ドンピシャ。
消えたときと同じ場所に、二人は空間が裏返ったかのように出現した。
「――死ねえッ!!!」
コンマ2秒。
人間の神経が許す限界速度で、青い炎を迸らせる。
しかし、一瞬で終わらせることは叶わなかった。
ベリルの攻撃を、二人は読んでいたのだ。
ルビーは小柄さならではの機敏さで、ガウェインは鎧を着込んでいるとは思えない瞬発力で、出現と同時に散開して青い炎を躱した。
さらに直後、ルビーが再び姿を消す。
「あぁああああぁもおッ!!!」
イライラと叫びながら、ベリルはルビーの音を聞き取ろうとした。
―――ガンガンガンガンガンガンッ!!!
しかし直後、ガウェインがけたたましく剣で盾を叩く。
その不快な音が、ベリルの鼓膜に突き刺さった。
常人にとっては少しうるさい程度でも、ベリルにとっては大音響だ。
ガウェインのほうに注意を取られてしまう。
「なんだよッ、バレてるじゃんっ……!!」
探知手段が見抜かれていることに、ベリルはすぐに気付いた。
ガウェインが注意を惹いてルビーが攻撃――きっとそういう算段なのだ。
兎にも角にもうるさい。
あのガンガンガンガンを止めないと、とても耐えられない!
ベリルは青い炎をガウェインに迸らせた。
さすがにガウェインも盾を叩くのをやめ、回避に徹する。
音の妨害がなくなった。
この機を逃さず、ベリルはルビーの位置を走査する。
すぐに見つかった。
――すぐ後ろ!
咄嗟に屈んだ。
直後、頭の上をナイフが閃き、髪を何本か持っていかれる。
「チッ」
「こッのおっ!!」
手を伸ばし、姿を現したルビーを捕まえようとした。
しかしその前に、ルビーは再び透明になる。
今度は完全に消えた。
音まで含めて完全に。
またあれだ!
面倒臭い……!
大きくは動けないはずだ。
ルビーはまだ近くにいる。
とはいえ、少し立ち位置を変えることくらいはできるだろう。
最初に消えたときも、ほんの数メートルではあるが動いていた。
例えば、背後に回るとか。
あるいは側面。
いや、あえて前から?
わからない。
すぐ近くにいるのはわかっている。
でも、居所がわからない。
どこから来る?
前か、後ろか、横か―――
「あぁああぁあああああ面倒臭いッッ!!!」
もう考えたくない。
考えるのは嫌いだ。
わからないのも嫌いだ。
全部焼けばいい!
いそうな場所全部ッ!!
ベリルは自分の周囲を囲うように青い炎を走らせた。
反射的な行動だ。
深い考えは何もない。
しかし、これが妙手であることに、やってから気付く。
ルビーは姿を現さなければ攻撃できない。
ならば、こうして自分の周囲を全部火の海にしておけば、何もしなくても勝手に出てきて焼け死んでくれる。
「なんだ、簡単じゃん! 最初っからこうすればよかった!」
晴れやかな気分になった。
こういうシンプルな攻略法があるんなら、誰かさっさと教えてほしかった。
自分で考えるのとかメンドクサイし。
これでルビーのことは気にしなくてもよくなった。
ついでに、こうしておけばガウェインも近付いてこられない。
遠くからゆっくりと炙り焼きにすることができる。
代わりに自分も身動きが取れなくなったけど、大したことじゃない。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆ルビー◆
暗闇の中。
あたしは、数を数えていた。
「93……94……95……」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆ベリル◆
「ほらほら、溶けちゃうよーん? 早く直さないと!」
「ぐううっ……!!」
ベリルが放つ青い炎を、ガウェインが巨大化した盾で凌いでいた。
巨大化された盾は、恐るべき高熱によって瞬く間に溶け爛れるが、ガウェインの精霊術によってすぐに修復される。
しかし、ガウェインの顔は苦悶に歪んでいた。
青い炎の圧倒的な火力の前では、いくら修復したところで間に合うものではないのだ。
さらには、盾を溶かし切るまでもなく、青い炎が放つ熱はガウェインの霊力を削っているはずである。
全身に着込んだ鎧など、熱という形のない暴威の前には意味を為さない。
剣では一人二人を殺すのがせいぜいだが、熱は時に何十、何百という人間を殺すのだ。
「あはっ! 熱い? 熱いでしょ? 疲れたんじゃない? そろそろ休も? ね? 誰も怒らないからさあぁああああぁ!! 休んじゃおうよぉおおおおおおっ!!!」
果たして――
盾が溶け切るよりも、ガウェインが膝をつくほうが早かった。
盾の修復速度が落ちる。
熱によって朦朧とした意識では、精霊術を同じ精度で行使し続けることはできない。
「あはははははっ!! ジッ、エェーンドッ!!!」
勝利を確信したベリルは、青い炎の火力をさらに上げる。
真っ赤に熱された盾は、飴のように見る見る溶けて―――
「……120」
不意に。
ベリルの超聴覚が、ガウェインの呟きを聞いた。
その直後のこと。
ガウェインが纏っていた鎧が、砕け散った。
いや、違う。
砕けたのではない。
消滅したのだ。
まるで、最初から鎧などなかったかのように、一片も残らず。
「え?」
ベリルは混乱した。
どういうこと?
なんで鎧が消えたの?
(……あれ?)
混乱の中で、彼女は見過ごしていた疑問に気が付く。
ルビーとガウェインが、完全に気配を消す前。
確かガウェインは、自分の鎧を液体化させて作った壁で、ベリルの炎を防いでいた。
つまり――
最初に二人で姿を消したそのとき、ガウェインは鎧を着ていなかった。
しかし、次に現したときは――
―― ルビーは小柄さならではの機敏さで、ガウェインは鎧を着込んでいるとは思えない瞬発力で、出現と同時に散開して青い炎を躱した ――
そう。
確かに。
再び姿を現したとき、ガウェインは鎧を着ていた。
あの鎧、一体どこから出てきた?
答えは明白だ。
一つしか有り得ない。
【一重の贋界】。
ルビーが用意した、偽物……!
(だとしたら。だとしたら)
考えるのは嫌いだ。
嫌いなのに、考えてしまう。
無理やりにでも、考えさせられてしまう。
本物の鎧は、今どこにある?
「あちッ!」
声に振り向くと、ルビーが炎を振り払いながら転げていくところだった。
彼女はベリルの周囲を占める炎の海からまろび出ると、這いつくばったままこちらを見る。
その顔は、笑っていた。
勝利を確信した笑みだった。
背筋を戦慄が突き抜ける。
手のひらから迸らせていた炎を、反射的に止めようとした、その寸前。
「ご覧じろ」
唐突に視界が塞がった。
直後。
全身を灼熱の感覚が襲った。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆ルビー/ガウェイン◆
「―――ァあ ぁあ! ああ !! !! ぁ!!! !!!! ッッ!!! ァ! ぁ――――――ッッ!!!」
ベリルを囲い込む形で地面から現れた4枚の鉄の壁。
その中から、この世のものとは思えねーような悲鳴が響いてくる。
自分自身の炎に全身を焼かれた女の悲鳴だ。
結界によって命は守られる。
だが、熱いものは熱い。
なまじ死ねない分、灼熱の炎による蒸し焼きは地獄のような苦しみに違いなかった。
タネを明かせば簡単なことだ。
あたしは、液体化して【不撓の柱石】の影響下にあったガウェインの鎧を、【一重の贋界】で透明にしたのだ。
前にジャックの腕を透明にしたのと同じ理屈でな。
無機物を透明にするときは、外の情報を中に伝える必要がないから、遠慮なく完全遮断状態にできる。
ベリルにはどうやったって気付けなかっただろう。
ガウェインは透明になった鎧を操作し、ひっそりとベリルを囲った。
それから、あたしが透明化を解除。
ベリルは気付く間もなく密封され、自分の炎で蒸し焼きになるって寸法だ。
ちなみに、ガウェインがベリルを密封するまでにかけた時間が120秒。
あたしが仕掛けた攻撃は、そのための時間稼ぎだ。
ついでにベリルが接近を警戒して自ら退路を断ってくれりゃ御の字と思ってたけど、まさかここまでうまくいくとはな。
やがて、悲鳴は蝋燭のように潰えていく。
4枚の壁が鎧の形に戻ると、中に封じられていた熱が爆発するように広がった。
あっち!
サウナ……なんて生易しいもんじゃねーか。
華美な女は、焦げた地面の上に無様に転がっていた。
もはや声も出せないらしいそいつに、あたしは座ったまま告げる。
「よお――いい鳴き声だったな?」
「……立てねー」
邪魔な奴も排除したことだし、さて先に進むかと立ち上がろうとしたんだが、足に力が入らなかった。
ちくしょう。
さっき、足を焼かれたときか。
足の部位霊力が切れたらしい。
全身丸ごと霊力切れになったときよりはマシだが、これじゃしばらくは動けない。
「ふん。貧弱なことだな」
「んだとう!?」
鎧を拾って再び着込んだガウェインが、あたしを見下ろしていた。
「オレならその程度で霊力切れにはならん」
「お前がバケモンなんだよ! 本当に11歳か! 10個くらいサバ読んでるだろ!」
「ともあれ、回復を待っている暇はない。来い」
そう言って、ガウェインはあたしの前にしゃがみ込んだ。
背中に負ぶってやる、というポーズだ。
「はあ? 嫌だっつーの、お前に負ぶわれるとか。ほら、背中に胸が当たっちまうじゃん? ムッツリ騎士サマが興奮しちまうしな~」
「ちっ……我が儘なヤツだ」
ガウェインはくるりと振り向き、忌々しげな顔をしながらあたしに近付いた。
「は? ちょっ、まっ、何すっ――」
「こうすれば問題あるまい」
ガウェインはあたしの肩を抱き、膝裏に腕を通し、そのまま軽々と持ち上げた。
俗に言う、アレ。
お姫様抱っこ。
「これなら胸は当たらんだろう。さあ行くぞ」
「ばっ、まっ、おまっ」
え。
やばい。
なにこれ。
すげー恥ずかしい。
顔近けーし。
腕の筋肉やべーし。
いや、それは関係ねーんだけど。
なんつーか、こう。
自分の小ささを思い知らされるっていうか。
ガウェインの大きさを実感するっていうか。
あれ?
おい!
なんか顔熱いんだけど!
「おっ……おーろーせーっ!!」
「むっ、なんだ! 暴れるな! 何を怒っている!?」
「そうだっ、怒ってるんだ! 顔が赤いのは怒ってるからだ馬鹿!! とにかく降ろせっ! 背負われてやるから!!」
「偉そうな怪我人だな……」
そんなひと悶着があって、結局、負ぶわれる形になる。
ダンジョンの出口へと向かいながら、ガウェインが呟いた。
「……しかし、謎だな」
「あん? 何がだよ?」
「ヤツの――ベリル・エイトキンの超聴覚は、明らか精霊術だろう。しかし、それと同時に【黎明の灯火】も使っていた……」
「ああ、そのことか……」
「心当たりがあるのか?」
あたしはガウェインの背中で、「んー」と難しい顔をした。
「特に根拠のねー憶測なんだけど、こうだとしたら辻褄合うんじゃねーかなーってのはある」
「言ってみろ」
「『教えてください』だろ?」
「そういうのは今はいい」
「そういうのってなんだよ。……例えばさ」
あたしは頭の中で仮説を纏めながら話す。
「あたしらだけじゃなくて、ジャックやらお嬢様んとこにも同じような悪霊術師が行ってて、同じような術を使っているとしたら、どうだ?」
「……どういうことだ?」
「つまりだな――」
「――3人の術師が、3つの精霊術を共有して使ってんじゃねーか、ってこと」




